上 下
6 / 35

6話 守護騎士任命

しおりを挟む
 夜明け前。
 俺は他人の気配を外に感じ飛び起きた。

 ……これは。

 ドアの前に誰かいるな。
 人数は五人くらい。
 ガチャガチャと鎧を装備した者が、動く音が聞こえる。
 どうやら武装しているようだ。

 何の用だ?
 こんな時間に来るようだから、歓迎していいような奴らじゃないだろう。

 俺個人に恨みでもあるのだろうか。
 それとも……ミリアが狙いなのか?

 分からないが、来るなら撃退するしかないだろう。

 部屋に置いてある剣を取り、自分が今いる部屋のドアの脇にしゃがみ込む。
 来た瞬間、不意打ちを食らわせてやる。

 ガン!

 乱暴にドアが開く。
 たぶんぶっ壊して入って来やがった。
 修繕代も安くないんだぞチクショウ。

 部屋を物色しまくっている音が聞こえる。
 めちゃくちゃ荒らしてやがる、何なんだまったく。

「……何ですか……この音」

 音のせいでミリアが起きてしまったようだ。

 いざという時は動けた方がいいから、一応簡単に説明しよう。

「家に誰かが入ってきた。たぶん大丈夫だと思うが、いざという時は動けるようにして」
「だ、誰かって誰ですか?」
「分からん……」
「も、もしかしてあいつら?」
「心当たりがあるのか?」
「え……その……。でもあいつらなら、きっと敵わない……。逃げてください」

 小声で逃げろとミリアは警告してくる。

 そんなに強いのか?
 俺も腕に覚えはあるが、確かに五人それなりに強い奴を相手にするのは厳しい。
 逃げられるなら、この子を連れて逃げた方がいいかもしれないが……。

 この家には裏口と言う奴がない。
 逃げるならあのドアから逃げるしかないが、それは困難だろう。
 どうしようか迷っていると、

「ここが最後だ」

 この部屋まで来やがった。
 もう逃げられん。
 っち、これは戦う覚悟を決めるしかないようだな。

 俺は剣を抜き、構える。
 足音が大きくなる。
 こんな状況だが、俺の頭は冷静だった。
 危機に瀕することは、冒険者をやっていても何度かある。
 いちいちパニックになるような奴は、すぐに死んでしまう。

 扉が開いた。
 侵入者が入ってくる。
 黒い鎧を装備した奴だ。
 俺は剣を振り下し、侵入者の首を斬りかかる。

 ガシャアアアアン!

「ぐっ!」

 金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
 相当硬度が高い鎧だ。首も防がれており、斬ることが出来なかった。

 仕留めるには突くしかないだろうが、突きは多人数を相手にするときは、使うべきではない。

 どうする? どうすればいい。

 悩んでいるうちに、黒い鎧の者たちが、部屋になだれ込んできた。

 俺は囲まれる。

「さて、我々は君を殺したくてここに来たわけではない。その少女を連れ去るためにきたのだ」

 黒い鎧の一人が話しかけてきた。男の声だ。
 狙いはミリアか。
 ミリアを見てみると、怯えて震えている。

「死にたくないなら、何もせずその少女を我々が連れていくのをそこで眺めていろ。そうすれば殺さないでおいてやる」
「……」

 正直、勝ち目はない。
 全員同じ鎧を着ている。簡単に仕留めることは不可能。
 こうも囲まれてはもはやどうしようもないだろう。

「に、にげてください!」

 ミリアの叫び声が聞こえてきた。
 仮にここで抵抗しても、俺は死にどちらにしろミリアは連れていかれる。
 要はここでミリアを助けるために動くのは、自殺志願者かバカだけだ。

「俺は後者かな」
「……何の話だ?」
「ミリアをお前らには、渡せねーって話だ」
「正気か?」
「さぁな、だが」

 俺は剣を構える。
 そして、

「裏切らねぇって言ったからな」

 ここで見捨てるのは、裏切りでしかない。
 あいつを預かっている俺は、ミリアを守る義務がある。
 断じてこんな怪しい連中に渡すわけにはいかん。

「ハアアアアアアアアア!」

 俺は雄たけびを上げて、斬りかかった。

「ふん、馬鹿が」

 そいつは攻撃を受け止める。
 受け止められているうちに、後ろから斬りかかられる。
 何とか避けるが、避けた場所にも斬撃が来ていた。
 肩の辺りを斬られる。
 血が舞い上がった。

「きゃあ!」

 ミリアの悲鳴が聞こえる。
 やられるわけにはいかん。
 俺はそう心に言い聞かせて、再び剣を振るう。

 しかし、敵に剣は届かない。
 簡単に受け止められる。

 体のいたるところを斬りつけられる。

「ガハッ!」

 最後とどめと言わんばかりに、俺の胸に心臓を突き刺してきた。
 突き刺した剣を引き抜く。
 夥しい量の血が噴き出す。

 俺は前のめりに倒れそうになり、何とか踏みとどまった。

 だが限界は近い。
 意識は徐々に薄くなり、体温も下がってきている。
 死ぬとはこういうことなのだな……。

「な、なんで……逃げないんですか……?」

 薄れゆく意識で声を聞いた。
 ミリアの声だ。
 顔を上げて確認する。
 おぼろげな視界に、ミリアの姿が映った。
 震えて、目から大量の涙をこぼしている。

「ここで逃げたら、俺が俺でなくなっちまうからだ」

 俺はそう答えて、足をゆっくりと動かす。

「待ってろ、こいつらを今すぐ……追い払ってやるからよ……」

 威勢の良いことを言ったが、足が床に付いた瞬間、バランスを崩して倒れ込んでしまった。
 起き上がろうとするが、まったく力が入らない。

 視界がぼやけて何も見えなくなってきた。
 もはやこれまでか。

 ちくしょう。

「わたし……あなたを信じます」

 意識が消えそうになったその時、ミリアの声が聞こえてきた。

「汝リスト・バノンを守護騎士に任命する。我が盾となり我が身を永劫守り給え」

 ミリアが大人びた声で呪文を唱えた直後、俺の体が光りに包まれる。

 温かい。心地の良い光だ。

「まずい! このガキ、【守護騎士任命】が使えたのか!?」
「あの男を任命しやがったぞ」

 守護騎士任命……? ってなんだ。

 つーか、あれ? あと、視界が元に戻った。
 寒気もなくなったし、何か体が軽くなった。
 動けるなこれ。

 俺は刺された胸を確かめてみる。
 血でべとべとしているのだが、傷がない。

「ど、どういうことだ?」

 動揺して呟いた。

「お前ら急いでそのガキを連れていけ!」

 黒い鎧の連中の一人が叫び、慌ててミリアを攫おうとする。
 俺の傷が完治したことが、連中を慌てさせたようだ。
 物凄く動揺していたが、ミリアを連れ去られるわけにはいかん。
 何が起こったのかとかそう言う疑問を一旦脇に置いて、ミリアを助けねば。
 俺は剣を振り、ミリアを連れ去ろうと動いた奴を斬る。
 あれ?
 なんかいつと体の感覚が違う。
 スムーズというか、とにかく力が良く入る。

 剣は敵の鎧に命中。
 さっきまでならここで鎧にはじかれていた。

 しかし今回は違った。
 俺の剣は鎧をまるで紙切れのように斬り裂いて、一刀両断した。
 敵の胴体が上下に斬り裂かれて落ちる。

 血と臓物が周囲に飛び散った。

 マ、マジか。
 何だこの力は。
 普通の人間が持てるような力じゃない。

「て、撤収!!」

 俺の力に戦いたのか、黒い鎧の連中が慌てて家から逃げていく。
 
 追いかけるかどうか一瞬悩む。
 ここは追いかけない方がいいと判断し、この場にとどまった。

 致命傷がすべて回復し、とんでもないパワーを手に入れていた。
 どういうことかまったく分からない。
 分かるのは恐らくこれは、ミリアが唱えた呪文のおかげだということくらいだ。

 そう言えばミリアは?
 場に死体がある。
 俺は見慣れているが、子供にはショッキングな光景だろう。
 見てしまって精神的にダメージを受けてなければいいが。

「リストさん」

 心配していたが、大丈夫そうだ。
 死体が目に入っていないみたいで、俺を一直線に見ている。

 ミリアは俺に近づいて、

「あなたをわたしの、守護騎士にしました。これからはずっと一緒です」

 そう言ってきた。
 この時、俺は初めてミリアの笑顔を見た。

しおりを挟む

処理中です...