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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

690:水

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『朝だぁっ! 起きろぉおっ!!』

 ひゃあっ!?
 何っ!!?
 何っ!!??
 
 ……って、あぁ~、そうかぁ~、そうだったぁ~。
 くっそぉおぉぉ~~~。

 ケルベロスの咆哮で飛び起きた俺は、自分の置かれている状況をすぐさま思い出し、絶望した。

 狭い掘建て小屋の中、所狭しと敷き詰められた茣蓙の上で、俺は目覚めた。
 周りにいるのは、気怠そうにのっそりと起き上がる沢山の裸鼠達。
 右隣には、眠気眼を擦るノリリアと、不機嫌そうなライラック。
 左隣には、また眠れなかったのだろう、昨日よりも目の下の隈が目立つグレコが座っていた。

「グレコ……、また、ずっと起きてたの?」

「……こんな場所で、眠れないわよ」

 そう言ってグレコは、軽蔑するような目で俺を見た。
 しかしながら、今の俺には腹を立てる事はおろか、反論する気力すら無い。
 むしろ、この生活が始まってから三日間、全く眠らずに終始緊張感を持っているグレコに対し、畏敬の念すら抱いていた。

「朝飯を配るぞ」

 大きな籠を抱えた裸鼠が、ふらふらとした足取りで掘建て小屋の中へと入ってきた。
 この光景も、もはや三度目である。
 そして配られたのは、お決まりの……

「ポポゥ、また葡萄ぶどうの実が、三つだけ……、ポォ~」

 ノリリアは、裸鼠より手渡されたそれを、溜息混じりで眺めた。

 俺にも配られたそれは、三粒の葡萄の実だ。
 紫色の皮に包まれたそれは、中身が緑色をした、甘くてジューシーな、それはそれはとても質の良い葡萄で……
 だけど勿論、三粒で腹は満たされない。
 加えて昼飯は無し、夕飯は水のみなもんだから、俺のお腹は昨日の午前中より、グーグーと文句を言う事すらやめてしまったのだった。
 
 貴重な唯一の食料故に、お腹が減った時の為にとっておこうか? とも考えたが、ポケットに入れて万が一にも押し潰してしまったりしたら、悔やんでも悔やみ切れないだろう。
 俺は今日も、配られたら三つの葡萄を全て、パクパクパクと平らげた。

『作業を開始しろぉっ!!!』

 ケルベロスが吠える。
 裸鼠達は、怯えた様子で立ち上がり、掘建て小屋からゾロゾロと出て行く。

「ノリリア、どうする? また今日も……??」
 
 グレコの問い掛けに、ノリリアは力無く頷く。

「ずっと考えているポが、試練の概要がさっぱり分からないポよ。下手に動いて、試練に敗れる事は避けたいポ。今は、周りに合わせるしかないポね」
 
 昨日と全く同じ会話をする二人を見つめて、俺はまたしても絶望する。
 炎天下の中、あの無意味で途方もない作業がまた、始まろうとしていた。
 





 ザクッ……、ペタ、ヌリヌリ……、サラサラサラ~。

 ザクッ……、ペタ、ヌリヌリ……、サラサラサラ~。

 ザクッ……、ペタ、ヌリヌリ……、サラサラサラ~。

 あぁ、いつになったら終わるんだろう?
 俺はいったい、何をしてるんだろう??
 こんな、砂漠のど真ん中で……???

 空は快晴、照りつける太陽の下、俺は汗を拭う事すらせずに、もくもくと作業を続けていた。
 終わりの見えない、やる意味も理解出来ない、途方も無い作業を。

 いっそ、倒れてしまった方が楽かも知れない。
 そうしたら、試練に敗れた事になって、この地獄から解放されるかも知れない。
 
 そんな事を考えながらも、俺は手を止めずにいた。
 どうしてだか分からないが、ギリギリのところで踏み止まっていた。
 疲れているし、暑いし、苦しいけど、倒れるほどの苦痛では無いと、感じていた。
 まるで、頭のどこかが麻痺しているかのように……






 ザクッ……、ペタ、ヌリヌリ……、サラサラサラ~。

 ザクッ……、ペタ、ヌリヌリ……、サラサラサラ~。

 ザクッ……、ペタ、ヌリヌリ……、サラサラサラ~。

 どれほどの時間が経っただろう。
 今日も太陽は、砂の門から見て左側の地平線より姿を現し、俺達の真上を通って、右側の地平線へと沈もうとしている。
 辺りは薄暗くなってきていて、また一日が終わろうとしていた。
 そして……

『そこまでっ! 全員、寝床に入れっ!!』

 頭上のケルベロスが吠える。
 例によって、三つの頭のうち一つは寝たままだ。
 
 あいつが起きているところ、見た事無いなぁ……

 そう思った、次の瞬間。

「おろ……?」

 足元がグラリと揺れて、俺は真横へと倒れた。
 地震でも起きたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「モッモ!?」

「ポッ!? モッモちゃん!!?」

 グレコとノリリアの焦る声が聞こえる。
 驚き、慌てた二人の顔が、俺の顔を覗き込んでいる。
 しかしながら、俺は返事が出来そうにない。

 だ、駄目だぁ……、こりゃもう、限界だぁ……

 俺は、静かに目を閉じた。






 ピチョン……、ピチョン……

 なんだろう?
 なんか、冷たいぞ??
 鼻の上に、水が落ちてきている???

「モッモ! 飲んでっ!!」

 グレコの声がする。
 飲んでって……、何を飲ませる気?

 するとすぐさま、口の中に、冷たい液体が入ってきた。
 それは、次から次へと入ってきて……

「ゴクゴクゴク……、ゴクゴクゴ、ゴホッ!? ゴボォッ!!?」

 水責めっ!?
 死ぬ死ぬ死ぬっ!!?

「ブヘァアァァッ!!??」

 俺は苦しさのあまり目を覚まし、豪快にむせた。

「モッモ!? 気が付いたっ!!?」

「大丈夫ポかっ!!??」

 薄らと目をあけると、そこには泣きそうな顔したグレコと、ホッとした様子のノリリアと、感情の読めない顔をしたライラックの姿があった。
 視界に映る様子からして俺は、グレコに膝枕をしてもらっているらしい。
 ……ちょっとラッキー♪

「はぁ、はぁ、はぁ……、え?」

 呼吸を整えて、何がどうなっているのかと、思考を巡らせる。
 
 そうか、俺……、倒れたんだ。
 暑くて、体力の限界を感じて、それで……

 ゆっくりと身を起こすと、そこは茣蓙のみが敷かれている掘建て小屋だった。
 周りには、心配そうにこちらを見る、沢山の裸鼠達の姿もある。

 意識を失って倒れたのに、ここにいるという事は……、まだ試練は続いているという事だ。
 なんだろう、ホッとしたような、残念なような、不思議な気持ちだ。

「あなたを助ける為に、みんなが水を少しずつ分けてくれたの」

 目に溜まった涙を拭いながら、グレコがそう言った。

「ポポゥ……、皆さん、貴重な水を、ありがとうございますポ」

 裸鼠達に向かって、深々と頭を下げるノリリア。
 すると、いつも葡萄の実や水を配ってくれている裸鼠が前に出てきて……

「いえ、御礼には及びません。我々は同じ身の上……。助け合うのは当然の事です」

 めちゃくちゃ優しげな笑顔を讃えてそう言った。
 周りにいる他の裸鼠達も、みんな優しく微笑んでいる。

 こんな、地獄みたいな場所で、いつ終わるとも知れない作業を延々とさせられているというのに……、なんて優しい人達(裸鼠だけど)なんだろう?
 見ず知らずの俺の為に、貴重な水を分けてくれるなんて……
 
 俺は心がジーンとして、精一杯の感謝の意を示す為に、ノリリアにならって深く深くお辞儀をした。
 
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