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【6章】愛人オメガは運命の恋に拾われる
可愛い求婚者
「……あ、レグ……しごと、が」
「……キスだけだ。加減はする」
口付けの合間に、予防線を張ると、レグルシュは再び舌を入れてくる。
「ん……っ、ふ……あ。レ、レグ……斗和が、起きちゃうから」
レグルシュの胸をとんとんと叩いた。レグルシュは名残惜しそうに唇を舐め、千歳からしぶしぶ離れる。そんな時、窓の向こうから「あー!!」と大きな声がした。二人は同時にその方向を向いた。
「ちーとレグがちゅうしてるっ!!」
──え、どうして……?
ベランダの窓に額と手のひらと頬をくっつけたユキが、じーっとこちらを見ていた。どうしてここに。遅れてユキが放った言葉を理解し、千歳はこれ以上にないほど赤面した。慌てて千歳はユキのほうへ走り寄り、ベランダの鍵を開けた。
「ちぃーっ! おはようございます!」
「お……おはようございます」
目の前にいるのは、紛れもなくレグルシュの甥で、千歳がシッターをしていた……ユキだ。私立小学校に通うユキは、秋冬の制服を着ていた。チャコールのブレザーに半ズボン。セーラー帽子は被る気がないのか、頭の後ろにある。
学生服はエレナによく写真で見せてもらっているが、実物はいっそう可愛い。
「学校の服どーお? 似合う?」
「すごく似合ってるよ。可愛いね」
「んー……かわいくないの」
きっと誰に聞いても、そう言うだろう。男の子のユキは「可愛い」と言われるのがあまり好きではない。しかし、千歳にとって、小学二年生になったユキは、大きくなってもまだまだ可愛い。
「人の家の庭に勝手に入ってくるな。不法侵入だぞ」
「ふほう……? 勝手じゃないもん。レグのお家にいたことある!」
「静かにしろ。斗和が起きたら……」
「えーっ!? 斗和いるの? 会いたい!」
レグルシュはユキの頭にぐりぐりと拳を沈ませる。ユキに助けを求められ、千歳は「しー」と指を唇に押し当てる。ユキは真似をして、「しー!」と同じポーズをした。
「斗和はねんねしたばかりだから、静かにしてあげてね」
「うん。分かった」
「……今日は一人で来たんじゃないよね? エレナさんと樹さんは?」
千歳が問いかけるのとほぼ同時に、ユキの名前を呼ぶ声がした。門扉から裏庭に回ってきたエレナが、ユキを捕まえた。
「お邪魔してごめんねー。ユキが千歳くんに会いたかったみたいで」
「エレナさん! 樹さんも、お久しぶりです。……ユキくん、今日は学校は?」
「創立記念日でお休みなの。久しぶりに、千歳くんとレグのところに行きたかったのよねぇ」
「ねー!」
エレナとユキはにこにこと笑い合う。仲睦まじい様子に、千歳も自然と笑顔になる。一方で、隣のレグルシュは眦を吊り上げていた。
「早朝から押しかけてくるなんて、どういう了見だ?」
「ちょっと顔見せに来ただけじゃない。すぐに帰るわよ。ユキと離れて寂しいんじゃないかって、お姉様がせっかく気を遣ってあげてるのに」
「いらん世話だ」
「素直じゃないんだから」
エレナは軽くレグルシュの脇腹を小突いた。ふとユキを見ると、ベビーベッドの柵の隙間から斗和に触ろうとしていたので、千歳は慌てて抱き上げて止めた。
「斗和可愛いから触りたいっ」
「斗和はね、寝かせてあげないと泣いちゃうから。また今度遊んであげてね」
「えー」
ユキは不満げに頬をぷくっと大きくさせた。数年の間にユキはすっかり重くなり、千歳はその成長ぶりに驚く。樹にユキを引き渡すときに、ちゅっ、と不意打ちで頬にキスをされてしまった。
「わっ……ユキくんっ」
「んふふ。ちー大好き。いつか俺と結婚しようね?」
ユキの熱烈な告白に、千歳は何と返せばよいか詰まってしまった。正直に答えてよいものか濁すべきか。千歳が迷っていると、夫であるレグルシュがユキの告白をばっさりと切り捨てた。
「千歳は俺と結婚しているから無駄だぞ。遅かったな」
「……え? だって、俺が一番最初に言ったんだよ?」
「ね?」とユキに期待の眼差しを向けられて、千歳は視線を宙に泳がせる。しかし、ユキはへそを曲げるどころか、
「じゃあ、俺とも結婚して!」と言い放った。
エレナは顔を伏せて笑いを堪えているし、樹はレグルシュに向かって何度も頭を下げている。
「え……? えーっと」
「おい。ふざけるな。千歳も斗和もお前にはやらん」
視線をぶつけ合う二人に、唯一入っていけるエレナが止めに入る。
「もう! ユキもあんたも! 千歳くんが困ってるでしょうが」
「だったら最初から連れて来るな」
「はいはい。千歳くん、朝からごめんね。ちょっと挨拶するだけだったのよ。私達、これから家族でお出かけだから」
「そうだったのですね。お出かけ、楽しんできてください」
「ありがとう。ユキがどうしても千歳くんに制服を見せたいって言うから。また家に戻ってお着替えしてから出発ね」
小学校でも、ユキは元気そうで楽しく通えていてよかった。千歳とレグルシュは、三人を門扉まで見送りに出る。外は澄み渡る晴天で、お出かけ日和だ。
「ユキくん楽しんできてね」
「うんっ! ちーにお土産と写真いーっぱいあげるね!」
「ふふ。嬉しい。楽しみにしてるね」
そして帰り際、唐突にユキが
「レグとちー。キスしてた!」
と皆に言った。レグルシュと千歳は互いに顔を合わせ、すぐに逸らす。
「そりゃあ、するわよ。キスくらい。新婚なんだから」
「エレナさん……!」
からかっているつもりは毛頭ないのだろう。エレナは当然でしょ、というような口ぶりで、ユキに語っている。スポンジのように柔らかい頭に、エレナの言うことが吸収されていくのを、千歳はただ見ていることしかできなかった。
「……ユキに余計なことを教えるな」
「どうせ意地悪で見せつけたんでしょうが」
千歳の頬に負けないくらい、レグルシュの首筋と耳は赤く染まっている。ユキの家族は、まるで嵐のように去っていった。レグルシュも、もう少ししたら出発する時間だ。すっかりいつもの慌ただしい日常になってしまい、レグルシュは不満を述べながら黄身の潰れた卵焼きを食べている。
「ユキくん。すごく可愛くなってましたね」
「どうだか。だんだん姉貴に似てきたな」
「それは……褒めてるんですよね?」
「聞かなかったことにしてくれ」
レグルシュがくすりと笑ったので、千歳も笑顔になる。斗和に行ってきますのキスをした後、千歳にも同じようにする。頬だけだと思ったら、唇にも。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
レグルシュの愛情表現は言葉よりも分かりやすく、はじめのうちは戸惑っていた千歳も、少しずつ慣れてきた。それでもやっぱり、レグルシュが出発した後は、恥ずかしさで悶絶してしまうのだ。
──レグ……パパは、今日も格好いいね。
ドキドキする胸を紛らわせるように、千歳はベビーベッドで眠る、愛しい人にそっくりの斗和に呟いた。
『愛人オメガは運命の恋に拾われる』fin.
「……キスだけだ。加減はする」
口付けの合間に、予防線を張ると、レグルシュは再び舌を入れてくる。
「ん……っ、ふ……あ。レ、レグ……斗和が、起きちゃうから」
レグルシュの胸をとんとんと叩いた。レグルシュは名残惜しそうに唇を舐め、千歳からしぶしぶ離れる。そんな時、窓の向こうから「あー!!」と大きな声がした。二人は同時にその方向を向いた。
「ちーとレグがちゅうしてるっ!!」
──え、どうして……?
ベランダの窓に額と手のひらと頬をくっつけたユキが、じーっとこちらを見ていた。どうしてここに。遅れてユキが放った言葉を理解し、千歳はこれ以上にないほど赤面した。慌てて千歳はユキのほうへ走り寄り、ベランダの鍵を開けた。
「ちぃーっ! おはようございます!」
「お……おはようございます」
目の前にいるのは、紛れもなくレグルシュの甥で、千歳がシッターをしていた……ユキだ。私立小学校に通うユキは、秋冬の制服を着ていた。チャコールのブレザーに半ズボン。セーラー帽子は被る気がないのか、頭の後ろにある。
学生服はエレナによく写真で見せてもらっているが、実物はいっそう可愛い。
「学校の服どーお? 似合う?」
「すごく似合ってるよ。可愛いね」
「んー……かわいくないの」
きっと誰に聞いても、そう言うだろう。男の子のユキは「可愛い」と言われるのがあまり好きではない。しかし、千歳にとって、小学二年生になったユキは、大きくなってもまだまだ可愛い。
「人の家の庭に勝手に入ってくるな。不法侵入だぞ」
「ふほう……? 勝手じゃないもん。レグのお家にいたことある!」
「静かにしろ。斗和が起きたら……」
「えーっ!? 斗和いるの? 会いたい!」
レグルシュはユキの頭にぐりぐりと拳を沈ませる。ユキに助けを求められ、千歳は「しー」と指を唇に押し当てる。ユキは真似をして、「しー!」と同じポーズをした。
「斗和はねんねしたばかりだから、静かにしてあげてね」
「うん。分かった」
「……今日は一人で来たんじゃないよね? エレナさんと樹さんは?」
千歳が問いかけるのとほぼ同時に、ユキの名前を呼ぶ声がした。門扉から裏庭に回ってきたエレナが、ユキを捕まえた。
「お邪魔してごめんねー。ユキが千歳くんに会いたかったみたいで」
「エレナさん! 樹さんも、お久しぶりです。……ユキくん、今日は学校は?」
「創立記念日でお休みなの。久しぶりに、千歳くんとレグのところに行きたかったのよねぇ」
「ねー!」
エレナとユキはにこにこと笑い合う。仲睦まじい様子に、千歳も自然と笑顔になる。一方で、隣のレグルシュは眦を吊り上げていた。
「早朝から押しかけてくるなんて、どういう了見だ?」
「ちょっと顔見せに来ただけじゃない。すぐに帰るわよ。ユキと離れて寂しいんじゃないかって、お姉様がせっかく気を遣ってあげてるのに」
「いらん世話だ」
「素直じゃないんだから」
エレナは軽くレグルシュの脇腹を小突いた。ふとユキを見ると、ベビーベッドの柵の隙間から斗和に触ろうとしていたので、千歳は慌てて抱き上げて止めた。
「斗和可愛いから触りたいっ」
「斗和はね、寝かせてあげないと泣いちゃうから。また今度遊んであげてね」
「えー」
ユキは不満げに頬をぷくっと大きくさせた。数年の間にユキはすっかり重くなり、千歳はその成長ぶりに驚く。樹にユキを引き渡すときに、ちゅっ、と不意打ちで頬にキスをされてしまった。
「わっ……ユキくんっ」
「んふふ。ちー大好き。いつか俺と結婚しようね?」
ユキの熱烈な告白に、千歳は何と返せばよいか詰まってしまった。正直に答えてよいものか濁すべきか。千歳が迷っていると、夫であるレグルシュがユキの告白をばっさりと切り捨てた。
「千歳は俺と結婚しているから無駄だぞ。遅かったな」
「……え? だって、俺が一番最初に言ったんだよ?」
「ね?」とユキに期待の眼差しを向けられて、千歳は視線を宙に泳がせる。しかし、ユキはへそを曲げるどころか、
「じゃあ、俺とも結婚して!」と言い放った。
エレナは顔を伏せて笑いを堪えているし、樹はレグルシュに向かって何度も頭を下げている。
「え……? えーっと」
「おい。ふざけるな。千歳も斗和もお前にはやらん」
視線をぶつけ合う二人に、唯一入っていけるエレナが止めに入る。
「もう! ユキもあんたも! 千歳くんが困ってるでしょうが」
「だったら最初から連れて来るな」
「はいはい。千歳くん、朝からごめんね。ちょっと挨拶するだけだったのよ。私達、これから家族でお出かけだから」
「そうだったのですね。お出かけ、楽しんできてください」
「ありがとう。ユキがどうしても千歳くんに制服を見せたいって言うから。また家に戻ってお着替えしてから出発ね」
小学校でも、ユキは元気そうで楽しく通えていてよかった。千歳とレグルシュは、三人を門扉まで見送りに出る。外は澄み渡る晴天で、お出かけ日和だ。
「ユキくん楽しんできてね」
「うんっ! ちーにお土産と写真いーっぱいあげるね!」
「ふふ。嬉しい。楽しみにしてるね」
そして帰り際、唐突にユキが
「レグとちー。キスしてた!」
と皆に言った。レグルシュと千歳は互いに顔を合わせ、すぐに逸らす。
「そりゃあ、するわよ。キスくらい。新婚なんだから」
「エレナさん……!」
からかっているつもりは毛頭ないのだろう。エレナは当然でしょ、というような口ぶりで、ユキに語っている。スポンジのように柔らかい頭に、エレナの言うことが吸収されていくのを、千歳はただ見ていることしかできなかった。
「……ユキに余計なことを教えるな」
「どうせ意地悪で見せつけたんでしょうが」
千歳の頬に負けないくらい、レグルシュの首筋と耳は赤く染まっている。ユキの家族は、まるで嵐のように去っていった。レグルシュも、もう少ししたら出発する時間だ。すっかりいつもの慌ただしい日常になってしまい、レグルシュは不満を述べながら黄身の潰れた卵焼きを食べている。
「ユキくん。すごく可愛くなってましたね」
「どうだか。だんだん姉貴に似てきたな」
「それは……褒めてるんですよね?」
「聞かなかったことにしてくれ」
レグルシュがくすりと笑ったので、千歳も笑顔になる。斗和に行ってきますのキスをした後、千歳にも同じようにする。頬だけだと思ったら、唇にも。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
レグルシュの愛情表現は言葉よりも分かりやすく、はじめのうちは戸惑っていた千歳も、少しずつ慣れてきた。それでもやっぱり、レグルシュが出発した後は、恥ずかしさで悶絶してしまうのだ。
──レグ……パパは、今日も格好いいね。
ドキドキする胸を紛らわせるように、千歳はベビーベッドで眠る、愛しい人にそっくりの斗和に呟いた。
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