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第1章
第一話 絶望と願い
しおりを挟むドシャアアァン!
頭を貫くような爆音と共に、意識が覚醒した。
なんだかとても冷たい。
ここはどこだろう。何をしているんだろう。寝起きで冴えない頭を回転させようと思いきり息を吸い込んだ。
「ンンンッ!? ゴホォ! ンゴッ! ゴフッ!」
すると、鼻から流れ込んで来たのは空気ではなく液体、おそらく水だった。
嫌な痛みに鼻を襲われる。そして、更に激しい痛みが肺に現れた。
必死に体全体でもがくが、どうやら自分は液体、おそらく水のなかに沈められているらしい。どうしようもなかった。
助けを求める声も出せず、呼吸を求めて悲鳴をあげる体。青年は絶望の中、またも意識を失っていった。
「おい! ――――か? ――――――!」
激しく体を揺さぶられ、朦朧としながら目を開く。
目の前には必死に何事か叫ぶ美しい女性。
これは夢だろうか。何がどうなっているのか全く分からない。
混乱の極みにあった青年は、目の前の美女の必死な顔を目に焼き付け、辛うじて女性の手を握ると、またもや意識を手放したのだった……。
♂凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸♀
夜営地から少し離れた湖のほとりに座り込むと、最近やっと着け慣れた仮面を外した。
エルフの女旅人、メルは湖を覗きこみ、水面に映った自分の姿を見てため息をついた。
もちろん、自分に見惚れた訳ではない。その真逆だ。
月に照らされた白百合のように白い肌
高すぎず形の整った鼻
大きな垂れた目とその中にある亜麻色の瞳
なでらかな肩に、引き締まった体
肉付きのよい手足についているのは脂肪ではなく、筋肉で、大きな胸が醜いスタイルを強調しているようだ。
瞳と同じ亜麻色の乱れた髪を、馬の尻尾のように後ろ手に縛り直す。
「この顔を切り刻んだら、少しはマシになるのかな……」
そんな事を半ば本気で呟くと、水面を手でかき回した。
ぐにゃぐにゃと曲がる顔が、少し美人に見えて寂しく笑った。
水をすくい、顔を洗いながら、これからどうしようかと考える。
メルは迷いの森の奥のエルフの村で生まれた。
人口はかなり少なく、長寿で出生率の低く、外界との交流も久しくない村だった。そのせいで、高齢化が進んでおり、メルと年の差が十以内の者はいなかった。そもそも、自分の際立った醜さから、親しくしてくれる人がかなり少なかった。醜い一族なのに、その中でも差別をせずにはいられないのだ。
そんなメルは村の外の世界に憧れていた。年の離れたエルフに無理矢理嫁ぐのではなく、外に出て、自分で愛する伴侶を見つけたかった。
人間やドワーフといった、年寄りの昔話にしか出てこない種族の者と出会って話してみたかった。
若いメルは甘い夢を抱いていたのだ。
メルの夢に、両親や村の人達は反対した。その醜悪さからエルフは迫害されたことがあるらしく、エルフの中でも一際醜いメルがどんな目に合うか分からない、と。
それでも必死に説得をし、なんとか旅に出ることが出来た。エルフの中でも抜きん出た戦闘力にこのとき心から感謝した。
しかし、村を出て森を抜け、最初の人間の街にたどり着くと、メルの期待は打ち砕かれた。
話しかけようとしても、避けられたり、怒鳴られたりした。遠くから石やゴミを投げられたりもした。メルが軽く避けるものだから、更に酷いことになったのを覚えている。
どこの村や街に行ってもほとんど同じことだった。
どこを歩いても向けられるのは蔑みや嫌悪。かけられる言葉は罵声や嘲笑ばかりだった。尖った耳が更に嫌な注目の的となった。
人間が倒すのに手こずっているモンスターを倒しても、悪魔だと言われ、まともに報酬を貰えなかった。とあるところでは、真面目な顔をして、顔を隠すように仮面を渡された。醜すぎる者は顔を隠すのが普通らしい。心がひどく傷ついた。
しまいには、街の外で変な集団に命を狙われ、その全てを殺したときに、メルの希望や夢は完全に砕け散った。
そこからのことはよく覚えていない。気づいたら故郷のある森に居て、狩りをしながらさまよい、今に至る。一人で過ごした日を数えなくなって何年過ぎただろう。長命なエルフにとっては過ぎ去った年の数などどうでも良かった。
孤独で寂しいが、大勢に迫害されるよりは気楽だ。
両親くらいは心配してくれているだろうか。手ぶらで帰るのは嫌だと意地を張るのも疲れてきた。
それでもまだ、村には帰りたくなかった。
空を見上げ、心の中で誰かに祈る。
(街で見た姫のように皆から愛されるような存在になれずとも、構いません……)
(どうか、私を愛してくれるような方と巡り会わせてください……)
しばらくそうしてから、結果が分かりきっていた願いを諦めたように立ち上がる。
湖を背にし、いつの間にか被るようになった仮面を手に取ったその時、後ろから急に光が射した。
振り返ると真っ赤な流れ星がこちらに向かって落下してきていた。
「………………」
咄嗟のことに唖然とするが、不思議と恐怖は感じなかった。
とても暖かい光が近づいてくる。
自分にぶつかるかと思った流れ星はどうやらメルの前の湖に落下するようだった。
メルは眩しさに目を眩ませた。
ドシャアアァン!
凄まじい音と水しぶきをあげ、流れ星は着水した。
メルはくりくりした目を瞬かせ、興味津々に湖の方を伺う。
しばらくは大きな波紋が広がるだけだった。その正体にメルがあらかた思案を巡らせ終わった時、波紋の震源からまたもや水しぶきが上がった。
「……まさか……そんな……!?」
かなり遠くまで見通すことのできるメルの目が捉えたのは、必死にもがく人の姿だった。
メルは思うよりも早く、行動を起こしていた。仮面を放り投げ、腰に身に付けたベルトやポーチ、短剣を外すと、靴を脱ぎ捨てる。
そして勢いよく湖に飛び込んだ。
必死に泳ぎ、目標までたどり着くと、そこにいたのはぐったりとして浮いている年若い人間の青年の姿だった。
少年を担いで来た道を引き返すが、なかなか進めず、焦りがつのる。
なんとか陸に上がると、青年を寝かせ体調を確認する。分かったのは青年が息をしていないということ。
メルは故郷の村で教わった救命術を行うことにした。
まずは心臓部への強い圧迫を繰り返す。
そして、次に人工呼吸。
――――――――人工呼吸?
それまで使命のように迷いなく行動していたメルの頭に雑念が混じる。
この私がこの青年に口づけなどして良いのか。よく見れば青年はかなり魅力的だ。救命のためとはいえ、私のような醜いものに口づけをされたと知れば発狂するに違いない。
しかし――――――――
どうせ意識がない今なら何をしても気づかれる訳もないし、死んでしまうよりはましだろう。
「こ! これは、命を救うため! 決して下心などないさ!!」
自分に言い聞かせるように、素早く自問自答を終えたメルは息を吸い込むと、その名も知らぬ青年の唇に自分の唇を重ね合わせた……。
数回救命術を繰り返すと、青年は息を吹き返した。水を吐き出しむせる青年にメルは咄嗟に声をかける。
「おい! 大丈夫か? しっかりするんだ!」
体を揺さぶると青年はうっすらと目を開き、声の主を見た。
メルはこのとき、仮面をしていなかった事を後悔した。せっかく救っても、顔を見られればすぐに嫌悪の対象となるだろう。
貰った時は、あんなに自分を傷つけた仮面を、今は欲しがっている。
悔しいやら悲しいやらでメルが見つめるなか、青年は肩に置かれていたメルの手を軽く握り、また意識を失った。
若いのに、髪の色は真っ白で、月の光を浴びてキラキラしている。
目を閉じた青年の顔には神々しさすら感じた。
青年がただ意識を失ったのであることを確認し、安心したメルは、青年が握ってくれた手を胸に抱き、へなへなとへたり込んだ。
自分が命を救ったこと。それと唇に残る感触にわずかに興奮しながら――――――
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