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第1章
第二話 目覚め
しおりを挟む額に感じたひんやりとした気持ちの良い感覚と共に、青年はゆっくりと意識を覚醒させた。
同時に体を起こそうとすると、体のあちこちから伝わる痛みに思わずうめき声をあげた。
「……! 無理をしたら駄目だよ……まだ、体のあちこちが痛むでしょ?」
心配そうな声に目を向けるとそこには、白い竜のような仮面を被った人物がいた。声からして、おそらく女だろう。腕が肩から青年の頬に伸びている。さっきのひんやりとした感覚は、彼女が濡れた布で拭いてくれたのだろう。
腕から体へと目を向けると、優しく介抱してくれている人物はかなり薄着だった。上半身には麻のようなシャツを一枚着ているだけ。しかも袖はなく、肩で切れている。
肩口から見え隠れする綺麗な無毛の脇の下や胸の付け根がすごく色っぽい。それに、引き締まった体にある意味均整がとれているとも言えそうな豊満な胸がこれでもかと自己主張している。
青年は思わず唾を飲み込んだ。もっと元気があれば、恥ずかしいことになっていただろうと思う。テントの中で、あまり光が入らないのも幸いした。今は昼頃だろうか。
青年の視線に気づいた視線が女性が、恥ずかしそうに自身の胸を押さえつける。
「す、すまない……私もこんな格好をしたい訳じゃないんだ。ただ、今は私の服は君に着せているから……」
なんだかものすごく申し訳なさそうに女性が説明をしてくる。
視線を自身の体に向ければ、なるほど、見たことのない服が毛布の隙間に見えた。ただ、もともと自分が何を着ていたのかも思い出せない。
あたりを見回しても、テントの中にいるようだが全く身に覚えがない。
そもそも、自分が何をしていたのかも思い出せなかった。
「ありが……どう………………でも、どうしてそんなことに? ここは……どこですか……?」
声を出すと喉が張り付いていて、上手く発音できなかったが、彼女が水を飲ませてくれた。
状況も良く分からず、相手の年齢も分からないのでとりあえず敬語を使った。
「何も……覚えていないの? 全部?」
「ええ、さっぱり……」
女性の質問返しに、青年は頷くしかなかった。
女性が説明をしてくれた。
「その、私も信じられないんだけど……君は空から降ってきたんだ。そして、湖に落ちて浮かんでいたところを私が拾い上げて、それから……」
何故かそこで女性は言葉をつまらせ、顔を赤くして続けた。
「か、風邪を引いたら大変だから、濡れている服を着替えさせたんだ……」
青年は女性が恥ずかしがっている理由を理解した。きっと自分の裸体を見たことだろう。
相手の為にやったのだから、恥ずかしがらなくても良いのに、と思う。
話を聞く限り、相手は命の恩人なのだ。感謝こそすれ、嫌に思う事などない。むしろそんな反応をされると見られたこちらの方が申し訳なくなる……。
それにしても、空から落ちてきたとはなんなのか……。
ぼんやりと、凄く苦しかった記憶があるからメルの話は嘘ではないだろう。
「竜にでも乗っていたのでしょうか?」
「……竜? そんなものに乘れる訳がないと思うけど……。そういう記憶があるの……?」
恩人が仮面の裏で怪訝そうな顔をしているのが分かった。
「竜騎士というものを知っているんです」
「そ、そんな兵種があるのか……。 なに、私もアゼルデウスの全域を旅したではないから、おそらく存在するんだろうね」
アゼルデウスとは、この辺の知名だろうか。気になったが、続けて質問をされ考える暇はなかった。
「それで、名前や目的などは覚えてないか……?」
目的を思いだそうとしても、やはり自分の正体すら分からない。しかし、名前だけは覚えていた。
「目的とかは思い出せませんが、名前は……ディーン……だと思います」
「ディーン、か……。ではディーンと呼んでも……良い……かな?」
女性がおずおずと言った申し出にディーンは快く了承する。
「はい、もちろんです。あなたの事は、なんと呼べば良いでしょうか……?」
「私の名前はメル。旅をしているんだ。メルって呼んで欲しい……な」
恥ずかしそうな声でそういう彼女を、ディーンは可愛いと思った。仮面の下を見ることができないのが残念だ。
そこで、聞いてはいけないかと思ったがもうひとつ質問をする事にした。
「どうして……ずっと仮面をつけているんですか?」
「!? それは……」
やはり触れてはいけない事だったようで、メルは言葉に詰まらせて、固まってしまった。
気まずい空気を察して急いで言葉を紡ぐ。
「すみません、初対面なのに立ち入った事を聞いてしまいました」
きちんと、相手を悪く思っていない事を伝えないといけない。
「あなたが何者であろうとも、どんな顔であっても、あなたは俺の命の恩人です。この恩は必ず返しますから、何でも言ってください」
そう思って言ってから様子を見るが、メルは言葉を発しない。
考えてみると『何者であろうとも、どんな顔であっても』とは、相手の事を犯罪者や汚い顔の持ち主であると想定しているかのようだ。
自分がどんな失礼な事を言ったか省みて、更に言葉を重ねようかと迷うが、これ以上の発言は墓穴を深くすることになりそうで、躊躇われた。
数十秒に渡る沈黙を破ったのはメルだった。
「それじゃあ……君の記憶が戻るまで、私と一緒に旅をしてくれないかな? な、何ができるかは分からないけど、世界を回れば、記憶が甦るかもしれない……と思うん……だけど…………」
開かれた口出たのは、ディーンが想定していたような非難の言葉ではなく、ささやかな頼みだった。
しかも顔をややうつむかせ、尻すぼみな言い方。断られても仕方がないという感じだ。
まるでディーンの方が偉い身分であるかのようだが、相手は自分の恩人。しかも、記憶がないディーンにとって、その申し出は自分からしたいぐらいだった。
「それはこちらからお願いしたいぐらいです。どうか宜しくお願いします」
ディーンが笑顔でそういうと、メルはハッと顔をあげて嬉しそうに声を発した。
「ほ、本当かい!? それは本当に良かった……。では何か手がかりになりそうな物はないかな? それか知りたいことがあれば何でも聞いて!」
メルの問いかけに、ディーンは落ち着いてもう一度思い出そうとする。先ほども試した気がするが、今度は苦しい感覚から思い出してみる。
すると、苦しかった記憶に関連して、とてつもない美人の顔が浮かんだ。名前は思い出せないが、自分を知っている人物かもしれない。
そう思ってメルに聞いたのは間違いだった。
「凄く美しい女性の顔を覚えています。本当にとても美しかったので、名が知れている方かもしれません。あとは―――」
そこまで言ってディーンは口をつぐんだ。
メルの体が強張り、胸を押さえつけていた手が固く握られる。メルが聞きたくない事を口に出してしまったのは明らかだった。
漂うさっき以上に冷たい空気に、頭のなかであたふたしていると、またもやメルが口を開いた。
「そ、そうか……私は……生憎美人とは縁が……無くてな。知り合いにはいないのだが、どこかの王国に国民全員から称賛されるほどの美しい……姫君が居た気がするな……」
メルは丁寧に答えてくれたが、その声は明らかに沈んでいて、話し方もどことなく他人行儀になってしまっている。
「あ、あの―――」
「休んでいなくてはならないのに、長々と話させてしまってすまなかった。食事をここに置いておくから、腹が減っていたら食べてくれ。今は昼前だから、また夜に食事ができたら起こそう」
メルはディーンの言葉を遮ってそう言い終わると、テントから出ていってしまった。
考えれば分かることなのに。
相手はきっと顔にコンプレックスがあって隠しているのだろう。
肌や体はとても綺麗だったから、おそらくは病気や怪我なのかもしれない。
そんな人に顔の造形の話などしたら、嫌な思いをさせるに決まっている。美人となれば、尚更だ。
ディーンは自分の軽率さを呪いながら食事を口にした。
謝れば、おそらく更に傷つけることになるだろう。謝れば、それはメルのコンプレックスに気を遣っている事になる。
やや冷めた粥のような物はとても美味しかった。
罪悪感と満腹感で満たされたディーンはまた眠りに落ちていった。
心の中でメルに謝りながら……。
「――――!! ――ったぜ!」
なにやら聞こえてくる話し声に目を覚ます。
「ふぁあ…………メル……さん?」
テントの中を見回すと誰もいない。暗くてよく見えないが、入り口の方から炎の光がちろちろとのぞいている。それになんだか良い匂いがする。
「変な光を目指して来てみたら、大当たりだったな!」
「でもすげえお宝って訳じゃないっすけどねぇ」
なんだか、外が騒がしい。メルには聞いていなかったが、仲間がいるのかもしれない。一人旅だとは言っていなかった。
一緒に旅の話などをすれば、メルの気分も良くなってくれるかもしれない。
いくぶんか痛みがマシになった体を起こし、テントから出ると、すぐ近くに自分よりも高い人影があった。そしてその更に向こうに見えたのは―――――
「でも、仮面付だぜ? 見せ物小屋にでも売れば高く売れるだろうよ!」
そう言って下卑た笑いを浮かべる、丸々と太った醜い豚のような女と、同じように笑う体格の良い男。
そしてその男に剣を突きつけられたメルの姿だった。
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