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愛されSubは尽くしたい
不穏1
朝になって目が覚めたら、深見は部屋にいなかった。不安が頭をよぎったが、綺麗に畳まれた服の上にあるメモ書きを見て、ほっとする。
仕事があるから先に帰るというメッセージと、何かあったら連絡するように、と深見の連絡先が記されている。
──これって仕事の……じゃなくて、プライベートの番号だよね?
嬉しい。朝起きたときに深見が隣にいなかったことには不満だったけど、それが一気に吹き飛ぶくらいには嬉しい。
腰の筋肉がまだ突っ張る感じがしたが、身体を動かすうちにすぐに小さな違和感になった。汐が眠っている間に、服も着せてくれていたし、身体も綺麗になっていた。少し気恥ずかしい気持ちになり、誤魔化すために鼻歌をうたいながら、汐は部屋を出る準備をする。
「おはよう、誠吾さん。いろいろありがとう。また明日サロンで会えたら嬉しい……」
ハートマーク付きの最後の一文を消したり、また打ったりで指が行き来する。言っちゃえ、と頭の中のポジティブな汐がひょこっと出てきて、天の声に従い、送信ボタンを押す。
──わあああ、送ってしまった……!
既読がついたらもっと恥ずかしくなりそうで、汐はすぐにアプリを閉じた。友人とメッセージをやり取りするときは、あまり絵文字を多用しないが、深見宛てには増し増しだ。ちょっとあざとい気もする。でも、深見とのプレイの後で、今の汐の恋愛作戦は押せ押せだ。
そして部屋の扉の前が何やら騒がしい。清掃でも入っているのだろうか。
「ね、連れてきたんだから、早く……」
「今日は下見だけ。また今度な」
──出にくいなぁ。
最中にでもばったり出くわしたらどうしたものか。迷惑なカップルに、幸せな気持ちが目減りする。一人はかなり熱を上げているようで、もう一人はそんな相手をちょっとあしらいたいようだ。
しばらく経ってもプレイルームに入る様子もないので、汐は意を決して扉を開けた。なるべく下を向き、素早く立ち去ろうとしたけれど……。
「……天使 汐だよな! うっわ、懐かしいな……俺のこと覚えてる?」
「は……?」
青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。暗がりで声の主が誰なのか分からない。汐は振り返って驚く。
「本庄 一馬……が、何でこんなところにいんの」
変装という変装もしていない。汐の目の前にいるのは、大人気の若手俳優──本庄 一馬だった。もう一人の小柄な男は本庄の後ろへ隠れていたが、顔を伏せてすぐに去ってしまった。相手も芸能人だろうか。
「何かごめん。……追いかけなくていいの?」
「や、別にいい」
顔を向けることもしない。さっきのパートナーよりも、本庄は十数年ぶりに再会した汐に、興味を持っている。
「すっごいなあ! こんなところで会えるなんて偶然。引退って本当か? もう役者やってないのか」
「まあ……才能ないな、って思ってたし」
「そんなことないだろ。いっつも俺より選ばれてて、俺より仕事もらってたし。今からでも天使 汐の名前使ったらすぐ拾ってくれるんじゃねぇの」
──なんだ、こいつ。自慢でもしたいのか?
どこへ使われてもぱっとしない子役が、売れっ子俳優へと成長したシンデレラストーリーに、汐はわずかな拍手を送った。
「ていうか、有名人がこんなところに来ていいの? もっとシークレットなサロンがあったんじゃない?」
「あー……それなんだけど、内緒にしておいてくれる? マネージャーにも言ってないし。俺も天使 汐のことは内緒にしとくから」
もう十五年前だし、素性が知れたところでネタにもされないだろう。自虐的にそう思ったが、汐は「分かった」と了承する。
──Glare漏れてるんだけど。
なるほどDomか、と汐は納得し、足早に去ろうとした。
「Stop」
「……っ」
なんてことないDomからのCommandであれば、汐もある程度は無視することが出来る。ハイランクであるSubの特権だ。しかし、たった今飛んできたCommandを払えない。足に鉄球をつけられているようで、汐の歩みはぴたりと止まった。
「……ははっ。やっぱSubだったか」
「どういうつもりだよ。合意はしてな……」
「Shush」
今度は縫いつけられたみたいに、口が動かせなくなる。相手のDomは汐と同じくらいか、それより上のハイランクだ。汐は一切抵抗も出来なかった。容赦のないGlareが襲い、身体の底から抑えきれない震えがやってくる。
「ナギって呼ばれてたよなぁ。ここではそれなりに有名だったんだぜ。あの高飛車で生意気なSubを跪かせたい、って。……まあ、そこらへんの低レベルじゃ、相手にもならなかった訳だが」
Domが怖いと思ったのは初めてだ。本庄は汐の前へまわると、端正な顔をぐにゃりと歪めた。
「凪原 汐のときはお前だって俺と同じ、売れない子役だった」
凪原は汐の父親の名字だ。
「で、天使に名前を変えたらどうなった? ……俺も小さいときなんか、コネだって分かんなかったさ。そりゃあ、売れる訳だよなぁ。実力なんかなくったって」
「……」
本庄の言うことには一理ある。母親はプロデューサーである創一と再婚し、売れない子役だった汐には、たくさんの仕事が舞い込んできた。
「俺は実力だけでここまで上がってきた。母親がプロデューサーと寝て仕事をもらった、あんたとは違う。……なあ、土下座してくれよ。今ここで」
汐の中の本能は、その命令に従いたいと望んでいる。手のひらに爪を食い込ませ、汐は必死に堪えた。本庄の加虐心に火を点けると分かっていても。
仕事があるから先に帰るというメッセージと、何かあったら連絡するように、と深見の連絡先が記されている。
──これって仕事の……じゃなくて、プライベートの番号だよね?
嬉しい。朝起きたときに深見が隣にいなかったことには不満だったけど、それが一気に吹き飛ぶくらいには嬉しい。
腰の筋肉がまだ突っ張る感じがしたが、身体を動かすうちにすぐに小さな違和感になった。汐が眠っている間に、服も着せてくれていたし、身体も綺麗になっていた。少し気恥ずかしい気持ちになり、誤魔化すために鼻歌をうたいながら、汐は部屋を出る準備をする。
「おはよう、誠吾さん。いろいろありがとう。また明日サロンで会えたら嬉しい……」
ハートマーク付きの最後の一文を消したり、また打ったりで指が行き来する。言っちゃえ、と頭の中のポジティブな汐がひょこっと出てきて、天の声に従い、送信ボタンを押す。
──わあああ、送ってしまった……!
既読がついたらもっと恥ずかしくなりそうで、汐はすぐにアプリを閉じた。友人とメッセージをやり取りするときは、あまり絵文字を多用しないが、深見宛てには増し増しだ。ちょっとあざとい気もする。でも、深見とのプレイの後で、今の汐の恋愛作戦は押せ押せだ。
そして部屋の扉の前が何やら騒がしい。清掃でも入っているのだろうか。
「ね、連れてきたんだから、早く……」
「今日は下見だけ。また今度な」
──出にくいなぁ。
最中にでもばったり出くわしたらどうしたものか。迷惑なカップルに、幸せな気持ちが目減りする。一人はかなり熱を上げているようで、もう一人はそんな相手をちょっとあしらいたいようだ。
しばらく経ってもプレイルームに入る様子もないので、汐は意を決して扉を開けた。なるべく下を向き、素早く立ち去ろうとしたけれど……。
「……天使 汐だよな! うっわ、懐かしいな……俺のこと覚えてる?」
「は……?」
青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。暗がりで声の主が誰なのか分からない。汐は振り返って驚く。
「本庄 一馬……が、何でこんなところにいんの」
変装という変装もしていない。汐の目の前にいるのは、大人気の若手俳優──本庄 一馬だった。もう一人の小柄な男は本庄の後ろへ隠れていたが、顔を伏せてすぐに去ってしまった。相手も芸能人だろうか。
「何かごめん。……追いかけなくていいの?」
「や、別にいい」
顔を向けることもしない。さっきのパートナーよりも、本庄は十数年ぶりに再会した汐に、興味を持っている。
「すっごいなあ! こんなところで会えるなんて偶然。引退って本当か? もう役者やってないのか」
「まあ……才能ないな、って思ってたし」
「そんなことないだろ。いっつも俺より選ばれてて、俺より仕事もらってたし。今からでも天使 汐の名前使ったらすぐ拾ってくれるんじゃねぇの」
──なんだ、こいつ。自慢でもしたいのか?
どこへ使われてもぱっとしない子役が、売れっ子俳優へと成長したシンデレラストーリーに、汐はわずかな拍手を送った。
「ていうか、有名人がこんなところに来ていいの? もっとシークレットなサロンがあったんじゃない?」
「あー……それなんだけど、内緒にしておいてくれる? マネージャーにも言ってないし。俺も天使 汐のことは内緒にしとくから」
もう十五年前だし、素性が知れたところでネタにもされないだろう。自虐的にそう思ったが、汐は「分かった」と了承する。
──Glare漏れてるんだけど。
なるほどDomか、と汐は納得し、足早に去ろうとした。
「Stop」
「……っ」
なんてことないDomからのCommandであれば、汐もある程度は無視することが出来る。ハイランクであるSubの特権だ。しかし、たった今飛んできたCommandを払えない。足に鉄球をつけられているようで、汐の歩みはぴたりと止まった。
「……ははっ。やっぱSubだったか」
「どういうつもりだよ。合意はしてな……」
「Shush」
今度は縫いつけられたみたいに、口が動かせなくなる。相手のDomは汐と同じくらいか、それより上のハイランクだ。汐は一切抵抗も出来なかった。容赦のないGlareが襲い、身体の底から抑えきれない震えがやってくる。
「ナギって呼ばれてたよなぁ。ここではそれなりに有名だったんだぜ。あの高飛車で生意気なSubを跪かせたい、って。……まあ、そこらへんの低レベルじゃ、相手にもならなかった訳だが」
Domが怖いと思ったのは初めてだ。本庄は汐の前へまわると、端正な顔をぐにゃりと歪めた。
「凪原 汐のときはお前だって俺と同じ、売れない子役だった」
凪原は汐の父親の名字だ。
「で、天使に名前を変えたらどうなった? ……俺も小さいときなんか、コネだって分かんなかったさ。そりゃあ、売れる訳だよなぁ。実力なんかなくったって」
「……」
本庄の言うことには一理ある。母親はプロデューサーである創一と再婚し、売れない子役だった汐には、たくさんの仕事が舞い込んできた。
「俺は実力だけでここまで上がってきた。母親がプロデューサーと寝て仕事をもらった、あんたとは違う。……なあ、土下座してくれよ。今ここで」
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