とある令息が幼馴染とくっつくまでの経緯

しそみょうが

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8 夏の庭再び

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「そうと決まれば少しだけ待っていてくれ」とダイニングホールを出て行ったアンドリューはすぐに戻ってきた。その手に2つの麦わら帽子を持って。どちらも紳士向けのつばが広すぎない、光沢のある幅広の紺のリボンが巻かれたものだ。

「麦わら帽子か」

「メルローは、これ嫌いかい?」

「まさか」

麦わら帽子といえば昔は平民が被るものというイメージだったが、数年前に有名なメゾンが取り入れリゾート向けのアイテムとして発表したことで若い貴族の間で爆発的に流行し、今では貴族も当たり前に被っている。ただ年齢が高かったり若くても保守的な思考の貴族にはウケが悪いようだ。前世で慣れ親しんだ僕にはもちろん忌避感なんてあるはずもなく。

「こいつは夏にはうってつけだよな」

「良かった。いつか君を夏の休暇に招くつもりで用意しておいたものなんだ」

機嫌の良さそうなアンドリューが、麦わら帽子のひとつを僕の頭にぽんと乗せた。

「そいつはなんとも用意周到だな。この別荘には、いったい何人分の麦わら帽子を用意してあるんだい?」

僕が冗談まじりに訊ねると、アンドリューは驚いたような顔をする。なんかびっくりするようなこと言ったか?

「⋯⋯君のだけだ」

「え?」

「用意していたのは、君の分だけだ」

シーンと僕らのあいだに沈黙が訪れる。

「⋯ま、まあ麦わら帽子は好き嫌い分かれるからな。ジュリアス様とか被りそうにないし」

素で翻弄するのはやめてほしい。

僕は動揺をごまかすためにアンドリューの手から麦わら帽子をひったくると、彼の顔を覆い隠すように斜めに被せてやった。その際、アンドリューの背が昨年の夏より一段と伸びているのに気づく。僕も成長しているはずなのに、また身長差が開いてしまった。

「メルロー、これでは前が見えないのだが」

「君にどんどん身長を引き離されて腹が立ったんだ」

「勝手に伸びていくのだから仕方がないだろう。私は悪くない」

僕らは何事もなかったように軽口を交わしながら庭に出る。すると庭師のお爺さんが腰をさすりながら水撒きの準備をしているところに出くわした。

僕とアンドリューは顔を見合わせると、恐縮しきりのお爺さんから仕事を強奪して、花木に水を撒き始めた。



この別荘の敷地は我が家のタウンハウスの半分ほどの面積で、庭園の周りを背の低いクリーム色の漆喰塗りの塀がぐるりと取り囲んでいる。屋敷の外観も華美でなく、庭園に植えてある花々の品種もそれに合わせて素朴で可愛らしい雰囲気のものが選ばれているようだ。

しかしアンドリューいわく、屋敷を囲む塀には王宮の魔法使いにオーダーした特別な防犯対策を施してあるそうだ。家主が認証した人間以外の侵入を許さず、塀の外からは庭の様子が認識できない仕様であるらしい。この別荘にかけられた費用はどうやら素朴じゃなさそうである。



ホースの長さが届く範囲に水を撒き終えると、届かない部分はバケツに柄杓ひしゃくスタイルで水を撒く。たしか王都の屋敷にはスプリンクラーっぽい魔導具があったような。

「自動で水を散布できる魔導具は設置しないのか?お爺さんひとりでこの庭の世話をするのは大変そうだ」

「そうだな。魔導具屋に発注しておくよ。⋯⋯私がここを空けている間は、彼らの身内が手伝いに来ているのだが⋯⋯滞在中は無理を言って、老夫婦だけに世話をしてもらっていて」

なんだかアンドリューの歯切れが悪い。僕の隣で水を撒いている彼を見る。頭には麦わら帽子、身体は簡素なブラウスにパンツといった出で立ちなのだが、高い上背とやたら整った顔立ちで14歳とは思えない男の色気を滲ませている。

なるほど。これじゃあ若い使用人なんてアンドリューに会ってしまったが最後、片っ端から彼に熱をあげてしまうよな。

僕ですら屋敷の使用人にじっとりとした視線を向けられることが時折あった。相手は男ばかりだったが⋯。彼らは気づいた時にはいなくなっていたので、目端を利かせた父様が移動させてくれたのだと思う。

「⋯⋯えっと、それじゃあ今日も屋敷は老夫婦だけで回しているのか?ってことは、あの美味い料理もお婆さんひとりで?すごい品数だったぞ」

「今回は人数が多いのでタウンハウスの料理長を連れて来ているよ。料理長は私と護衛2名と馬車に同乗させられて居心地が悪そうだったな。御者の隣に座らせてくれと懇願していたが、邪魔だと追い払われていた。馬車3台で来るべきだった」

「はは。料理長には悪いが、御者の気持ちもわかるよ。護衛の騎士達よりも体格がいい料理長に御者台に座られてしまったら、見通しが悪くなるものな」

僕が笑っていると、背中に冷たい感触が走り「ヒャッ」と素頓狂な声をあげてしまった。何かと思えばアンドリューが柄杓の水を、僕の襟首からシャツの中にちょろっと流し込んだのだ。

「なっ、信じられない、なんてことするんだ!」

柄杓を振り上げて怒ってみせると、アンドリューは「悪い、水が余ったものだから、つい、出来心で」とか言いながら腹を抱えて笑い出したので、僕も報復として柄杓で水をぶっかけてやった。

そして熾烈な水かけバトルに突入⋯⋯とはならず。お互いバケツに半分ほどしか水の残量がなかったので水かけ合戦は2、3往復で終了した。

「まったく、服がびちゃびちゃになったじゃないか。着替えないと」

「だが涼は取れただろう?」

悪びれもしないアンドリューを睨みつけようとして、僕はギクリとする。

麦わら帽子を脱ぎ、濡れた白金の髪を掻き上げながら、彼は目を細めてこちらを見ていた。

ぐっしょりと濡れたブラウスは肌に張り付き、鍛えられた上半身が透けていた。アンドリューのあまりにも扇情的な様子に、不覚にも目が釘付けになってしまう。

「メルロー」

名前を呼ばれてハッとした僕は彼から目を逸らし、柄杓を突っ込んだ空のバケツを胸の前で抱え持った。見惚れていて気が回らなかったが、僕も全身ずぶ濡れだからアンドリューのように透け透けのシースルー状態になっているはずである。彼と真逆の貧相な身体をこれ以上見せつけるわけにはいかない。

「僕はもう着替えるよ」

気まずさの極致だった僕は、アンドリューの返答を聞く前に回れ右をして屋敷のゲストルームに戻った。バケツは胸に抱えたままだった。



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