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第一章 野良猫
2、邂逅
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青と緑、二色の世界。非常に色鮮やかだが不思議と目は痛まない。美しいエメラルドグリーンの海だと思っていたのも、何ということはない。この世界には二色しか存在しないのだ。こと海の色にかけては汚くなりようがない。砂浜に近づけば近づくほどエメラルドグリーンの眩さは薄れ、砂浜は濃淡のある灰色で構成されている。空はただただ青く、どこに目を凝らしても太陽が見当たらない。しかし、周囲は明るく照らされていて、暖かさすら感じる。いったいどうなっているんだ。舌打ちをし、溜息を吐く。なぜ、よりにもよって、自分がこんな目に合わなくてはいけないのだ。俺が「勇者」や「主人公」の気質でないことは、俺自身が一番よく知っている。常に自分の力量を見極め、自分に軍配が上がるであろう土俵でのみ戦ってきたのに、こんな状況は想定外も想定外だ。全く以てふざけている。
「……、めんどくせえ。」
「ニー。」
特段、誰に聞かせるつもりもなかったのだが、返事が返ってきた。声の元を辿ると、いつの間にか足元に野良猫がいることに気が付く。野良猫は、俺の知っている一般的なネコの色をしていた。ぼんやりと薄汚れた白を基調とした柄で、額の部分に、ちょうどセンター分けの前髪のように黒っぽい模様がついていた。友人の家で似た柄の猫が飼われていたことを思い出す。その友人は、猫にハチという名前を付けていた。ハチワレのハチだ。
ハチワレ模様の猫は、なんとも呑気なことに、人の靴紐でじゃれていた。しゃがみ込み、猫の背中をそっと撫でる。猫はちらりとこちらに視線を向けたが、ただそれだけで、嫌がる素振りは見せない。クアァ、と欠伸をしてぺたりと砂浜に腹をつけた。
「お前、どっから来たの。」
答えを期待していたわけではない。とにかく、このおかしな世界に、自分以外の生き物がいることが救いだった。指の間を通る、ふわふわとした毛並みが少しだけ気持ちいい。
「ヒャアン。」
たまたま、タイミングが合っただけなのだろう。もしくは、撫でられた感想を言ったのか。とにかく、猫はただ鳴いたに過ぎない。しかし、その少しかすれた、甘えるような声は、わずかに慰めの色をはらんでいた。
「変な鳴き声。」
ぽたりと落ちた一滴の涙は、自分の手に落ち、ふわふわの毛皮に溶ける。涙に残ったほんのわずかな温もりが、猫の体温と絡み合い、ゆるりとほどけてゆく。
「お前、なんていう名前なの。」
「ニー……ヤン。」
「ニーヤンか、そっか。」
俺は、半分おかしくなっていたのかもしれない。猫は決して、自分の名前を言ったわけではない。猫に俺の言葉は通じていない。当たり前だ。猫と俺の間には、絶対的な種族の壁がある。百歩譲って、長年連れ添ってきた飼い主と飼い猫であるならば、あるいはもしかしたら、そんな間違いが起こるかもしれないが、俺とこの猫は今日がまるきりの初対面だ。猫に俺の言葉は通じていないし、俺に猫の言葉もまた通じない。俺は、ただ、すがるものが欲しかった。この世界で何か、地獄にたらされた蜘蛛の糸のような、この猫にすがりついてさえいれば、元の世界に戻れるのだと漠然と信じていた。猫はそんな俺の想いを意にも介さない様子で、すっかり眠る体勢になってしまった。ふと、海に浮かんだクレジットカードを思い出す。ぼんやりとした絶望と諦観が入り混じるが、すやすやと眠る猫を起こすのも忍びない。俺は生来、めんどくさがりだ。出された課題なんかは大体後回しにするし、寝食すらまともに摂らないときだってある。こんな歪な世界に猫とひとり取り残されたとて、急にやる気が湧き出すわけでもない。今この瞬間が、死ぬか生きるかの分かれ道だとしても、どうでもいい。今はこの猫が目を覚ますのを待とう。
砂浜にどかりと座り込み、ひとつあくびをした。
「……、めんどくせえ。」
「ニー。」
特段、誰に聞かせるつもりもなかったのだが、返事が返ってきた。声の元を辿ると、いつの間にか足元に野良猫がいることに気が付く。野良猫は、俺の知っている一般的なネコの色をしていた。ぼんやりと薄汚れた白を基調とした柄で、額の部分に、ちょうどセンター分けの前髪のように黒っぽい模様がついていた。友人の家で似た柄の猫が飼われていたことを思い出す。その友人は、猫にハチという名前を付けていた。ハチワレのハチだ。
ハチワレ模様の猫は、なんとも呑気なことに、人の靴紐でじゃれていた。しゃがみ込み、猫の背中をそっと撫でる。猫はちらりとこちらに視線を向けたが、ただそれだけで、嫌がる素振りは見せない。クアァ、と欠伸をしてぺたりと砂浜に腹をつけた。
「お前、どっから来たの。」
答えを期待していたわけではない。とにかく、このおかしな世界に、自分以外の生き物がいることが救いだった。指の間を通る、ふわふわとした毛並みが少しだけ気持ちいい。
「ヒャアン。」
たまたま、タイミングが合っただけなのだろう。もしくは、撫でられた感想を言ったのか。とにかく、猫はただ鳴いたに過ぎない。しかし、その少しかすれた、甘えるような声は、わずかに慰めの色をはらんでいた。
「変な鳴き声。」
ぽたりと落ちた一滴の涙は、自分の手に落ち、ふわふわの毛皮に溶ける。涙に残ったほんのわずかな温もりが、猫の体温と絡み合い、ゆるりとほどけてゆく。
「お前、なんていう名前なの。」
「ニー……ヤン。」
「ニーヤンか、そっか。」
俺は、半分おかしくなっていたのかもしれない。猫は決して、自分の名前を言ったわけではない。猫に俺の言葉は通じていない。当たり前だ。猫と俺の間には、絶対的な種族の壁がある。百歩譲って、長年連れ添ってきた飼い主と飼い猫であるならば、あるいはもしかしたら、そんな間違いが起こるかもしれないが、俺とこの猫は今日がまるきりの初対面だ。猫に俺の言葉は通じていないし、俺に猫の言葉もまた通じない。俺は、ただ、すがるものが欲しかった。この世界で何か、地獄にたらされた蜘蛛の糸のような、この猫にすがりついてさえいれば、元の世界に戻れるのだと漠然と信じていた。猫はそんな俺の想いを意にも介さない様子で、すっかり眠る体勢になってしまった。ふと、海に浮かんだクレジットカードを思い出す。ぼんやりとした絶望と諦観が入り混じるが、すやすやと眠る猫を起こすのも忍びない。俺は生来、めんどくさがりだ。出された課題なんかは大体後回しにするし、寝食すらまともに摂らないときだってある。こんな歪な世界に猫とひとり取り残されたとて、急にやる気が湧き出すわけでもない。今この瞬間が、死ぬか生きるかの分かれ道だとしても、どうでもいい。今はこの猫が目を覚ますのを待とう。
砂浜にどかりと座り込み、ひとつあくびをした。
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