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第3話 処刑

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 俺たちは身動きが取れない状況になり、魔術師達に運ばれていた。

 最初に転移した部屋から出て、そこから廊下を移動しているようだった。

「おい! 降ろせ! どこに連れて行く気なんだよ!」

 必死にそう叫ぶが、魔術師達は何の反応もしてこない。
 もがいても強く縛られているので、身動きが取れ利用にはならず。

 クソ、どうすりゃいいんだ……

 連れ去られているのは、俺だけじゃない。
 妹と弟もいるのだ。

 二人だけは何としてでも守らないといけないのに……

 魔術師たちは階段を降りていく。
 かなり長い階段だ。どうやら地下に向かっているようだ。

 どうにかしないといけないと考えているうちに、目的地に到着したのか、魔術師たちが止まった。

 前には半透明色の壁があった。
 壁の向こうから、低い蜂の羽音のような音が聞こえて来る。

 この壁の向こうに"巣"があるのか……?

「皇帝は魔物などを飼う趣味があってな。この壁の向こうには、通称人食い蜂と呼ばれる、えげつねぇ蜂の魔物がいる」
「人喰い蜂!?」

 何だその不穏過ぎるネーミングは!
 そんな奴の巣に放り込まれたら、確実に死ぬだろ!

「僕たちを餌にする気?」

 青葉がそう言った。

「そういうわけだ。お前らに恨みはねぇが、皇帝陛下の命令には逆らえねぇんでな」
「皇帝は今見てないだろ! 頼む、逃がしてくれ!」
「確かに見てない、逃がしたとしてもバレないかもしれねーが、万が一バレれが俺たちがお前らの代わりに餌になっちまう。そんなリスクを冒して、てめーらを逃がす理由はどこにもねーな。諦めろ」
「ぐ……」

 説得は難しそうだった。

 魔術たちは俺たちを抱えながら、透明の壁に近付く。

「せーの」

 合図をしながら、俺たちを壁に向かって放り投げた。
 ぶつかると思ったが、壁をすり抜けて床に落ちる。
 床は石作りで、背中からもろに落ちたので、かなり痛かった。

「痛ぁ……ちょっと、何で壁に当たんなかったの?」

 不思議そうに茜が呟く。

「それは人間は通すが魔物は通さない不思議な壁だ」

 魔術師の男が茜の疑問に答えた。

「じゃ、あばよ」

 最後にそう言って、魔術師たちは去っていった。

 ……壁の向こうには人食い蜂がいるって言ってたよな。
 ってことは……

 やばいなんてもんじゃない。
 このままだと食われてしまう。

 しかし、魔術師たちは魔法の紐を解かずに去っていったから、身動きが取れない。

 恐ろしく低い羽音が近づいてきた。

 上を見る。

 スズメバチをそのまま人間くらいの大きさにしたような蜂だ。
 獲物を見つけたと言わんばかりに、鋭い歯をカチカチと鳴らしている。

 死が迫ってきた。

 ――何とかしないと、何とかしないと、何とかしないと

 脳内をフル回転させ、この窮地を乗り越える方法を探す。
 しかし、見つからない。
 ないものを見つけるのは、無理な話だったかもしれない。

 最初に標的になったのは茜だった。

 人食い蜂たちは、羽を高速で動かし、一直線で茜の下へ行った。

「お兄ちゃん助けっ――!!」

 俺に助けを呼ぶ声は途中で途絶えた。

 首を蜂の歯であっさりと切断されたからだ。

 妹の頭が胴体から離れ、血しぶきを大量にまき散らす絶望的な光景が、目に飛び込んできた。

「茜ぇええええええ!!」

 叫んでも現実は変わらない。
 茜の亡骸に人食い蜂たちは群がる。
 肉を食べているようだった。

 さらに大量の人食い蜂共が集まってきた。

「あぁああああああ!!」

 今度は青葉が標的になった。
 大きな声など滅多に出さない青葉の悲痛な叫び声が耳に飛び込んできた。

 大量の蜂に群がられ、俺から青葉の姿を見ることは出来なくなった。
 しばらくしたら、叫び声がぱたりと止んだ。

 何で……?

 何でこんな目に遭っているんだ……?

 昨日までは、何も変わらない普通の日常をすごしていたはずだろ……?

 何でこんな……ことに……

 そうか、夢か。
 夢に違いない。

 そうだ。
 だって異世界なんて、おかしいだろ普通に考えて。
 これが現実なわけがない。

 茜も青葉も生きている。
 起きたら、きっと全て元通り、家の中で平和に暮らせてるはずだ。

 人食い蜂が近付いてくる。
 どうせ、こいつも夢だ。
 こんなデカい蜂なんているわけないだろ。

 怖くなんかない。怖くなんか――

 一匹の蜂が俺の足元に飛んできた、膝から下の部分を食いちぎった。

「あがぁあああああああああああああ!!!!」

 現実逃避をしていた俺を現実に引き戻すくらいの、強烈な痛みを足に感じた。

 二体目の蜂には、腹を抉られた。
 次に目をついばまれた。

「痛っ……あああああ……」

 あまりの痛みに、声すらまともに上げられなくなる。

 これが現実であると否が応でも理解させられた。

 ――死ぬのか俺は……

 いや……まだ死ねない!

 あの男……ふざけた理由で俺たちを召喚して、そして処刑を命じ、茜を青葉を殺したあの男――

 皇帝ルシエル・グラトニスを殺すまでは、絶対に死ねない。

 人食い蜂の歯が体を縛っていた紐を斬り裂く。
 動けるようになった。
 足が片方ないので、俺は地面を這いずって何とか逃げようとする。

 壁の向こうに行きさえすれば、蜂たちは来れなくなる。
 そこまで遠くはない。

 何とか出ようと思って壁を見て、俺は絶望した。

 半透明の壁がなかった。
 普通の壁があるだけだった。

 なるほど。
 餌を放り込む時だけ、半透明にして普段は普通の壁になっているのか。

 背後から羽音が迫ってくる。

 もはや逃げるすべはどこにもなかった。

 ズチャ!!

 肉が避けるような音がした。
 俺の腹から下を、蜂に食いちぎられる音だった。

 これが致命傷であり、もはや助からないと脳が理解したのか、痛みは全く感じなかった。

 ちくしょう……駄目だ……まだ、まだ死ねないんだ……

 腕に精一杯力を入れようとするが、全く入らなかった。

 徐々に意識が遠のいて深い闇に落ちていく。

 その時、

『スキル、"死霊王"を発動します』

 頭の中にその声が響いてきた。
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