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第2章 波乱の学園生活
2. 植物園の妖精
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視線が……バリエーション豊かな視線の圧を感じる。
「ナイン・アメリアの妹」としての圧だ。教師陣からは期待され、女子生徒たちからは下唇を噛んで恨めしそうに見られている。中にはわたしを見た瞬間震え上がってすごい勢いで逃げていく人も。兄は一体何をしでかしたんだ。一瞬、兄のもう一つのプレゼントが頭をよぎった――いや、さすがに違うと信じたい。図書室の司書の先生にまで認知されている始末に、おちおち本も読み耽ってもいられなさそうだと苦笑する。
少し残念だったのが、魔法書の蔵書数はアメリア家よりも多いのだけれど、内容が中等部向けすぎることだ。詳しいことはゲーム本編である高等部でしか分からないのだと思う。しばらくは独学で頑張るしかなさそうだ。
トレーニングがてら借りた本を抱えて歩いていると、人気のないところに植物園があるのを見つけた。
「ここなら人も少ないし、授業の間やお休みの時間に来やすそう……」
ぶつぶつと呟きつつ、わたしは中の様子を伺った。
植物図鑑でしか見たことがないような珍しい花、さらに色んな種類の蝶々が飛んでいる。見惚れながら歩いていくと、芝生が敷き詰められている一角があった。うまい具合に陽光がさしていて、隣には植物園だというのに小川が流れている。ゆったりとした川のせせらぎが子守唄のよう。
自然とあくびが出てきて気がつけば横になっていた。大丈夫、次の授業までは後2時間もあるんだから――
「もしもーし……お嬢さんー」
「んん……」
細く目を開けると、かなりの好青年が目に飛び込んできた。いや、待て、そんなことよりもわたしは何時間寝ていたの!?
「あ、起きましたね。おはようございます」
「あの、今は何時ですか?」
「今は2時半です。ちょうど4限目が始まる30分前だったので起こそうと思っていたんですよ」
ほっと胸を撫で下ろす。あの重圧の中、サボりだけは許されなさそうだったから安心した。どうやらわたしは小1時間寝ていたようだ。借りてきた本を枕にし、アイマスク代わりにし……快適に寝ていたらしい。
で、ところでこの好青年は一体? 見る限り顔立ちは整っているけれど、いまいちパンチにかける気がする。薄紫をちょんっと縛った髪に黒の瞳。訝しげに見てしまったせいで、好青年が慌てて頭を下げた。
「僕はウィル・アドラーです。この植物園の管理を任されています」
言われてみるとウィルの格好はつなぎにも近い作業服だ。きっと歳もウィルの方が少し上だろう。
乙女ゲームは王子や公爵レベルの男子らと恋をするのが楽しいのであって……という面で考えると彼は攻略対象では無さそうだ。だけど顔がハッキリ見えて整っているとなると、サブキャラだろうか。
「わたしはローズ・アメリアです。勝手に眠ってしまってすみません」
「お気になさらず。この植物園はあまり立ち寄ってくれる生徒さんがいないので、きっとローズさんが来てくれて花たちも喜んでいますよ」
ウィルは嬉しそうに微笑む。
彼がサブキャラなら、執着してくることもないはず。何より、彼はアメリアと名乗ってもピンときていないようだったからわたしとしても気が楽だ。
「こんな素敵なところなのに、もったいないですね」
「まあ学生さんたちは忙しいですからね、仕方のないことですよ」
「でも、アネモネにダリア、サフランまで! どうして冬のお花も咲いてるんですか?」
よく見れば、四季全ての花が咲いていた。植物学の本を読んでいてやたら名前だけは見知っていたのが役立った。ウィルは驚いたようにわたしを見る。
「僕の魔法で咲かせているんです……」
「ええっ、すごいです!」
「あの、でもほんの少ししか魔力がないので、僕もこれくらいしか出来ないんですが……」
「すごい……」
それはわたしにとってすごく朗報だった。現在魔力量不明のわたしだけれど、わずかでもこの広い植物園を保てるほどなら、なんとかなりそうだ。
「本当に綺麗、どうやってやるんだろう……」
思わず花を眺めながら独りごちる。学園に入り魔法の勉強が始まったけれど、こういう生活に役立ちそうな魔法が早く使えるようになりたいものだ。
「あの、僕で良ければ教えましょうか……?」
「えっ、いいんですか!?」
食い気味に言ってしまった。彼はサブキャラかも、という安心感のおかげか、どうも危機感が緩んでしまう。ウィルはわたしの勢いに驚いたようだったけれど、優しく頷いてくれた。
「ああ、でも今日はもう時間が……また明日来ても良いですか?」
「はい。基本僕はここにいますので。いつでも好きなときにいらっしゃって構いませんよ」
ウィルの優しさに感動しながら、わたしは授業へと向かったのだった。
次の日から、そこがわたしの憩いの場になった。
お昼休みや放課後に図書室で本を借りてから、植物園へ向かう。ウィルはいつでも笑顔でわたしを出迎えてくれて、「疲れているでしょう」とお昼寝も許してくれた。お茶やお菓子も出してくれる。ついつい優しさに甘えてしまう。それにウィルの教え方はとっても分かりやすい。先生と違ってすぐ質問もできるからどんどんできるようになっていくのが楽しい。
「魔法は想像力がとても大切で。呪文を唱えれば大抵のことはできますが、想像が追いついていないと魔法は発動しないんです」
「ふむふむ。じゃあ、アネモネを咲かせたいなあ、と思ったらアネモネを完璧に思い浮かべる必要があるってことですね」
「ふふ、それも正解なんですが」
ウィルはにっこりと笑う。花に寄り添う姿はまるで儚い妖精みたいで。
「咲いて、誰かの喜ぶ姿まで想像するんです。そうすると、より綺麗に咲くんですよ。例えば、ほら」
そう言うと、アネモネが咲く花壇でウィルは杖を小さく振った。すると、ぽんっとアネモネが開花する。すごい。これは拍手喝采レベル。
「今、僕はローズさんが喜ぶ姿を想像したんですよ。そうしたらこんなに綺麗に咲きました」
少しはにかむ姿にわたしは撃ち抜かれたような気分になった。照れ笑いをなんとか抑える。
「最近、ローズさんを想像すると花が綺麗に咲くので、本当に嬉しいんです」
「あ、ありがとうございます……はは、なんだか照れますね」
「ふふ、可愛いですね」
花が、かな? たぶん意図せず言っていてかつ花を思うものだと思うけれどなんだかこっちまで照れてしまう。
なんとなく顔が見づらくて俯いていると、「少しお茶にしたらやってみましょうか」と言われた。わたしは激しめに首を縦に振って恥ずかしさをどうにかかき消したのだった。
「ナイン・アメリアの妹」としての圧だ。教師陣からは期待され、女子生徒たちからは下唇を噛んで恨めしそうに見られている。中にはわたしを見た瞬間震え上がってすごい勢いで逃げていく人も。兄は一体何をしでかしたんだ。一瞬、兄のもう一つのプレゼントが頭をよぎった――いや、さすがに違うと信じたい。図書室の司書の先生にまで認知されている始末に、おちおち本も読み耽ってもいられなさそうだと苦笑する。
少し残念だったのが、魔法書の蔵書数はアメリア家よりも多いのだけれど、内容が中等部向けすぎることだ。詳しいことはゲーム本編である高等部でしか分からないのだと思う。しばらくは独学で頑張るしかなさそうだ。
トレーニングがてら借りた本を抱えて歩いていると、人気のないところに植物園があるのを見つけた。
「ここなら人も少ないし、授業の間やお休みの時間に来やすそう……」
ぶつぶつと呟きつつ、わたしは中の様子を伺った。
植物図鑑でしか見たことがないような珍しい花、さらに色んな種類の蝶々が飛んでいる。見惚れながら歩いていくと、芝生が敷き詰められている一角があった。うまい具合に陽光がさしていて、隣には植物園だというのに小川が流れている。ゆったりとした川のせせらぎが子守唄のよう。
自然とあくびが出てきて気がつけば横になっていた。大丈夫、次の授業までは後2時間もあるんだから――
「もしもーし……お嬢さんー」
「んん……」
細く目を開けると、かなりの好青年が目に飛び込んできた。いや、待て、そんなことよりもわたしは何時間寝ていたの!?
「あ、起きましたね。おはようございます」
「あの、今は何時ですか?」
「今は2時半です。ちょうど4限目が始まる30分前だったので起こそうと思っていたんですよ」
ほっと胸を撫で下ろす。あの重圧の中、サボりだけは許されなさそうだったから安心した。どうやらわたしは小1時間寝ていたようだ。借りてきた本を枕にし、アイマスク代わりにし……快適に寝ていたらしい。
で、ところでこの好青年は一体? 見る限り顔立ちは整っているけれど、いまいちパンチにかける気がする。薄紫をちょんっと縛った髪に黒の瞳。訝しげに見てしまったせいで、好青年が慌てて頭を下げた。
「僕はウィル・アドラーです。この植物園の管理を任されています」
言われてみるとウィルの格好はつなぎにも近い作業服だ。きっと歳もウィルの方が少し上だろう。
乙女ゲームは王子や公爵レベルの男子らと恋をするのが楽しいのであって……という面で考えると彼は攻略対象では無さそうだ。だけど顔がハッキリ見えて整っているとなると、サブキャラだろうか。
「わたしはローズ・アメリアです。勝手に眠ってしまってすみません」
「お気になさらず。この植物園はあまり立ち寄ってくれる生徒さんがいないので、きっとローズさんが来てくれて花たちも喜んでいますよ」
ウィルは嬉しそうに微笑む。
彼がサブキャラなら、執着してくることもないはず。何より、彼はアメリアと名乗ってもピンときていないようだったからわたしとしても気が楽だ。
「こんな素敵なところなのに、もったいないですね」
「まあ学生さんたちは忙しいですからね、仕方のないことですよ」
「でも、アネモネにダリア、サフランまで! どうして冬のお花も咲いてるんですか?」
よく見れば、四季全ての花が咲いていた。植物学の本を読んでいてやたら名前だけは見知っていたのが役立った。ウィルは驚いたようにわたしを見る。
「僕の魔法で咲かせているんです……」
「ええっ、すごいです!」
「あの、でもほんの少ししか魔力がないので、僕もこれくらいしか出来ないんですが……」
「すごい……」
それはわたしにとってすごく朗報だった。現在魔力量不明のわたしだけれど、わずかでもこの広い植物園を保てるほどなら、なんとかなりそうだ。
「本当に綺麗、どうやってやるんだろう……」
思わず花を眺めながら独りごちる。学園に入り魔法の勉強が始まったけれど、こういう生活に役立ちそうな魔法が早く使えるようになりたいものだ。
「あの、僕で良ければ教えましょうか……?」
「えっ、いいんですか!?」
食い気味に言ってしまった。彼はサブキャラかも、という安心感のおかげか、どうも危機感が緩んでしまう。ウィルはわたしの勢いに驚いたようだったけれど、優しく頷いてくれた。
「ああ、でも今日はもう時間が……また明日来ても良いですか?」
「はい。基本僕はここにいますので。いつでも好きなときにいらっしゃって構いませんよ」
ウィルの優しさに感動しながら、わたしは授業へと向かったのだった。
次の日から、そこがわたしの憩いの場になった。
お昼休みや放課後に図書室で本を借りてから、植物園へ向かう。ウィルはいつでも笑顔でわたしを出迎えてくれて、「疲れているでしょう」とお昼寝も許してくれた。お茶やお菓子も出してくれる。ついつい優しさに甘えてしまう。それにウィルの教え方はとっても分かりやすい。先生と違ってすぐ質問もできるからどんどんできるようになっていくのが楽しい。
「魔法は想像力がとても大切で。呪文を唱えれば大抵のことはできますが、想像が追いついていないと魔法は発動しないんです」
「ふむふむ。じゃあ、アネモネを咲かせたいなあ、と思ったらアネモネを完璧に思い浮かべる必要があるってことですね」
「ふふ、それも正解なんですが」
ウィルはにっこりと笑う。花に寄り添う姿はまるで儚い妖精みたいで。
「咲いて、誰かの喜ぶ姿まで想像するんです。そうすると、より綺麗に咲くんですよ。例えば、ほら」
そう言うと、アネモネが咲く花壇でウィルは杖を小さく振った。すると、ぽんっとアネモネが開花する。すごい。これは拍手喝采レベル。
「今、僕はローズさんが喜ぶ姿を想像したんですよ。そうしたらこんなに綺麗に咲きました」
少しはにかむ姿にわたしは撃ち抜かれたような気分になった。照れ笑いをなんとか抑える。
「最近、ローズさんを想像すると花が綺麗に咲くので、本当に嬉しいんです」
「あ、ありがとうございます……はは、なんだか照れますね」
「ふふ、可愛いですね」
花が、かな? たぶん意図せず言っていてかつ花を思うものだと思うけれどなんだかこっちまで照れてしまう。
なんとなく顔が見づらくて俯いていると、「少しお茶にしたらやってみましょうか」と言われた。わたしは激しめに首を縦に振って恥ずかしさをどうにかかき消したのだった。
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