五人の賢者 〜白の王と黒い竜〜

玉美-tamami-

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第8章:明らかになる真の敵

1:山の意思

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 リオ達五人が、山の麓のトレロ村を旅立って、早四日が経とうとしていた。
 オエンド山脈は、暖かな気候の、木々が生い茂る豊かな森で、それ故に足場は相当悪く、傾斜のきつい坂道を登る五人の体力を、日に日に奪っていった。

 森が豊かだという事は、食べ物が豊富にあるという事。
 食べ物が豊富にあるという事は、魔物が沢山生息しているという事だ。
 五人は昼夜問わず、多種多様な魔物の奇襲に遭遇した。
 それぞれがそれぞれの魔法を駆使し、魔物達と戦った。
 勿論、五人が魔物にやられてしまう事などなく……
 しかし、多勢に無勢という言葉があるように、際限なく襲い来る多くの魔物達に対し、魔法を行使し続けた五人は、次第に魔力を消耗していった。

 けれど、五人は諦めなかった、諦めるなどという事は、その頭の片隅にもありはしなかった。
 オエンド山の頂に住まう黒竜ダーテアスと対峙し、その言葉を聞くその時までは、決して膝はつくまいと、心に固く決意していた。
 テスラの母でもある、常闇の主、魔導師ロドネスを救う。
 ただそれだけを心に刻み、五人は山を登り続けた。

 その日の夕方、五人はようやく、山頂と思われる場所へと辿り着いた。
 これまでの山道とは違って、地面が平坦となり、生い茂る木々の数が減って、そこには小さな草原が広がっていた。
 そして、その草原の真ん中に、大きな茶色い岩の塊が一つ、悠然とそこに存在していた。

 やっと、オエンド山の頂へとやってきた。
 長く、長い旅路であったと、五人は息を飲む。
 王都より旅立ちし日より、既に十二日が経過していた。

「はぁ、はぁ……。ここが、オエンド山の、頂き……、なのかしら?」

 握り締めたロッドに寄り掛かるようにして、息を切らせたエナルカは辺りを見渡した。
 見た所どこにも、黒竜ダーテアスらしき者の姿はない。
 緑の草が生え渡る、小さな草原が広がっているだけだ。

「……何もねぇじゃねぇか」

 呼吸を整えたジークは、エナルカと同じように、ぐるりと辺りを見渡した。
 しかしその目にも、黒竜ダーテアスは映らない。

「……場所を、間違えたのでしょうか?」

 不安げな表情でそう言ったのはテスラだ。
 涙を流したあの日から、テスラは無表情をやめた。
 いや、無表情でいる事はテスラにとって、自分への戒めだった。
 皆に真実を語り、それを受け止めてもらう事が出来たテスラは、これまでの自分を縛っていた全ての枷から解放されて、その顔に表情を、心に色を取り戻したのだった。 

「間違ったっていっても……、他に道なんてあった? それにほら、どこを見たって、ここより高い場所なんてないよ? あ……、でも、あそこ……」

 そう言ってリオが指さしたのは、草原の真ん中に佇む、大きな茶色い岩の塊だった。
 緑の草原にあって、不自然なほどに岩肌が剥き出しとなっているその大きな岩に、五人は近付いていく。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 そう言って歩みを止めたのは、マンマチャックだった。

「なんだ? どうした?」

 ぶっきらぼうに尋ねるジーク。
 しかし、マンマチャックは答えない。
 マンマチャックの耳には、ジークの言葉が届いてなかった。
 自分に向かって語り掛けてくる別の何者かの声に、マンマチャックは耳を澄ませていたのだ。

『それ以上、進んではいけないよ。あの子が目を覚ましてしまう』

 何者かの声は、マンマチャックにそう告げた。

「あなたは誰ですか? 何故、あの岩に近付いてはならないのですか?」

 マンマチャックの言葉に対し、四人は首を傾げる。
 四人には、マンマチャックに聞こえている何者かの声が聞こえていなかった。
 故に、マンマチャックの言葉は、まるで意味の分からない独り言を言っているようにしか聞こえないのだ。

『私はこの山の意思。それ以上、進んではいけないよ。あの子が目を覚ます』

「山の意思!? あの子とは、いったい誰の事ですか!?」

 マンマチャックの問い掛けに、エナルカは気付いた。

「みんな! マンマチャックは今、この山と会話をしているのよ!」

「はぁっ!? 山と会話してるだとっ!?」

「そのような事が……、可能なのですか?」

「山と会話できるなんて、すっごぉお~いっ!」

 マンマチャックは、そんな四人には構わずに、聞こえてくる声に耳を傾ける。

『あの子は可哀想な子。全てを背負って、そこに閉じこもっている。だから、そっとしておいてやっておくれ。あの子は可哀想な子……』

「あの子って……、黒竜……、いえ、ロドネス・ブラデイロの事ですか!?」

『……あの子の名前を知っている? お前は、あの子に会いに来たのかい?』

「はいっ! 自分は……、いえ、自分達は、ロドネス・ブラデイロを救いに来たのです!」

 力強く、マンマチャックは告げた。

「すっげ……、本当に、山と会話しているってのか?」

 ジークは、信じられない、といった表情で、マンマチャックを見る。

「山と会話できるなんて……、そんな事が出来る魔導師を、私は他に知りません」

 テスラも驚き、尊敬の眼差しでマンマチャックを見つめる。

「だって、マンマチャックの師は森の賢者と呼ばれた大魔導士ケットネーゼ様なのよ!? マンマチャックはその血をしっかり引き継いでいるっていう事ね!」

 興奮気味なエナルカは、いつもの早口だ。

「山と会話、いいなぁ~。僕も山と話がしたいっ! 山さんっ! 僕ともお話しましょうよっ!?」

 空に向かって叫ぶリオ。
 しかしもちろん、リオの耳に、山の意思が語り掛ける事はなかった。
 山の意思は、この五人の中でマンマチャックこそが、語り掛けるに相応しい相手であると判断していたのだ。
 それは、地の魔導師マンマチャックが、山という大いなる自然の意思に、その力の強さを、心の優しさを、認められている証でもあった。

『若き人の子よ、こちらへ来なさい』

 声が導くままに、マンマチャックは歩き出した。
 マンマチャックの後に続くリオたち四人。
 草原の真ん中に佇む、大きな茶色い岩の塊の前で、マンマチャックは歩みを止めた。

「ここが、あなたの中心なのですね?」

 そう言うとマンマチャックは、両手を岩に当てて、魔法陣を発動させた。
 白く輝くその魔法陣は、木々や草花が丸く円を描いているかのような、美しく優しい魔法陣だ。

「今ここに、解き放ちます……、オエンドの山の意思よ」

 マンマチャックの言葉に呼応するかのように、魔法陣の放つ白い光が、目の前の岩全体を包み込んだ。
 そして……

『地の魔導師、マンマチャック・ケットネーゼ、だね?』

 ただの、大きな茶色い岩の塊だったはずの岩肌に、老婆のような顔が現れ、そう告げた。
 余りの出来事に、目を見開き驚く、リオ、ジーク、エナルカ、テスラの四人。
 マンマチャックだけは、堂々とした態度でそこに立ち、岩肌に現れた老婆の顔に対して、深々とお辞儀をし、その曇りのない眼差しで真っ直ぐに、オエンド山の意思の瞳を見つめた。

「初めまして、オエンド山の意思よ。自分の名前はマンマチャック・ケットネーゼ。黒竜ダーテアスとなりし、魔導師ロドネス・ブラデイロに会う達に、この地にやって参りました」

 マンマチャックは、オエンド山の意思に対し、最大限の敬意を持ってそう言った。
 そして、マンマチャックのその心を内を、オエンド山の意思はしっかりと感じ取っていた。

『黒竜ダーテアス……。その名を聞くのは実に久しい。ダーテアスは、かの昔に滅びし古の竜。我が懐に眠るあの子は、決して、ダーテアスなどではない』

 オエンド山の意思の言葉に、テスラはいてもたってもいられず……

「では! 魔導師ロドネスの心は、邪悪なる力に染まってはいないのですね!? 母は! 黒竜などにはなっていないのですね!?」

 泣き叫ぶような声を出した。
 その目に涙を溜めてはいるものの、決して泣くまいと、歯を食いしばるテスラ。
 泣いている場合ではない、母を助けねばならないのだと、拳を強く握り締める。

『地の魔導師マンマチャック・ケットネーゼの友よ、よく聞きなさい。お前の母は、心無き者の行いにて、黒竜へとその姿を変えた。しかし、その心はまだ、きっと温かい……。あの子を助けられるとすれば、あの子を助けたいと願う、お前達だけだ。だが、用心しなさい。あの子はもうずっと、黒竜だ。何年も、何十年も、黒竜として生きてきた。もしかしたら……。もう、手遅れかもしれない……』

 悲しげな顔になる、オエンド山の意思。
 しかし、リオ達五人の心は決まっていた。

「大丈夫です! 僕達は、きっと分かり合えると信じています! だって……、テスラのお母さんなんだものっ!」

 リオは、笑顔でそう言った。
 そんなリオを見て、四人は力強く頷く。
 オエンド山の意思は、五人の顔を一人ずつよぉく見て、そして、何かを決意したかのように、その岩の唇をキュッと噛みしめた。

『よろしい。お前たちの清く正しい心を、我は信じよう。地の魔導師マンマチャック・ケットネーゼよ、お前の力が必要だ。我はもう年老いて、ここより自力で動くこともできぬ体。故に、長きにわたって、あの子をその懐へと隠す事が出来た。悪しき者の侵略を防ぐ為、そしてあの子の暴走を止める為に。しかし、それはもう必要ない。今こそ、あの子を解き放ってやっておくれ。地の魔導師マンマチャック・ケットネーゼよ。お前の持つ力で、我を壊すのだ』

「壊す? でも、そんな事をしたら、あなたは!?」

『大丈夫、案ずるな。我はこのオエンド山の意思。依り代を失えども、我の意思は無くならぬ。山がそこにある限り、我は存在し続ける。いつの日か新しき依り代を見つけ、またお前に会えるのを心待ちにしているよ』

 そう言って、オエンド山の意思は静かに目を閉じ、見る見るうちにそこは、ただの茶色い岩肌へと戻って行った。
 後に残ったのは、マンマチャックの創り出した、白い光を放つ、美しく優しい魔法陣だけだった。
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