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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★
689:砂
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「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……、っく、ふぅ~」
額から流れ落ちる大量の汗。
自然と荒くなる呼吸。
震える手。
ここは、砂漠だ。
見渡す限り、どこまでもどこまでも続いている、広大な砂の海。
そのど真ん中に、この場所は存在していた。
頭上に燦々と輝く太陽が、容赦無くジリジリと体を熱してくる。
暑くて喉はカラカラ。
まともに食事をしていないので、お腹はペコペコ。
目はチカチカするし、立っているだけでもかなり辛い。
そんな状態の俺は今、目の前にそびえ立つ砂の壁に、新たな砂を上塗りする作業をしている。
地面にある砂を、コテですくい上げ、目の前の壁に塗り足していくのだ。
だけども砂は、そのほとんどが、壁に塗ったそばからサラサラと地面に流れ落ちていく。
いわば、無意味な作業……
それを丸三日間、ずっと、俺達はさせられていた。
一体全体、何なんだこれは?
どういう試練なんだ??
何がどうなれば、この地獄は終わるんだ???
隣には同じく、大量の汗をかきながら、もくもくと砂の壁を塗り足しているグレコの姿がある。
渇いているのだろう、その髪の毛は随分と明るい茶色になっている。
その隣にはノリリア、そしてそのまた隣にはライラックの姿もある。
俺達は四人共、このいつ終わるとも知れない作業を、強制され続けていた。
……いや、俺たち四人だけでは無い。
ここには、数え切れないほど沢山の、奴隷とも言えよう者達がいる。
俺より頭二つ分ほど背の高い、全身に毛が生えていない裸鼠のような風貌をした獣人の彼らは、その両足を鎖に繋がれた格好で、俺達と同じように延々と壁に砂を塗り続けているのだ。
皆、肋骨が浮いたガリガリに痩せ細った体で、今にも死にそうな顔をしながら。
くっそ……、なんだってこんな、無意味な労働を強いられなくちゃならないんだ?
きっと、全部あいつのせいだ。
あいつをどうにかしなくちゃ、この地獄は終わらない。
俺は、砂の壁が作り上げているその建造物の、最上階ともいえよう場所に鎮座する、世にも恐ろしいその化け物に視線を向けた。
そいつは、頭が三つもある、巨大な犬だ。
真っ黒な毛並みに、尖った耳、大きく裂けた口から覗く鋭い牙。
三つある頭のうち、一つは眠っていて、残り二つが下界を向き、血のように赤い四つの瞳で、終始作業をする俺達を見張っている。
あいつは恐らく、地獄の番犬ケルベロス。
この第六の試練における、裁定者だろう。
ここに来る前……、三日前に俺達が通った金色の扉に、あいつとそっくりな三つ頭の犬、ケルベロスのレリーフが象られていたのだ、間違いない。
そして俺達は、そいつが守る門を、作らされているのだ。
城と見紛いそうなほどに荘厳で、巨大な、地獄に通ずる砂の門を……
すると、起きて見張りをしている二つの頭のうち一つと、俺は目が合ってしまう。
やべっ!?
気付かれたっ!!?
『そこの者っ! 手を止めるなっ!! 働けぇっ!!!』
ひぎぃいっ!?
きょっ、きょわいっ!!?
地の底から響くようなドスの効いた声で、ケルベロスは怒鳴った。
俺は全身の毛を逆立て、ビビりながら、また砂を壁に塗り足す作業に戻る。
額から、大粒の汗が流れ落ちる。
もう……、どうしたらいいのっ!?
なんなのこの試練っ!!?
誰かっ、助けてぇええぇぇっ!!!
日が沈み、辺りが薄暗くなってきた頃……
『そこまでっ! 全員、寝床に入れっ!!』
ケルベロスの咆哮と違う号令が、辺りに響き渡る。
その恐ろしさのあまり俺達は、ケルベロスの指示通り、近くにあるほったて小屋のような建物へと、ゾロゾロと列を成す大勢の裸鼠達と共に戻って行った。
小屋の中には、地べたに茣蓙が敷かれているだけの、めちゃくちゃ粗末な寝床のみがある。
それ以外は何も無し。
紅竜人の王国リザドーニャの、奴隷の町であるトルテカでさえも、寝床の為にベッドが用意されていたというのに……、ここはそれ以下だ。
「はぁ……、さすがに、キツいわね……」
栗色の髪のグレコが、ポツリと呟く。
「ポポゥ、いったいいつまで続くポか? もう三日もこうしているポよ……」
ノリリアは、ふくよかだった丸い体がシュッとしていて、幾分か痩せたように見える。
「…………………」
ライラックは、もうずっと何も言わずに無言を貫いている。
時折、周囲に目を向けて、裸鼠をジッと凝視しているのだが……
まさかと思うけど、食べようとしていないよね?
ドキドキドキドキ
「夕食だ」
そう言って、一匹の裸鼠が、ほったて小屋の中に入ってきた。
その手には大きな水瓶が抱えられている。
俺達は、寝床の近くに置いてある小さなお椀をそれぞれ手に取り、その裸鼠がやって来るのを待つ。
水瓶を持った裸鼠は、周りでお椀を持つ裸鼠達に、順番に水を与えていく。
だけどもその水はとても少なくて、小さなお椀に半分ほどしか入れてもらえないのだ。
そしてそれが、今日の俺達の夕食なのだった。
裸鼠に分けて貰ったお椀の水を、俺は一気に飲み干した。
昨日はちびちびと飲んでみたけど、結局同じ量しか飲めないのだ、少しずつ飲もうが一気に飲もうがさほど変わりはない。
「あぁ~……、血が飲みた~い」
本音丸出しのグレコの言葉に、俺はギョッとする。
今現在のグレコの状態からして、食べ物や水よりも血を欲している事は火を見るよりも明らかだ。
そして、その血の持ち主は、周りに沢山転がっているのである。
果たして、グレコの我慢がいつまで保つか……?
ドキドキドキドキ
「荷物は全て置いて行け……、リブロ・プラタの命令とはいえ、無視して何か少しでも持って来れば良かったポよ」
空のお椀に視線を落として、後悔するノリリア。
三日前、第六階層にて金の扉を前にした俺達に向かって、リブロ・プラタはこう言ったのだ。
『これより先の第六の試練には、衣服以外の全ての物の持ち込みを禁ずる!』
あの時は、なんで? くらいにしか思わず、とりあえず命令に従ったわけだが……
まさか、こんな酷い仕打ちを受けるとは、思いもしなかったのである。
俺も、こっそり鞄を持ってくるべきだったと、後悔していた。
「消灯時刻だ、灯を消すぞ」
裸鼠がそう言って、小屋の中でたった一つの蝋燭の火をフッと消した。
小屋の中は真っ暗になったが、逆に窓の外の景色がハッキリと見えた。
砂の門のてっぺんにいるケルベロスは、その二つの頭を、なおも此方に向けて監視している。
いったい、どうすればいいんだ……?
疲れ切った頭では、思考が上手く回らない。
茣蓙の上に寝そべって、俺は静かに目を閉じた。
額から流れ落ちる大量の汗。
自然と荒くなる呼吸。
震える手。
ここは、砂漠だ。
見渡す限り、どこまでもどこまでも続いている、広大な砂の海。
そのど真ん中に、この場所は存在していた。
頭上に燦々と輝く太陽が、容赦無くジリジリと体を熱してくる。
暑くて喉はカラカラ。
まともに食事をしていないので、お腹はペコペコ。
目はチカチカするし、立っているだけでもかなり辛い。
そんな状態の俺は今、目の前にそびえ立つ砂の壁に、新たな砂を上塗りする作業をしている。
地面にある砂を、コテですくい上げ、目の前の壁に塗り足していくのだ。
だけども砂は、そのほとんどが、壁に塗ったそばからサラサラと地面に流れ落ちていく。
いわば、無意味な作業……
それを丸三日間、ずっと、俺達はさせられていた。
一体全体、何なんだこれは?
どういう試練なんだ??
何がどうなれば、この地獄は終わるんだ???
隣には同じく、大量の汗をかきながら、もくもくと砂の壁を塗り足しているグレコの姿がある。
渇いているのだろう、その髪の毛は随分と明るい茶色になっている。
その隣にはノリリア、そしてそのまた隣にはライラックの姿もある。
俺達は四人共、このいつ終わるとも知れない作業を、強制され続けていた。
……いや、俺たち四人だけでは無い。
ここには、数え切れないほど沢山の、奴隷とも言えよう者達がいる。
俺より頭二つ分ほど背の高い、全身に毛が生えていない裸鼠のような風貌をした獣人の彼らは、その両足を鎖に繋がれた格好で、俺達と同じように延々と壁に砂を塗り続けているのだ。
皆、肋骨が浮いたガリガリに痩せ細った体で、今にも死にそうな顔をしながら。
くっそ……、なんだってこんな、無意味な労働を強いられなくちゃならないんだ?
きっと、全部あいつのせいだ。
あいつをどうにかしなくちゃ、この地獄は終わらない。
俺は、砂の壁が作り上げているその建造物の、最上階ともいえよう場所に鎮座する、世にも恐ろしいその化け物に視線を向けた。
そいつは、頭が三つもある、巨大な犬だ。
真っ黒な毛並みに、尖った耳、大きく裂けた口から覗く鋭い牙。
三つある頭のうち、一つは眠っていて、残り二つが下界を向き、血のように赤い四つの瞳で、終始作業をする俺達を見張っている。
あいつは恐らく、地獄の番犬ケルベロス。
この第六の試練における、裁定者だろう。
ここに来る前……、三日前に俺達が通った金色の扉に、あいつとそっくりな三つ頭の犬、ケルベロスのレリーフが象られていたのだ、間違いない。
そして俺達は、そいつが守る門を、作らされているのだ。
城と見紛いそうなほどに荘厳で、巨大な、地獄に通ずる砂の門を……
すると、起きて見張りをしている二つの頭のうち一つと、俺は目が合ってしまう。
やべっ!?
気付かれたっ!!?
『そこの者っ! 手を止めるなっ!! 働けぇっ!!!』
ひぎぃいっ!?
きょっ、きょわいっ!!?
地の底から響くようなドスの効いた声で、ケルベロスは怒鳴った。
俺は全身の毛を逆立て、ビビりながら、また砂を壁に塗り足す作業に戻る。
額から、大粒の汗が流れ落ちる。
もう……、どうしたらいいのっ!?
なんなのこの試練っ!!?
誰かっ、助けてぇええぇぇっ!!!
日が沈み、辺りが薄暗くなってきた頃……
『そこまでっ! 全員、寝床に入れっ!!』
ケルベロスの咆哮と違う号令が、辺りに響き渡る。
その恐ろしさのあまり俺達は、ケルベロスの指示通り、近くにあるほったて小屋のような建物へと、ゾロゾロと列を成す大勢の裸鼠達と共に戻って行った。
小屋の中には、地べたに茣蓙が敷かれているだけの、めちゃくちゃ粗末な寝床のみがある。
それ以外は何も無し。
紅竜人の王国リザドーニャの、奴隷の町であるトルテカでさえも、寝床の為にベッドが用意されていたというのに……、ここはそれ以下だ。
「はぁ……、さすがに、キツいわね……」
栗色の髪のグレコが、ポツリと呟く。
「ポポゥ、いったいいつまで続くポか? もう三日もこうしているポよ……」
ノリリアは、ふくよかだった丸い体がシュッとしていて、幾分か痩せたように見える。
「…………………」
ライラックは、もうずっと何も言わずに無言を貫いている。
時折、周囲に目を向けて、裸鼠をジッと凝視しているのだが……
まさかと思うけど、食べようとしていないよね?
ドキドキドキドキ
「夕食だ」
そう言って、一匹の裸鼠が、ほったて小屋の中に入ってきた。
その手には大きな水瓶が抱えられている。
俺達は、寝床の近くに置いてある小さなお椀をそれぞれ手に取り、その裸鼠がやって来るのを待つ。
水瓶を持った裸鼠は、周りでお椀を持つ裸鼠達に、順番に水を与えていく。
だけどもその水はとても少なくて、小さなお椀に半分ほどしか入れてもらえないのだ。
そしてそれが、今日の俺達の夕食なのだった。
裸鼠に分けて貰ったお椀の水を、俺は一気に飲み干した。
昨日はちびちびと飲んでみたけど、結局同じ量しか飲めないのだ、少しずつ飲もうが一気に飲もうがさほど変わりはない。
「あぁ~……、血が飲みた~い」
本音丸出しのグレコの言葉に、俺はギョッとする。
今現在のグレコの状態からして、食べ物や水よりも血を欲している事は火を見るよりも明らかだ。
そして、その血の持ち主は、周りに沢山転がっているのである。
果たして、グレコの我慢がいつまで保つか……?
ドキドキドキドキ
「荷物は全て置いて行け……、リブロ・プラタの命令とはいえ、無視して何か少しでも持って来れば良かったポよ」
空のお椀に視線を落として、後悔するノリリア。
三日前、第六階層にて金の扉を前にした俺達に向かって、リブロ・プラタはこう言ったのだ。
『これより先の第六の試練には、衣服以外の全ての物の持ち込みを禁ずる!』
あの時は、なんで? くらいにしか思わず、とりあえず命令に従ったわけだが……
まさか、こんな酷い仕打ちを受けるとは、思いもしなかったのである。
俺も、こっそり鞄を持ってくるべきだったと、後悔していた。
「消灯時刻だ、灯を消すぞ」
裸鼠がそう言って、小屋の中でたった一つの蝋燭の火をフッと消した。
小屋の中は真っ暗になったが、逆に窓の外の景色がハッキリと見えた。
砂の門のてっぺんにいるケルベロスは、その二つの頭を、なおも此方に向けて監視している。
いったい、どうすればいいんだ……?
疲れ切った頭では、思考が上手く回らない。
茣蓙の上に寝そべって、俺は静かに目を閉じた。
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