愛されSubは尽くしたい

リミル

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愛されSubは尽くしたい(最終章)

お家デート

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平日の昼間。あと一ヶ月半はある夏休みを、汐はクーラーのよく効いた部屋でだらだらと過ごしていた。Colorを選びに行く日、深見と旅行に行く日、さらに深見の親族と顔合わせをする日と、空白のスケジュールはとんとんと埋まっていった。水族館デートの日に、汐の我儘で置き去りにしてしまったイルカのぬいぐるみを胸に抱きながら、ソファをベッド代わりにしている。深見が「汐君がいないと寂しくて死にそう」と、息を吐くように言うので、癒やしになればと思い、オンラインショップで取り寄せたのだ。

──誠吾さん、お仕事大変なんだなぁ……。

ペンギンのぬいぐるみを枕にしながら、今日も泣きそうな顔で出ていった深見の姿を思い浮かべていた。

SubならばGlare不足でむしゃくしゃしたり酷く落ち込んだりと、心身に支障をきたすのだが、Domはどうなんだろう。

手元のスマートフォンで、Domの横にスペースと近頃の深見の様子を打ち込み、検索ボタンを押す。やっぱり汐の探しているような記事は出てこない。

その日の夜、疲労を目の下に溜め込んで帰ってきた深見を、汐は満開の笑顔で迎えた。顔色も健康的ではない気がする。それでも顔つきはそのままの、世界一格好いい「誠吾さん」だ。

玄関先でぎゅうぎゅうと抱きつかれ、廊下を歩く間も一ミリ足りとも離れない。深見が帰宅するまで隠れて待っていようかな、と悪い考えがふと浮かんだが、そうしたら落ち込むどころの話ではないかもしれない。

「ね、誠吾さん。目瞑ってこっちまで来て」
「……今日はまだ汐君を一分も見ていないんだ。もう少し」
「それなら僕も今日は全然だよ。サプライズしたいから……ね? お願い」

しぶしぶながら深見は了承した。お願いした通りに瞼を閉じた深見の両手を引いて、海の生き物達だらけになったソファへ座るよう促す。

「いい匂いがするな。カレーか?」
「うん。当たり。もう開けていいよ」

八割が魚介と肉で、残りの二割がルーの贅沢なカレーに、深見は驚いている。お高いレトルトでもこんなに豪華な食材で出来たものはないだろう。連日疲れて帰ってくる深見に何か出来ないかと、汐は料理初心者がつくっても失敗しないだろうカレーを、昼間から仕込んでいた。

「これ、もしかして、汐君の手作りか?」
「うん……えっと。一週間分の食費全部使っちゃった。ごめんなさい」

共同の財布……と言っても、出資は全て深見の給料からだ。深見から見たことのない色のカードをぽんと渡されたけれど、落としたりでもしたら大変なことになりそうだから、一度も使わず仕舞いで引き出しに眠らせている。

「それとね。ほら。誠吾さんが一人のときでも寂しくないように、家族が増えましたー」
「え、ああ……この前のやつか。やっぱり欲しかったんじゃないか」
「……こっちは玉砕覚悟のデートだったので」

今や玉砕の一字も頭をよぎらないくらい、交際は順調だ。落ち着いたトーンのインテリアの中で、海の生物達は少し浮き気味だった。

「美味しそうだな、カレー。どれだけ掬っても具しか出てこない」
「この前キャンプに行ったじゃん。お父さんが張り切っていろいろ用意してたから、ほとんど余っちゃったんだよね。それで、全部カレーに入れてみたら食べられるんじゃないかって」

自給自足の本格的なものではなく、創一が連れて行ってくれたのは流行りのグランピングだった。食材や調理器具は全て用意されているし、テントはウッドハウスの上で初心者でも快適だ。汐が参加するのは高校一年のとき以来だったので、そのせいか創一がえらく張り切っていたのを覚えている。汐の食が細く、肉と魚介を余らせてしまい、宿泊した翌日の朝と昼の食事は、それらを入れたカレーになった。

「ね、ね? 美味しい?」

深見の腕に纏わりつきながら、汐は感想をねだった。大きい肉の欠片を一口食べたきりで、次の一口を運ぼうとしないので不安になる。かと思いきや、スプーンは皿に取り残したままで、深見は天を仰ぎながら目頭を押さえている。

「あれ……。辛かったかなぁ……? ちゃんと箱の裏に書いてある通りにつくったんだけど」

深見のオーバーなリアクションに気圧されていたが、汐ははっと素に戻りすぐさまルーを掬って味見をする。味は何ら変わらない。深見が帰ってくるまでに食べたのと同じ味だ。

「あんまりお口に合わなかったかなぁ。ごめんね誠吾さん。これは僕が食べるから……」
「いや、違うんだ。あまりにも美味し過ぎて涙が」
「へっ? なんだぁ……びっくりしちゃった。紛らわしいよっ。だよねー。一皿一万円くらいするからね、そのカレー。お店で一番いいお肉買っちゃった」

自炊の腕を高級食材でカバーした甲斐があった。深見に涙ぐまれるほど喜んでもらえて、汐も嬉しくなる。深見以外のDomには芽生えなかった、誰かに尽くしたいという気持ち──汐の心の中は甘酸っぱい初恋のような爽やかな気分だった。

泣くほどの味かなぁ、と汐は少し疑心暗鬼になったものの、先日汐も嬉しい言葉の数々で泣かされたのでおあいこだと思えば。

「たくさん食べてお仕事頑張ってね。……次につくるときは、ちゃんと節約します。あ、でも。愛情は節約しないから」

だから、今後味が落ちても許してね、と汐は半分ふざけて言った……つもりだった。深見に向けてぱちん、と茶目っ気たっぷりのウインクを飛ばす。けれど、深見は微笑むこともなく、能面のように無表情を貫いていた。

──え、えぇ……。冗談通じないタイプなのかな。

愛想と色気の塊で出来ている友人から学んだノウハウは、深見には通じなかったらしい。……恐らく、汐の実力と実践不足が原因だが。

「はあ……汐君が可愛い。好きだ、好きすぎて……いつでも汐君のことしか考えられない」

がばっと厚い胸の中へと抱かれて、汐の身体は背中からソファへ着地した。最近の深見の行動は唐突で、汐の予想の遥か斜め上をいってしまう。汐ががむしゃらに深見に想いを伝えていたとき以上に、深見の好意はパンパンに膨らんでいそうだ。

「あ……の、誠吾さん。Glareが欲しい。すごく濃いの……」
「ああ。気が付かなくてすまない。僕のために美味しい料理をつくってくれてありがとう」
「ん……あ」

深見のGlareは格別だ。きっとあの事故の日、出会ったのが深見でなければ、汐はSubdropから戻ってくることは叶わなかっただろう。覆い被さる深見と視線を絡め、汐は意識をそのまま委ねた。
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