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4.親友
しおりを挟む海底に築かれた街はステンドグラスのように煌めいています。本来は光も届かないほどの深海ですが、浅い海には無い光を放つ珊瑚が存在するのです。貝殻で彩られた宮殿はまるで宝石のよう。住う者たちには階級もあります。
この海の世界、そして人魚たちは、陸の人間が思う以上の進化を遂げていました。深海魚は陸に近い場所まで行くと死んでしまいますが、今の人魚は水圧の変化に対する抵抗力を身に付けています。その為、どんな海でも自在に泳ぎ回ることが出来るのです。
だけど砂浜には決して上がってはならない。今や暗黙の了解です。花も本も瓶も、そしてネックレスも、本来この場所には無いはずのもの。だけど日に日に増えていく場所が一箇所だけありました。
そして今日も……
「ロータス! 見て見て。このお花綺麗でしょう?」
透き通るような赤い花弁を自慢げに見せ付ける人魚が一人。アマリリスという名も知らないまま。キラキラ輝くサファイアのような瞳は真昼の太陽光まで一緒に持ち帰ってきたようでした。一つに束ねた青い髪も、青い尾も、心なしか艶めいているようです。
対してロータスと呼ばれた方の青年は琥珀色の目を見張り表情を強張らせます。ここが陸であったなら、冷や汗がありありと見て取れたことでしょう。
「カナタ、また陸に上がったの? 行ってはいけないとあれほど……」
気弱なロータスは強く言えません。だけど無鉄砲な親友を心から心配しています。
カナタと呼ばれた青い髪の人魚は不自然な薄ら笑いを浮かべて後頭部をポリポリ掻きました。
「あ~、えっとね、これは流れてきたっていうか……」
今更誤魔化してももう遅い。ロータスは知っています。カナタの部屋は陸の物でいっぱいだということを。岩の壁に地図を貼り毎日眺めていることを。
流れてきたものも確かにあります。だけどそもそも水面から顔を出さなければ拾えなそうなものも沢山。今回の花だってそう。ちょっとだけなんて甘い言葉で、砂浜に手を伸ばしたことも何度かあったようです。
「人間に見つかったらどうするの。カナタは綺麗なんだから狙われちゃうよ」
カナタの部屋に着くと、ロータスはため息混じりに呟きました。改めて目にする陸で作られた物たち。それを一つ一つ眺めてはカナタの心に思いを馳せていきます。
天井から吊り下げられた鳥の群れ、いえ、その正体は本です。カナタにもロータスにも本来の使い方がわからないのです。カナタは瓶の中にアマリリスの花を挿します。これはあながち間違っていません。陸の人間から見たら正解だったり不正解だったりする部屋でしょう。だけどカナタは自分なりの形で拾った物を大切にしているのです。
「海の近くでは見かけない花だよねぇ。誰かが街から持ってきたのかな」
カナタが白魚のような指先を伸ばし、花弁をつんと撫でます。もはや口を滑らせているどころじゃありません。自白しているも同然。いけないことをしている自覚など消えてしまったのでしょうか。好奇心が勝るのでしょうか。掴みどころの無い親友の心を探ろうとしてもわからず、ロータスのため息はますます深くなります。
「ねぇ、カナタ。お願い、無茶なことはしないで。お願いだよ」
ついにロータスが勇気を振り絞って放った言葉。それに対してカナタはしばらく真顔になりました。だけどやがて微弱な困惑を滲ませつつ微笑みを返すのです。
「ありがとう、ロータス。だけど私にはあまり時間がなさそうだし……」
言いかけたカナタが一瞬目を見張り、それから気まずそうに視線を逸らしました。今度はロータスの方が大きく大きく見張っていきます。青ざめた顔をして思わず身を乗り出します。
「じ、時間が無いって……カナタ、どうしてそんなこと言うの? まさか僕を助けてくれたときみたいに能力を使ってるんじゃ……ないよね?」
心当たりがあったからこその問いかけです。ロータスは元々ここではない遠い海の出身。幼い頃、人間の密猟者に捕まって運ばれていたところをカナタに救われたのです。そのときに知ったのです。カナタには他の人魚には無い強い能力があることを。
「もうそんなことしなくていいんだよ。この海底の街はとても発展してる。ここに居る分には安全なんだから、カナタが一人で頑張ることなんて……!」
「うん、でも本当に大丈夫。人間に接触するようなことはしてないから。だけどね、ロータス。私からもお願いがあるんだ。この花がいつか萎れるように、どんなものだって変わっていく。終わりも来る。だからもし私がいなくなっても、君は君の時間を大切に生きてほしいって思うんだ」
そんな勝手なこと! ロータスはどれほど叫びたかったことでしょう。想像するだけでも悲しくなる。絶対に来てほしくない、そんなときは。
それでもやはり強くは返せない。カナタの胸に光る雪の結晶を見る度、喉に石が詰まったみたいに食い止められてしまうのです。この海の世界では二人だけの秘密。それだけは守ってあげたいとロータスは思っていました。
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