サーシェ

天山敬法

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第四章 叛逆の同志

30話 姉弟の再会

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 薄く差す朝日が次第に照らしていくのは、生々しい戦いの痕……。
 焼け焦げた石畳、飛び散った血の痕、崩れて散らばった木片や石材。人の死体が転がっている様子はなかったが、やっぱり見ているだけで胸が苦しくなる、戦いの痕。
 街の中で戦った、トレンティア兵とズミのレジスタンスの兵士達。彼らの戦いの行方がどうなったのかは、分からない。夜が明けていく中、街は戦乱の後に奇妙な静けさを纏っていた。
 そしてそんな中を、ほとんどがむしゃらな様子で、私達は駆けていた。周囲は静かだ、戦闘が起こっている気配はない。
 だけど戦いの結果がどうなったのか分からないままでは、いつどこから兵隊が飛び出してくるかという不安は纏わりついてくる。
 でも大丈夫だ、フェリアがいれば敵がいたとしてもきっと守ってくれる。そう自分に言い聞かせて、前を行く彼女の背を追う。
「フェリア……、ちょっと、待って……」
 私は荒く息をつきながら言った。もともと大きな魔術を使って消耗していたのだ、走り続けるだけの体力が持たない。
 フェリアはゆっくりと足を止めて私を振り向いた。しかしその顔に浮かんだ不安そうな表情を見て、私の胸にもざわりとした感情が起こる。
「……市街での戦闘はもう落ち着いているはず。危険はないから後からゆっくりでも大丈夫よ。わたしは行くわ」
 フェリアがはっきりと言う。私は肩で息をしながら、目を見開いてその人形の顔を見つめていた。
 ……フェリアが、命令に忠実に動くだけのはずの魔道人形が。今まで私を守るという任務を一度も放棄しなかった人形が……それに背いている。
 いや、別に驚くことではないはずだ。だってもともと、フェリアだって私の護衛のために作られた人形なわけじゃない。どうして私を守るという命令が第一になっていたのか、私自身分からないでいるぐらいなんだ。
 今までずっとそうだったから忘れかけていただけ。彼女の内に眠る未知のコードの中には、当然“ジュリの護衛”よりも優先度プライオリティの高い命令がある。
「早くウィルを見つけないと」
 私に背を向けて前を振り向く、その動作と共にフェリアは言った。……そう、その言葉を聞いたからこそ、私だって彼女についてきたのだから。
 ……出来事を思い起こす。まだ空が暗かった時刻、男達が戦いに出かけた後、私はただ一人宿部屋で不安に震えていた。
 次第にただ緊張しているのも疲れてきて、暗闇の中目を瞑ろうとしていた、その時にフェリアが猛進するごとくの勢いで部屋の戸を開けた、そこから静寂は破られた。
 フェリアは血まみれの少年を――ヨンを抱きかかえていた。瀕死の重症を負ったヨンに、持てる魔力資源の全てを投入して治療を行った。
 魔術の成果は想定通りに功したのかどうか、いまいち分からないままで不安だったが、だというのに、目を覚ましたヨンは人の話も聞かずまた戦地へ飛び出してしまう。
 それを追う暇もなく、フェリアも両腕の肉をざっくりと断裂させていて、その治療にかからなければならなかった。目が回るような思いをしながら回復魔術を施している時、フェリアが言ったのだ。
「ウィルがいた」
 あまりに突然の報告に、忙しく施術にかかっている私は落ち着いて驚く暇もなかった。……だって、あまりにもおかしい。こんな所で出るはずがない名前だった。
 魔術への適応が高く改造されている肉体は治療はすぐに終わる。そうして全快するやいなや、フェリアは駆け出したのだ。
「ウィルを探さなきゃ」
 にわかには信じられなかったが、他でもない魔道人形が実際に行動を起こしている、それが何よりもの証拠だ。よりによって人形が、“勘違い”を起こすことなどないから。
 その名前を聞いて、私は幼い頃の記憶を思い出してしまった。――温かくて、満ち足りていた頃の記憶だ。それはあどけなく、純真にさえ見える幼い少年の姿をしていた。
「ジュリ、あなたがこの子達のお友達になってあげてね」と、穏やかにかけられた声が、記憶の片隅に残っている。……人間と人形の違いも分からないでいた、幼い私の友人だった。
 ……本当に、ウィルがこの町に? だとしたらどうする、考えても分からない。ただ私は、本当に彼と会えるのなら会わなきゃいけないと思ったのだ。理由なんて、会いたいという感情の他には何もなかった。

 そこから私達は二人で“ウィル”を探している。フェリアは私よりも彼を……、彼女にとっての“弟”を探すことを優先させる。待ってはくれない。……私だって、甘えてはいられない。
「最後に見た時、ウィルはガロンと一緒になってどこかへ逃げて行ったわ。もう砦にはいないと思う。市街のどこか……」
 フェリアは淡々と報告する。そこに出てきたガロンという名前は私には知らないものだった。私は相槌を打つ余裕もなくて、ただ必死に体を動かして、フェリアを追っていく。
 その背中が、やがてやっと立ち止まった。ほうぼうの体でそこに追いつくと、彼女が見つめていた先の景色が目に入ってくる。
 雑多に資材が積まれた路地裏を抜けた先、急に広くなった道に広がっていたのは、思わず目を背けたくなるほどの凄惨な景色。
 血に濡れた石畳に積み上がっているのは人間の体……、十とも二十とも……そのぐらいの数。血や泥に汚れていて全貌は分からない……、いや、見たくもない。少なくとも、その中に五体満足ではないものが混ざっているのは分かった。
 皆、死んでいるのだろうか……。それも、みな華奢で小柄な……少年、少女のものばかり。
 その死体の数々を片付けている様子の男がいた。散らばっていたのだろう遺体の数々を、一箇所に積み上げているのは彼のようだ。
「まったく、派手にやられたもんだ。あんなバケモノみたいな敵がいるなんて聞いてねえぞ。あーあ、俺の可愛い子どもたち……」
 そうぶつぶつと呟く男……、歳は三十歳前後だろうか? 剣を腰に差し、軽めの鎧を着ている風体から兵士らしく見える。
 そしてそれを一歩離れた所でぽつりと立って見ている小さな人影……。
「悲しまないで、お父さん。人形はまた……作ればいいから」
 落ち着いた、穏やかな……、あどけない、少年の声。……お父さんだって?
「そうだな、お前が無事ならそれでいいや。また頼むぜ、ウィル」
 確かにその名前を呼んだ。男は少年の頭を撫でるように触って、そして、こちらの存在に気付いて視線を向けてきた。それに釣られるようにして、少年の顔も振り向く。
「ウィル」
 フェリアがその名前を呼んだ。ウィルは振り向いている。ああ、確かに最後に見た……二年前と同じ顔……。
 十にも満たない幼い少年の顔、そこに光る透き通った水みたいな色の双眸……。本当にこんな所で会うなんて……どうして。
「フェリア……! ジュリもいたの?」
 彼も、フェリアと、そして私の名前をも呼んだ。その声色には歓喜の色が溢れていた。
 すぐに駆け出したフェリアは少年の元に屈み込み、ウィルもそれを受け入れて両手を広げた。……ひしと抱き合う、魔道人形の姉弟の再会は果たして、感動するべきことなのだろうか。
 それぞれの背後には、唖然として両者を見つめる人間――私と、兵士らしい謎の男。
 男は訝しげに顔をしかめて、抱き合う人形の姿を見つめた。
「……魔術師の所にいた女か? おいウィル、なんだそれ、知り合いか」
「うん。フェリアは昔一緒に住んでた……家族なんだ。王都が焼けた時に離れ離れになっちゃって……もう会えないかと思ってたのに、こんな所で会えるなんて」
 まるで感動に満ち溢れたような声色でウィルは言う。それはフェリアも同じだった。
「ええ、本当に驚いたわ。大きく……はなってないか。人形だものね。でも久しぶり、ウィル。てっきり死んだと思ってたのよ。生きていて……本当によかった……」
 ……あの日、私達の故郷が炎の雨によって焼け落ちた日。私はフェリアに救出されて生き延びることができたけど……ウィルがその時どこでどうしていたのかは、分からないままでいた。
 フェリアは言っていた。「ウィルの体も丈夫だから、死んではいないでしょう。きっとまた会えるわ」と。しかしその後の瓦礫を捜索しても、ウィルを見つけることはできなかったのだ。
 そのまま私達は国軍に保護され、トレンティアとの戦いに巻き込まれ……それっきりだった。それが、今になって、どうしてこんな所に、なんて……しかしゆっくりと語らい合う雰囲気でもなかった。
 フェリアは愛おしそうに少年を抱きしめる。……本当なら、私だって同じようにしたかった。人形に心なんてないって頭では分かってても……、私にとっては幼い日の、温かい陽だまりみたいな記憶、そこにいたフェリアとウィルと、嘘でも抱き合いたかった。……だけど、何かが違う。
 再会を喜ぶ彼らの後ろには、到底人間のものとは思えない無惨な死体が積み上がっている。彼らの足元はまだ新しい血液に濡れている。
 そしてウィルが“お父さん”なんて呼んだのは、どう見たって剣呑な出で立ちの、見知らぬ男。こんな状況で涙の再会なんて、それはいくらなんでも、嘘に満ちすぎている。
 フェリアはすうと男の顔を見上げたようだった。後ろからでは、彼女がどんな顔をしているのか分からないけど。
「あなたは……ガロン、よね。どうしてウィルと一緒にいたの?」
 その声はいつもの、まったく屈託のない涼しい声。ガロンはみるみるうちに表情を強張らせて、まるで愕然とした様子で黙ってしまっていた。代わりにとでも言うように、ウィルが同じ声で言う。
「ガロンは……、僕のお父さんになってくれたんだよ。そうだフェリア、せっかく会えたんだから、また一緒に暮らそう。お父さんも、それからジュリも一緒に」
 あどけない顔の少年はそう言って微笑んだ。名前を呼ばれて、私は思わずびくと体を竦ませる。魔道人形である彼の思考回路にのっとれば、それは当然の話だったかもしれない。
 フェリアも全く変わらない調子の声だった。
「それはいいけど、わたしはパウルと一緒がいいわ。一緒に暮らすなら彼も一緒よ」
「パウルって誰?」
 ウィルはパウルという名前を知らないらしい。当然私だって元は知らなかった。フェリアの中でパウルという人間が何なのかは、未だ謎である。
「素敵な人よ」
 フェリアは短く言った。その声がまるでしっとりと情愛を帯びているかのように感じられて、思わず私は唾を飲み込んだ。
 ……いつだったか、恋をしたいと言い出した。フェリアはパウルの青い瞳を見つめて、「あなたに恋をしたい」と言った。その“経験”が、刷り込まれているのだろうか?
「じゃあ、僕達と、お父さんとジュリと、パウルって人も、一緒に……」
 淡々と話を進めていく人形二人に、もうわけが分からなくて頭を抱え……たくなったのは、何も私だけではなかった。
「くそお前ら、勝手に話をするな! ウィル、お前は引っ込んでろ!」
 そう怒鳴ったのは、ウィルの“お父さん”になったとかいう、ガロンだった。父に言いつけられて、ウィルは戸惑った様子だが反論はしなかった。
「フェリア……とか言ったか? さっきも見た感じ、お前も人形だな? それも精巧な……ウィルに同類がいたとは驚いたぜ。それならお前の父親にもなってやる、俺と一緒にこい」
 そしてガロンはぎろりとフェリアを睨んでそう言ったのだ。思わず私は声にならないうめき声を上げた。
 この乱暴そうな見知らぬ男がフェリアの父親だって? そんなの、とんでもない……けど、その剣幕を前にして、声を出す勇気が出なかった。
 フェリアは変わらずきょとんとした様子で言う。
「ジュリとパウルも……」
 それを遮って、ガロンは更に苛立った声で言う。
「余計なもん連れてくんな! お前だけでいい!」
 怒鳴り声を聞いて、余計に私の体から力が抜ける。
 ……この男が何者かなんて分からない。だけど子どもの姿をした人形兵の死体を積んで、こうも平然としていられる者が、真っ当な人間だとは思えなかった。
 私達のことを“余計なもん”と言い捨てる彼にとってはきっと……、ウィルもフェリアも、戦いのための道具に過ぎないのだろう。
 フェリアも、ガロンの言葉にすんなりと納得することはなかった。
「それは嫌よ、わたしジュリ達と一緒じゃないと……」
「うるせえ! ウィルと一緒にいたいんなら言うことを聞け!」
 乱暴なガロンの声色に、しかしフェリアはきっと、それだけでは敵性を認識できない。
 やがてガロンが強引にフェリアの腕を掴んで引っ張った。普通ならそれを攻撃と認識して、彼女は反射的に防衛行動を行うはず……だというのに、まるで戸惑ったまま動かないのは、ガロンの言葉の裏にウィルの存在があるから……?
 フェリアは戸惑いに満ちた目で、ガロンと私とを交互に見た。彼女は迷っている。ウィルと、私と、共にいるべきはどちらかという二者択一に。その様子を見て、私の頭の中は凍りついていくようだった。
 駄目だフェリア、こんな男の言うことを聞いちゃ駄目だ……。だけどその言葉は喉をつっかえて出ない。フェリアの中での、ウィルの存在のプライオリティの高さを思うと……その選択の結果は、予想がついてしまって。
 何もできないで立ち尽くしている間に……、目の前でフェリアを連れ去られてしまうのか? そんな絶望感に襲われそうになった、しかしその時に横から別の声が割って入ってきた。
「何してる、お前ら!」
 ハッと息を呑んで振り返る。乱暴な声を遠くから上げたのは、一人の少年……、憔悴した様子の、ヨンだった。
 普段は長い前髪で視線を隠した――しかし今はよほど余裕がないのだろう、汗で額に張り付いた髪の隙間から、青い目を見開いてこちらを見ている様が分かる……。その顔を見て、なぜか私の中に言いようのない安心感が生まれたような気がした。
 彼は柄にもなく荒っぽい足取りでこちらに寄ってくる。それを見て、「ヨン、助けてください」なんて叫んで縋りつきたくさえなった。
 彼を見たガロンは不機嫌そうに舌打ちをして、強引に掴みにかかっていたフェリアの腕をやっと離した。
 ヨンはすぐにはその状況を掴めなかったのだろう。こちらに歩きながら素早く視線と首とを回して周囲を窺った。すぐ近くに積み上がった死体の山を見ると顔をしかめたが、しかしすぐに、ウィルの姿を見てそれ以上に驚いたようだ。
 数奇なことに、黒い髪に青い目という珍しい特徴を持った少年二人が、ばちりと視線を合わせた。驚いて足を止め、何も言えないでいるヨン、そしてそれを人形らしい無表情で見つめているウィル。
 しかし彼らに構うことなく、やがてガロンがだるそうに言った。
「飼い主がきたか……めんどくせえ。話はあとだ、行くぞウィル」
 そう言って勝手に歩き出す。ウィルは戸惑うようにフェリアやヨンの姿を見ていたが、結局ガロンに背くことはしないらしい。そのまま黙ってガロンについて歩き出した。
「待て、ガロン。一体何を……、話を……っ」
 それを呼び止めようとしたヨンは、しかしすぐに言葉を詰まらせた。
 その声に苦しそうなものを感じて、ハッと彼を振り返った。ヨンは手で自分の口元を押さえ、やがてその場で激しく咳き込み、嘔吐えずいた。
 ヨンの指の隙間から、赤い血が零れてまた石畳を濡らす。そのまま倒れそうになった彼の体を、私は咄嗟に正面から抱きとめて支えた。
 ……あれだけの怪我をしたのだ、やはり全力の施術を行ったと言っても、体の中はまだ正常ではない。
「ヨン……、今は戻りましょう。あなたの治療は終わってないんですからね……!」
「お前な……。治療者が勝手に持ち場を離れてどの口が……!」
 ヨンは苦しげな声でそんな不平を言う。そう言われると苦しいものがあるが……、治療が終わってないのに引き止めるのも聞かず勝手に飛び出す患者も患者だ。この際はお互い様である。
 衰弱した少年の体は、痛みのためか震えている。なおも何かを言おうとしたのか分からない、ただまた激しく咳き込んで血を吐いた。
 それを抱きとめていた私の服も血に汚れていく。……前に、衛生兵として国軍の部隊に従軍していた頃のことを思い出す。
 私は回復の魔道師だ、傷ついた兵士達を救わなければならない。与えられたその使命感だけでやっと立っていた。
 だけど本当は、怖くて仕方がない。いつまで、こんな思いをしなくてはいけないのだろう……。
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