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第一章
番外編④ 書店員は見た!
しおりを挟む私のバイト先は、この辺りでも一番大きな書店だ。
今日は大学もバイトも休みでラッキー!と思っていたら、ヘルプの電話がきて急遽出勤。憂鬱な気持ちで品出しをしていた。
「あーあ。せっかく予約してた新刊を受け取りにいく予定だったのに……」
思わず溢れた呟きくらい許してほしい。
なぜなら今日は、私がずっと!ずっと!ずーっと!楽しみにしていたBL漫画の発売日だったのだ。ちょっと過激な作品だし、この春から勤め始めたばかりのバイト先に自分の性癖を曝け出すのはまだ時期尚早だろう……ということで、一駅隣の書店で予約しておいたのが間違いだった。
(ここで受け取りにしていればバイト終わりに速攻読めたのに……!なんだったら休憩中読めたのに……!くっそぉ~)
今更悔しがってももう遅い。
めくるめく沼の旅へとゆくには、大人しく遠回りをするしかないのだ。
運命の神様を恨めしく思いながら入荷した在庫を片手に梯子を昇る。
もう一度溜息をして、天を……ではなく本棚を仰いだ時だった。
「あの、すみません……」
「はい!なんでしょー…………ぉ」
下から声をかけられ慌てて振り向く。
そこで、私の世界は止まった。
……文字通りに、止まった。
見下ろした先にいたのは、鮮やかな赤色のパーカーを着た子だった。
少し癖のあるショートカットの黒髪がぴょこぴょこ跳ね、その下からこちらを見上げる大きな瞳は、長いまつ毛に縁取られてキラキラしている。私は、震えた。
(か、か……可愛いぃいい!!!え、女の子?でも、声は男の子だったよね……??)
突然の美少年(青年?)に脳内はお祭り騒ぎだ。
固まる私に彼は、少し小首をコテンと傾げながら淡く色づいた唇をゆっくり開いた。
「お聞きしたいことがあるんスけど……」
「……はっ!はひゅっ!」
思いっきり舌を噛んだ私、ばか!と思った次の瞬間ー……
私の足は梯子を踏み外した。
少年の慌てた声を遠くに聞きながら『あ、しんだ』と己の最期を覚悟する。
ドスンッ!
しかし、予想していた痛みは訪れず、代わりに体は温かくていい匂いの何かに包まれた。
「……君、大丈夫?」
甘すぎるイケボに勢いよく見上げれば、今度は違う衝撃が全身を駆け抜けた。
(な、な、なにこのイケメンッッ!!!)
私を抱きとめこちらを覗き込むヘーゼルの瞳は美しすぎて直視できない。
その横で先程の美少年が「早川さん!ナイスキャッチ!」と戯れている。子猫か。
「お姉さん、大丈夫?怪我ない?」
心配そうに尋ねてくれる美少年と、私を優しく床に下ろしてくれるイケメンにもう脳内はキャパオーバーだった。
必死にコクコク頷く私の無事を確かめた少年はようやく安心したようだ。
「よかったぁ!じゃあさ……」
人懐っこい笑顔で爆弾発言を投下する。
「俺達に、オススメのBL漫画教えてほしいんだ!よろしくお願いしゃっす!」
え、やっぱり私死んだのかな?
目の前には、天国が広がっていた。
「いや……、尊すぎたな…………」
売れ筋が良いオススメの漫画を10冊ほど提供した私は交代時間となり、併設されたブックカフェへ休憩に入っていた。
一番端の席で軽食を食べながら、先程まで目の前にいた二人組に思いを馳せる。
(何あれ、どういう関係?二人で肩を寄せ合って超真剣にBL漫画選ぶってどういうこと!?たまにエッチな表紙に顔が赤くなっちゃった少年とか、それに気づかないフリしながら揶揄っちゃうイケメンとかマジ最高か。『間宮くんは、どれが好き?』なんてあの甘い声で囁きながらエッチな漫画を選ばせようとするところとか何プレイですか?私は何を見せて頂いたんでしょうか?どうもありがとうございまーす!!)
脳内のお祭り騒ぎがピークを迎えた時だった。
「君の好きなものが知りたい。好きな食べ物はなぁに?」
砂を吐きたくなるほど甘ったるい声に思わず顔を上げれば、中央席で向かい合いまるで見合いのような会話をしている彼等がいた。
(そこにいらっしゃったんですね!いつの間にぃいいいいっ!!!!!)
狂喜乱舞した鼓動を何とか抑え込み平静を装う。あの二人の甘い逢瀬を邪魔するなんて無粋な真似は、私自身が許さない。
背景のモブとなり、腐女子としての責務を全うしようと鼻息荒く意気込んだ。
「うーん。辛いもの好き!きゅうりのピリ辛漬けとか。あ、塩辛とか?」
「え、何それ全然萌えないね。というか、両方酒のつまみじゃないの?」
イケメンの言葉に少年は、慌てた様子でブンブンと手を横に振り、オーバーサイズなパーカーの袖を揺らしている。何だそれ萌え袖か。チロリと覗く細い指先がたまらん。
「じいちゃんが呑んでる時によく分けてくれたんだよ。意外とうまいよ」
「ふぅん。じゃあ逆に苦手なものは?」
「んー、あんまないけど。強いて言うならココアかな」
(あ、そうなんだ。意外かも)
「うわ~……。君って、つくづく見た目と中身が似合わないねぇ」
私の気持ちを代弁するかのようなイケメンの発言に心の中で頷く。
けれど、もう一度彼らを盗み見た時だった。
長い睫毛を伏せた瞳が、イケメンの持つアイスココアのグラスへと注がれた。
その横顔は酷く儚げで、黒い瞳が潤んだように揺れ動く。
しかしそれはほんの一瞬で、次の瞬間には彼は笑っていた。
私も休憩時間が終わりを迫り、慌てて席を立つ。今日は、良い日だった。
でも、あのどこまでも寂しそうな黒い瞳が、どうしても忘れられなかった。
それから、数ヶ月後のことだ。
休憩に入った私は、いつものように端の席に座り軽食を食べていた。
すると、客達のざわめきの中から潜めた甘い声が聞こえた。
「っ、ここ。カフェだし!」
「一番端の席だから、他の客からは死角になってて見えないよ」
「そういうことじゃ、ねぇって……」
「でもー…………」
思わず顔をあげて辺りを見回す。
すると、他の客からは死角になる反対側の端の席に、彼等がいた。
机に少し身を乗り出したミルクティー色の髪の彼が、互いの鼻先が掠める程近い距離で何かを囁いている。
その光景に息を呑んだ時だった。
静かに、彼らの唇同士が触れ合った。
ちゅ……、と軽いリップ音すら聞こえそうな魅惑の光景に、こちらが赤面する。
(なっ、なっ、何してるんですかー!?どうもありがとうございますぅうう!!?)
きっと、私以外誰も気づいてないだろう。
尊い光景に、そっと机の下で合掌した。
(神様って、いたんだなぁ……)
私は、生まれて初めて神様に感謝していると、不意に少年の瞳が見えた。
私は、もう一度息を呑む。
なぜなら、その瞳には、陽だまりのような暖かさが宿っていたからだ。
もう、寂しさなんて感じない。
テーブルに置かれたアイスココアのグラスには、ベタにストローが二つささっていた。
頬を赤く染めながら困ったように笑う少年は、美味しそうにそれに口付ける。
(あぁ……、よかったね…………)
何となく、そう思えた。
私は心の中で叫ぶ。
神様!BLの神様!!
願わくば、尊い二人に幸あれ!!!
《おしまい》
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