永遠のヴァンパイアと海の恋人

七瀬渚

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7.宝物

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 なんのことだか知らない。そんなの要らない。それは全てカナタの嘘でした。特殊な能力を持つカナタは夜の海中を泳ぎ回っている途中でヴァンパイアの波長に気付きました。
 この街から追い出されたはずのヴァンパイア。“姫”と呼ぶ声はもう大人のものだけど、たまらない懐かしさを感じました。きっと彼だと思いました。何故こんな治安の悪い陸地に。何故一人きりで。今すぐに遠ざけなくては彼が危ないと焦燥に駆られたのです。

 だから何も覚えていないフリをしました。何も信じられなくなったフリを。もとより報われることはないと覚悟していた想い。いつか再会の日が訪れたとしても、決して彼の胸に飛び込んではいけないのだとわかっていました。
 触れればもっと辛くなる。だから自分から遠ざける。逢いたいと思っていた。けれどこの願いは願いのままでなくてはならない。そんな個人的な思いもあっての行動でした。

 彼の手から放たれた見慣れぬ花がどんなに美しくとも、彼の口から放たれる言葉がどんなに優しくても……

「薔薇っていうんだ、その花。花言葉というのがあってね、ピンクの薔薇は『愛の誓い』だよ」

「そ、それがなんだ。さっきから君の言っていることは訳がわからない!」

「姫、君の言うことも間違いじゃない。僕は君の生き血を求めてきた。一口だけでいい。どうか僕にくれないか」

 カナタの心臓がドクリと音を立てて痛みました。表情を強張らせ小さく後退りしました。震えながらもスノウを強く睨み、力いっぱい言い放ちます。

「ほら、やっぱり! 君だって変わってしまったんじゃないか! もうあの頃の君とはちが……」

――やっぱり。

 次に呟いたのはスノウの方でした。二人の距離はまだ遠く、お互いの表情をはっきりと見ることは出来ないけど、スノウの指差す仕草でカナタは口を噤みました。
 スノウが言います。ちょっと震えた声で、喜びだとわかる声で。

「その雪の結晶のネックレス、僕があげたものだ。持っていてくれたんだね」

「………っ!」

「僕を知らないなんて嘘だよね?」

 違う……違う……。呟きながらカナタは緩くかぶりを振ります。それでも遠い日の記憶は高波の如く、容赦なく押し寄せてくるのです。


 吸血鬼が追われることになった事件が起きる少し前。冬の夕暮れ時。砂浜に落ちた瓶やボタンを拾っていたカナタをスノウが見つけました。僕も探してあげる! そんな言葉がきっかけで小さな二人の宝探しが始まりました。そのときこんな会話とやりとりをしたのです。

――ぼくはスノウ。うれしいなぁ。人魚姫にあったの、ぼく初めてだよ――

――ど、どうしてわたしが姫だって……?――

――だってすごくかわいいもん。母さんに読んでもらった絵本に出てきた子にそっくり――

――えほん?――

――そうだ! ねぇ、これをあげるよ。僕が初めて作ったネックレスだよ。ぼくの家はシルバーアクセサリーのお店をやっててね、父さんに作り方教えてもらったんだ。見て、とてもきれいに出来たよ。きっと君に似合う――

 スノウがふところから取り出したネックレスを得意げに見せました。カナタはサファイアの瞳を大きく見開きました。こんな小さな手でこんな綺麗なものが作られたなんて、まるで魔法だと。感動のあまり胸がドキドキ高鳴っていました。スノウはもうじきこれが空から降ってくるんだよと教えてくれました。
 自慢したくなるのも無理はない仕上がり。なのにスノウは惜しがる様子もなく、そのネックレスをカナタの首にかけました。夕日を受けてキラリと光ったとき、スノウが嬉しそうに目を細めました。





――うれしい?――

――う、うん!――

――父さんも言ってた。持ち主によろこんでもらえるのが一番うれしいって。だからぼくもうれしいな。それはもう君のものだよ。すごく似合うよ、人魚姫――

――あ、あのね! わたしは――

――あっ、ごめんね。もう帰らなきゃ母さんに怒られちゃう――


 あのとき言い損ねてしまった。いや、そうではないとカナタは自覚していました。戸惑いに揺れる心。潮騒(しおさい)の音に合わせるように。
 砂に埋まったままのスノウは、ずっとカナタから目を離しません。そしてついに明かされる真の意図。

「この殺伐とした世で、君を確実に守りたい。僕は君とは違う種族だけどなんとなくわかるよ。君の持つ能力だって無限に湧いてくるものじゃないはずだ。人間たちは君が弱ったところを狙ってくるに違いない。なんとしてでも阻止しなきゃ。その為に絶対無敵の力が必要なんだ! 君がもう誰にも怯えることなく生きていけるようにしたいんだ」

「私の……為? その為に不老不死になるというのか? 私を狙う人間と戦うつもりでいるのか?」

「……ごめんね、僕の手はもう汚れてる。だけど姫、君さえ良ければ」

――やめて!

 カナタは甲高く叫びました。ピンクの薔薇を再び見つめ、眉間にぎゅっとしわを寄せます。それから自分を撫でていきます。鎖骨から胸、お腹へと。

「姫なんかじゃない。そんな呼び方しないで」

「ごめん。やっぱり嫌だったかな? 君の名前を知らないからこう呼ぶしかなくて……」

「そうじゃない! もう気付いてるんでしょう? この身体を見ればわかるもんね」

 カナタの顔に自嘲の笑みが浮かびます。平らな感触、それを指先で確かめた後。

「愛の誓い……だっけ。私にそれを受ける資格は無いよ。まず私は男だ。そして王族でもない。でも姫と思われていた方が都合良かった。また君に逢いたいと思ったからあのとき言わなかった。そうやって君を騙したんだ」

――私は嘘つきだ。





 最後の言葉は波に掻き消されそうなほど、小さい響きとなりました。


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