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第一章

番外編③ 間宮くんと映画館

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 それは、何気ない一言がきっかけだった。

「あっ!この映画今日公開だったんだ!」

 二人でのんびりと過ごす週末の休日。
 朝食を食べ終えた後、ソファーでスマホのネットニュースを見ていた間宮が呟いた。
「うわ~。いいなぁ!みてぇ~」
 今日もトレードマークのパーカーを着ている彼は、クッションを抱き締めながら、何やら熱心に画面を見つめている。
 すると、洗い物をしていた早川もキッチンから戻ってきた。

「何がいいの?」

 相変わらずのキラキラな王子スマイルを振りまきながら間宮の隣へと腰掛ける。間宮はその笑顔に、少し頬を赤らめて居住まいを正した。けれど、隠せない興奮のままに画面を早川へと見せる。

「この映画知ってる?」
「あぁ、有名な冒険ファンタジー小説を映画化したやつだね。原作も映画もみたよ」
「そうそう!俺、原作は読んだことないけどこの映画好きなんだ」
「そうなんだ。原作を忠実に再現してて、僕もその映画好きだったなぁ」

 早川がそう答えると、間宮は嬉しそうに目を輝かせた。

「マジで?早川さんも好きなんだ。俺と、一緒じゃん!」

 へへ……っと笑いながら、早川を見上げる顔はあどけない。
「この続編が今日公開なんだってさ!だからいいなぁってと思ってさ」
 その間宮の言葉に、早川は言った。

「じゃあさ、今日一緒に観に行こうか」
「へっ?」

 驚く間宮に、ヘーゼルの瞳がウインクする。


「僕としてみない?映画館デート」


 その片手には、映画館デートで距離を縮める青春BL漫画が握られていた。
 ちなみにこれは、まだ合コン騒動を起こす前の二人の日常である。

***

 ……というように好調な休日の滑り出しを見せた二人であったが、映画館へと足を運びチケットをゲットした後に問題が起こった。

 それは、またもや間宮の一言だった。

「なぁなぁ、早川さん!ポップコーン買わねぇ?」
「あ、いいね。映画といえばポップコーンだよね」
「そうそう!ポップコーンと言えばやっぱり……」

 売店のパネルを見上げながら二人の答えはー…………


「醤油バターだろ!」
「キャラメルだよね」


 ……全く揃わなかった。
 両者は、顔を見合わせる。
 ここで『第一回!映画といえばポップコーンは何味?選手権』の火蓋が切って落とされた。

「え、ここはやっぱり人気ナンバーワンのキャラメルじゃない?」
「へ、王道の醤油バターだろ。キャラメル甘すぎて全部食えねぇよ」
「いやいや、王道はキャラメルでしょ。醤油バターなんて最近出たばかりの邪道だよ」
「は?最近?邪道?醤油バターは俺が小学生の頃からあるし、何だったら友達人気ナンバーワンですぅ~」
「は……、小学生……?さり気なく僕に年齢マウントとってない!?」

 そんな会話を繰り広げていると、痺れを切らしたのは店員だった。


「あの……、ハーフハーフありますけど?」


 鶴の一声により、選手権は幕を閉じる。
「あっ、じゃあそれで」
 面倒臭い客に苛立ちを隠せない鶴であったが、王子スマイルに陥落する。
「……っ、では、セットの飲み物をこちらからお選び下さい」
 店員の指示に、今度は早川が答える。
「映画といえばやっぱりー……」
 その台詞を合図にやはり合わせずにいられない間宮も意気揚々と口を開く。
 

「コーラだよな!」
「メロンソーダだよね」


 またしても重なる二人の声。
 けれど、その台詞だけは合わずにお互い顔を見合わせる。
 さぁ!『第二回!映画といえばドリンクは何味?選手権』の全く嬉しくない開幕だ。

「え、間宮くんコーラなの?」
「いや、ここはコーラだろ。なんだよメロンソーダって。なんで甘いキャラメルに甘いメロンソーダ掛け合わせてんだよ」
「何言ってるの。あの爽やかな甘さがいいんじゃない。コーラこそ映画の後半になると気が抜けて甘ったるくなるでしょ」
「いや、飲むのにそんな時間かかんねぇわ!」

 間宮のツッコミが冴え渡る。
 しかし、さらなるツッコミを炸裂させたのは店員だった。


(いやっ!!こんなに注文に時間かかる奴等いねぇわっっ!!!)


 しかし、悲しいかな。
 その鶴のツッコミは、プロ意識により胸の中で叫ばれたものだったとか……

***

 そんなこんなで入場時刻を迎える。
 間宮と早川は、先程までのやり取りが嘘のように穏やかに隣り合って着席していた。
 まだ場内は明るく、映画の予告が流れているだけなので、小声で何やら話している。

「醤油バター美味しい」
「醤油バターの後のキャラメルうまっ」
「甘いのとしょっぱい組み合わせ最強だね」
「だな!なぁなぁ。メロンソーダ一口もらっていい?」
「いいよ。僕もコーラ貰っていい?」
「ん、はいよ」

 間宮は飲みかけのコーラを持ったまま、早川にストローの飲み口を差し出す。
 早川も、戸惑いもなくそのストローを口に含んで笑って言った。
「あ、コーラと醤油バター合うね」
「だろ?」
 距離感がバグり始めている二人のせいで、居た堪れないのは周囲の客だ。

(え、なにこの二人!甘っ!!!)
(カップルですか!?夫婦ですか!!?)
(ちょ……、そこのイケメン!口元についたカスを払ってあげた指舐めないで!エロ!)
(ちょっ……、少年!ポップコーンのあーんは場内が暗くなってからやって!可愛っ!)

 それぞれの思惑と叫びが交差する中、場内はようやく暗くなり平穏が訪れる。

 しかしその後、隣接されたゲームセンターでUFOキャッチャーに夢中な激甘カップルが更に人々を騒つかせたのは……別の話だ。

《おしまい》

***

「めっちゃ面白かった!ファンタジー最高!バトル最強!!」
「間宮くんはそう言う作品が好きなの?」
「おう!あ、日本の時代劇も好きだよ。よく爺ちゃんとみてた!」
「…………なるほど」
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