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第四章 叛逆の同志
19話 ズミの幸福
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たまたま捕えたトレンティア軍からの脱走兵、グリスという男から話を聞いて、結局僕達は早めに構えた野営地を放棄し、すぐに移動を開始することになった。
まだ時刻は早かったし、グリスの話を聞けば本当に目と鼻の先に仲間の部隊がいるようだったからだ。彼はそこへ僕達を案内することを承諾した。
すっかり休むつもりでいたジュリは不服そうである。疲れたならおぶってあげるわ、とフェリアに言われたのには、意地っぽく拒否していたが。
やがて僕達が辿り着いたのは、森の中を踏み分けたような場所にある野営地だった。伐採されたばかりの切り株と、急ごしらえの丸太小屋がいくつも見られる。
そこにいる人数は思いの外多いらしく、野営地というよりは小さな集落と言った方が近いかも知れない。
パウルは再びフードの奥に顔を隠した。この際、先頭に立って交渉をするのは僕の役目だ。来訪者の気配を聞きつけて、前に出てきたのは一人の青年だった。
「何者だ」
そう鋭い声色で言ってくる彼は、革の鎧と剣とで武装をしていた。僕は片手を軽く前に出して挨拶した。
「アルティヴァ・サーシェ。同志との出会いに感謝する。ガダンから来た単独のレジスタンスだ」
そう端的に言うと、相手の男は驚いた顔になって、どこかたどたどしく挨拶を返してきた。
「レジスタンス……? ああ、サーシェ」
その様子を見るに、まだ兵士になって日が浅いのかもしれない。
とにかく用件を進めるために、僕は後ろに引いていたグリスの身柄を突き出した。男はそれを見るなり、怒りの表情を露わにする。
「あっ、お前! どこへ逃げたかと思えば……!」
そう言ってグリスの胸ぐらを乱暴に掴んだ。哀れな捕虜は何も言えず、悲壮な顔でされるがままになっている。
「野営中にたまたま捕まえてね。こいつから君達のことを聞いたんだ」
「そうか、協力感謝するぜ」
グリスの身を引き受け、男は頼もしく笑顔を浮かべた。
「僕の名前はヨン。できれば情報交換がしたいんだ。ついでに泊めてくれるとなお助かるけど……、そちらの隊長殿は?」
名乗りながらそう尋ねると、男はどこかむずかゆそうに、はにかんだ。
「隊長……、いや、そんな大層なものはいないんだが……、ああ、俺はティガル・キルーグ……」
彼の要領を得ない答えに……、しかし僕は問い返すこともできなかった。その名乗りを聞いた途端、ぴしりと、頭の中が凍りついたのだ。
「あれ……」
その男、ティガルは間抜けな声を漏らした。片手を出して挨拶した姿勢のまま動かなくなった僕を訝ったのか……いや、驚いたあまりに見開いた僕の目の色を見てしまったからか。
「お前……、ヨハンか?」
その名前を呼ばれ、思わず僕はよろめくように片足を一歩後ろへ退かせた。
「ティガル……!」
彼の名前を呟くように呼んだ声には、どうしても苦い感情が滲み出た。
もう一歩後ろへよろめこうとすると、いつの間にかすぐ後ろに体を寄せてきたパウルの胸が背中に当たった。顔をすぐ横に寄せて耳打ちしてくる。
「知り合いか?」
混乱していて、パウルには曖昧な相槌を返すことしかできなかった。僕とティガルは戸惑いながらに神妙に視線を合わせ……、やがてティガルの方が笑顔を浮かべた。
「やっぱヨハンだよな? いや……こんなところで会うとは驚いた。久しぶり……随分でかくなったな」
咄嗟に、僕は首を横に振る。
「その名前で呼ぶな。今の僕の名前はヨンだ」
そう鋭い顔になって言うと、ティガルは気まずそうに目を逸らした。
「え、今の名前って……、あー……あれか、名乗りを変えた、ってこと? まあ、そうか……えっと、泊まりたいんだったか? とりあえずこっちへ」
ティガルは集落の中へと移動を促してくる。しかし僕の足は重たかった。まさかこんなところで、同郷人に会うとは思ってなかったのだ。……あまり話したくもないな、と。
僕は斜め後ろにいるパウルの顔を振り向く。
「嫌だ」
なんと説明したものかも分からず、僕の口から出たのはそんな身も蓋もない否定だった。フードの中身を間近から見ると、呆れた顔をしている。
「やだっつってもお前、ここまで来てどうするんだよ。せっかく仲間見つけたんだから情報交換ぐらいしろよ。日も暮れそうだし」
何も言い返せない正論だった。僕はパウルから視線を逸らして舌打ちをする。
……冷静にならなければいけない。今の僕の名前はヨン……レジスタンスの一兵士だ。今は粛々と任務を遂行するべきだ。
仕方なく、僕はティガルが促すままに集落の中へと踏み込んだ。彼は他の仲間にグリスの身柄を任せ、僕達を接待してくれるらしい。
連れてこられたのは共同の炊事場のようだった。いくつかあるかまどの周辺には、炊事をする女性の姿が何人か見られる。作業用の長机に座ってティガルは息をついた。
「すまんな、何も無いところで。見ての通り森を開き始めたばっかりでな。まあとりあえず飲んでくれ」
どすんと机に置かれたのは酒の大瓶だった。なんとも大雑把な歓待である。僕はそれにちらりと視線だけを向けて、すぐに話を始めた。
「隊長はいないと言ったか? レジスタンスの部隊ではないのか」
「部隊なんてちゃんとしたものじゃねえ。兵士もいるにはいるけど、ほとんどはトレンティアの侵攻から逃れて移動してきただけの村民だ」
ティガルは物憂げな様子で言う。前髪の奥で僕はむっと眉を寄せた。
「逃れてきた? ルベルからか?」
「いや、今ここにいるのは別の村から集まった人間だ。俺がいるのは成り行きだが……、ルベルの方はどうなっているのかは俺にも分からんな……」
苦い顔で言うティガルに、僕はうまい返事が思いつかなかった。……ルベルというのはつまり、僕とティガルが幼い頃に住んでいた村の名前だ。
いや、ひとまず村のことはいい。今はここからパーティル周辺にかけての地域の情報が知りたい。……しかしレジスタンスの部隊かと思えば、逃れて移動してきた村民の集まりだったらしい。何を聞き出すべきか……。
そう考えている間に、僕が触らないでいた酒瓶を、パウルが抱き上げてごそごそと栓を取ろうとしていた。何気なく、ティガルの視線がそちらにいく。
「えっと……、そっちの人は仲間か? その、レジスタンスの」
僕はパウルの方に一応視線を向けながら、ああ、と適当な相槌を打った。顔を隠したその風貌は見るからに怪しいが、ティガルも詮索するつもりはないらしい。
レジスタンスと名乗るからには、顔を出したがらない者もいる……という事情ぐらいは彼も分かっているのだろうか。
コップがないので、パウルは大きな酒瓶を直接口に呷っている。それを隣にいるジュリが呆れた様子で見ていた。
「なんだ、飲みたいのか」
そんなことを言ってパウルはジュリに酒瓶を手渡す。ジュリはそれを受け取って難しい顔をしたが、やがて酒瓶の呑み口を袖でごしごしと拭い始めた。……回し飲みを気にしながらも飲む気はあるらしい。
そんなジュリと、そして更にその隣にいるフェリアへと次にティガルの視線が向く。レジスタンスと名乗りながら女を連れているというのは一体どういう事情なのかと、それは不可解なことだろう。
しかし彼女らが一体何なのか、説明する言葉を選ぶのはいささか難しい。正体不明の魔道人形とその付き人を戦力として抱えている、などと言ってしまってもいいのだろうか。
しかしうまい設定も咄嗟に思いつかない。前は親戚だと言って誤魔化したが、ティガルは僕に身寄りがないことを知っているから通用しない。
仕方がなく簡潔な説明で済ませてしまうことにした。魔道人形などというものの存在を信じるかどうかはティガルの自由である。
「この人形……」
フェリアを指さして口を開いた、しかしその途端横からパウルの声が重なった。
「人形のように美しい……なんて口説き文句はやめておけと言っただろう。これは俺の妻だぞ」
僕は表情を固まらせて言葉を止めた。フードの奥から険悪な視線が向けられているような気がする。……人形については喋ってほしくないらしい。フェリアはパウルの妻ということになった。
ではジュリは……。大きな酒瓶を小さな両手で抱えて、控えめな調子で口をつけている彼女に視線を向ける。パウルは続けた。
「お前の奥方はこっちだろ。ほら紹介してやれ」
途端、酒を飲みかけていたジュリは激しくむせこんだ。……確かにいつか使った設定ではあったが、あまりに突然で、強引である。僕も呆気にとられてすぐに言葉は言えないでいた。
しかしティガルが先に驚いた声を上げる。
「お前結婚したのか!? 親もいないのに?」
仕方なく僕はティガルに向き直って話を合わせる。
「まあ、いろいろあってね……。えっと、妻のジュリだ」
そう渋い声で言うと、ティガルも難しい顔になって首を振った。
「はあ……、あのヨハンが結婚か……。村にいたのはあんなガキだったのにな……。フン、とりあえずおめでとうとは言っておいてやる」
「その名前で呼ぶなって言っただろ。そっちこそ村にいた頃は吹けば倒れるような軟弱者だった君が、立派になったものだね」
思わず僕は憎まれ口を返す。合わせた視線の間に火花が散ったような、そうでもないような……、そんな緊張が数秒流れたが、いや、と言って切り替える。……今は粛々と任務だ。
「無駄話はいい。……そうだ、あのグリスとかいうトレンティア人の捕虜はどうしたんだ」
話を変える。ティガルもつまらなさそうにすぐ目を逸らした。
「ああ……、捕虜というか、森の中を探索してる時に拾っただけなんだが……。今は一人でも労働力が欲しくて捕まえておいたんだ。だが勝手に逃げ出すし、どうしたもんか……」
ティガルは悩ましげに首を傾げた。僕は呆れて言ってやる。
「あれはれっきとしたトレンティアの兵士だぞ。労働力が欲しいなんて理由だけで使うのはやめた方が良い。……危険の方が大きい」
ティガルは悩ましい顔のままこちらを見やる。
「危険っつっても、武器も持ってないし、たった一人ではぐれてたからな……」
「だが魔法の使い手だ。……あの力を侮るな。丸腰でも、一人でも不意をつかれれば危険だ」
僕は視線にこめた力を強めて言う。ティガルはややたじろいだようだ。
「そうは言ったって……、じゃあどうするか……」
何を悩むことがあるのか、と僕は吐き捨てるように言う。
「殺せばいいだろ」
労働をさせるために拘束を解くのは危険だし、ただ幽閉しておくのも不毛だ。逃がせば敵の部隊へ帰られる。何か他に利用価値もないのなら処刑が一番無難だろう。
それを理解していないのか、ティガルはぎょっとした顔で僕を見返してきた。そして何か、躊躇うように言葉を選んでいる。
その様子を見るに……、まあ、きっと彼は人を殺したことがないのだろう。
「敵兵に情けなんてかけるなよ。……忘れるな、奴らが僕達の故郷にした仕打ちを」
つい声色が重たくなる。
日は落ち、次第に空は夜の色に染まっていく時間。木々の葉の隙間から、今夜はその扉を大きく開いた月が姿を現している。……この戦争で、あの向こうへ旅立っていった同胞がどれほどいると思っているのだ。
ティガルは少し気落ちした様子で、しかしなんとか笑みを作って俯いた。
「そう、だな」
躊躇いがちにもそう頷く。それ以上は僕も責め立てる気にならなかった。
「もう夜になっちまうな……。一応寝れる場所はある。野宿よりはマシってぐらいの一応だが」
ティガルはそう切り替えた。
そして案内されたのは、たしかに野宿よりはマシな丸太小屋だった。まだ家のない者も多いらしく、そういった住民が雑魚寝をする大部屋だけの小屋。
「まあ寝心地は悪いが……、ああそうだ、この近くに温泉がわいててな。明日時間があれば案内してやるから、寝る場所はここで我慢してくれ」
小屋の前でティガルが言う。温泉、という言葉を聞いて僕もつい気分が明るくなった。温泉が嫌いなズミ人はいない。
しかしそこで気分が上がったのはズミ人だけではなかったらしい。すかさず、横から口を挟んできたのはパウルだ。
「明日と言わず今すぐ行きたいね。場所は?」
顔を隠した怪しい男にずいと問われ、ティガルはややたじろいだ様子だ。
「いや、今日はもう暗いし……」
「だいたいの方角と距離を教えてくれればいい。自分達で探すから」
躊躇うティガルにパウルはそう食い下がった。それなら好きにしろ、となってティガルはその方角を教えてくれた。
しかし思い出したようにティガルは変な提案を付け加えてきた。
「あ、じゃあついでにあいつも連れて行ってくれないか? グリス……、あのトレンティア人も」
「は? なんで」
パウルが変な声をあげるのも当然だ。なんで突然ここでグリスが出てくるんだ。ティガルは微笑を作ってはいたが、切なそうな目をしていた。
「あいつの処遇はまあ、今度村の皆で決めるが……、お前の言う通り殺してしまうのが一番いいのかもしれん。……だったらそうなる前に一度、湯浴みぐらいさせてやってもいいかなって」
はあ、とパウルは気の抜けた返事をした。僕は何か言おうか迷ったが……、結局そのまま口を噤んでいた。
魔法の力は侮れない。丸腰だろうと一人だろうと、魔法の知識を持たない者にとっては十分脅威になり得る。
だがそれでも彼が捕虜となっていた間に問題が起こらなかったのであれば……そこまで僕が口出しすることもないだろう。
次にパウルがフードを下ろしたのは、その温泉へいく道中でのことだった。疲れていた様子のジュリも温泉と聞いて急に活力を取り戻してついてきている。
そして後ろ手を縛られたままのグリスも……彼の表情は全く陰鬱なままであったが、とぼとぼとついてきていた。
「こんな慌てて来なくてもよかっただろ……」
僕が呆れた声で言うと、先頭を歩いていたパウルはフンと鼻を鳴らす。
「日中だと俺が入れねえだろ」
言われて、それもそうか、と仕方がなく納得する。顔を隠したまま温泉に入るのはさすがに至難だ。
「一体俺をどこに連れて行くつもりだ……」
僕にロープを引かれたまま、暗い声を上げたのはグリスだ。パウルはいたって気の抜けた声色で答える。
「喜べよ、あのズミ人に情けをかけられて、捕虜の分際で温泉に入れるんだから」
「……温泉って何だよ……」
パウルの言葉を聞いてもグリスの声は暗いままだ。
「なんだお前、温泉を知らんのか。トレンティアでもレック山の方にはあるぞ。湧き水の温度が高いやつだ」
「知らん、レックなんて行ったこともない。つまりお湯が地面から湧いてるってことか?」
「そういうことだ。まあ自然が作り出す、天然の風呂ってことだな」
「風呂……、そうか、風呂に入れるのか……」
グリスの顔にじわりと笑みが浮かんだ。その情けは処刑される前のせめてもの情けだぞ、とはまだ伝えないでおいてやろう。
夜だと言っても、今日は月が明るい。集落からその場所への道のりはさほど厳しくなかった。ほどなくして、ふわりとした湯気が目前に広がる。
ティガル達もよく来ているのだろう、簡素ながらも仕切りで男女に分けた脱衣所があり、入浴ができるように設備が整えられていた。
温泉だ! とそう明るい声を真っ先に上げたのはジュリである。すぐに彼女は脱衣所へ入り、湯浴み用の薄着になってざぶざぶと湯の中に入っていく。フェリアも楽しそうにそれに続いた。
僕も力を抜いたため息ひとつ、松明を篝火に移して服を脱ぎにかかった。……温泉に入るのもいつぶりだろうか、この時ぐらいは、と緊張感を抜きたくもなる。
しかし後ろにはトレンティア人の捕虜が……、魂が抜けたみたいな顔で、ぼんやりと湯面を眺めていた。腕を後ろ手に縛られている彼は自分で服を脱ぐこともできない。
それを見てパウルも少し考える素振りを見せたが、やがて意を決したようだ。
何を言うでもなくグリスの着ていた服を前から乱暴にはだけさせて剥いていく。男に服を脱がされるグリスは、さすがに青ざめた顔をしていた。
「……いや、拘束してたら結局脱がすにも不便だ。やっぱり今ぐらいは解いてやろう」
中途半端に彼を脱がせたままパウルはそうぼやいた。それも尤もだが……、しかし拘束を解くのはさすがに危険じゃないか?
「素っ裸でも戦えるのは俺も同じだ。変な素振りを見せたらその場でたたき殺す」
パウルはそう付け加えた。たたき殺す、の声に冗談じみた色は一切無い。グリスの顔が更に青ざめた。
やがて服を脱がせるついでのように拘束も解かれたグリスは、しかし覇気のない顔のままで、暴れたり逃げたりするような素振りも見せない。
最低限の警戒は保ったまま、とりあえず僕は湯の中に入った。春が近付いているとはいえまだ夜は冷える。そんな空気の中で晒した素肌に熱が染み渡っていく、体の真ん中から温かさが湧き出てくるようなこの快感は……、いつになっても、得も言わず、最高である。思わず腹の底から脱力の息が漏れる。
両手ですくった湯で顔面を叩く。濡れた前髪を鬱陶しく頭の上に上げると、晴れやかになった視界をひやりとした空気が優しく撫でていく……今は目の色を隠す必要も無い。
細めた目から移る景色の中には、美しい女性達が仲睦まじく戯れている様子があった。男と違って上半身にも薄着を纏ったまま……、しかし湯に濡れて張り付いたその上から、女性の体の滑らかな曲線が見て取れる。
……人間の死体に魔術を仕込んだだけの人形も、まるでそれを感じさせない生気に満ち溢れ、ジュリの髪に指を通す表情はうっとりと、それを愛おしんでいるようだった。
普段はしっかりと編んだ髪をローブの内側にしまっているジュリも、今はフェリアに促されてその髪を解いている。湯を浴びて気持ちよさそうに微笑む顔の下は、ローブに包まれている間はわからなかったが、確かに女の形をしているではないか。
湯に濡れて艷やかに光る黒髪の隙間をフェリアの細い指がつうと通っていく。夜の闇の中、月明かりに照らされた濡れ姿の妖精達は……、いや、若い男の目には毒だった。
「いい眺めだな」
気が付けば隣に、同じく脱力した様子のパウルが腰を沈めている。皮肉っぽく言った憎まれ口には、今は視線を送る気にもならない。ああ、なんて気の抜けた相槌を打った。
「こうして見るとあのちんちくりんもいい女じゃないか。いっそ本当に妻にしちまってもいいんじゃないか」
パウルは気の抜けた調子で言う。さすがに呆れて、むっとしてパウルを睨んだ。パウルはゆるくニヤけた顔で、僕の目を見ていた。
「十六だろう? 普通なら結婚を考えてもいい歳だ」
そう楽しそうに続けてくる。当然今まで結婚なんて考えたこともないが、普通はそういうものなのだろうか。両親もなく、幼くして独り立ちした僕にはその感覚すらよく分からない。
「……普通ではないからな」
僕はそう答えた。どちらにせよ、ただでさえ戦乱の時代、レジスタンス兵である僕はのんきに結婚などできる身分にはない。
パウルは伏し目がちに僕から視線を逸らす。かといって女達の方を見ているわけでもなさそうだ。
「……そうか。悲しいな」
そう呟くように言う声には、ニヤけた調子は無かった。どこか本当に悲しそうである。
「僕よりもお前のほうがよっぽどいい歳だろ。悲しいと思うなら結婚してみせろ」
皮肉のつもりでそう言い返してやると、パウルは力の抜けた目をぼんやりとこちらに向けてきた。
「……俺はいいよ、もう懲り懲りだ」
その口ぶりを聞いてついその目を見つめ返す。考えてみれば三十を超えている彼に婚歴があるのは不思議なことではなかったかもしれないが……。
「なんだ、経験があったのか」
「トレンティアにいた頃の話だけどな。……ほんと散々な目にあった……」
夜空を見上げながら、うんざりとした様子で遠い過去を振り返っているようだ。
自分が散々な目にあったのなら人にも勧めるなよ、なんて思ったが、それ以上余計なことを言わないことにする。
パウルの声もそこで途切れたが、何かを考え込んだのか、やがて横からじとっと熱を帯びたような視線を向けられているのを感じた。
何気なしにそれを見返す。彼の透き通った水みたいな色の目が、同じ色の僕の瞳を捉えていた。
「言っても無駄かもしれんが……、お前は若い命だ、こんな戦争に使い潰さなくてもいいんだぞ、本当に」
語ってくる声はいつになく真剣だ。思わず僕は眉を寄せた。突然何を言い出すつもりだ?
今更戦争から離れて生きようなどと思いもしないし、思ったところで叶うはずもない。そんな子ども扱いをされたところで、今までこの手が染めてきた血の量は無かったことにはなりはしない……。
馬鹿馬鹿しい事を言うパウルに向かって、僕は言葉を選んだ。
「レジスタンスとして武器を握った以上……、侵略者を倒す。復讐を果たす。僕の使命はそれだけだ。ふざけたことを言うな」
吐き捨てるように言ってやる。しかしパウルはなおも食い下がった。
「どこでどう生きてきたとしても、お前の命はお前だけのものだ。ズミのために死ぬ必要も、ましてトレンティアのために生きる必要もない。お前にはお前だけの幸福が……あっていいはずだ」
……その薄ら寒い説教は僕の胸に影を落としていく。じわじわと湧いてくるのは、ただ憤りだ。それがはっきりとした言葉になるより先に、パウルの強い声が小さく響く。
「なあ、ヨハン」
名前を呼ばれて、息が詰まるような気がした。トレンティア人である彼ならば、その名前がトレンティア人としてつけられたものだということは分かるはずだろう。
「親につけられた名前なんだろう? ……いい名前だ」
パウルは切なそうに笑って言った。この男の、こんな顔を見るのは初めてだ。
「……ふざけるな。わざわざ名前を変えた理由ぐらいお前にも想像がつくだろう」
憤りは憎悪にさえなって声に滲む。パウルは同じ顔で僕を見つめ……しかし数秒後にはふいと顔を逸らして俯いた。
「そうだよな。すまんすまん」
諦めたように漏らしたため息は軽かった。僕は気分の悪さのやりようもなく、荒っぽい仕草で空を仰いだ。
夜空にぽっかりと浮かぶ丸い月が、それを宥めるように光っている。女神の悪戯か、月の光が彼に変な気を起こさせたのだろうか。
僕達の間に降りた重たい沈黙を裂いたのは、女性の悲鳴だった。
「ひゃああ!」
素っ頓狂な声を上げたのはジュリだ。突然のことに僕もパウルも我に返り、ざぶりと湯の中から立って目を凝らす。
一見した限り異変はない。だがジュリは何かを見て……、彼女の視線を追うと、それはこちらの方角に向いていた。
ジュリが見ていたのは僕達のやや斜め後ろ、力の抜けた様子で入浴をするグリスだった。何かと思えば……、グリスは入浴にあたって服を全部……、腰巻きすら脱いでしまって一糸まとわぬ姿になっている。
どうやらジュリは、男の裸を見て悲鳴を上げたらしい。なんだ、別に危険な素振りを見せたわけではないな……と確認して、僕はすぐに警戒を解いた。
慌ててグリスの方に寄ったのはパウルである。
「馬鹿お前、全部脱ぐ奴がいるか」
「え? だって風呂だろう」
「見て察しろよ、ズミの温泉は基本的には混浴なんだよ」
パウルとグリスは間抜けなやりとりを交わす。
グリスははあ、と気の抜けた返事をしただけだ。そのやつれきった顔から察するに、女性達に全裸を見られることを気にするほどの気力もないらしい。
仕方なく、僕はジュリの方に追い払うような手振りを向けてやる。見るな見るな、と。
同じく諦めた様子のパウルが、グリスの頭を押さえてざぶんと湯の中に腰を入れさせた。その脇に彼もしゃがみこみ、ジュリの視線から隠すようにして金髪の男二人は肩を並べた。
湯の中に体を沈める、その瞬間の快楽はトレンティア人とて同じだ。グリスはだらけきった感嘆の息を漏らした。
「これが冥土の土産ってやつか……」
そうぼやいたのには、僕も少しだけ驚いてそちらを振り向いた。パウルも無表情になってそれを見つめている。
「なんだ、もう死ぬ気かよ、張り合いのねえ奴だな」
そんなことをパウルに言われて、グリスはげんなりとした様子だ。
「一度脱走して連れ戻されたんだ、殺されない方がおかしいだろ……。……俺だってズミ人を殺してきた。その報いを受けるってわけだ」
僕は何も言わない。ティガルの様子を見るに……、いや、敵の脱走兵などの命運について、僕があえて考えてやる義理もないが。
「馬鹿が、因果応報なんてくだらねえ迷信さ。ここまで来たんだから最期までみっともなく足掻いてみろ、泥を啜ってでも生き抜いてみろよ。お国のために死ぬのが本望ってわけじゃないのならな」
「この状況でどうしろと……。どうすれば生き延びれるんだ、お前が同じ立場だったらどうする」
グリスに言われ、パウルはニヤリと笑って見せた。
「地面に頭をこすりつけて、泣き叫びながら命乞いをする。あとは……奴ら森の中に集落を開いたばかりだろう、誠心誠意村興しに従事するだけだ。まあ、二度と祖国の土を踏めないことは覚悟しておけ」
グリスは少し考え込んだだろうか、ぼうっとしている顔からはさだかではない。
それを彼が実行したとして、生かしてもらえる可能性がどれほどあるかは分からない。僕がティガルの立場だったなら容赦なく彼を殺すだろうが……。
ふと気が付くと、女性達が湯から出ていた。全裸の男が近くにいるのではこれ以上落ち着く気にもならなかったのだろうか。
濡れた髪を手で弄りながら、体を拭く布を探している様子だ。必要な荷物は持ってきているが、篝火から少し離れた場所に置いてしまっていた。
仕方なく僕も湯から上がり、彼女らに荷物の場所を教えてやることにする。僕が寄ってきたのを見て、ジュリはびくりとしてこちらを睨んだ。
グリスと違って下着は着ているが、それでも肌をむき出しにした男に近づかれるのは怖いのだろうか。
しかしジュリが探していた荷物を手渡すと、むすっと口を尖らせて言った。
「……ありがとうございます」
僕も、湯に濡れたジュリの姿を間近に見ているのはなんとなく気恥ずかしかった。僕は明後日の方向に視線を向けている。フェリアはのんきな声で……、空を見上げているようだった。
「今日はお月さまが本当に綺麗。よかったわね」
釣られて、僕もまた月を見上げる。
「そうですね。満月の夜に温泉に入るなんて、なかなか幻想的でした」
ジュリもぽつりと言う。その表情は、美しい月の光に見とれているのだろうか。あの向こうへ旅立っていった多くの同胞が、復讐を望んで僕達を鼓舞する……、その声を、しかし彼女達が聞くことはないのだろう。
「アミュテュス・サーシェ。終わりなき慈しみの光が、私達の道しるべとなりますように」
ジュリは呟くように、祈りの言葉を言った。
翌朝、早々に僕達はその集落を後にし、パーティルまでの旅を急ぐことにする。
レジスタンスの部隊というわけではない彼らの元にいたところで、これ以上有用な情報が得られることはないだろう……、何より僕が長居したくなかった。
「ヨン」
別れ際にそう呼んでくるのはティガルだ。ようやく彼は僕の名前を覚えたらしい。
僕が無言で振り向くと、彼は片手を軽く前に出した姿勢で微笑んでいた。
「またどこかで会えるといいな」
……僕はあまり会いたくない。まったく今更、どの面さげてそんなことを言うのか、とまだ憎まれ口を言いたくもなった。青い目を持つ疫病神を、村から追い出したのはお前達じゃないか。
「ミュロス……あいや、アルティヴァ・サーシェ」
ティガルが言い直した挨拶を聞いて、視線を上げた。
アルティヴァは知恵と勝利を司る、戦いの神だ。その神の名を口にする時、そこに込められる意味は限られる。
仕方がなく、言いかけていた憎まれ口を飲み込んで、僕はその片手をとってやった。
「サーシェ。同志に武運あらんことを祈っている」
軍神の名前を口にし、この手を取ることの意味を彼も理解しているだろう。その瞳は強い色をともしていた。
彼らの元に囚われている捕虜の処遇がどうなるのか……、この後のことは、僕達の知るところではない。
まだ時刻は早かったし、グリスの話を聞けば本当に目と鼻の先に仲間の部隊がいるようだったからだ。彼はそこへ僕達を案内することを承諾した。
すっかり休むつもりでいたジュリは不服そうである。疲れたならおぶってあげるわ、とフェリアに言われたのには、意地っぽく拒否していたが。
やがて僕達が辿り着いたのは、森の中を踏み分けたような場所にある野営地だった。伐採されたばかりの切り株と、急ごしらえの丸太小屋がいくつも見られる。
そこにいる人数は思いの外多いらしく、野営地というよりは小さな集落と言った方が近いかも知れない。
パウルは再びフードの奥に顔を隠した。この際、先頭に立って交渉をするのは僕の役目だ。来訪者の気配を聞きつけて、前に出てきたのは一人の青年だった。
「何者だ」
そう鋭い声色で言ってくる彼は、革の鎧と剣とで武装をしていた。僕は片手を軽く前に出して挨拶した。
「アルティヴァ・サーシェ。同志との出会いに感謝する。ガダンから来た単独のレジスタンスだ」
そう端的に言うと、相手の男は驚いた顔になって、どこかたどたどしく挨拶を返してきた。
「レジスタンス……? ああ、サーシェ」
その様子を見るに、まだ兵士になって日が浅いのかもしれない。
とにかく用件を進めるために、僕は後ろに引いていたグリスの身柄を突き出した。男はそれを見るなり、怒りの表情を露わにする。
「あっ、お前! どこへ逃げたかと思えば……!」
そう言ってグリスの胸ぐらを乱暴に掴んだ。哀れな捕虜は何も言えず、悲壮な顔でされるがままになっている。
「野営中にたまたま捕まえてね。こいつから君達のことを聞いたんだ」
「そうか、協力感謝するぜ」
グリスの身を引き受け、男は頼もしく笑顔を浮かべた。
「僕の名前はヨン。できれば情報交換がしたいんだ。ついでに泊めてくれるとなお助かるけど……、そちらの隊長殿は?」
名乗りながらそう尋ねると、男はどこかむずかゆそうに、はにかんだ。
「隊長……、いや、そんな大層なものはいないんだが……、ああ、俺はティガル・キルーグ……」
彼の要領を得ない答えに……、しかし僕は問い返すこともできなかった。その名乗りを聞いた途端、ぴしりと、頭の中が凍りついたのだ。
「あれ……」
その男、ティガルは間抜けな声を漏らした。片手を出して挨拶した姿勢のまま動かなくなった僕を訝ったのか……いや、驚いたあまりに見開いた僕の目の色を見てしまったからか。
「お前……、ヨハンか?」
その名前を呼ばれ、思わず僕はよろめくように片足を一歩後ろへ退かせた。
「ティガル……!」
彼の名前を呟くように呼んだ声には、どうしても苦い感情が滲み出た。
もう一歩後ろへよろめこうとすると、いつの間にかすぐ後ろに体を寄せてきたパウルの胸が背中に当たった。顔をすぐ横に寄せて耳打ちしてくる。
「知り合いか?」
混乱していて、パウルには曖昧な相槌を返すことしかできなかった。僕とティガルは戸惑いながらに神妙に視線を合わせ……、やがてティガルの方が笑顔を浮かべた。
「やっぱヨハンだよな? いや……こんなところで会うとは驚いた。久しぶり……随分でかくなったな」
咄嗟に、僕は首を横に振る。
「その名前で呼ぶな。今の僕の名前はヨンだ」
そう鋭い顔になって言うと、ティガルは気まずそうに目を逸らした。
「え、今の名前って……、あー……あれか、名乗りを変えた、ってこと? まあ、そうか……えっと、泊まりたいんだったか? とりあえずこっちへ」
ティガルは集落の中へと移動を促してくる。しかし僕の足は重たかった。まさかこんなところで、同郷人に会うとは思ってなかったのだ。……あまり話したくもないな、と。
僕は斜め後ろにいるパウルの顔を振り向く。
「嫌だ」
なんと説明したものかも分からず、僕の口から出たのはそんな身も蓋もない否定だった。フードの中身を間近から見ると、呆れた顔をしている。
「やだっつってもお前、ここまで来てどうするんだよ。せっかく仲間見つけたんだから情報交換ぐらいしろよ。日も暮れそうだし」
何も言い返せない正論だった。僕はパウルから視線を逸らして舌打ちをする。
……冷静にならなければいけない。今の僕の名前はヨン……レジスタンスの一兵士だ。今は粛々と任務を遂行するべきだ。
仕方なく、僕はティガルが促すままに集落の中へと踏み込んだ。彼は他の仲間にグリスの身柄を任せ、僕達を接待してくれるらしい。
連れてこられたのは共同の炊事場のようだった。いくつかあるかまどの周辺には、炊事をする女性の姿が何人か見られる。作業用の長机に座ってティガルは息をついた。
「すまんな、何も無いところで。見ての通り森を開き始めたばっかりでな。まあとりあえず飲んでくれ」
どすんと机に置かれたのは酒の大瓶だった。なんとも大雑把な歓待である。僕はそれにちらりと視線だけを向けて、すぐに話を始めた。
「隊長はいないと言ったか? レジスタンスの部隊ではないのか」
「部隊なんてちゃんとしたものじゃねえ。兵士もいるにはいるけど、ほとんどはトレンティアの侵攻から逃れて移動してきただけの村民だ」
ティガルは物憂げな様子で言う。前髪の奥で僕はむっと眉を寄せた。
「逃れてきた? ルベルからか?」
「いや、今ここにいるのは別の村から集まった人間だ。俺がいるのは成り行きだが……、ルベルの方はどうなっているのかは俺にも分からんな……」
苦い顔で言うティガルに、僕はうまい返事が思いつかなかった。……ルベルというのはつまり、僕とティガルが幼い頃に住んでいた村の名前だ。
いや、ひとまず村のことはいい。今はここからパーティル周辺にかけての地域の情報が知りたい。……しかしレジスタンスの部隊かと思えば、逃れて移動してきた村民の集まりだったらしい。何を聞き出すべきか……。
そう考えている間に、僕が触らないでいた酒瓶を、パウルが抱き上げてごそごそと栓を取ろうとしていた。何気なく、ティガルの視線がそちらにいく。
「えっと……、そっちの人は仲間か? その、レジスタンスの」
僕はパウルの方に一応視線を向けながら、ああ、と適当な相槌を打った。顔を隠したその風貌は見るからに怪しいが、ティガルも詮索するつもりはないらしい。
レジスタンスと名乗るからには、顔を出したがらない者もいる……という事情ぐらいは彼も分かっているのだろうか。
コップがないので、パウルは大きな酒瓶を直接口に呷っている。それを隣にいるジュリが呆れた様子で見ていた。
「なんだ、飲みたいのか」
そんなことを言ってパウルはジュリに酒瓶を手渡す。ジュリはそれを受け取って難しい顔をしたが、やがて酒瓶の呑み口を袖でごしごしと拭い始めた。……回し飲みを気にしながらも飲む気はあるらしい。
そんなジュリと、そして更にその隣にいるフェリアへと次にティガルの視線が向く。レジスタンスと名乗りながら女を連れているというのは一体どういう事情なのかと、それは不可解なことだろう。
しかし彼女らが一体何なのか、説明する言葉を選ぶのはいささか難しい。正体不明の魔道人形とその付き人を戦力として抱えている、などと言ってしまってもいいのだろうか。
しかしうまい設定も咄嗟に思いつかない。前は親戚だと言って誤魔化したが、ティガルは僕に身寄りがないことを知っているから通用しない。
仕方がなく簡潔な説明で済ませてしまうことにした。魔道人形などというものの存在を信じるかどうかはティガルの自由である。
「この人形……」
フェリアを指さして口を開いた、しかしその途端横からパウルの声が重なった。
「人形のように美しい……なんて口説き文句はやめておけと言っただろう。これは俺の妻だぞ」
僕は表情を固まらせて言葉を止めた。フードの奥から険悪な視線が向けられているような気がする。……人形については喋ってほしくないらしい。フェリアはパウルの妻ということになった。
ではジュリは……。大きな酒瓶を小さな両手で抱えて、控えめな調子で口をつけている彼女に視線を向ける。パウルは続けた。
「お前の奥方はこっちだろ。ほら紹介してやれ」
途端、酒を飲みかけていたジュリは激しくむせこんだ。……確かにいつか使った設定ではあったが、あまりに突然で、強引である。僕も呆気にとられてすぐに言葉は言えないでいた。
しかしティガルが先に驚いた声を上げる。
「お前結婚したのか!? 親もいないのに?」
仕方なく僕はティガルに向き直って話を合わせる。
「まあ、いろいろあってね……。えっと、妻のジュリだ」
そう渋い声で言うと、ティガルも難しい顔になって首を振った。
「はあ……、あのヨハンが結婚か……。村にいたのはあんなガキだったのにな……。フン、とりあえずおめでとうとは言っておいてやる」
「その名前で呼ぶなって言っただろ。そっちこそ村にいた頃は吹けば倒れるような軟弱者だった君が、立派になったものだね」
思わず僕は憎まれ口を返す。合わせた視線の間に火花が散ったような、そうでもないような……、そんな緊張が数秒流れたが、いや、と言って切り替える。……今は粛々と任務だ。
「無駄話はいい。……そうだ、あのグリスとかいうトレンティア人の捕虜はどうしたんだ」
話を変える。ティガルもつまらなさそうにすぐ目を逸らした。
「ああ……、捕虜というか、森の中を探索してる時に拾っただけなんだが……。今は一人でも労働力が欲しくて捕まえておいたんだ。だが勝手に逃げ出すし、どうしたもんか……」
ティガルは悩ましげに首を傾げた。僕は呆れて言ってやる。
「あれはれっきとしたトレンティアの兵士だぞ。労働力が欲しいなんて理由だけで使うのはやめた方が良い。……危険の方が大きい」
ティガルは悩ましい顔のままこちらを見やる。
「危険っつっても、武器も持ってないし、たった一人ではぐれてたからな……」
「だが魔法の使い手だ。……あの力を侮るな。丸腰でも、一人でも不意をつかれれば危険だ」
僕は視線にこめた力を強めて言う。ティガルはややたじろいだようだ。
「そうは言ったって……、じゃあどうするか……」
何を悩むことがあるのか、と僕は吐き捨てるように言う。
「殺せばいいだろ」
労働をさせるために拘束を解くのは危険だし、ただ幽閉しておくのも不毛だ。逃がせば敵の部隊へ帰られる。何か他に利用価値もないのなら処刑が一番無難だろう。
それを理解していないのか、ティガルはぎょっとした顔で僕を見返してきた。そして何か、躊躇うように言葉を選んでいる。
その様子を見るに……、まあ、きっと彼は人を殺したことがないのだろう。
「敵兵に情けなんてかけるなよ。……忘れるな、奴らが僕達の故郷にした仕打ちを」
つい声色が重たくなる。
日は落ち、次第に空は夜の色に染まっていく時間。木々の葉の隙間から、今夜はその扉を大きく開いた月が姿を現している。……この戦争で、あの向こうへ旅立っていった同胞がどれほどいると思っているのだ。
ティガルは少し気落ちした様子で、しかしなんとか笑みを作って俯いた。
「そう、だな」
躊躇いがちにもそう頷く。それ以上は僕も責め立てる気にならなかった。
「もう夜になっちまうな……。一応寝れる場所はある。野宿よりはマシってぐらいの一応だが」
ティガルはそう切り替えた。
そして案内されたのは、たしかに野宿よりはマシな丸太小屋だった。まだ家のない者も多いらしく、そういった住民が雑魚寝をする大部屋だけの小屋。
「まあ寝心地は悪いが……、ああそうだ、この近くに温泉がわいててな。明日時間があれば案内してやるから、寝る場所はここで我慢してくれ」
小屋の前でティガルが言う。温泉、という言葉を聞いて僕もつい気分が明るくなった。温泉が嫌いなズミ人はいない。
しかしそこで気分が上がったのはズミ人だけではなかったらしい。すかさず、横から口を挟んできたのはパウルだ。
「明日と言わず今すぐ行きたいね。場所は?」
顔を隠した怪しい男にずいと問われ、ティガルはややたじろいだ様子だ。
「いや、今日はもう暗いし……」
「だいたいの方角と距離を教えてくれればいい。自分達で探すから」
躊躇うティガルにパウルはそう食い下がった。それなら好きにしろ、となってティガルはその方角を教えてくれた。
しかし思い出したようにティガルは変な提案を付け加えてきた。
「あ、じゃあついでにあいつも連れて行ってくれないか? グリス……、あのトレンティア人も」
「は? なんで」
パウルが変な声をあげるのも当然だ。なんで突然ここでグリスが出てくるんだ。ティガルは微笑を作ってはいたが、切なそうな目をしていた。
「あいつの処遇はまあ、今度村の皆で決めるが……、お前の言う通り殺してしまうのが一番いいのかもしれん。……だったらそうなる前に一度、湯浴みぐらいさせてやってもいいかなって」
はあ、とパウルは気の抜けた返事をした。僕は何か言おうか迷ったが……、結局そのまま口を噤んでいた。
魔法の力は侮れない。丸腰だろうと一人だろうと、魔法の知識を持たない者にとっては十分脅威になり得る。
だがそれでも彼が捕虜となっていた間に問題が起こらなかったのであれば……そこまで僕が口出しすることもないだろう。
次にパウルがフードを下ろしたのは、その温泉へいく道中でのことだった。疲れていた様子のジュリも温泉と聞いて急に活力を取り戻してついてきている。
そして後ろ手を縛られたままのグリスも……彼の表情は全く陰鬱なままであったが、とぼとぼとついてきていた。
「こんな慌てて来なくてもよかっただろ……」
僕が呆れた声で言うと、先頭を歩いていたパウルはフンと鼻を鳴らす。
「日中だと俺が入れねえだろ」
言われて、それもそうか、と仕方がなく納得する。顔を隠したまま温泉に入るのはさすがに至難だ。
「一体俺をどこに連れて行くつもりだ……」
僕にロープを引かれたまま、暗い声を上げたのはグリスだ。パウルはいたって気の抜けた声色で答える。
「喜べよ、あのズミ人に情けをかけられて、捕虜の分際で温泉に入れるんだから」
「……温泉って何だよ……」
パウルの言葉を聞いてもグリスの声は暗いままだ。
「なんだお前、温泉を知らんのか。トレンティアでもレック山の方にはあるぞ。湧き水の温度が高いやつだ」
「知らん、レックなんて行ったこともない。つまりお湯が地面から湧いてるってことか?」
「そういうことだ。まあ自然が作り出す、天然の風呂ってことだな」
「風呂……、そうか、風呂に入れるのか……」
グリスの顔にじわりと笑みが浮かんだ。その情けは処刑される前のせめてもの情けだぞ、とはまだ伝えないでおいてやろう。
夜だと言っても、今日は月が明るい。集落からその場所への道のりはさほど厳しくなかった。ほどなくして、ふわりとした湯気が目前に広がる。
ティガル達もよく来ているのだろう、簡素ながらも仕切りで男女に分けた脱衣所があり、入浴ができるように設備が整えられていた。
温泉だ! とそう明るい声を真っ先に上げたのはジュリである。すぐに彼女は脱衣所へ入り、湯浴み用の薄着になってざぶざぶと湯の中に入っていく。フェリアも楽しそうにそれに続いた。
僕も力を抜いたため息ひとつ、松明を篝火に移して服を脱ぎにかかった。……温泉に入るのもいつぶりだろうか、この時ぐらいは、と緊張感を抜きたくもなる。
しかし後ろにはトレンティア人の捕虜が……、魂が抜けたみたいな顔で、ぼんやりと湯面を眺めていた。腕を後ろ手に縛られている彼は自分で服を脱ぐこともできない。
それを見てパウルも少し考える素振りを見せたが、やがて意を決したようだ。
何を言うでもなくグリスの着ていた服を前から乱暴にはだけさせて剥いていく。男に服を脱がされるグリスは、さすがに青ざめた顔をしていた。
「……いや、拘束してたら結局脱がすにも不便だ。やっぱり今ぐらいは解いてやろう」
中途半端に彼を脱がせたままパウルはそうぼやいた。それも尤もだが……、しかし拘束を解くのはさすがに危険じゃないか?
「素っ裸でも戦えるのは俺も同じだ。変な素振りを見せたらその場でたたき殺す」
パウルはそう付け加えた。たたき殺す、の声に冗談じみた色は一切無い。グリスの顔が更に青ざめた。
やがて服を脱がせるついでのように拘束も解かれたグリスは、しかし覇気のない顔のままで、暴れたり逃げたりするような素振りも見せない。
最低限の警戒は保ったまま、とりあえず僕は湯の中に入った。春が近付いているとはいえまだ夜は冷える。そんな空気の中で晒した素肌に熱が染み渡っていく、体の真ん中から温かさが湧き出てくるようなこの快感は……、いつになっても、得も言わず、最高である。思わず腹の底から脱力の息が漏れる。
両手ですくった湯で顔面を叩く。濡れた前髪を鬱陶しく頭の上に上げると、晴れやかになった視界をひやりとした空気が優しく撫でていく……今は目の色を隠す必要も無い。
細めた目から移る景色の中には、美しい女性達が仲睦まじく戯れている様子があった。男と違って上半身にも薄着を纏ったまま……、しかし湯に濡れて張り付いたその上から、女性の体の滑らかな曲線が見て取れる。
……人間の死体に魔術を仕込んだだけの人形も、まるでそれを感じさせない生気に満ち溢れ、ジュリの髪に指を通す表情はうっとりと、それを愛おしんでいるようだった。
普段はしっかりと編んだ髪をローブの内側にしまっているジュリも、今はフェリアに促されてその髪を解いている。湯を浴びて気持ちよさそうに微笑む顔の下は、ローブに包まれている間はわからなかったが、確かに女の形をしているではないか。
湯に濡れて艷やかに光る黒髪の隙間をフェリアの細い指がつうと通っていく。夜の闇の中、月明かりに照らされた濡れ姿の妖精達は……、いや、若い男の目には毒だった。
「いい眺めだな」
気が付けば隣に、同じく脱力した様子のパウルが腰を沈めている。皮肉っぽく言った憎まれ口には、今は視線を送る気にもならない。ああ、なんて気の抜けた相槌を打った。
「こうして見るとあのちんちくりんもいい女じゃないか。いっそ本当に妻にしちまってもいいんじゃないか」
パウルは気の抜けた調子で言う。さすがに呆れて、むっとしてパウルを睨んだ。パウルはゆるくニヤけた顔で、僕の目を見ていた。
「十六だろう? 普通なら結婚を考えてもいい歳だ」
そう楽しそうに続けてくる。当然今まで結婚なんて考えたこともないが、普通はそういうものなのだろうか。両親もなく、幼くして独り立ちした僕にはその感覚すらよく分からない。
「……普通ではないからな」
僕はそう答えた。どちらにせよ、ただでさえ戦乱の時代、レジスタンス兵である僕はのんきに結婚などできる身分にはない。
パウルは伏し目がちに僕から視線を逸らす。かといって女達の方を見ているわけでもなさそうだ。
「……そうか。悲しいな」
そう呟くように言う声には、ニヤけた調子は無かった。どこか本当に悲しそうである。
「僕よりもお前のほうがよっぽどいい歳だろ。悲しいと思うなら結婚してみせろ」
皮肉のつもりでそう言い返してやると、パウルは力の抜けた目をぼんやりとこちらに向けてきた。
「……俺はいいよ、もう懲り懲りだ」
その口ぶりを聞いてついその目を見つめ返す。考えてみれば三十を超えている彼に婚歴があるのは不思議なことではなかったかもしれないが……。
「なんだ、経験があったのか」
「トレンティアにいた頃の話だけどな。……ほんと散々な目にあった……」
夜空を見上げながら、うんざりとした様子で遠い過去を振り返っているようだ。
自分が散々な目にあったのなら人にも勧めるなよ、なんて思ったが、それ以上余計なことを言わないことにする。
パウルの声もそこで途切れたが、何かを考え込んだのか、やがて横からじとっと熱を帯びたような視線を向けられているのを感じた。
何気なしにそれを見返す。彼の透き通った水みたいな色の目が、同じ色の僕の瞳を捉えていた。
「言っても無駄かもしれんが……、お前は若い命だ、こんな戦争に使い潰さなくてもいいんだぞ、本当に」
語ってくる声はいつになく真剣だ。思わず僕は眉を寄せた。突然何を言い出すつもりだ?
今更戦争から離れて生きようなどと思いもしないし、思ったところで叶うはずもない。そんな子ども扱いをされたところで、今までこの手が染めてきた血の量は無かったことにはなりはしない……。
馬鹿馬鹿しい事を言うパウルに向かって、僕は言葉を選んだ。
「レジスタンスとして武器を握った以上……、侵略者を倒す。復讐を果たす。僕の使命はそれだけだ。ふざけたことを言うな」
吐き捨てるように言ってやる。しかしパウルはなおも食い下がった。
「どこでどう生きてきたとしても、お前の命はお前だけのものだ。ズミのために死ぬ必要も、ましてトレンティアのために生きる必要もない。お前にはお前だけの幸福が……あっていいはずだ」
……その薄ら寒い説教は僕の胸に影を落としていく。じわじわと湧いてくるのは、ただ憤りだ。それがはっきりとした言葉になるより先に、パウルの強い声が小さく響く。
「なあ、ヨハン」
名前を呼ばれて、息が詰まるような気がした。トレンティア人である彼ならば、その名前がトレンティア人としてつけられたものだということは分かるはずだろう。
「親につけられた名前なんだろう? ……いい名前だ」
パウルは切なそうに笑って言った。この男の、こんな顔を見るのは初めてだ。
「……ふざけるな。わざわざ名前を変えた理由ぐらいお前にも想像がつくだろう」
憤りは憎悪にさえなって声に滲む。パウルは同じ顔で僕を見つめ……しかし数秒後にはふいと顔を逸らして俯いた。
「そうだよな。すまんすまん」
諦めたように漏らしたため息は軽かった。僕は気分の悪さのやりようもなく、荒っぽい仕草で空を仰いだ。
夜空にぽっかりと浮かぶ丸い月が、それを宥めるように光っている。女神の悪戯か、月の光が彼に変な気を起こさせたのだろうか。
僕達の間に降りた重たい沈黙を裂いたのは、女性の悲鳴だった。
「ひゃああ!」
素っ頓狂な声を上げたのはジュリだ。突然のことに僕もパウルも我に返り、ざぶりと湯の中から立って目を凝らす。
一見した限り異変はない。だがジュリは何かを見て……、彼女の視線を追うと、それはこちらの方角に向いていた。
ジュリが見ていたのは僕達のやや斜め後ろ、力の抜けた様子で入浴をするグリスだった。何かと思えば……、グリスは入浴にあたって服を全部……、腰巻きすら脱いでしまって一糸まとわぬ姿になっている。
どうやらジュリは、男の裸を見て悲鳴を上げたらしい。なんだ、別に危険な素振りを見せたわけではないな……と確認して、僕はすぐに警戒を解いた。
慌ててグリスの方に寄ったのはパウルである。
「馬鹿お前、全部脱ぐ奴がいるか」
「え? だって風呂だろう」
「見て察しろよ、ズミの温泉は基本的には混浴なんだよ」
パウルとグリスは間抜けなやりとりを交わす。
グリスははあ、と気の抜けた返事をしただけだ。そのやつれきった顔から察するに、女性達に全裸を見られることを気にするほどの気力もないらしい。
仕方なく、僕はジュリの方に追い払うような手振りを向けてやる。見るな見るな、と。
同じく諦めた様子のパウルが、グリスの頭を押さえてざぶんと湯の中に腰を入れさせた。その脇に彼もしゃがみこみ、ジュリの視線から隠すようにして金髪の男二人は肩を並べた。
湯の中に体を沈める、その瞬間の快楽はトレンティア人とて同じだ。グリスはだらけきった感嘆の息を漏らした。
「これが冥土の土産ってやつか……」
そうぼやいたのには、僕も少しだけ驚いてそちらを振り向いた。パウルも無表情になってそれを見つめている。
「なんだ、もう死ぬ気かよ、張り合いのねえ奴だな」
そんなことをパウルに言われて、グリスはげんなりとした様子だ。
「一度脱走して連れ戻されたんだ、殺されない方がおかしいだろ……。……俺だってズミ人を殺してきた。その報いを受けるってわけだ」
僕は何も言わない。ティガルの様子を見るに……、いや、敵の脱走兵などの命運について、僕があえて考えてやる義理もないが。
「馬鹿が、因果応報なんてくだらねえ迷信さ。ここまで来たんだから最期までみっともなく足掻いてみろ、泥を啜ってでも生き抜いてみろよ。お国のために死ぬのが本望ってわけじゃないのならな」
「この状況でどうしろと……。どうすれば生き延びれるんだ、お前が同じ立場だったらどうする」
グリスに言われ、パウルはニヤリと笑って見せた。
「地面に頭をこすりつけて、泣き叫びながら命乞いをする。あとは……奴ら森の中に集落を開いたばかりだろう、誠心誠意村興しに従事するだけだ。まあ、二度と祖国の土を踏めないことは覚悟しておけ」
グリスは少し考え込んだだろうか、ぼうっとしている顔からはさだかではない。
それを彼が実行したとして、生かしてもらえる可能性がどれほどあるかは分からない。僕がティガルの立場だったなら容赦なく彼を殺すだろうが……。
ふと気が付くと、女性達が湯から出ていた。全裸の男が近くにいるのではこれ以上落ち着く気にもならなかったのだろうか。
濡れた髪を手で弄りながら、体を拭く布を探している様子だ。必要な荷物は持ってきているが、篝火から少し離れた場所に置いてしまっていた。
仕方なく僕も湯から上がり、彼女らに荷物の場所を教えてやることにする。僕が寄ってきたのを見て、ジュリはびくりとしてこちらを睨んだ。
グリスと違って下着は着ているが、それでも肌をむき出しにした男に近づかれるのは怖いのだろうか。
しかしジュリが探していた荷物を手渡すと、むすっと口を尖らせて言った。
「……ありがとうございます」
僕も、湯に濡れたジュリの姿を間近に見ているのはなんとなく気恥ずかしかった。僕は明後日の方向に視線を向けている。フェリアはのんきな声で……、空を見上げているようだった。
「今日はお月さまが本当に綺麗。よかったわね」
釣られて、僕もまた月を見上げる。
「そうですね。満月の夜に温泉に入るなんて、なかなか幻想的でした」
ジュリもぽつりと言う。その表情は、美しい月の光に見とれているのだろうか。あの向こうへ旅立っていった多くの同胞が、復讐を望んで僕達を鼓舞する……、その声を、しかし彼女達が聞くことはないのだろう。
「アミュテュス・サーシェ。終わりなき慈しみの光が、私達の道しるべとなりますように」
ジュリは呟くように、祈りの言葉を言った。
翌朝、早々に僕達はその集落を後にし、パーティルまでの旅を急ぐことにする。
レジスタンスの部隊というわけではない彼らの元にいたところで、これ以上有用な情報が得られることはないだろう……、何より僕が長居したくなかった。
「ヨン」
別れ際にそう呼んでくるのはティガルだ。ようやく彼は僕の名前を覚えたらしい。
僕が無言で振り向くと、彼は片手を軽く前に出した姿勢で微笑んでいた。
「またどこかで会えるといいな」
……僕はあまり会いたくない。まったく今更、どの面さげてそんなことを言うのか、とまだ憎まれ口を言いたくもなった。青い目を持つ疫病神を、村から追い出したのはお前達じゃないか。
「ミュロス……あいや、アルティヴァ・サーシェ」
ティガルが言い直した挨拶を聞いて、視線を上げた。
アルティヴァは知恵と勝利を司る、戦いの神だ。その神の名を口にする時、そこに込められる意味は限られる。
仕方がなく、言いかけていた憎まれ口を飲み込んで、僕はその片手をとってやった。
「サーシェ。同志に武運あらんことを祈っている」
軍神の名前を口にし、この手を取ることの意味を彼も理解しているだろう。その瞳は強い色をともしていた。
彼らの元に囚われている捕虜の処遇がどうなるのか……、この後のことは、僕達の知るところではない。
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