サーシェ

天山敬法

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第四章 叛逆の同志

18話 逃亡者の夢

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 郊外の空き地からひっそりと森の中に入る……、そうしてガダンの町を僕達が後をしたのは、ちょうど東の地平がぼんやりと明るくなってきた時間だった。
 ガダンの自警団による野盗討伐は悲惨も悲惨な結果に終わったが、それを目撃した生き証人は少ない。
 精神的なショックのあまり寝込んでしまった彼らが正気を取り戻す前に、僕達はその町を去らなければいけなかった。トレンティア人の魔術師、そして人間ならざる同行者の秘密が広まっては困るから。
 慌ただしく旅支度を終えて飛び出した僕達は、情報の整理と共有を歩きながらすることになる。
「人形を使って無差別に人を襲い、金を奪っていた盗賊の男……。奴の目的は単なる略奪、ただの盗賊だ」
 パウルは淡々と言う。そんなわけが、と僕が口を挟む前に頷いた。
「当然人形の出所は別にある。奴はあれらを盗賊仲間から譲り受けたらしい。人形兵を融通し合う盗賊団のネットワークがどれほど広がっているのかは……、あの男からだけじゃあ分からない」
 僕は片手で頭を抱えた。うんざりする話だ。
「じゃあ……、あいつが自警団の若者を生け捕りにしたのは何のためだ?」
「それも盗賊仲間に融通するためだったらしい」
 パウルは言う。若者の身柄をか? と僕が重ねて尋ねると、ああ、と頷くパウルの声は暗かった。
「魔道人形を作り出す魔術……、“人体魔術”と呼ばれる分野の一角だが……。人体魔術による肉体改造は対象者の年齢が若くなければ成功する確率が低い。要するに新しい人形を作り出す材料として利用しようとしたわけだな」
 暗い声で言われたその説明を、飲み込むのに少し時間がかかった。
 どういうことだ、と聞き返したくなる。もしかして……いや、心当たりはいくらでもあった。
 思わず傍らのフェリアを振り向く。見た目だけでは人間のものとなんら見分けのつかない、その滑らかな肌、潤った瞳、艷やかな髪……。そして戦闘のさなかに確かに見た、彼らの体の中から溢れ出る血の色……。人間と、何ら変わらない……。
「生きた人間を“改造”して作られたもの……だってことか」
 愕然として言うと、パウルは掠れた声でそうだ、と相槌を打った。いくら魔術でも、この生々しい肉体をゼロから創造することはできない、ということだろう……。
「正確には……、“人形”を作る際に“素材”は殺される。魂を抜いた死体を利用して作られるものが“魔道人形”の定義だ。人間の見た目をしているのはガワだけだ、……中身には何もないさ」
 僕は話を聞きながら、思わず震えた足をゆっくりと止めた。また、敵の人形兵と交戦した時の景色が蘇る。
 今やっと、彼らが子どもの姿をしていた理由が分かった。そんなおぞましい話が……あったものだろうか。
 足を止めた僕を振り向いて、パウルは小さく責める。
「止まるなよヨン。さっさと行くぞ」
 言われて、また僕は歩き出した。
 フェリアの顔は相変わらず美しく、千切れたはずの腕はジュリの治療を受けて何事もなかったかのように再生している。
 さすがに腕がもげたフェリアの姿を見た時はジュリもその場で泣き出してしまったが……、それでもなんとか治療術を施してみせたのは、さすが元国軍の衛生兵というところか。
 フェリアの隣を歩くジュリも、今は足元に視線を落としたまま思い詰めた顔をしている。
 舌打ちひとつ、僕は頭を切り替えることにする。
「……で、どこに行くんだ」
 ひとまずガダンから逃げ出す必要があったものの、どうせ行く当てがあるわけじゃない。また放浪をしながら、適当に辿り着いた町で仕事を探すことになるのだろう。
 そう察しをつけていたが、返ってきた答えは違った。見慣れた不敵な笑みをやっと浮かべ、パウルは懐から丸めた羊皮紙を取り出した。
「セラーラ地方南端の町……、パーティルだ」
 僕は眉をひそめてそれを見返す。パウルがその羊皮紙を突き出してくるので、受け取って開いた。
「あの盗賊がかき集めてた盗品の中に混じっていたものだ。レジスタンス部隊同士の通信文だな」
 パウルの声を片耳に聞きながらそこに書かれた文字を追った。
 アルティヴァ・サーシェ、同志との出会いに感謝を。確かにそれはレジスタンスが仲間に当てた文書らしい。
 内容は、ジンク地方での善戦を称え合い、そして更に戦線を上げるためにパーティルの町へ集えと呼びかけられているものだった。
「ま、いつどこの部隊で交わされた文書なのかは分からん。紙の状態を見るにそう古い話ではなさそうだがな」
 パウルは肩を竦めて言った。当然、部隊の動向は敵に悟られてはいけない機密だ。必要が無い限り、場所や時間が特定できるようなことは書かないのが普通だ。
 それにこの通信文が盗品の中から出てきたということは、恐らくこれは目的の人物に届くことのなかったものなのだろう。実際、盗賊の被害者の中にはレジスタンスの戦士もいた。
 この文書がどれほどの希望になるかは分からないが……、いや、せめてその遺志を継ぐことは彼らへの手向けにもなるだろう。
「何の当てもないよりかははるかにマシだな」
 僕は答え、紙を丸め直してパウルに返した。
「パーティルって町のことは知っているか?」
 パウルは文書を懐にしまうと、組んだ両手を頭の後ろに回した。ゆるく世間話をするような調子で聞いてくる。
「名前だけは」
 僕は素っ気なく返すが、パウルはまだ薄暗い空を見上げながらのんきな調子で語る。
「俺は以前にしばらく滞在してたことがあってな。えーとあれ、もう十年ぐらい前になんのかなあ……」
 思い出を語る年寄りは放っておいても喋り続けるものだ。僕はやがて返事をするのもやめた。しかしその話に興味があったらしいジュリが、代わりに驚いた声を上げていた。
「十年って、あなたそんな前からズミにいたんですか?」
「いや正直はっきり覚えてねえ。もう二十年ぐらい経ってんじゃねえか?」
「そんなに……。全然戦争も始まってない時じゃないですか」
 ジュリが感嘆したふうに言うと、パウルは上機嫌そうに頷く。
「そうなんだよ、だからあの頃は顔を隠さなくても悠々自適に町をうろつけたんだよなあ……。まあ目立つことに変わりはなかったが……」
「そもそもパウルさんはどうしてズミに……」
「んーまあ、長期旅行ってやつかな」
 そんな間の抜けた答えには、嘘つけ、祖国でお尋ね者だから逃げてきただけだろ、なんて横槍を入れたくなる。
 さすがのジュリも与太話だと分かるのだろう、じっとりとした目でパウルを睨んでいた。
「トレンティアでは一体何の犯罪をやらかしたんだ?」
 僕は単刀直入に聞く。パウルはつまらなさそうに顔をしかめた。
「お前デリカシーってものを学んだほうがいいぜ……」
「詮索されるのが嫌なら下手に昔話なんてしないことだな」
 そうびしりと言ってやると、パウルはため息だけで返事をした。僕達のやりとりを、ジュリもどこか呆れたような顔で眺めていた。
 パウルがどんな経緯でこの国に来たのか、関心が全く無いと言えば嘘にはなるが……、彼の言う通り、せっかく逃げてきた先でまで祖国で着た罪状を語りたくなどないだろう。
 今はズミのレジスタンスとして一緒に戦っている、今更その事実以上の何も必要ではない。
 それにしてもパーティルか、と僕は一人で感慨にふける。パーティルはセラーラと呼ばれる地域の関門とも言うべき町だ。
 パウルと違って下手に口になどしないが……、僕が幼少時代を過ごした村もセラーラ地方に属していた。セラーラの南方に位置したジンク地方からパーティルへ北上する旅は、自ずと故郷へと近付く道のりになる。故郷の村とパーティルとはまだ距離があるとはいえ、少しは胸に引っかかるものもあった。
 だがレジスタンスの兵士に、故郷への思いを馳せて感傷に浸る資格などはない。余計な感情は殺して、僕は黙ってただ歩を進めた。

 人目を避けて、夜も明けきらないうちに出発したものだから、まだ日が高い時間からジュリが疲労を見せ始める。
 そして僕も、しばらくの町暮らしに慣れた体はいつもと違う時間に空腹を訴えだす。
 パウルは大きなあくびをひとつ、早々に野営を決めた。歩いているのは地元の狩人が行き来しているだろう程度の獣道だ、そう急いで旅を進めなくとも人目につく心配は薄いだろう。
 ある程度の携帯食は蓄えてきたものの、節約するに越したことはない。野宿をする際僕は弓矢を担いで木々の中へ乗り出す。
 春の気配を次第に帯びてきている森の中、きっと獣も多く動き出している頃だろう。俺も行く、と意気込んでパウルもついてきた。少し邪魔だが仕方があるまい。
 水場を探すとまたジーゴール川の一筋に出会う。キョロキョロと首を回すパウルに、僕は手だけで制止の合図をした。なんだ? と黙って聞いてくる彼に、川の近くを指さして見せる。
 一頭の鹿がこちらがわの岸でのんびりと川の水を舐めている。茂った木々の中に溶け込むような獣の姿に、パウルはほう、なんて感嘆の声を上げた。
 やはり森の中で獣を探す目は僕のほうがまだ鋭いらしい。狩りをしている時だけはこの年長の魔術師に優越感を覚えられた。
 静かに僕が矢をつがえる前に、パウルが小声で言った。
「俺にやらせてくれ」
 町にいる間弓の練習をしてた気配はなかったから、そう上達はしていないはずだ。上手く仕留められるとは思えないが……、乗り気の男を無理に制止する気にもならなかった。また別の獲物を探せばいい。
 パウルはまだぎこちない姿勢で矢をつがえ、ぐっと弦を引いた。やはり僕よりも身長が高い分、筋力だけは高い様子が見受けられる。
 手のぶれが大きく、いびつにしなった弓が上げた音はどこか間抜けだった。矢は丸く弧を描いて鹿の方へ飛び、その足元の石をがつんと突いた。まあ、思ったよりは狙いに近かったな。
 身の危険を感じた鹿はすぐさまその場から飛び退き、軽やかに蹄を弾ませて奥の茂みへと身を退いていく。残念、次の獲物を……
 しかし意外なことに、パウルはすぐにそちらへ向かって走り出した。「逃がすか」なんて呟いたのを聞くに、その鹿に執着してしまっているらしい。
 一度矢を外した鹿を森の中で追うなんて無茶だと思うが、彼は必死である。待てよ、と後ろから呼び止めた僕には構わない。
 仕方なく僕もパウルの背を追うと、パウルはやや手前で踏ん張ったかと思えば、弓を投げ捨てて両手の平を鹿の方角へと向けた。その仕草を見てまさか、なんて思った目前、案の定、彼は魔法陣を浮かび上がらせた。
 そこから放たれたのは火の玉が一つ。彼が放った間抜けな矢とは違い、迷いなく宙を直線に進み、茂みの奥の獲物を捕らえたようだった。その衝撃に巻き込まれて、近くの小枝や茂みも一緒に弾き飛ばす。
 呆れた顔でそれを見ていた僕を振り向き、パウルは得意げな笑みを浮かべている。
「やっぱこっちのほうが手っ取り早いな」
 そんなことをするから弓が上達しないんだ、と小言を言いたくもなるが、まあ、使い慣れた武器を使っていたい気持ちは理解できる。
 咄嗟の魔法は、それ一撃で致命傷を与えるほどの威力は出せない。火傷を負って倒れ、その場でもがく鹿にもとどめはしにいかねばならない。機嫌良さそうに彼が抜こうとするのは、腰に差した魔剣だ。
 その性能は言わずともがな、柄に施された手の込んだ装飾を見るによほど技工を凝らして作られた業物だろうに、こんなところで使われるのはなんだか哀れだ。
 パウルが鹿の方へ近付くと、しかしその先で信じられないことが起こった。
「す、すみません、悪かった! 命だけは助けて……!」
 そう震えた大声を必死に上げたのは……、鹿か? 僕達は思わず顔を見合わせた。
 いやそんな馬鹿な話があるものか。何者かは分からないが、ただちにその声の正体を確かめなければならない。
 お互いに真剣な緊張感に切り替えるのもすぐだ。パウルは咄嗟にフードを頭にかけて、そちらへ駆け寄った。
 鹿が倒れた茂みの奥で、その正体は頭を抱えて座り込んでいた。こんなところで人間に会うとは想定外だったが……、しかもその男の姿を見て、僕達は更にぎょっとした。震える両手で抱えている頭には、金色の髪が生えていたのだから。
 何を考えるよりも早く僕は懐から短剣を抜いた。
「殺すなよ」
 パウルが短く言ってくる。震える男は座り込んだまま、びくりとして顔を上げた。見開かれた青い目は恐怖と不安に染まっている。
 当然、すぐに殺してしまうよりかは状況の把握が優先だ。僕は警戒を緩めないまま男を観察した。
 金髪碧眼のトレンティア人……、年齢はまだ若く、二十から三十の間ぐらいだろうか。しかしその髪は薄汚れ、痩せた頬には無精髭が伸び、鎧を着ていない旅装らしい服は兵士のものかどうか定かではない。武器を持っている様子も見受けられなかった。
「何だお前、何者だ」
 パウルは抜きかけていた魔剣からも手を離し、フードの奥で暗い声で尋ねる。
 男は震えながら呻くばかりで、すぐに答える様子は無かった。怯えた目でこちらを凝視している様子を見るに、相手も僕達が何者であるかを測りかねているのだろう。
「トレンティアの兵士か?」
 答えないので、仕方なくパウルは続けて尋問する。男は力なく首を横に振った。見た限りでも、兵士という様子には見えない。
 じゃあ何だ、とパウルが追求する声には苛立ちが見え隠れしている。しかし男はまだ口を開けたり閉じたりしながら呻いている。
「なんだか分かんねえが利用価値もなさそうだ。殺しちまうか」
 パウルは荒っぽく言って、腰の剣に右手をかけてがちりと音を鳴らした。そのわざとらしい仕草を見て、僕はまだ止まっていた。
「待て! 分かった! 話す、全部話すから!」
 途端に男は慌ててそう叫んだ。パウルはフンとつまらなそうに鼻息を吐く。
「お、俺は……、確かに元は兵士だ。だけど今は部隊を離れて……、その、行く当てなく彷徨っていたというか……」
「早い話が脱走兵か。名前と所属していた部隊を教えろ。それから離脱した時期も」
 パウルは畳み掛けるように尋問を続けた。すっかりまいった様子の男は、力なく腕を下ろして俯いた。
「ヘルマン・グリス。所属していたのはアンデル・デニング殿のパーティル守備部隊だ。軍から抜け出したのは……一ヶ月ぐらい前だな……」
 男が語った中に聞き覚えのある町の名前を聞き、僕は静かにパウルに視線を向けた。パウルも男を見下ろしたまま、ほう、と頷いて見せる。
「パーティルから来たとは都合の良い話だな。まあ立ち話もなんだ、ヨン、こいつを縛り上げろ。腕を背中に回して拘束するんだ。手をこちらに向けさせるな」
 そう拘束のやり方まで指示をするのは、魔法での抵抗を危惧してのことだろう。言われた通りに僕は男の腕を捻り上げる。
 情報源になりうる捕虜だ、殺すわけにはいかないが……その乱暴な手つきには敵兵への憎しみを精一杯込めてやった。
「ああ、あと短剣貸せ」
 パウルが軽い口調で言った。何かと思えば、当初の目的であった鹿にとどめをしたいらしい。
 自分の剣を使えばいいものを、と思うも、問答するのも面倒で僕は黙って短剣を彼に預けた。獣を捌くのなら魔法の長剣より短剣の方がやりやすいのは確かだろう。

 ジーゴール川の浅瀬の近くに決めた野営地で、昼間からフェリアの膝でうとうとしていたジュリも、僕達が薄汚れたトレンティア人を連れてきたのを見るとぎょっとして目を覚ましたようだ。
 パウルは仕留めた鹿の血を抜いている間、拾った枝でがりがりと地面に魔法陣を書き始めた。その様子を捕らえられたトレンティア人……、名前をグリスというらしい男は戸惑いの表情で眺めている。
「……やっぱり魔道士だったのか。さっきの鹿を見てそうじゃないかと思ったが……」
 そう呟くように言うが、パウルは返事をしない。
「ヨン、そいつはこの陣の上に転がしとけ。万一魔法で抵抗した場合も対応が楽になる」
 言われた通りに僕は男を足蹴にして陣の上へ転がした。そこで動かないように足首も縛ってやる。
 グリスはされるがままにそこに横たわった。その表情には既に覇気がなく、抵抗する気があるようにも見えない。
 そのグリスの顔を覗き込むように、パウルは陣のふちにしゃがみ込んだ。
「話の続きを聞かせてもらおうか。なぜパーティルから抜け出してきた? 兵士が逃げ出すほど酷い戦況だったのか」
 グリスは目を細めて、苦しげに語り出す。
「……ズミ人のゲリラ部隊の蜂起があって……市街で戦闘が起こっていた。俺も最初は抜け出すつもりなんてなかった……、ただたまたま仲間とはぐれて……、戻る勇気がなかっただけだ……」
「ゲリラ相手にそこまで苦戦していたか」
 パウルが相槌を打つように言うと、しかしグリスはいや、と呟いて小さく首を振った。目を瞑って話を続ける様は、余計に苦しそうだ。
「デニング殿の防衛は完璧だった。戦況はほとんど完封と言っていい……、だがズミ人は抵抗をやめなかった。兵士だけじゃない、町の市民、女や子どもまで、死にものぐるいで戦うんだ。……殺すしかない、殺すしかなかったんだ……! あんなの、どうしようも……」
 その声色は強く張り詰めていた。その瞼の裏に浮かんでいる景色はどんな地獄か……。
 聞いていたパウルの表情は……、フードの奥に隠れていて分からない。少し離れた焚き火の元で座っているだけのジュリも、グリスが上げた声に気圧されたように身を縮めているのが分かった。
「アンデル・デニング。戦場に決して妥協を許さない、冷酷で……優秀な将軍だ。奴の指揮した戦争なら……、想像がつくよ」
 パウルはぼやくように言った。僕もグリスも釣られるようにそのフードの奥を見るが、やっぱり表情は分からない。パウルの声色はすぐに、やや軽めになった。
「それで、怖くなって戻れずに一ヶ月も放浪してたってか?」
 グリスはふと表情の力を緩めた。
「……いや。戻るのが怖くて……迷ってるうちに一人でズミ人に捕まって……。しばらく捕虜として連れられていた。今はそこからも逃げ出してきたところだ……」
「なんだ、それを先に言え」
 パウルはつまらなそうに言った。すぐに僕の方へ振り向く。
「トレンティア兵を“捕虜”にしたってんならそいつはたぶんレジスタンスの一隊だろう。どうやらすぐ近くに仲間がいるらしい」
 それはパウルの言う通りだろう。探し出して合流したいところだが……、規模のほどにもよるが、この森林を捜索するとなると……。
 僕もパウルもグリスを睨んだ。
「そこへは案内できるな? グリス」
 グリスの顔は青ざめていたが、既に覇気はない。
 彼は敵に囚えられていた状態から命からがら逃げ出してきて……そこを運悪く僕達の手によって再び捕まってしまったのだ。きっと哀れな境遇に違いないが、しかし敵国の地で一人はぐれた兵士など、そのようなものだろう。
 パウルは声に笑みを混ぜた。
「まあそう悲壮な顔をするな。捕まってすぐ殺されなかったってことは少なくとも、お前には利用価値があると踏まれたわけだ。ならいっそズミ人の味方になっちまえばいい。トレンティア軍の内情を知り、そしてズミにはない魔法という技術を持っている……、それを利用すりゃあ生き延びるのは難しいことじゃないぜ」
 そう言ったのはグリスを懐柔するためだろうか。しかしさすがに説得力があるな、と皮肉を言いたくなった。
「そんな無茶な……。祖国を敵にするなんて……」
 グリスはそう言って嘆いた。
「死ぬのとどっちがマシか、せいぜいよく考えることだ」
 パウルは再びそう凄んでやる。グリスも自身の立場を分かっているのだろう、これ以上怯えたり慌てたりする様子もなかった。
 ただ苦々しく言う。
「……お前は国を売る方を選んだわけだ」
 そう言ったのはパウルに向かってだろう。僕とパウル両者の鋭い視線を受け、グリスは不敵に笑いさえ浮かべた。
「トレンティア人なんだろ? ズミに魔道士はいないと聞くし……、それにデニング殿の話をズミ人が知ってるとは思えない」
 パウルは数秒黙っていたが、やがて舌打ちひとつしてぱっとフードを下ろした。奥からは暗い雰囲気の無表情が出る。
 しかしトレンティア人二人はそれ以上何を言うでもない。敵国の地で出会った逃亡者二人は一体どんな気持ちでお互いを見るのか……、僕に想像がつくことではなかった。
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