星に願いを

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第六夜

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『迷惑になってるのが分からないの?』

 綺麗に巻かれた髪が揺れる。
 艶やかな紅をひいた唇は震えていた。

『しかも、貴方、男じゃない』

 喉が引き攣る。
 頭が割れる程に痛い。
 
 ……これは現実?夢?


 違う。

 違うよ。


 ……どうして違うの?


 だって、

 だって、


 僕は、この続きの言葉を知っているから。


「『気持ち悪い』」


 これは、過去。

******

7月6日(水)雨

「忘れてなよ」

 雨音に包まれた病室でそう呟いたのは、栗色の髪をした兄だった。

「忘れてなよ」

 友人は、もう一度言った。
 違う。間違えた。彼は、兄だ。

「忘れたよ。全部、忘れたから」

 そう返せば、彼はゆっくりと顔を上げる。
 その瞳は、恨めしそうに僕を睨んでいた。
「忘れてないよ。思い出そうとしてるだろ」
「忘れたよ。思い出してない」
「嘘だ」
「本当だ」
「嘘だ」
「本当だってば!」
 僕は、叫んだ。


「忘れたよ!忘れたんだ!ぜんぶ!ゼンブ!全部!僕は、迷惑だから!気持ち悪いから!彼をー……」


「『幸せにできないから』」


 栗色の髪が、嘲笑う。
 目の前にいたのは、僕だった。




「治りは順調だね」
 少し皺のある手が、足から離れる。
 僕は、覚えてもいない夢のせいでスッキリとしない頭を下げて、お礼を告げた。
 すると、白衣を着た温和そうな男性医師は「そういえば……」とカルテをパソコンに打ち込みながら、続けて言った。

「面会時間を守らない彼のこと、思い出せた?」

 その言葉に、俯いていた顔をあげた。
 医師は少し困ったように微笑みながら、白衣のポケットから何かを取り出す。
「今日は面会に来れないそうだよ。代わりにこれを預かったんだ」
 それは、小さな白い封筒だった。


「いい友人じゃないか」


 僕は、何も言えなかった。


 違う。

 違うよ。


 頭の中で、声が響いた。


 ……何が違うの?


 彼は、友達じゃない。


 ……じゃあ、彼は誰?


 その夜、僕は一人きりの病室で封筒を開いた。そこには、一枚の手紙が入っていた。

 ゆっくりと、文字を追う。
 最後の文字を読み終えた瞬間、僕の記憶は弾けるように流れ出した。

 そうして、全て思い出す。

 あの日、何故階段から落ちたのか。
 あの日、なにを星に願ったのか。
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