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愛されSubは尽くしたい
家出4
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……────。
チュンチュン、と小鳥が囀る爽やかな音で、汐の意識は浮上した。入口から差し込む光は柔らかいが、昨晩からどしゃ降りだった雨のせいで、じめっとした空気だ。
習慣で、いつも近くに転がっているスマートフォンを探したが、見当たらない。
ああ……と昨日の出来事を思い出す。
ドームから這い出て、汐は眩しい朝の日差しに目を細めた。フェンスの向こう側では、ランドセルを背負った小学生達が列をつくり、登校している。
突っ立っていても気が遠くなるような感じはしない。幸い、風邪は引いていないようだった。服は半乾きで気持ち悪い。気力と体力が回復した今は、頭の中が幾分かすっきりとクリアになっている。
通ってきた街並みや道筋を思い出しながら、汐は駅まで辿り着き、タクシーを掴まえた。家の住所を告げると、汐はふう、とため息をついて座席に深くもたれる。
朝の車通勤やバスの列に引っかかり、渋滞に巻き込まれたものの、三十分程で到着した。鍵を持っていないことを思い出し、汐はインターホンを鳴らす。
──すっごく怒られるかも。
「出て行け」と言われたら、島長に頼ろうか。スマートフォンが手元にない今、連絡手段もないが、不思議と考えは湧いてくる。
「汐……っ。もう、そんなに泥だらけになって……! どこに行ってたの!? あなたは少し目を離すと、ふらっとすぐにいなくなるんだから……!」
玄関を開けて出てきた紗那は、泥だらけになった汐をまず抱きしめた。
「も……苦しい。一日だけじゃん。……お金持ってないから、出してくれる? タクシーに乗ってきたから」
紗那は家の中から財布を持っていき、運転手に何度も頭を下げていた。中学の終わりくらいに背を追い越した母親の背中が、小さく見える。その光景に、ちくりと胸を刺された。
リビングのテーブルには、昨日汐が放り出した鞄があった。スマートフォンも横に置かれている。
そのことに安堵していると、「お風呂に入ってきなさい」と声がかかる。紗那の顔をまともに見られなくて、着替えを受け取った後、浴室に滑り込んだ。
母親は家にいて、父親は仕事に出ている。少し遅い朝の、いつもの日常が変わらずにあった。
シャワーで温まった汐は、スマートフォンを回収するために、リビングへ顔を出した。
「はい……はい。そうなんです。今さっき帰って来まして……。……汐。お父さんから」
保留にもしないまま、紗那が自分のスマートフォンを手渡してくる。後ろめたい気持ちがあり、心底電話には出たくなかった。
「……もしもし」
『汐くん!? ……ああ、よかった。本当に……よかった』
スピーカー越しの声が、震えている。沈黙が降りた途端、向こうから雑音が届いた。
──なんだ。仕事に行ってるんだ。
あの後、汐の鞄を持って帰って、普通に電車に乗って、帰宅して。汐がどこかに行ったと話したら、紗那が大袈裟に解釈したのだろう。
「体調は?」「怪我は?」と質問責めにあい、汐は単調に「うん」と答える。汐が疲れているだろうと気付いたらしく、創一は電話を切った。
「汐が家出したって言って。一晩中……汐のことを探していたのよ。お昼までに帰って来なかったら、警察に捜索願を出すところだった」
「……え? 仕事に行ってるんじゃないの」
警察、と言われて、汐は怖気づく。まさかそんなに大事になっているとは思っていなかったからだ。
「携帯も鍵も財布も、全部置いていったでしょう。だから、すぐに戻って来ると思っていたらしいの。お父さん、全部自分が悪い、って言っていたけれど……汐も大人でしょう。家出なんかして」
「ごめんなさい」
酷いことを言ってしまった。もし自分が創一に、「お前は本当の子供じゃない」と言われたら、傷つかない訳がないのに。
「……Domの人と、上手くいかなくて。イライラしてた」
「お父さんから聞いているわ。私達には第二性のことは正直分からない。言いにくいかもしれないけれど、きちんと教えて欲しいの。家族でしょう」
深見のことを指したつもりだが、紗那が言っているのは汐といざこざを起こした相手のほうだ。
よほど酷い顔をしていたのだろう。創一が帰ってくるまでに少しでも眠るように言われ、汐は何日かぶりにふかふかのベッドで身体と頭を休めた。
その日、創一が家に帰ってくることはなかった。
チュンチュン、と小鳥が囀る爽やかな音で、汐の意識は浮上した。入口から差し込む光は柔らかいが、昨晩からどしゃ降りだった雨のせいで、じめっとした空気だ。
習慣で、いつも近くに転がっているスマートフォンを探したが、見当たらない。
ああ……と昨日の出来事を思い出す。
ドームから這い出て、汐は眩しい朝の日差しに目を細めた。フェンスの向こう側では、ランドセルを背負った小学生達が列をつくり、登校している。
突っ立っていても気が遠くなるような感じはしない。幸い、風邪は引いていないようだった。服は半乾きで気持ち悪い。気力と体力が回復した今は、頭の中が幾分かすっきりとクリアになっている。
通ってきた街並みや道筋を思い出しながら、汐は駅まで辿り着き、タクシーを掴まえた。家の住所を告げると、汐はふう、とため息をついて座席に深くもたれる。
朝の車通勤やバスの列に引っかかり、渋滞に巻き込まれたものの、三十分程で到着した。鍵を持っていないことを思い出し、汐はインターホンを鳴らす。
──すっごく怒られるかも。
「出て行け」と言われたら、島長に頼ろうか。スマートフォンが手元にない今、連絡手段もないが、不思議と考えは湧いてくる。
「汐……っ。もう、そんなに泥だらけになって……! どこに行ってたの!? あなたは少し目を離すと、ふらっとすぐにいなくなるんだから……!」
玄関を開けて出てきた紗那は、泥だらけになった汐をまず抱きしめた。
「も……苦しい。一日だけじゃん。……お金持ってないから、出してくれる? タクシーに乗ってきたから」
紗那は家の中から財布を持っていき、運転手に何度も頭を下げていた。中学の終わりくらいに背を追い越した母親の背中が、小さく見える。その光景に、ちくりと胸を刺された。
リビングのテーブルには、昨日汐が放り出した鞄があった。スマートフォンも横に置かれている。
そのことに安堵していると、「お風呂に入ってきなさい」と声がかかる。紗那の顔をまともに見られなくて、着替えを受け取った後、浴室に滑り込んだ。
母親は家にいて、父親は仕事に出ている。少し遅い朝の、いつもの日常が変わらずにあった。
シャワーで温まった汐は、スマートフォンを回収するために、リビングへ顔を出した。
「はい……はい。そうなんです。今さっき帰って来まして……。……汐。お父さんから」
保留にもしないまま、紗那が自分のスマートフォンを手渡してくる。後ろめたい気持ちがあり、心底電話には出たくなかった。
「……もしもし」
『汐くん!? ……ああ、よかった。本当に……よかった』
スピーカー越しの声が、震えている。沈黙が降りた途端、向こうから雑音が届いた。
──なんだ。仕事に行ってるんだ。
あの後、汐の鞄を持って帰って、普通に電車に乗って、帰宅して。汐がどこかに行ったと話したら、紗那が大袈裟に解釈したのだろう。
「体調は?」「怪我は?」と質問責めにあい、汐は単調に「うん」と答える。汐が疲れているだろうと気付いたらしく、創一は電話を切った。
「汐が家出したって言って。一晩中……汐のことを探していたのよ。お昼までに帰って来なかったら、警察に捜索願を出すところだった」
「……え? 仕事に行ってるんじゃないの」
警察、と言われて、汐は怖気づく。まさかそんなに大事になっているとは思っていなかったからだ。
「携帯も鍵も財布も、全部置いていったでしょう。だから、すぐに戻って来ると思っていたらしいの。お父さん、全部自分が悪い、って言っていたけれど……汐も大人でしょう。家出なんかして」
「ごめんなさい」
酷いことを言ってしまった。もし自分が創一に、「お前は本当の子供じゃない」と言われたら、傷つかない訳がないのに。
「……Domの人と、上手くいかなくて。イライラしてた」
「お父さんから聞いているわ。私達には第二性のことは正直分からない。言いにくいかもしれないけれど、きちんと教えて欲しいの。家族でしょう」
深見のことを指したつもりだが、紗那が言っているのは汐といざこざを起こした相手のほうだ。
よほど酷い顔をしていたのだろう。創一が帰ってくるまでに少しでも眠るように言われ、汐は何日かぶりにふかふかのベッドで身体と頭を休めた。
その日、創一が家に帰ってくることはなかった。
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