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第一章 相田一郎

ニュース速報

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 なんだウィルスか…しかもテロップだけ。

 まるでイタチごっこのように度々新種のウィルスが発生する。今回は中国か。やたらとアジア地域から発生することが多いのでアメリカからの攻撃説や中国政府生物兵器漏洩説などの陰謀論が巷で囁かれているが真相は定かではない。
 結局のところ誰かが不衛生なものでも食べたんだろうな。あの辺の人たちは何でも食うから。

 人類はこれまで何度もウィルスに勝利してきた。医学が発展した現代ではますます負けることはないだろう。今回のやつがどんなものかはまだ分からないが、まあすぐに落ち着くだろう。少なくとも日本は大丈夫。俺には関係のないことだ。

 「あら大変ね!」

 背後から母さんの驚く声がした。だが俺にとってはそれほど大した事件ではない。

 「大丈夫だよ、大丈夫。心配しすぎ。べつにゾンビが徘徊するわけじゃあるまいし、いつものことだよ」

 「分からないわよ? ペストが流行った時は何千万人も死んだのよ」

 「ちょっ…ペストって、そんなの中世ヨーロッパの話じゃん。さすがに時代遅れだよ母さん」

 「未来に何が起きるかなんて予想できないわよ。その時になってようやく気づくことだらけなんだから」

 「そんなもんかね」
 
 「人間なんて大自然の力の前では無力なんだから。科学が発展してもどうにもならないことはあるのよ」

 (くっ!まるで心を見透かされているようだ。これが母親の力というやつか)

 『来月も中旬から下旬にかけてさらに五千匹を放流する予定だということです』

 さっさと食事を済ますとまるで半ば無意識な一連の動作のように歯を磨き作業着へと着替え、そして母さんからいつものやつを受け取る。
 
 「はいお弁当。いってらっしゃい!」

 「ああ、行ってきます」

 玄関を出ると庭に停めてある自分の車へと乗り込む。俺の大事な大事な愛車。近所の中古車屋でただ安いからという理由で買った型落ちのボロい軽自動車。
 安くて走ればそれでいい。俺みたいなのがハイスペックのカッコいい高級車に乗っても仕方ないだろ。身分相応、自分のことは自分が一番よく分かっているつもりさ。

 やたらとエンジンが唸り振動の伝わる車を走らせ、昭和中期から後期を彷彿とさせる瓦屋根の古い民家が密集し、色褪せたアスファルトの細い路地が続く住宅地を抜けると道幅のやや広い国道99号線へと出た。

 昔からある本屋、床屋、バスターミナル、衣料店…順番に通り過ぎてゆく。それから町の中心部であるショッピングセンターへと近づくにつれ車の密度が増してゆき、ちょっとした渋滞に巻き込まれる。

 この町の運転マナーはかなり良いほうであると思う。誰もが車を飛ばしすぎることなく一定の車間距離をとり、赤信号ではちゃんと止まる。
 
 実際、交通事故なんて滅多に発生しないので軽い接触事故でも起きようものならば一大ニュースとなる。
 時々、地方都市へ遊びに出かけることはあるのだが酷いものだ。その性質の違いに驚かされることが多い。

 この町はまるで規則や法則性に則っているかのようにも思える。それが俺にとってこの町の誇りでもある。
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