Wandering Fenrir ~異世界魔物討伐記~

玉美-tamami-

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第4話:金が、なかったんだ

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 東屋の廊下に設置されている、大きな柱時計が夜の十時の鐘を鳴らす。
 機械の存在しないこの国にも、時計という利器を作り上げる技術はあった。
 と言っても、この屋敷の時計は全て、毎朝使用人がねじを巻き、朝日が昇る時間を七時として針をスタートさせるため、そこに刻まれる時間はとても曖昧だ。
 王都を初めとし、港町セレッセや、カミ―の本拠地である南の町ビリザードなど、比較的都会である場所には大きな時計塔などが設置されている為に、時間の管理はしっかりされている。
 しかし、ここはスレーンの森にほど近い小麦畑。
 時間に追われる必要が特にない為に、ここでの時計の位置づけといえば、無いよりはマシ、その程度の物だった。

 昼間よりも目が冴えたような、キリッとした顔のディーナは、小さなペチェと一緒に、屋敷本館の玄関ホールへと向かう。
 従来、フェンリルという魔獣は夜行性であるために、朝や昼に活動するよりも、暗くなったこの時間帯から行動する方がディーナには向いているのだ。
 体内に流れる野生の血がうずくのか、その目は狩りに出かけようとする肉食獣の如くギラギラしている。

「それでは、先ほどペアを組んだ者と一緒に、各自警備に向かってくれ! 被害が出たのは南の端だという事だが、今晩もそうだとは限らない。油断はするなよ!? もしミドヌーと遭遇した場合、討伐が可能なら各々で対処してくれればいいが、数が多い場合や、ペアが負傷した時は、これで周りに知らせてくれ!」

 そう言ってカミ―は、各ペアに一つづつ、魔光式の照明弾を手渡した。
 この照明弾は、手の平サイズの筒状の物で、中には魔力がギッシリ詰められている。
 筒の底からは一本の糸が伸びており、クラッカーの要領で、空に向かってその糸を引っ張る事で中に詰まった魔力が飛び出し、赤い光を放つ仕組みだ。
 いつの時代かは知れないが、どこぞの魔力が有り余ってしょうがない輩が金儲けの為に考え出した品であり、今では軍事品として重宝されているものだ。

 カミ―から照明弾を受け取ったディーナは、すぐさまそれをペチェに手渡す。
 ミドヌーと対峙した際には自分が戦い、ペチェが補佐するという形になるだろうと予測しての事だ。
 それに、できるだけややこしい物は持ちたくない、というのがディーナの本音だった。
 ディーナは身体能力がとてつもなく高いために、これまでの戦闘は全て、軍で学んだ様々な武術をアレンジして作り上げた、自己流の体術で乗り切ってきた。
 そのためか、物を使っての戦闘は得意とは言えず、剣や盾は持つと必ず邪魔になって毎回どこかに捨ててしまうし、銃など使い方を覚える事もしなかった。
 できるだけ身軽に、己の身一つで戦いに挑む、それがディーナのポリシーであり、通常運転なのである。
 魔公式の照明弾などという慣れない小物を持ち、万が一、戦いに支障を来したくないのだ。
 ……ただ今回の場合は、そういった戦闘不利を避けるため、という論理的な理由だけではなくて、ただ単に、面倒臭がり屋のディーナの性格が大きく繁栄されている、という事実は否めない。 

 しかし、ペチェはそうとは考えず、重大な役をディーナが自分に任せてくれたのだと思い込み、無駄に意気込むのであった。





 小麦畑の間に続く細道を、ディーナとペチェは南へ歩く。
 夜空には無数の星々と大きな青い月が輝いており、辺りを優しく照らしている。
 しかしながら、空が晴れていなければ、ここには真っ暗な闇が広がっている事だろう。
 できれば今日、周りが見渡せる今晩の内に、ミドヌーを全て仕留めてしまいたい……、ディーナはそう考えていた。

「けれど、どうしてミドヌーが小麦畑を荒らしに来たんでしょう?」

 後ろを歩くペチェが声を掛けてきた。
 一人で歩いていた気になっていたディーナは、一瞬驚いて身震いする。
 聴覚も人並み外れて良いディーナなのだが、どうもこのペチェというリーフエルフは、ディーナが出会ってきた様々な者とは全く違う生き物らしく、その存在を的確に感知することが難しい。
 ペチェの体から発せられる植物まがいの匂いもさながら、足音がまるで野鼠のように小さく細やかで、近くにいてもすぐには気付けないのだ。
 こういう奴が敵になると厄介だな……、と物騒な事を考えながら、ペチェを見るディーナ。
 そんなディーナの気も知らず、話し続けるペチェ。

「ミドヌーは本来、とてもおとなしい生き物です。それが人が暮らす場所までやってきて、わざわざ畑を荒らすなんて……」

 前方に見え始めた、ミドヌーに荒らされてしまった小麦畑を見つめて、ペチェは何やら悲しそうな顔をする。
 その顔を見ると、何やら声を掛けてやりたい気持ちになるディーナ。

「……腹が減ってたんじゃないのか?」

 これがディーナの精一杯である。

「まさか!? ミドヌーは小麦なんて食べないですよ。草食魔獣であるミドヌーの主食は、森に生える草です。中でも痺れ草という異名を持つ毒草を好んで食べるんです。どうしてかはわからないですけど、ミドヌーにとって、痺れ草の毒は栄養になるみたいで……。ミドヌーの背中に大きな瘤があるのを知ってますか? その瘤には猛毒が溜められていて、痺れ草の毒よりもさらに強力な毒だそうです」

 ペチェの物言いに、普段あまり他人の言葉に興味を持たないディーナだが、今回ばかりは少し感心したような顔になる。   

「詳しいな。どうしてそんな事、知っているんだ?」

「あ、はい、えっと……。村を出て働く前に、いろいろ知っておかないと困ると思って……。村の書庫でいろいろ勉強したんです」

 はにかみ笑いをして、照れているような素振りを見せるペチェは可愛らしい。
 そんなペチェに対してディーナは、今まで感じた事のない、キュンとしたトキメキを覚えていた。

「それに、今は繁殖期のはずです。ミドヌーは、人目につかない森の奥に集まって、群で子育てをします。だから、こんな森の端っこまで来て、食べ物でもない小麦畑を襲うなんておかしい話です。もしかしたら……、ミドヌーによく似た新種の魔物かも知れませんね」

 ペチェの説明に、ディーナはなるほどなと頷く。
 その脳裏には、ある言葉が思い出されていた。





「あっちに着いたらな、好きに動いていいぞ」

 ローザンは言った。
 港町セレッセの国営軍駐屯所の前で、スレーンの森に向かう馬車を待っていた時の事だ。

「……好きに、とはどういう事だ?」

 表情を変えることなく、ディーナは訊ねた。

「ん~、まだハッキリしてないんだがな……。どうもあそこは怪しい……。お前、鼻が効くだろう? 今回の依頼内容は小麦畑の警備、及びミドヌーの討伐なんだが……。他にも何かあるかも知れん。変だと思ったら、自分の勘で動いていいぞって事だ、俺が許す」

 ローザンの表情は、いつものふざけた感じではなく、真剣そのものだった。

「わかった。けど……」

「……ん? なんだ? 言ってみろよ」

「もし、何かあった場合、報酬は上がるんだろうな?」

 金に関しては、ディーナはきっちりしていると言えよう。

「なっ……。はっはっはっ! わぁ~かったっ! もし何かあって、お前がその場で解決してくれたなら、報酬は倍にしようじゃねぇかっ! これで文句はないだろうっ!?」

 豪快に笑ったローザンに対し、ディーナは笑顔で頷いた。





「もし、新種の魔物だとして……。どんな奴だと思う?」

 ディーナはペチェに訊ねた。

「それは難しい質問ですね……。仮に、今回の犯人が新種の魔物だとしましょう。そうなれば、あらゆる可能性から考える必要があります。余所から来た魔物との交配がキッカケで生まれたもの、あるいは何者かの手によって創られた魔物……。どちらにしても、その能力や力の度合いは計り知れません。ただ、屋敷の者たちがミドヌーだと認識したのであれば、限りなく近い魔物である事は確かですけどね」

 ペチェの言葉に、ふむふむと頷くディーナ。
 喋りながら歩いている内に、二人は小麦畑の南の端に辿り着いていたようだ。
 すぐ目前には、スレーンの森が広がっている。

 スレーンの森は、港町セレッセと南の町ビリザードとの間に広がる森で、その面積はとても広く、野生の魔物、魔獣、妖精まで、様々な種族の生き物が暮らしている。
 そのために、国営軍と言えども安易には立ち入る事の出来ない森で、中にどのような生態系が形成されているのかなど、誰にも知ることは出来ないのだ。
 仮にその森で、新しい魔物、魔獣、妖精が誕生していようとも、何ら不思議な事ではない。

 小麦畑と森の間にある小さな草原に腰を下ろすディーナとペチェ。
 シュンシュンシュン、という、小さな虫の鳴き声が辺りに響いている。
 それ以外は何の音もせず、何者の気配もない。
 ディーナの耳と鼻が、近くに危険な生き物は存在しないと判断していた。
 つまらないな~と思いながらも、体力を無駄に使いたくないディーナは、草の上にゴロンと寝転がる。
 以外と肝が据わっているペチェは、ディーナの緊張感のなさに驚く事もない。

「ディーナさんは、どうしてこの依頼を引き受けたんですか?」

 先ほどと変わらぬ物言いで、少しでもディーナの事を知ろうとペチェが訊ねてきた。

「……金が、なかったんだ」

 ばつの悪そうなディーナ。
 言葉にしてみると、案外恥ずかしいものだ。

「あははっ! 僕と一緒ですねっ!」

 ペチェの嬉しそうな笑い声が辺りに響く。
 穏やかで、静かな夜だった。
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