サーシェ

天山敬法

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第四章 叛逆の同志

21話 春売りの女

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 案の定というべきか……ティファに連れられて入ったのは、薄暗い娼館の一室だった。小綺麗に整えられた調度品もまばらな中、部屋の真ん中に、これでもかというほど大きなベッドが置かれている。
 ティファは靴を脱いでベッドに上がり、色っぽく腰を捻った姿勢で僕の方を振り向いた。そのスカートの奥から、血色の良い女の素足が見え隠れする。
「さて……、奇遇にもあなたと再会できたことをまず喜びましょうか。ミュロス・サーシェ」
 ティファはゆるく口元に笑みを浮かべながらそう言ったが、目は伏しがちにしていて笑っていない。
「奇遇にも、とは白々しいな。なんでこの町にいるんだ……僕達を尾けてきたのか?」
 僕はベッドの手前に突っ立ったまま、突っ慳貪な声色で言う。
 ガダンからパーティルを目指して出発した僕達は……、そう突貫で行軍したわけではないが、それでも大きく寄り道をしたわけでもない。だというのに同じ日に既にパーティルにいるということは、ほとんど彼女も同時に移動しているはずだ。偶然なわけがない。
「いいえ奇遇よ。確かにわたしはあなた達を追ってガダンから出発したけど……、行き先がこの町であるかどうかは……ほとんど博打だったもの。あっててよかったわ」
 ティファは穏やかな調子で語る。僕は視線に込めた力を弱めない。
「なぜ追ってきた?」
「なぜって……、あんな消え方されたら気になるに決まってるじゃない。……大変だったのよ、ジェトーくんから話を聞くのも。彼ったらもうこの世の終わりみたいなパニックになっちゃってて」
 冗談めかした口調で言った……既にもう懐かしい名前に今は構わない。ただ気になるなんて理由で、ただの町娘が何日もかかる旅路に無謀に乗り出したりするものか。
「ほんとはガダンにいた頃から気になっていたわ。ほら、トレンティア兵が謎のレジスタンスに皆殺しにされた、なんてことがあったでしょ? こっちからしたら寝耳に水、あの町にそんな大それたレジスタンスがいるなんて話は聞いてなかったわ。……調べてみても、出てくるのは目の青い不思議な雰囲気の旅人が来ている、なんて噂だけ。……ねえ、この際正直に話さない? あの事件……、あなたが噛んでたの?」
 ティファの顔は楽しそうでさえあった。両手を後ろについて、ベッドの上で素足を弄びながら言う。僕は動かない。
「話が聞きたいなら先にそっちが話すのが筋だと思うね。何を目的に……、いや、お前は何者だ?」
 ティファはつまらなさそうに口を尖らせた。
「気の短い男はモテないわよ。……せっかく再会できたのに、こんな物騒な話ばかりしたくないわ。ねえ、まずは休みましょうよ」
 そしてまた足をもぞもぞとさせながら……、湿った視線を向けてきた。その色香が、女を知らない僕の神経を痺れさせるみたいに撫でていく。
「あなたとなら仕事抜きでも……、なんて言ったのは本音なのよ? あなたのその若さで、その力強い佇まい……、きっと普通に育ってきてないわよね。……不謹慎かしら、どうしても惹かれちゃうのよ、あなたの、その目に……」
 そう呟くように言って、恥ずかしそうにはにかんだ。……目の色のことを言った……初めて会った時に、彼女が不躾に暴いた、その手つきの記憶がさっと脳裏に通り過ぎる。
 僕はぐっと腹の底から熱いものがこみ上げるのを感じて……、思い切って、そのベッドの上に膝を乗り込ませた。
 ギシと音を立てて、寝具の柔らかい感触が僕の体をも受け止める。その正面から男を受け入れて、女は無防備に両腕を広げてベッドの上に横たわった。
 彼女の股の間に膝を沈め、ベッドの上に無防備になったその体を上から見下ろし、そして、上半身を覆ってかけていたマントの内側から、僕は剣を抜いた。
 その切っ先を、敵を殺す時と同じ速さで動かす。その喉元に突き立てる一寸手前で止めてやると、ティファの顔もさすがに一瞬で青ざめた。
「……モテなくて結構、僕は短気だ。こちらの質問に答えろ、お前は何者だ」
 真上から見下ろすようにすると、前髪の奥にある僕の目の色がはっきりと分かることだろう。刺すように睨みつけてやる。次第に、ティファの体は小さく震え出した。
 自らの正体を明かさず、こちらの情報を探ってくる謎の女。……僕はレジスタンスの兵士だ、そんな怪しい者に情をかけるほどの余裕はない。
 何より癪に障った……この不躾な女に、自分の男としての未熟さを弄ばれているような、そんな気がして。
「たとえズミ人だろうと、たとえ女だろうと……分かっているな。あまり僕を侮るな」
 そう低い声で続けた。やがてティファは青ざめた顔で、ぎゅっと目を瞑った。
「……分かった。話すから……剣をどけてちょうだい」
 弱々しい声で言ったのを聞いて、僕は少しだけ短剣を彼女の喉から離してやった。別に実際刺したわけじゃないのだから、そのままでも喋れるだろうに。
 ティファは深く呼吸をして、やがてふと口元に笑みを浮かべた。
「ほんっと容赦ないんだから……惚れ惚れしちゃう。だけど確信した、やっぱりあなたは味方ね」
 そんなことを言うティファに、まだ返事はしない。ティファは弱々しくも笑ったまま続けた。
「わたしもレジスタンスの一人よ。でも私のボスは本当に用心深い人で、味方にだっておいそれと正体は明かさないの。こんな回りくどい接触の仕方をしたのも理解してくれるかしら」
 そう名乗ったのを聞いて、やっと僕は短剣を下ろす。……レジスタンスだと、そうならそうだと最初から言え。そんな腹立たしさを覚えた。
「二人、って聞いたわ」
 そして突然そう言った。その呟きの意味することが分からず、僕はやや眉を寄せた。ティファは悪戯っぽく笑う。
「フェリアとジュリから聞いた、青い瞳の男の人よ。……ジェトーくんの証言はパニックで当てにならなかったけど……、わたしのカンが囁いてるわ。もしかしてヨンくん、あなたの“ボス”も、そうおいそれと顔を出せない人だったりするのかしら?」
 そう言い当ててくる女の顔は……、やはり無性に癪に障る。
 だが彼女がレジスタンスと名乗ったのなら、これ以上はむやみに険悪になるべきではない。僕は仕方なく視線を逸らして舌打ちをした。
「あいつはただ出不精なだけだ……。とりあえず、君がレジスタンスであるならば僕達は味方だ。まったく紛らわしいことをしてくれる……、一応非礼は詫びておくよ。……アルティヴァ・サーシェ、仲間との出会いに感謝を」
 改めて僕はティファに礼をした。もう用のないベッドからもすぐ身を翻す。ティファも疲れた顔になって体を起こした。
「サーシェ、汝の血路に栄光あれ……。わたし達はお互いに正体を隠しながら、お互いに味方であるという確証を欲していたってわけね。だけどまだ……、手の内を全部明かせるほどわたし達分かり合ってないわよね。どう? ここはお互いのボス同士で会ってもらわない?」
 そんなことを言われて、僕はパウルの顔を思い浮かべた。
 ……まったく癪には触るが、仲間に出会えたのはことの進展に違いない。この話を聞いて彼がどう判断を下すか……、僕が即答することはない。
 向こうのボスとやらの正体も分からないが、ティファがそう望んでいるのなら、一旦はパウルの判断を仰ぐべきだろう。……つまり、この女と話すことは、それだけで十分だ。
「それじゃあ一旦、お互いの“ボス”へ報告に戻ることにしようか」
 彼女に言葉を合わせたが、あれをボスというのもなんとなく癪だ。いや事実、実際はそうかもしれないけど。
 切り上げようとした僕の様子を見て、ティファはなおも不服そうに口を尖らせた。
「あら……、結局わたしと寝る気はないの? もう正体は打ち明けたんだし、味方同士気兼ねすることなんてないのに」
 僕はまた、ぐっと奥歯を噛み締めた。……彼女の立ち回りからして、その役割はいわゆる密偵というものだろう。
 味方同士だと言ったところでまだ分からないことだって多いのに、そんな状態の女密偵と関係を結ぶなんて怖くてできたものじゃない。まだ見ず知らずの娼婦の方がまだマシだ。
「……結構だ」
 僕は苦々しく言った。……そもそも、僕は初めて会った時からこの女が嫌いなのだ。
 そうして結局、娼館の一室に入った男女は肌を重ねることなく散った。

 なんだか妙に疲れた……今日はもう切り上げよう。なんて思って気だるく娼館の玄関から外に出る。それをまた最初と同じように布を頭にかけたティファが見送りに来た。
「それじゃあそっちのボスによろしくね」
 悪戯っぽく笑って、この期に及んでまだ僕の腕に抱きついてきた。僕は無言で、鬱陶しくそれを振り払う。
 娼館ばかりが立ち並ぶ薄暗い路地、そんな場所にいることさえ煩わしく感じて、僕は周囲に視線を巡らせることもなく足早に歩き出した。
 真っ直ぐに宿に帰る……そのつもりで足を運んでいたが、すぐに僕は足を止めた。視界に見知った姿を見つけてしまったからだ。
 こちらを見て唖然とした表情を浮かべているのは……、なぜ、外に出ているのか……、全く予想外の姿がそこにある。ジュリだった。
「ジュリ……?」
 僕が呟くように名前を呼ぶと、ジュリはびくりと、飛び上がるように体を竦めた。何をそんなに驚いて……、いや驚いているのはこちらもだ。
「何やってるんだ」
 思わず責めるような声色になって言うと、ジュリは僕から顔を逸らした。
「あ……、いえ、その。私も街の様子を見ておこうかと思って、ちょっと……」
 たじろいだ様子で言う声はか細い。今は珍しくフェリアを伴うこともせず、一人でいるらしかった。
 街の様子を見ておこうと思ったなどと言う彼女は、しかしそれだけにしては挙動がおかしい。そんなわけないだろう、と勘繰って……はたと気が付いた。
 ここはちょうど娼館通りへ入る交差点である。出かける前に、何か自分も仕事を……などと言っていたことを僕はすぐに思い出した。
「まさか……本当に体を売る気じゃあるまいな」
 そう言った声は思わず、苦々しかった。ジュリはぎょっとして目を見開いてこちらを見返してきた。
 この少女がそんな思い切った判断をするとは考えづらかったが、この状況を見ればそう疑わざるを得ない。……なぜそんなことを、と責めたくもなる。
「そんなわけないじゃないですか! 馬鹿なこと言わないでください!」
 ジュリは声を荒げ、その否定の強さに僕も一瞬たじろいだ。……さすがに、そうか。さすがにそんなことはないか。
「本当に街の様子を見ていただけです。……あなたはお楽しみのようでしたけどね?」
 ジュリは怒った様子で、ぷいと僕から顔を逸らして言い捨てた。言われた言葉に、今度は僕が呆気にとられてしまう。
 そういえば僕は今、娼館の中から出てきたばかりである。そこを彼女は見たということか……、軒先でティファに馴れ馴れしく抱きつかれたところまで?
「待て、何か誤解をしてないか」
 思わず僕はそう言った。ジュリは僕を置いてさっさと歩き出したようだ。方角は宿の方へ向いていたし、僕もそれを緩い歩幅で追う。
 ジュリは歩を止めることもせず、横目でこちらを見た。
「何が誤解ですか……。ヨンだって男性なんですから、別に私がどうこうと口出しするつもりはありませんよ」
「だから誤解だ……。僕は女を買っていたわけじゃない」
 ジュリを宥めるように言った声には疲れの色が混じる。ジュリはなおもじっとりと怪しむ目をこちらに向けている。はあ? なんて短く言ったのを聞くに当然納得はしていない様子だ。
 無理もない。娼館の中から女と一緒に出てきた男を見たなら、普通はそう思うだろう。だが違うのだ、彼女はただの娼婦ではなくレジスタンスの一員であり、娼婦という立場を利用して情報を探る密偵で……
 なんて話を、人の往来のある場所でするわけにもいかない。
 ティファはジュリとも顔見知りだったはずだが、さっきティファは布を被って顔を隠していたし、そもそも彼女がこんなところにいるとは思わないジュリが気付くこともなかっただろう。
 結局僕は口を開いては、言葉に迷ってまた噛み締めた。
「……詳しい話は宿に帰ってからする。行こう」
 そうとだけ言って、僕は宿まで足を急がせることにした。ジュリからは僅かに戸惑いの声が上がる。
「私はまだ街の様子を……」
「こっちで情報を掴んだ。一度相談するから君も戻るんだ」
 そう有無を言わせない調子で言う。ジュリは戸惑った顔のままだが反論はしなかった。
 本来なら、レジスタンスとしての情報共有の場に、彼女が立ち会う必要は必ずしもないかもしれない。だけど……まあ、僕としては早くこの誤解を解きたかったのだ。

 宿に戻ると、旅の疲れを癒やしたかったのか、パウルは酒瓶を弄びながらだらしなく転がっていた。
「戻ったかヨン……、とお嬢ちゃんも一緒だったか。まあパーティルには着いたばかりだ、先立つものも大事だが、少し落ち着いてもいいだろう。お前も飲め」
「町にいるレジスタンスと接触した」
 差し出してくる酒瓶には一瞥すらくれず、僕は端的に切り出した。パウルは一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐにつまらなさそうなため息をつく。
「お前はほんと優秀だなあ……」
 僕を褒めるその声色は皮肉っぽい。僕も負けじと顔をしかめてやる。
「その前に、ジュリが外をうろついていたみたいだけど何をしてた?」
 部屋の隅、フェリアと揃って足を畳んで座っているジュリに軽く指を向けて聞いた。彼女もまだ不機嫌らしく、仏頂面である。
「散歩したいって言うから俺は送り出しただけだ。フェリアは万一敵の魔道士に見つかったら面倒だから一人で行かせたが……、まあ、一つ部屋で俺と二人なのが気まずかったんじゃねえの、単純に」
 パウルは気の抜けた調子で言う。僕は無言でジュリを見たが、ジュリはむすっとして視線を逸らすだけだ。
「そんなカリカリするな。嬢ちゃんは俺達と違って真っ当なズミ人だ。魔法を使うことさえなきゃ目立つことはないさ」
 パウルはそう言って酒瓶を呷る。僕もそれ以上ジュリについて追求する気にはならなかった。
「まとりあえず飲めって」
 既に酒が回っているのか、いつも以上に押し付けがましい様子で酒瓶を突き出してくる。いい加減鬱陶しくなって僕は手を払った。
「酒は飲まない。いらない」
「……そういやお前が酒飲んでるとこ、ほんと見ないな。出されても飲まねえもんな。なんかこう、体質的に駄目とかそういう感じか?」
 パウルはどこか神妙な顔にさえなって聞いてくる。僕は声に苛立ちを露わにした。
「無駄話はいいから報告を聞け。接触したレジスタンスは二人……、だが恐らく二人は別々の部隊の者だ。一人目はパーティルの市街に潜伏していたらしい、バルドという男だ。彼から少し話を聞いた限り、グリスが言っていたことは正しかったみたいだ。パーティルにいたレジスタンスはほとんど壊滅していて、今後の作戦の目処も立ってなさそうだった」
 淡々と報告するのを聞いて、パウルも諦めたらしく無言で酒瓶を引っ込めた。表情にも次第に真剣な色が浮かぶ。
「もう一人は……レジスタンスだと名乗りはしたが、いまいち全貌が掴めない……娼婦に扮した密偵らしい女だ。彼女はもともとガダンに潜伏していたけど、僕達の存在を嗅ぎ回ってここまで追ってきたらしい。……名前はティファ」
 その名前を出すとジュリもさすがに驚いたようだ。目を丸くしてこちらを見てきたのが分かった。僕はそちらを一瞥してからパウルに視線を戻す。
「そうだ、ガダンでジュリやフェリアに近付いてきたあの女だ」
 パウルの目が鋭くなった。……味方だとは言え、正体を隠して自分たちを探っていた存在が既に近くにあったとなれば、面白くはないだろう。
「女のスパイを使っているとはなかなかに手の込んだ部隊だな。何を話した?」
「ガダンのトレンティア兵を殲滅したのはお前たちか、と聞かれた。こちらも相手のことがはっきりと分からなかったから答えなかったけど……。彼女には“ボス”と呼ぶ者がいて、それがどうやら用心深い性格らしい。これ以上お互いの情報を交換するならばと……、こちらのボスと会わせたいそうだ」
「ボス」
 パウルは僕の言葉を短く繰り返した。つまりお前のことだ、と付け加えるのは……なんとなく癪だったので黙った。
「え、俺?」
 パウルは間抜けな声で聞いてきた。思わず僕は苛ついた視線を向ける。
「他に誰が……。一応年長者で、僕達の行動を取り仕切ってるのはお前だろ」
 パウルは顔を引きつらせた。
「嫌だよ、なんで俺がそんな怪しげなレジスタンスのボスなんかに会わなきゃ……。ヨンお前一人で行ってこいよ、お前は優秀だ、一人でも情報を引き出してこれる」
 僕だって進んでパウルと一緒に動きたいわけではないが……。
「……向こうはお前の存在を既に掴んでいる。ガダンの盗賊との交戦の目撃者もいたし……。下手に隠れると余計に怪しまれると思うけど」
 そう冷めた声で言ってやると、パウルはぐっと苦しそうに顔をしかめて言葉を詰まらせた。
「もし一緒に仕事をするならどのみち、相手の首領には顔を出す必要ぐらい出てくるだろう。危険がないわけでは当然ないが……どうする?」
 僕は尋ねる。トレンティア人であるだけでなく祖国でもお尋ね者である彼が、どれほど顔を出すことを躊躇うのか……、これからの行動と天秤にかけて、それは彼自身が決めるべきことだろう。
 パウルは苦しげに考え込んでいたが、やがて諦めのため息をついた。
「……分かったよ、その話には乗ろう。お前の目から見て、少なくとも味方だとは思ってよさそうなんだよな?」
 そう聞かれて、僕はティファの顔を思い出す。まあ、ズミ人ではあるし……。
「たぶん」
 僕のそんな短い返事に、パウルは疑うような呆れたような顔を向けてきたが、それ以上のことは考えたって仕方のないことだろう。
「それにしても女スパイか……、娼婦に扮してるって言ったか?」
 パウルは疲れた顔でぼやく。僕は頷いて、そういえばジュリの誤解を解かないといけないことを思い出した。既に話の流れで分かってくれているといいのだが。
「そうだ。だから僕は彼女と話をしていたのであって」
 そうジュリの方を向いて言った。ジュリはやや緊張した面持ちで僕達の話を聞いていたらしい。僕に声をかけられ、驚いたように顔を上げた。
「え。あ、ああ……、それでさっき……」
 ジュリも思い出したように言った。その顔色にもう不機嫌そうな様子はない。分かってくれたか、なんて言葉と共に妙な安堵を覚える。
「あの女性がティファだったということですか……。彼女と店に入って……話をしただけ?」
 分かってくれた……のかと思えば、どこか怪訝な顔になってそう追求してきた。
「そうだ、話をしただけ」
 僕は念を押すように言う。中では剣を抜くようなやりとりもあったが、そこまでは言わない。
 ジュリは怪訝な顔のまま、「へえそうなんですか」なんて気の抜けた返事をした。何か釈然としない。
「だいたい町に来たばかりで、仲間の情報を探さないといけないのに真っ先に女を買いに行ったりするか。金にだってそう余裕があるわけじゃないんだからな」
 そう付け加えた弁明には思わず苛立った感情が入る。ジュリは困ったような顔になって身を引いた。そして横から、くつくつと堪えるようなパウルの笑いが聞こえた。
「ムキになって否定すると余計怪しいぞ。俺はお前がこっそり鼻の下伸ばしてても責めはせんがね。スパイやってるぐらいなんだ、さぞいい女なんだろう、羨ましいなあまったく」
「やってない!」
 思わず僕は声を荒げた。パウルまで何を言い出すのか、まったく……。
 しかしパウルは楽しそうに笑うばかりだ。いまいましくて、僕は喋るのをやめてそっぽを向いた。くそ、やけに顔が熱い。
「まあ実際女の身で密偵をやるなら娼婦なんて恰好の隠れ蓑だろう。そんな恐ろしい駒を使う相手のボスとやらは一体……鬼が出るか蛇が出るか……」
 パウルは肩を竦めて言った。
 ……ガダンにいた頃から見ていた、ティファの底抜けに明るい笑顔を思い出す。思えばあの時から、商店街や自警団に度々顔を出していたのもレジスタンスの密偵の仕事のためだったのだろう。
 バルドの口ぶりからして、パーティルで活動していた時期は以前にもあったようだった。恐らくここでは娼婦として……、数知れない男の相手をして情報を集めていたということか。まったく、考えてみれば確かに恐ろしい。
 家族は戦争で死んだと言っていた……、それが本当かどうかは分からないが、年若い女がそこまでするのがレジスタンスの――復讐のためであると言うのなら……それは僕達とは違う意味で、きっと命がけに違いない。
 どうやら敵に支配されたこの石壁の中の町で、まだ戦争は暗く蠢いているようだ……。
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