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【5話】正しい距離感
本当の気持ちを1
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不思議なことに発情期はあの一夜限りで、それから訪れることはなかった。バース科の医師に相談したところ、数値上ではアルファともオメガともつかない第二性が、以前よりもオメガに傾いているという結果だった。
基城の第二性はアルファとして国に登録されているため、オメガとして再登録する必要があるのだと言う。抑制剤の定期服用や、緊急でヒートを起こしたときの対処法など、基城は数時間にわたって説明を受けた。
優生が「出て行く」と言ったときは、自身の身体のことなのに大袈裟なやつだと思った。けれど、今になってやっと身にしみて理解する。
優生の優しさに目頭が熱くなった。
──バカ優生。
完全にオメガになるまで知らなかった不自由さ。そして、優生はただのアルファでも友人でもなく、大切な存在であるということ。
婚前同棲だって基城と同様に、優生も望んでいなかった。仕方なく基城の身の回りのことを見ていただけ。親の顔色を窺って……と、本音を言わない優生を馬鹿にしていたが、大人になりきれていないのは自分のほうだった。
──早く帰って来いよ。
そんなことを言える立場でないのは分かっている。けれど、優生といたい。便利だからとかアルファだからとか、そんなものはどうでもよくて、ずっと一緒にいた自身の一部のようなものだから。
優生はまるで自分がいなくなった後のことを見据えていたかのように、基城に生活のメモ書きを残していった。米の炊き方やゴミ出しの曜日に至るまで。いっそ何も残してくれないでいたほうがよかった。
一人がいなくなった部屋はまるで音がない。実家に一人で暮らしていたときに逆戻りしたみたいだった。優生は騒音を撒き散らすような性格ではなかったが、今思えば誰かがいる気配というのが案外居心地のいいものだったのかもしれない。
優生の姿を久しぶりに見つけたのは、夏季休暇が明けてから二週間後のことだった。
それを知らされたのは有坂からだ。
「何でわざわざ……」
「誰かさんの機嫌がいつまでも悪いから」
悪びれることなく、有坂は言った。
「そんな優柔不断だとオメガちゃんに攫われるぞー」
「はぁ? 意味分かんねー……」
そうなればいいのに、と思う。そうだったらとっくに諦めもついていた。一番本音を溢せる相手は、いつの間にか一番自分の気持ちを伝えられない相手になっていた。
「意味分かんねぇけど……何か、優生相手に遠慮してんのがすげー腹立ってきた」
「え、そっち?」
胸の中はまだぐちゃぐちゃで整理できていなくて、何を伝えるべきなのか、どうすれば伝わるのか、検討すらつけていない。けれど、ここで足踏みしているだけではもっと後悔することだけは分かっていた。
立ち去る背に、有坂は口笛を鳴らして見送る。基城は一瞬だけ振り返り、親指を下に向けてやった。
──二号館のすぐ横……。
有坂が基城のために溢した独り言を、頭の中で反芻する。走り出してから、そこに優生がいてほしい気持ちと、どこかに行っていてほしいという気持ちが半々になる。
木陰のベンチに優生と……四宮がいる。近い距離に、声をかけるのを躊躇われたが、基城は二人の前にずいと進んだ。
「四宮ごめん。優生に話があって」
「え、どうしたの、神崎くん……」
息の上がった基城を見て、四宮は驚いている様子だ。顔を合わせなかった優生は、気まずい表情を滲ませて基城から顔を逸らした。
──俺がオメガだからって気を遣って出て行ったんだろうけど。全部、お節介なんだよ。
そう投げかけてやりたくなるのをぐっと堪え、基城は拳を握る。食い込んだ爪の痛みで少し冷静になれた気がした。
恋人に見える二人に、ただの幼馴染の基城がずけずけと押し入っている構図に、周囲からは見えていることだろう。公開処刑もいいところだな、と嬉しくもないのに口角が自然と上がる。
「あのさ、四宮。俺も──オメガなんだ」
くりくりとした小動物のような瞳が大きく見開かれる。信じられないという顔をしている。それもそうだろう。神崎家といえばやり手の派手な姉三人がアルファで有名、末っ子の基城も世間にはアルファだと公表されている。
「え、嘘……」
「基城」
優生が焦った様子で、基城のほうを見る。それでも構わず、基城は言葉を続ける。
「嘘じゃない。そんなこと言われても信じられないだろうけど……四宮みたいに可愛げもないし」
「え、そんなっ」
四宮は両手をぶんぶんと振る。日頃から周りに可愛いと持て囃されていても、基城の言葉に頬を赤く染めている。基城は隣の優生へ視線をずらした。
「こいつ、面倒見いいし、というか、気が利きすぎておばあちゃんかよって思うときもあるし、若干天然入ってるけど……」
「おばあちゃんって。基城、どういう意味?」
「はあ!? そのままの意味!」
余計な揚げ足をとるな、と、基城は牽制する。数週間口も聞かず離れたことなどなかったが、久しぶりに顔を合わせても言い合うのは変わらない。
「俺、幼稚園からずっと優生と一緒でさ……だから、四宮に遠慮しろって言ってるわけじゃないんだけど。でも、言わせてほしくて。俺は……こいつのことが、大事なんだ」
もし優生がこの場にいなかったら、自身の気持ちをもっと直接的な言葉で伝えていた。今はこれが限界だ。しん……と沈黙が降り、優生も四宮も一言も発しない。
基城の第二性はアルファとして国に登録されているため、オメガとして再登録する必要があるのだと言う。抑制剤の定期服用や、緊急でヒートを起こしたときの対処法など、基城は数時間にわたって説明を受けた。
優生が「出て行く」と言ったときは、自身の身体のことなのに大袈裟なやつだと思った。けれど、今になってやっと身にしみて理解する。
優生の優しさに目頭が熱くなった。
──バカ優生。
完全にオメガになるまで知らなかった不自由さ。そして、優生はただのアルファでも友人でもなく、大切な存在であるということ。
婚前同棲だって基城と同様に、優生も望んでいなかった。仕方なく基城の身の回りのことを見ていただけ。親の顔色を窺って……と、本音を言わない優生を馬鹿にしていたが、大人になりきれていないのは自分のほうだった。
──早く帰って来いよ。
そんなことを言える立場でないのは分かっている。けれど、優生といたい。便利だからとかアルファだからとか、そんなものはどうでもよくて、ずっと一緒にいた自身の一部のようなものだから。
優生はまるで自分がいなくなった後のことを見据えていたかのように、基城に生活のメモ書きを残していった。米の炊き方やゴミ出しの曜日に至るまで。いっそ何も残してくれないでいたほうがよかった。
一人がいなくなった部屋はまるで音がない。実家に一人で暮らしていたときに逆戻りしたみたいだった。優生は騒音を撒き散らすような性格ではなかったが、今思えば誰かがいる気配というのが案外居心地のいいものだったのかもしれない。
優生の姿を久しぶりに見つけたのは、夏季休暇が明けてから二週間後のことだった。
それを知らされたのは有坂からだ。
「何でわざわざ……」
「誰かさんの機嫌がいつまでも悪いから」
悪びれることなく、有坂は言った。
「そんな優柔不断だとオメガちゃんに攫われるぞー」
「はぁ? 意味分かんねー……」
そうなればいいのに、と思う。そうだったらとっくに諦めもついていた。一番本音を溢せる相手は、いつの間にか一番自分の気持ちを伝えられない相手になっていた。
「意味分かんねぇけど……何か、優生相手に遠慮してんのがすげー腹立ってきた」
「え、そっち?」
胸の中はまだぐちゃぐちゃで整理できていなくて、何を伝えるべきなのか、どうすれば伝わるのか、検討すらつけていない。けれど、ここで足踏みしているだけではもっと後悔することだけは分かっていた。
立ち去る背に、有坂は口笛を鳴らして見送る。基城は一瞬だけ振り返り、親指を下に向けてやった。
──二号館のすぐ横……。
有坂が基城のために溢した独り言を、頭の中で反芻する。走り出してから、そこに優生がいてほしい気持ちと、どこかに行っていてほしいという気持ちが半々になる。
木陰のベンチに優生と……四宮がいる。近い距離に、声をかけるのを躊躇われたが、基城は二人の前にずいと進んだ。
「四宮ごめん。優生に話があって」
「え、どうしたの、神崎くん……」
息の上がった基城を見て、四宮は驚いている様子だ。顔を合わせなかった優生は、気まずい表情を滲ませて基城から顔を逸らした。
──俺がオメガだからって気を遣って出て行ったんだろうけど。全部、お節介なんだよ。
そう投げかけてやりたくなるのをぐっと堪え、基城は拳を握る。食い込んだ爪の痛みで少し冷静になれた気がした。
恋人に見える二人に、ただの幼馴染の基城がずけずけと押し入っている構図に、周囲からは見えていることだろう。公開処刑もいいところだな、と嬉しくもないのに口角が自然と上がる。
「あのさ、四宮。俺も──オメガなんだ」
くりくりとした小動物のような瞳が大きく見開かれる。信じられないという顔をしている。それもそうだろう。神崎家といえばやり手の派手な姉三人がアルファで有名、末っ子の基城も世間にはアルファだと公表されている。
「え、嘘……」
「基城」
優生が焦った様子で、基城のほうを見る。それでも構わず、基城は言葉を続ける。
「嘘じゃない。そんなこと言われても信じられないだろうけど……四宮みたいに可愛げもないし」
「え、そんなっ」
四宮は両手をぶんぶんと振る。日頃から周りに可愛いと持て囃されていても、基城の言葉に頬を赤く染めている。基城は隣の優生へ視線をずらした。
「こいつ、面倒見いいし、というか、気が利きすぎておばあちゃんかよって思うときもあるし、若干天然入ってるけど……」
「おばあちゃんって。基城、どういう意味?」
「はあ!? そのままの意味!」
余計な揚げ足をとるな、と、基城は牽制する。数週間口も聞かず離れたことなどなかったが、久しぶりに顔を合わせても言い合うのは変わらない。
「俺、幼稚園からずっと優生と一緒でさ……だから、四宮に遠慮しろって言ってるわけじゃないんだけど。でも、言わせてほしくて。俺は……こいつのことが、大事なんだ」
もし優生がこの場にいなかったら、自身の気持ちをもっと直接的な言葉で伝えていた。今はこれが限界だ。しん……と沈黙が降り、優生も四宮も一言も発しない。
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