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10.永遠
しおりを挟む幾つもの歳月が流れ、幾つもの季節が巡り、そしてついには何世紀も先の時代へと進みました。
潮風がよく当たる崖の上の屋敷は、壁面が変色してだいぶ年季の入った外観になっています。だけど庭にはピンクの薔薇やネモフィラが咲いていて、誰かが綺麗に手入れしているのは明らかです。
長いマントをはためかせ、昼下がりの海辺を一人の男がゆっくりゆっくり波の形に沿うように歩んでいきます。波打ち際で貝殻を集めていた少女が男の黒づくめの格好を見て目を丸くしました。男は中折れ帽子を脱いで少女に一礼しました。
「あつくないの、おにいちゃん」
「僕にはこれくらいがちょうどいいんだよ。貝殻いっぱい集めたんだね」
「うん! どれもすっごくきれいでしょ? これなんて……」
少女が大きな巻貝を突き出したとき、背後から女性が駆け寄ってきました。少女の名と思しきものを叫びながら何やら慌てている様子です。
女性は男に対してすみませんと言って、少女の身体を素早く抱き寄せました。そのまま遠くに行ってしまいます。わずかに声が聞こえてきます。
「駄目じゃない、知らない人に近付いちゃ。この辺には昔沢山の人間を苦しめた吸血鬼がいるって言われてるのよ」
「えー、それって本当なの? ママ。おともだちもただのうわさだって言ってるよ。おにいちゃんいい人だったし……」
「いいから! こんな暖かい日にあんな黒づくめの格好をしてマントまで羽織ってるなんて変よ。いい? 変わった人がいたらむやみに近付いちゃ駄目!」
男はそっとその場にしゃがみ、少女の小さな手から零れた貝殻の残りを拾いました。薄く苦笑して呟きます。
「時代が変わっても……まぁ、そうだよね。僕自身は何も変わってないもの」
住んでいる屋敷の中も、錠剤を主とした食事内容も、そして外見も。自分は時を止めたまま。多くの人間にとって得体の知れない男となったスノウは、穏やかな沖に視線を投げてもう一言呟きます。
「もちろん待っている人も、変わらない。僕はずっとここに居るから」
一人思い返す屋敷の中。
愛する者との思い出が詰まった部屋には、幾つかの絵画が飾られています。描かれているのは決まって二人。組み合わせは必ず吸血鬼と人魚。人魚の方は男の身体をしていることもあれば女の身体をしていることもあります。だけど滑らかな質感の首から下がっているものは決まって雪の結晶なのです。今はスノウの手の中にあります。
スノウが身に付けた絶対無敵の能力は、使ってみて初めてわかるものばかりでした。優れた戦闘能力、飛行する能力、実はそれ以外にもあると知ったのはカナタの死を看取った約二十年後。
夜の海辺でこっそりと、砂のお城を作って遊んでいた幼い人魚の女の子を見つけました。スノウはこんな時間に一人で上がってきては危ないよと叱りました。だけどその直後、電流のような感覚が身体の芯を駆け抜けたのです。
スノウにはわかったのです。その人魚の女の子がカナタの生まれ変わりであると。まさかと思って街を歩いてみました。他の人間たちからも感じ取ることが出来ました。覚えのある波長。これは前世を知る能力だと悟りました。
中には自分が殺してしまった人間の生まれ変わりもいるし、もちろんそんな能力があるなんて言えないけれど、その事実は永遠の孤独を覚悟していたスノウに希望の光をもたらしました。
愚かだと思っていた人間たちだけど、時代は少しずつ平和な方向へと向かっている。魂はこうしてやり直すことが出来る。彼らの新しい人生における平和を願おう。もちろん状況によっては容赦できないけど、これからは少しだけ信じられると素直に思いました。
そして最愛の者の魂と再会できたことが何よりも嬉しかったのです。
小さな女の子だった人魚はスノウの言いつけを守ったのかしばらく会うことはありませんでした。だけど数年後、綺麗な娘に成長して再びスノウの前に現れたのです。スノウはそのとき、あの雪の結晶のネックレスを首からかけてあげました。娘の瞳には涙が満ち溢れていました。カナタと同じように驚く姿にスノウは懐かしさを覚えました。
前世で繋がりがあったことは一緒に暮らす前に打ち明けました。そこからまた時が流れ、スノウは伴侶となった娘の最期を看取りました。次も、またその次も。最愛の魂は必ず人魚となってスノウに逢いに来てくれます。これは奇跡なのでしょうか。他の種族の能力の影響を受けないはずの人魚。だけどピンクの薔薇に見守られながら交わした愛の誓いは、二人を魂の伴侶として固く結び付けたようなのです。カナタであった魂も、スノウとはまた別の形で永遠を得たのです。
人魚の寿命はそのときによって違っているものの、どうやったってスノウより先に逝ってしまいます。それは間違いありません。絵画に描かれているのは全てカナタとその生まれ変わりです。スノウはもう何度も魂の伴侶と巡り合い、見送ることを繰り返しているのです。
――寂しくないと言ったら嘘になるね。
日が傾いてきた海辺、今は独りであるスノウはぽつりと呟きます。だけどもう知っています。時を超える愛があることを。限りある時間、壊れる瞬間、それさえもがかけがえのない宝となった。
永遠を生きる身体となっても、最愛の者との思い出が寄り添っていてくれる限り孤独ではない。真の孤独があるとするならば、それはきっと生きる目的を見失ってしまったときなのだと今は思っているのです。
すっかり人気が無くなりました。だけど今、一つだけスノウに近付いてくる影があります。
スノウが顔を上げると岩陰から誰かがこちらを見ていました。今度は少年のようです。
「やあ、また逢えたね」
スノウは思わず言ってしまいました。足が濡れるのも構わず海に入っていきます。
ぽかんとした顔をした人魚の少年は近付かれてもなおその場を動かない。それより今受けた言葉が不思議でならないようです。
「おにいちゃんはだぁれ? ぼくたちどこかで会った?」
当然の問いかけでしょう。だけどさすがに子どもを口説く訳にはいきません。スノウは優しい微笑みをまだ名も知らぬ少年へ返します。ポケットに手を入れました。今はまだ渡せない雪の結晶をそっと握ってとっておきの一言を与えます。
「僕らの魂が覚えているさ」
――おわり――
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◇次回、ある人物の物語がもう一話ございます。
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