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第2章 波乱の学園生活

1. 早々にエンカウント

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「見えてきたよ」

 兄ナインの声でわたしは馬車の窓に張り付いた。城下街を少し下ったところに急に学園は現れていた。煌びやかすぎて浮いている。おそらく手前がわたしの未来の死地、ハイドレンジア学園高等部であり、その後ろに見えているのがこれから通う中等部だろう。
 わたしはグレー寄りの薄紫の制服に身を包んでいる。スカートが膝丈まである感じがお嬢さまらしい、と言うべきか。走りづらそう。もし逃亡するようなことがあったら破ろうと思う。
 当たり前のように兄が同乗しているけれど、別に会話をしているわけではない。兄は生徒会長であるため、今日はとっても忙しいのだ。馬車の中でもスピーチ用の原稿に目を通していた。まあ、喋らなくていいのは気が楽でいいからいいけれど。きっと明日からは寝てしまうと思うし。

「ローズ、僕はもう行かないといけないけれど困ったらいつでも頼ってきてくれていいからね」
「大丈夫です。おにいさまも頑張ってくださいね」

 門の前で下ろされると、生徒会らしき人物に呼ばれて兄は名残惜しそうに駆けて行った。やっと1人だ、と息をついたのも束の間。

「よっ、バラ女」
「げっ、ジル様……」

 早くも難が。ハレンチ女呼びから、現在はバラ女呼びに変わった。たぶんバラの中から脅かしたことをまだ引きずっている。

「お前さ、なんでそんなカバン重そうなんだよ? まだ何も持ってくるものなんかないだろ」
「ああ、これですか」

 いい感じに気がついてくれてありがとう。わたしはほくそ笑んでカバンの中身を見せつける。中には分厚い魔法書がたくさん。筋トレはもちろん、勉強をしている優秀な生徒と植え付けるには手っ取り早いと思ったのだ。ジルはうげ、と顔を歪める。

「お前さ、ゴリラにでもなるつもりなの? もうバラゴリラじゃん」
「あー、そうですね、いいですよバラゴリラで。ゴリラみたいな女の子誰だって嫌でしょう、そうでしょう」

 バラゴリラて……と思ったけれど適当に交わしつつ会場へと歩いていく。当然の如く、ジルとはクラスが一緒。まだ乙女ゲームは始まっていないだろうに一緒の必要あります? ため息しかため息しか出ない。隣でずっとバラゴリラ呼びは心にくるものがありそうだ。

「おーい、ローズ! ジル!」

 その声でわたしは勢いよく顔を上げた。わたしの唯一の癒し、ラギーが手をぶんぶんと振っていた。ラギーもどうやらわたしとジルと一緒のクラスらしい。ラギーは純粋で明るい元気っ子なので、ジルのような意地悪は言わないはず。

「一緒のクラスで嬉しい! 俺、もし2人がいなかったらどうしようって思ってて……」
「わたしはラギーと一緒で嬉しいよ!」
「本当!?」

 相変わらず笑顔が眩しい。でもラギーは社交性の塊のようなものだから、わたしやジルがいなくても困ることはないだろうに。初めての学園生活だから、ラギーでも緊張してしまうのかもしれない。
 大方予想はしていたけれど、わたしは学園生活の大半をジルとラギーと共に過ごすことになりそうだ。構図的に見ればイケメンその1、ヒロイン、イケメンその2だ。とっても話しかけにくいだろう。

 苦笑していると入学式が始まった。
 滞りなく進行していく中、わたしはあくびを噛み殺していた。ちなみに、ラギーはすっかり夢の中だった。わたしの肩にもたれかかって気持ち良さそうに寝ているため起こしにくい。

「なあ、あれお前のお兄さんだよな。似てないのな」
「ああ、言ってませんでしたか。わたしとおにいさまは義兄妹なんですよ」
「そうなんだ。どうりで」

 目を擦ると兄がスピーチをしていた。生徒会長挨拶だろう。爽やかな声が心地よくて今度こそ寝そうだったけれど、なんだかすごく目が合うので気持ち的に眠れなくなった。この米粒レベルの生徒たちの中でこうも目が合うとは。わたしの髪色が目立つせいかもしれない。

「なんか俺も眠くなってきた。お前、終わったら起こせよ」
「ええ、わたしも寝たいんですけど……」

 言い終わる頃にはわたしの肩ですーすーと寝息を立てていた。両肩がとっても重い。そしてなんだか兄の視線が鋭く感じるのは、きっと気のせい。


 両肩がだるく感じる。わたしは新入生としての準備をしにあちこちを歩き回っていた。学園を見て周り、いざというときの逃亡経路も確保。図書室に大量の魔法書が置いてあることも確認したので明日からはそこに籠るつもりだ。
 そしてわたしは今出来立てほやほやの杖を持って歩いている。先ほど杖職人の先生の元へ向かうと「この杖の型版は誰から?」とだいぶ心配そうな顔で尋ねられた。兄がくれたものだと答えると少し表情が和らいで「ならいいよ。心配性のお兄様なんだね」と言って杖を製作してくれた。首を傾げるも、わたしの魔力込みで作ってくれた杖はとても綺麗でゲームで出てくる杖のようで嬉しいのですぐにまあいいか、となった。

「あ、ローズ。もう杖を作ってきたの。早いね」

 少し考えていただけなのに、引き寄せてしまったか。いかにも仕事を抜け出してきました! というような兄にわたしは杖を見せた。

「この杖とても気に入りました。ここのディテールの美しさなんて特に」
「ふふ、気に入ってくれたようでよかったよ」

 にこりと笑い合いながら、それとなく会話をしていると。

「バラ女ー……ああ、ナイン会長も一緒なんですね」
「こんにちは、ナイン会長」

 ジルとラギーがやってきてまさかのエンカウント。何気に初めて顔を合わせるため、仕方なしに一旦わたしが場を取り持つ。心なしか、兄が近い。

「この前はローズに素敵なプレゼントをどうもありがとう」

 兄が早速真意が読み取りにくい笑顔を浮かべた。ジルもラギーも同じような笑みを浮かべた。もはやこれは貴族の嗜みなのかもしれない。ジルとラギーにはわたしからお礼を言ってはあるけれど、これではわたしがまるで気に入っていないみたいに聞こえてしまいそう。

「学園では慣れないこともあるだろうけれど、僕のローズと仲良くしてやってね」
「ええ、もちろんです」

 僕の、の強調を笑って受け流せるだけ、ジルの方が大人な気がする。ラギーは時折わたしの方を見てぱあっと笑顔を浮かべる。可愛い。

「ナイン会長はお忙しいのでは? 今は新入生のみで行動している方が楽でしょうから、気にせずお仕事へ戻ってください」
「うん、そうするよ」

 兄はわたしに「また後でね」と笑いかけるとすぐさま仕事へ戻っていく。特に何事もなくてよかった、とわたしはほっと一息つく。するとすぐにラギーが声を潜めた。

「ローズのお兄さん、ちょっと怖いな。なんだろう、俺らのことあんまり好きじゃないですよーって言われてる気分だった」
「あはは……おにいさまはちょっと心配性なの」
「まあ、貴族なんて基本腹の探り合いだからな。仕方ねーだろ」

 ジルの言葉には苦笑いするしかない。兄ももう少し耐えてほしいものだ。

「まあ、お前と一緒にいるのは損じゃ無さそうってことだな」

 にっこりと、兄に負けない読めない笑顔を浮かべてジルは笑った。どういう思考回路で損得の話に至ったのか教えてほしい。

「えっと、兄に媚を売りたいならわたしとはいない方がいいと思いますけど……」

 困惑しながらそう言っては見たけれど、ジルは不敵に微笑むだけだった。
 なんだか、もう学園生活が不安になってきた。
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