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第一章

8. おでかけ

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 土曜日になった。
 天気は快晴お出かけ日和!

 けれど、俺のHPは目的地に辿り着く前から、ゴリゴリに削られていた。

「え?おでかけするの?なんで?」
「え?タクシー呼ばないの?なんで?」
「え?バスなんかに乗るの?なんで?」

(なんでなんでなんでウッセェわ!!!)

 見た目だけは王子様なこの人は、無駄にキラキラを振り撒きながら猛烈に『なんでコール』を連発しまくる。
 バスに乗り込む頃には、すっかり疲れてしまう程だった。
 一番最後尾の座席へ座れば、長い足を少し窮屈そうにしながら早川も座る。
 彼は、白のトップスに黒いジャケットをシンプルに着ていた。
 ただそれだけなのに、なんでここまで王子様に仕上がりになるのかは謎だ。
 すでに、周囲の座席にいる数人の女性客が、皆一様に彼をロックオンしていた。
 俺はといえば、お気に入りの赤いオーバーサイズのパーカーにジーンズを履いている。
 お気に入りのコーデの筈なのに、窓に映る自分は妙に子供っぽくて、彼の隣にいるのが少し恥ずかしく感じてしまった。
 チラリと隣を見れば、輝くヘーゼルの瞳と目が合い微笑まれる。

「間宮くん。バスって楽しいね」
 
 その台詞に、思わず座席からずり落ちそうになった。だって、あまりにも王子様に似合わなすぎたから。
 楽しそうな姿に、あの『なんでコール』ははしゃぎ過ぎた結果なのだと気がつく。
「……うん」
 子供かよ、なんて溢れそうになった呟きは、彼の笑顔を曇らせたくなくて、パーカーの袖に埋めて誤魔化した。


 バスから降り、真っ直ぐに目的地へ行こうとすると早川が言った。
「ねぇ、あれ美味しそう」
 見ると、ファンシーな看板に『クレープ』の文字がある。
「さっき昼ごはん食べたばっかりじゃん」
「少し覗いてみようよ、ね?」
 そう言うと、彼は少し強引に俺の腕を引いて歩き出してしまった。
 しぶしぶついて行くが、店が近づくにつれ良い匂いが食欲を刺激した。
「わっ、うまそう……」
 もうお腹の気分はすっかりクレープだ。
 看板のメニューを見ながら思わず呟けば、早川は笑った。
「でしょ。せっかくのお出かけだし食べようよ。何にする?」
「俺、ソーセージのやつ好き!……あ、でも期間限定のクリームブリュレもいいなぁ」
「両方美味しそうだね」
 どちらにしようか真剣に悩んでいると、早川が言った。
「じゃあ、間宮くんがソーセージのやつで、僕が期間限定のにしようか。半分こすれば、両方食べられるでしょ?」
「えっ、……でも悪いよ」
 とても魅力的な提案だが、申し訳なくて断る。けれど「僕もそれが食べたいと思ってたんだ」という囁きに、理性より食欲が勝つしかなかった。


 結局、注文から支払いまで彼があっという間に済ませてしまった。
 クレープ片手にベンチを探して歩いていると、早川はさりげなく俺の右側に移動する。
「美味しそうだね。僕、クレープなんて食べるの久しぶりかも」
 そんなことを話しながら、気づけば車道側を歩いてくれている。何だかそれが照れ臭くて、少し声が上擦った。
「俺もっ!早く食いたい」
 数メートル先に目的のベンチはあった。
 食べ歩きなんてこの人はしないのだろうと考えながら、チラリと見上げる。
 すると、視線に気づいた早川は、何を思ったのかクレープを俺の口へと押し付けた。
「わっ、……」
 反射的に口を開けてしまい齧り付く。
 表面のパリッとしたカラメルの後から、クリームの甘さが口いっぱいに広がった。

 もぐもぐと口を動かせば、にっこりと微笑まれる。

「どう?美味しい?」

 クリームブリュレに負けないくらい甘い声に、口の中の甘さなんて吹き飛ぶ。

 悪戯っぽく笑う横顔に、何だか胸がいっぱいになった。
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