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第10章 花の祝祭
4. ヒロイン返上
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「え、えっとつまり、ケイト様のひいおじいさまがロストの根源で、ケイト様はそれをずっと守ってきたご長寿さんで、わたしは今からそれを浄化しに行く……であってます?」
「正解ー」
わたしとケイトは、グリンデルバルド家にいる。一応、とケイトがお茶を準備してくれたはいるが先ほどの話がお茶を飲むどころの話ではなかったのでほぼ手付かずだ。やはり、わたしの読み通り、ケイトはキーパーソンだったみたいだ。それも年が分からないとんだご長寿という追加属性まで備えて。顔や歳はどうやって誤魔化して学園に入ったのか聞くのは野暮な気もする。けれど、ケイトが悪いひとではなかったことに安心した。ラスボスだったら倒すつもりではいたけれど、少し情が出てしまいそうだったから。
ちらりと窓の外を見る。といっても、窓から見えるのは森だけだ。ケイトは一体どれだけの年月をこの暗い場所で過ごしてきたのだろう。ずっと1人で、ロストになった曽祖父を眺めながら……
「そんな顔しないでよ、もう慣れたよ」
「……考えてること見透かさないでください」
ケイトは困ったように笑う。わたしはなんとなく目を合わせづらくて俯き「慣れちゃいけないんですよ、そういうのは」と小さく漏らした。ケイトがどんな顔をして反応したかは分からないけれど、わたしは勢いよく立ち上がった。
「よし、早速その洞窟へ案内してください! 『本物の花の乙女』として責務を全うして見せましょう!」
家の脇に突然にその洞窟は現れた。洞窟、といっても水滴がポタポタ落ちているようなものではなくていくらか整備されている。きっと長年ここで魔術の研究が行われていたのだろう。ケイトの後についていくと、少しして目的の場所に到着したようだった。睨むように見るケイトの目線を追うといくらか人の形を保ったロスト――ケイトの曽祖父の姿がそこにはあった。
彼はわたしを見るや否や飛びかかる勢いでこちらに突進する――けれど結界の作用が働いてわたしの目の前で彼は跳ね返された。それと同時に目の前の透明な壁に亀裂が入った。
「この通り、もう限界なんだ。きっともうそろそろ破れる」
それもこれも一度緩めた俺のせいだ、とケイトは自分を責める。長年この切迫感と、花の乙女への嫌悪が募ればきっと、誰だって嫌になる。わたしは「そんなふうに言わないでください」とケイトを宥めてまたケイトの曽祖父に向き直った。
「やってみます、ひいおじいさまを必ず助けてみせます」
きっと祈れば彼は消えてしまうだろう……けれど浄化という言葉はなんだか本人の前で使うには失礼だと思った。それにケイトにとっても。嫌いとはいえど家族なのだから。
わたしは祈る体制に入った。先ほどよりは自然に、両膝が地面についた。ドレスの汚れも気にならない。正直、これで合っているかは分からないし、「神様お願いします!」の要領で手を組んでいるだけだけれど。わたしにはなんの力もない。シナリオの力で今まで花の乙女をやってこれただけだ。
これでロストがこの世界からいなくなるなら、この国の人々が苦しまなくてよくなるなら、ケイトたちグリンデルバルド家の人々はもちろんわたしも、みんなも幸せな日々を送っていけるなら。柄にもなく、そんなヒロインめいたことを心の中で言い続けた。
パリンパリン、と封印が解けていく音がした。いくつかわたしの頬や手をかすめていく。
まぶたの裏まで眩しい。目の前は一体どうなってしまっているんだろう。
けれど最後まで目を開けなかった。きつくきつく、閉じたまま。
「……ふぁああ」
大きく伸びをして上半身を起こした。なんだか身体が変な気分だ。
花の乙女になってからはずっと変な(なんていっていいか分からないし言葉にするほどの違いもないけれど)感覚があったというのに。
「はっ、そういえばひいおじいさまは!?」
「あ、起きたんだね! よかった!」
パタパタとケイトが駆け寄ってきた。どうやらケイトの家のソファで眠ってしまったらしかった。
ケイトによれば、あのあと無事封印が解けて、ひいおじいさまは消えていってしまったらしい。それと同時にケイトは今まで感じていたロストの気配を感じなくなったとのことだ。わたしはたぶん耐えかねて気絶したらしかった。
「まあ、今日一日祈ってばかりでしたし、意外と体力も魔力も使っていたんでしょうか……」
そう言って手をぐーぱー、と筋肉をほぐしてみる。そこであれ、と首を傾げた。違和感の正体を突き止めようと杖を取り出して、試しに小さく火を出してみる――けれど出ない。マッチレベルのか細い火すら出ない。魔力を使い果たした? いや、この感じは――
「わたし、魔力を失ってる……?」
「え」
「何も感じないんです、いつもだったら炎とかつるとかなんでも出せるのに」
動転して捲し立ててしまう。今までずっと訓練してきたのに。ケイトはふむ、と考えるようにわたしを見て、
「もしかしたら、曽祖父が居なくなってロストが世界から消えたから……もう、花の乙女は必要ない。だから……花の乙女じゃなくなって魔力もなくなった?」
と呟いた。それってつまり。わたしはあることに思い当たった。
花の乙女じゃない。きっとわたしはシナリオを超えたんだ。だって、この国で逆ハーが成り立つのは花の乙女がそれを許されているから。だから、この乙女ゲームはきっとロストをきっちり倒すエンディングはおそらく存在しない。それか、いいとこノーマルエンド、誰ともくっつかない乙女ゲーム的にはアンハッピーなエンディングだ。
つまり、わたしはもう、シナリオに縛られるヒロインじゃない。
花の乙女でも、ヒロインでもない、魔力も失ったただの伯爵令嬢ローズ・アメリアになったんだ。
「正解ー」
わたしとケイトは、グリンデルバルド家にいる。一応、とケイトがお茶を準備してくれたはいるが先ほどの話がお茶を飲むどころの話ではなかったのでほぼ手付かずだ。やはり、わたしの読み通り、ケイトはキーパーソンだったみたいだ。それも年が分からないとんだご長寿という追加属性まで備えて。顔や歳はどうやって誤魔化して学園に入ったのか聞くのは野暮な気もする。けれど、ケイトが悪いひとではなかったことに安心した。ラスボスだったら倒すつもりではいたけれど、少し情が出てしまいそうだったから。
ちらりと窓の外を見る。といっても、窓から見えるのは森だけだ。ケイトは一体どれだけの年月をこの暗い場所で過ごしてきたのだろう。ずっと1人で、ロストになった曽祖父を眺めながら……
「そんな顔しないでよ、もう慣れたよ」
「……考えてること見透かさないでください」
ケイトは困ったように笑う。わたしはなんとなく目を合わせづらくて俯き「慣れちゃいけないんですよ、そういうのは」と小さく漏らした。ケイトがどんな顔をして反応したかは分からないけれど、わたしは勢いよく立ち上がった。
「よし、早速その洞窟へ案内してください! 『本物の花の乙女』として責務を全うして見せましょう!」
家の脇に突然にその洞窟は現れた。洞窟、といっても水滴がポタポタ落ちているようなものではなくていくらか整備されている。きっと長年ここで魔術の研究が行われていたのだろう。ケイトの後についていくと、少しして目的の場所に到着したようだった。睨むように見るケイトの目線を追うといくらか人の形を保ったロスト――ケイトの曽祖父の姿がそこにはあった。
彼はわたしを見るや否や飛びかかる勢いでこちらに突進する――けれど結界の作用が働いてわたしの目の前で彼は跳ね返された。それと同時に目の前の透明な壁に亀裂が入った。
「この通り、もう限界なんだ。きっともうそろそろ破れる」
それもこれも一度緩めた俺のせいだ、とケイトは自分を責める。長年この切迫感と、花の乙女への嫌悪が募ればきっと、誰だって嫌になる。わたしは「そんなふうに言わないでください」とケイトを宥めてまたケイトの曽祖父に向き直った。
「やってみます、ひいおじいさまを必ず助けてみせます」
きっと祈れば彼は消えてしまうだろう……けれど浄化という言葉はなんだか本人の前で使うには失礼だと思った。それにケイトにとっても。嫌いとはいえど家族なのだから。
わたしは祈る体制に入った。先ほどよりは自然に、両膝が地面についた。ドレスの汚れも気にならない。正直、これで合っているかは分からないし、「神様お願いします!」の要領で手を組んでいるだけだけれど。わたしにはなんの力もない。シナリオの力で今まで花の乙女をやってこれただけだ。
これでロストがこの世界からいなくなるなら、この国の人々が苦しまなくてよくなるなら、ケイトたちグリンデルバルド家の人々はもちろんわたしも、みんなも幸せな日々を送っていけるなら。柄にもなく、そんなヒロインめいたことを心の中で言い続けた。
パリンパリン、と封印が解けていく音がした。いくつかわたしの頬や手をかすめていく。
まぶたの裏まで眩しい。目の前は一体どうなってしまっているんだろう。
けれど最後まで目を開けなかった。きつくきつく、閉じたまま。
「……ふぁああ」
大きく伸びをして上半身を起こした。なんだか身体が変な気分だ。
花の乙女になってからはずっと変な(なんていっていいか分からないし言葉にするほどの違いもないけれど)感覚があったというのに。
「はっ、そういえばひいおじいさまは!?」
「あ、起きたんだね! よかった!」
パタパタとケイトが駆け寄ってきた。どうやらケイトの家のソファで眠ってしまったらしかった。
ケイトによれば、あのあと無事封印が解けて、ひいおじいさまは消えていってしまったらしい。それと同時にケイトは今まで感じていたロストの気配を感じなくなったとのことだ。わたしはたぶん耐えかねて気絶したらしかった。
「まあ、今日一日祈ってばかりでしたし、意外と体力も魔力も使っていたんでしょうか……」
そう言って手をぐーぱー、と筋肉をほぐしてみる。そこであれ、と首を傾げた。違和感の正体を突き止めようと杖を取り出して、試しに小さく火を出してみる――けれど出ない。マッチレベルのか細い火すら出ない。魔力を使い果たした? いや、この感じは――
「わたし、魔力を失ってる……?」
「え」
「何も感じないんです、いつもだったら炎とかつるとかなんでも出せるのに」
動転して捲し立ててしまう。今までずっと訓練してきたのに。ケイトはふむ、と考えるようにわたしを見て、
「もしかしたら、曽祖父が居なくなってロストが世界から消えたから……もう、花の乙女は必要ない。だから……花の乙女じゃなくなって魔力もなくなった?」
と呟いた。それってつまり。わたしはあることに思い当たった。
花の乙女じゃない。きっとわたしはシナリオを超えたんだ。だって、この国で逆ハーが成り立つのは花の乙女がそれを許されているから。だから、この乙女ゲームはきっとロストをきっちり倒すエンディングはおそらく存在しない。それか、いいとこノーマルエンド、誰ともくっつかない乙女ゲーム的にはアンハッピーなエンディングだ。
つまり、わたしはもう、シナリオに縛られるヒロインじゃない。
花の乙女でも、ヒロインでもない、魔力も失ったただの伯爵令嬢ローズ・アメリアになったんだ。
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