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【4章】はじめての幼稚園
初登園日1
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……────。
「やーっ! なのっ!!」
「もう……。昨日は幼稚園行くって言ったよね?」
登園前、駄々を捏ねた斗和は園指定のベレー帽を、床に向かって投げた。千歳はそれを拾い上げ、斗和に被せようとしたが、走って逃げられてしまう。
レグルシュと夫夫になり、そして番になり、二年が経った。斗和が成長するのはあっという間だ。
千歳は特段甘やかしているつもりはないのだが、言葉をだいぶ覚えるようになってからは、我儘の度合いが上振れている気がする。朝食を摂っている間は普通だったのに、制服に着替えさせた途端に不満そうな顔をしていた。
「パパー!」
斗和は逃げた先にちょうどいたレグルシュに、抱きついた。レグルシュは泣き顔の斗和を抱き上げ、「どうした?」と優しい声で問いかけた。
「斗和が今日になって幼稚園行きたくないって……」
「パパとあそぶ!」
千歳の言葉を掻き消すように、斗和が大声で叫んだ。レグルシュは嬉しそうにはにかんだが、千歳の顔を見ると息子をゆっくりと足元へ下ろした。
「パパはお仕事で、斗和は幼稚園に行くんでしょう?」
「えー。ママは?」
「ママは斗和を幼稚園に連れて行くの」
今度こそ振り落とされないように、千歳はベレー帽の留め具を斗和の髪につける。息子の希望なら何でも叶えてくれるパパに振られて、斗和の顔はますます険しくなった。
そんな表情でも可愛いことには変わりないのだが。千歳は「行くよ」と我が子の背中を押す。
「俺も暇があれば顔を出す」
「え? ……うん。ありがとう」
レグルシュは千歳に向かってこそっと耳打ちした。レグルシュが革靴に履き替えるのを見て、斗和も同じように運動靴へ履き替えた。
──体験入園のときは、すごく楽しそうにしてたのに……。
数ヶ月前、親同伴で体験する機会があり、千歳とレグルシュは斗和を連れて行った。同い年の子がたくさんいる環境は初めてで、気後れしないかと心配だったのだがそれは杞憂で。違和感なく馴染めたのだと思ったけれども。
斗和やユキのような外見の子供は、外ではほとんど見かけない。斗和自身も他人との違いが分かるようになってきた年齢で、普通の子とは異なる点をたまに千歳に話すことがある。
落ち込んだりしょんぼりしている様子ではないので、千歳もレグルシュも深刻には受け止めなかった。
「斗和。夕ご飯のときに幼稚園であったことをお話しして」
「んー……」
「パパは幼稚園に行ったことがないから、斗和のお話が聞きたい」
レグルシュがそう言うと、斗和の機嫌は少しだけ直った。ユキの世話に手を焼いていた頃が嘘のように、レグルシュは滑らかに喋る。
レグルシュは仕事用の車へ乗り、斗和と一緒に発つのを見送った。不安そうにする斗和を、レグルシュは最後まで心配そうに見つめていた。
千歳は自家用車の後部座席へ斗和を乗せる。
「ユキにぃには今日来る?」
「ユキくん? 今日は来ないよ」
「なんでっ!?」
斗和は六歳年上の従兄弟を「にぃに」と呼んでいる。たまの休日に子供を連れてお互いの家を行き来するうちに、すっかり仲良くなった。
今でも一番仲良しの友達は、ユキだ。もちろん二人が仲良くなって嬉しいのだが、斗和のほうが少し依存し過ぎているような気もする。まだ三歳なので、ユキ以外に頻繁に遊ぶ子がいないからという理由もあるが。
「にぃにといっしょって言った!」
「誰が言ったの?」
「ママ!」
千歳は自分の記憶を辿る。ユキが幼稚園に来るようなことは一言も言っていない。
「にぃと同じって!」
「おなじ……? ……もしかして、ユキくんと一緒の幼稚園って言ったこと?」
千歳は「あっ」と漏らした。斗和が通うことになった幼稚園は、ユキが通園していた「きらぼし幼稚園」だ。「ユキの通っていた幼稚園」という言葉を「ユキと同じ幼稚園」と、千歳とレグルシュは何度か口にしていた。斗和はそれを覚えていたのだろう。
「あのね、斗和が行く幼稚園は、ユキくんが昔通っていたところなんだよ。ユキくんは斗和よりもお兄さんだから、今は小学校に行ってるの」
「なんでっ!?」
「お兄さんになったら幼稚園と違うところに行くからだよ」
千歳の説明に納得できない様子で、斗和はぷすーっと頬を膨らませた。後部座席で足をばたばたとさせていたので、千歳は「お行儀が悪い」と注意した。
「斗和。パパから頼まれたこと、何だったっけ?」
「……ようちえんのお話する」
「パパもママも幼稚園のお話聞きたいなぁ」
千歳はお願い作戦を使うことにした。理由もわからずイヤイヤと拒否する歳は過ぎたので、斗和に何かしてほしいときは、少し遠回しにお願いしてみたりする。口下手なレグルシュもよく使う作戦だ。
頼られているんだと分かると、斗和の表情が柔らかくなる。千歳は運転しながら、きらぼし幼稚園にある大きな滑り台や、ゆりかごみたいに大きなブランコで遊べることを話した。
「ようえんちすごーい! ようえんち行くっ!」
「ふふっ。幼稚園ね」
斗和は「ようえんち!」とご機嫌な歌をうたい始める。千歳も楽しくなって、鼻歌で合いの手を入れる。登園する気持ちがゼロから百に一気に振れるのだから、子供心は単純だ。けれども大人よりも難しい。
「やーっ! なのっ!!」
「もう……。昨日は幼稚園行くって言ったよね?」
登園前、駄々を捏ねた斗和は園指定のベレー帽を、床に向かって投げた。千歳はそれを拾い上げ、斗和に被せようとしたが、走って逃げられてしまう。
レグルシュと夫夫になり、そして番になり、二年が経った。斗和が成長するのはあっという間だ。
千歳は特段甘やかしているつもりはないのだが、言葉をだいぶ覚えるようになってからは、我儘の度合いが上振れている気がする。朝食を摂っている間は普通だったのに、制服に着替えさせた途端に不満そうな顔をしていた。
「パパー!」
斗和は逃げた先にちょうどいたレグルシュに、抱きついた。レグルシュは泣き顔の斗和を抱き上げ、「どうした?」と優しい声で問いかけた。
「斗和が今日になって幼稚園行きたくないって……」
「パパとあそぶ!」
千歳の言葉を掻き消すように、斗和が大声で叫んだ。レグルシュは嬉しそうにはにかんだが、千歳の顔を見ると息子をゆっくりと足元へ下ろした。
「パパはお仕事で、斗和は幼稚園に行くんでしょう?」
「えー。ママは?」
「ママは斗和を幼稚園に連れて行くの」
今度こそ振り落とされないように、千歳はベレー帽の留め具を斗和の髪につける。息子の希望なら何でも叶えてくれるパパに振られて、斗和の顔はますます険しくなった。
そんな表情でも可愛いことには変わりないのだが。千歳は「行くよ」と我が子の背中を押す。
「俺も暇があれば顔を出す」
「え? ……うん。ありがとう」
レグルシュは千歳に向かってこそっと耳打ちした。レグルシュが革靴に履き替えるのを見て、斗和も同じように運動靴へ履き替えた。
──体験入園のときは、すごく楽しそうにしてたのに……。
数ヶ月前、親同伴で体験する機会があり、千歳とレグルシュは斗和を連れて行った。同い年の子がたくさんいる環境は初めてで、気後れしないかと心配だったのだがそれは杞憂で。違和感なく馴染めたのだと思ったけれども。
斗和やユキのような外見の子供は、外ではほとんど見かけない。斗和自身も他人との違いが分かるようになってきた年齢で、普通の子とは異なる点をたまに千歳に話すことがある。
落ち込んだりしょんぼりしている様子ではないので、千歳もレグルシュも深刻には受け止めなかった。
「斗和。夕ご飯のときに幼稚園であったことをお話しして」
「んー……」
「パパは幼稚園に行ったことがないから、斗和のお話が聞きたい」
レグルシュがそう言うと、斗和の機嫌は少しだけ直った。ユキの世話に手を焼いていた頃が嘘のように、レグルシュは滑らかに喋る。
レグルシュは仕事用の車へ乗り、斗和と一緒に発つのを見送った。不安そうにする斗和を、レグルシュは最後まで心配そうに見つめていた。
千歳は自家用車の後部座席へ斗和を乗せる。
「ユキにぃには今日来る?」
「ユキくん? 今日は来ないよ」
「なんでっ!?」
斗和は六歳年上の従兄弟を「にぃに」と呼んでいる。たまの休日に子供を連れてお互いの家を行き来するうちに、すっかり仲良くなった。
今でも一番仲良しの友達は、ユキだ。もちろん二人が仲良くなって嬉しいのだが、斗和のほうが少し依存し過ぎているような気もする。まだ三歳なので、ユキ以外に頻繁に遊ぶ子がいないからという理由もあるが。
「にぃにといっしょって言った!」
「誰が言ったの?」
「ママ!」
千歳は自分の記憶を辿る。ユキが幼稚園に来るようなことは一言も言っていない。
「にぃと同じって!」
「おなじ……? ……もしかして、ユキくんと一緒の幼稚園って言ったこと?」
千歳は「あっ」と漏らした。斗和が通うことになった幼稚園は、ユキが通園していた「きらぼし幼稚園」だ。「ユキの通っていた幼稚園」という言葉を「ユキと同じ幼稚園」と、千歳とレグルシュは何度か口にしていた。斗和はそれを覚えていたのだろう。
「あのね、斗和が行く幼稚園は、ユキくんが昔通っていたところなんだよ。ユキくんは斗和よりもお兄さんだから、今は小学校に行ってるの」
「なんでっ!?」
「お兄さんになったら幼稚園と違うところに行くからだよ」
千歳の説明に納得できない様子で、斗和はぷすーっと頬を膨らませた。後部座席で足をばたばたとさせていたので、千歳は「お行儀が悪い」と注意した。
「斗和。パパから頼まれたこと、何だったっけ?」
「……ようちえんのお話する」
「パパもママも幼稚園のお話聞きたいなぁ」
千歳はお願い作戦を使うことにした。理由もわからずイヤイヤと拒否する歳は過ぎたので、斗和に何かしてほしいときは、少し遠回しにお願いしてみたりする。口下手なレグルシュもよく使う作戦だ。
頼られているんだと分かると、斗和の表情が柔らかくなる。千歳は運転しながら、きらぼし幼稚園にある大きな滑り台や、ゆりかごみたいに大きなブランコで遊べることを話した。
「ようえんちすごーい! ようえんち行くっ!」
「ふふっ。幼稚園ね」
斗和は「ようえんち!」とご機嫌な歌をうたい始める。千歳も楽しくなって、鼻歌で合いの手を入れる。登園する気持ちがゼロから百に一気に振れるのだから、子供心は単純だ。けれども大人よりも難しい。
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