サーシェ

天山敬法

文字の大きさ
64 / 172
第七章 かけがえのないもの

64話 戦災の子ども達

しおりを挟む
 オーデルの町を出て少し南へ進んだ森の中、僕の姿を見つけたパウルの顔はあからさまに不機嫌だった。
「あのな……」
「言っとくけどもう聞かないぞ。お前についていく」
 説教をしようとするパウルの言葉を遮って僕は言い切った。彼は一瞬固まって言葉を詰まらせたが、そう簡単に納得もしないだろう。
「アルドさんはなんて……」
「父さんに頼まれたんだ、お前についていって守ってやれって。……だいたい一人で身を隠すなんて言ったところでどうするつもりなんだ。顔も出せないトレンティア人が、一人でどうやって生きていくつもりだ。土台が無茶だろう」
 逆に僕がそう説教をしてやる。パウルはどこかしゅんとして僕から視線を逸らした。ゆっくりと歩く足を止めないまま、その目は地面を見つめる。
「アルドさんが……」
 何を考えているのか、ただその名前を呟いた。僕は隣を歩きながら、じっとりと怪しむように目を細めてその横顔を睨む。
 ……父がそうしろと言うのだから僕だって拒む気はない。だけどそもそもおかしな話だ、僕を間に挟んで彼らが出会ったのはつい最近のことではないか……。
「お前……いつの間に父さんとそんなに仲良くなったんだよ。別にいいけど……あの人にあそこまで言わせるなんて」
 パウルは視線を上げないまま、なんとない仕草で自分の顎あたりを撫でた。
「それは……、まあ、お前がいない間にちょっと話し込んで、意気投合っていうか……」
 そんなぼんやりとした返事をする。二人の性格からして、父とパウルが意気投合をしている様子などいまいち想像がつかないが……、なぜかパウルはアルドの前では気持ち悪いほど丁寧な態度になるから、そういうこともある……のかもしれない。
「そう、か……。アルドさんが……」
 噛みしめるようにまた同じように言って、パウルは空を見上げた。薄く張った雲の白い色を、木々の葉がまだらに縁取っている空……。
 なんとなくその横顔を見ていると、ふいに瞼を固く閉じたかと思えばその隙間から、つと湿ったものが彼の頬を伝った。
 ぎょっとして、思わず僕は足を止めた。それに釣られるようにパウルも立ち止まって……、やがて顔を両手で押さえてその場にしゃがみこんでしまった。
「……そうは言ったって、お前は……良かったのか、ヨハン。お前だってやりたいこと、あっただろ……」
 震える声を必死で抑えている、そんな様子で聞いてくる。僕は戸惑いながらも言葉を選んだ。
「いや、まあ……、父さん達があの町にいるなら別に、いつでも帰ろうと思えば帰れるし……。戦争のこととかも、考えないわけじゃないけど……お前のことも気がかりではあるし。ほら、お前だって言ってただろう、場当たり的な身の振り方だって別に悪くないって」
 喋っているとなんとなく言い訳っぽくなってしまって、余計に恥ずかしくなってきた。なんとなくパウルから視線を逸らしたが、彼は彼で子どもみたいに蹲ってしまっている。
 やがて堪えきれなくなった嗚咽が小さく漏れ始めた。僕はとうとう声を大きくした。
「な……、泣くなよ大の男が!」
「うるせえ、目にゴミが入ったんだよ!」
 そんな馬鹿みたいな言い訳をして、パウルは立ち上がった。その顔は……見ないでおいてやる。また並んで歩き出す。
 本当にまったく、一体何だと言うのだ……。そんな呆れた言葉が胸に浮かんできたけど、まあ、考えてみれば常に命を狙われる身で、決死の覚悟で飛び出したところを追いかけてきた仲間がいれば……、泣きたくなるほど嬉しくもなるものかも、しれない。
 当然だろうが、それを一歩後ろから見ていたフェリアはずっと黙ったままだ。ちらりと表情を窺うと、まるで微笑ましいものでも見ているような穏やかな表情だ。
「……それで、これからどうするつもりだ」
 パウルには目も合わせずに尋ねると、うーん、なんてのんきな相槌が返ってきた。
「とりあえずこの辺はトレンティアの侵攻ルートだし、とにかく遠くへ行かなきゃな。またマクルの方まで行こうかな……」
「マクル……、僕は行ったこともない地方だけど……またってことはお前はあるのか」
「そりゃあまあ、トレンティアからの逃亡当初はとにかく国境から離れたかったからな。ああ、本当に十年前に戻ったみたいだ。あの頃と違うのはズミとトレンティアが戦争してるってことと、今は一人じゃないってこと……。マクルはこの辺と比べてちょっと暮らしにくいが、あそこはあそこで風情があっていい。地平線ってお前見たことあるか」
 命を狙われているというのにまったくのんきなものだ。楽しそうな声で、まるで旅行でも行くみたいな口ぶりで言う。命からがらの逃亡劇も二回目になるとそんなものなのだろうか。
「今更思うけど、やっぱり俺はこの国が好きだ。この国にトレントはないが、この雄大な大自然には確かに神々が息づいている、そんな感じがする。死なないようにだけ気を付ければ悪い旅じゃない」
 爽やかにさえ見える顔で言うのを見て、僕はため息をついた。
「のんきなものだな。この辺りはまだトレンティア兵もレジスタンスも活発だ、旅行気分で油断して寝首をかかれるなよ」
 言うと、パウルは少し不機嫌そうに顔をしかめた。
「分かってるよ。ひとまずはセラーラからの脱出だ。言うまでもなく警戒は怠るな。せっかくついてきてくれたんだ、頼りにするから気合い入れろよ、ヨハン」

 パウルが言ったマクルという地方はズミの南西に広がる高原地域で、北東にトレンティアとの国境を臨む国土の中、ここセラーラ地方とは対角線上にある遠方だ。
 そこまで歩いて旅をするとなると当然時間はかかる。まず僕達はズミの中央から北部にかけて連なるナルシャ山地を越えなければいけなかった。
 西の山に比べるとそう標高が高いわけでもなく、これから夏を迎える季節、山越えというには比較的気楽ではあるが……しかし山は山である、当然道のりは険しい。
 穏当な道を選ぶなら東西のどちらかを迂回するのが無難だが、それは東から西へ進軍を狙うトレンティア兵と鉢合わせる危険性をも当然多く孕む。敵が今現状でどう動いているかにもよるが……。
「オーデルの制圧を挫かれて……トレンティア軍はどう出ると思う?」
 僕がパウルに聞くと、しかし彼は首を振った。
「知らねえよ。俺はロードから、軍がオーデルの制圧を狙っているという話しか聞いてない。奴の話が本当ならトレンティアの本目的はラズミルのはずだ、オーデルがどれほど重要視されているか……、ラズミルへ入る予定の軍団の全体規模はどの程度なのか、そもそも奴らがなぜラズミルを目指すのか、何も分からん」
 だるそうに言うその声色は、もうさして興味もないという風だった。そうか、と僕は短く相槌だけを打つ。今となっては気にしたところで分かることもない。
「ロードの野郎も俺の正体を知ったなら……、さすがに手切られるだろうな。あいつがビビる顔は少し見たかったが」
 そんなことを言う顔は無表情だった。
「逆にあそこまで近付いてよくバレなかったな」
 僕が感心してやると、パウルはにやりと笑った。
「俺が処刑されたのは十五年も前だ、それだけ時間が経てば分からなくもなるさ。俺が生きていた頃はたぶんあいつもまだ子どもだ、顔も合わせたことないんじゃないかな。あいつの親父さんとはよろしくやってたから、会ったら逃げようと思ってたけど」
 今まで十年だの二十年だのと曖昧な言い方をしていた気がするが、正確には十五年前だったらしい。改めてその年月を思えば遠いものだ、僕などまだ生まれたばかりではないか。
 世間話をしながら進む旅にある感慨のようなものは、想像していたものよりは少なかった。身の安全を優先して、迂回をせずに山越えの道を選んだ道中、パウルが心配しているような刺客が早速やってくることもなく……、まるで今までの旅と同じように、森に潜むように進んでいく。
 今まで同行の顔ぶれに入れ替わりがあることも多かったが、今回はジュリがいない。何も言わずにオーデルに置いてきてしまって、きっと怒っていることだろうな、なんて想像を馳せた。アルドが傍にいてくれるはずだからきっと不安は少ないと思うが……。
 山中に、幸いにも狩人が使ったのだろうという様子の山小屋を見つけ、夜はそこで風をしのいで過ごす。食事は山のものを適当に見繕う。
 翌日、一つ山を越えたところの谷間に小さな集落を見つける。歓迎されないことは想像できたが、旅に必要な物資を蓄えるために交渉にいく。パウルは森の中へ隠れさせておいて僕だけで。
 僕の背の高さを見て、村人は薪割り斧を振りかざして追い払おうとする。僕は腰に挿していた短剣を片手でかちと抜くふりだけをする。それだけで村人は怖れて話に乗ってきた。
 必要なものを受け取り、硬貨を投げるように渡すと彼らは喜ぶ。武器で脅かすようなことに感じた心苦しさは、金を払ったことで誤魔化しておく。それにしてもやはり、こういう場面ではもう少し大きい体や武器がほしいものだ……。
「南の街道はトレンティア兵がうろついてるって噂だから気を付けなよ」
 村人にそう言われて、僕はパウルの元へ報告した。パウルはむずむずと目を泳がせた。
「街道……。オーデルを諦めてそっちを迂回するのかな。まあ、あんな山の町を舞台にズミの山男達と戦うのはさすがに分が悪いからな……」
 しかしズミの西に行くにしても南に行くにしても、その街道を横切る必要はある。いよいよ緊張感を高めて慎重に進むことにした。

 やがて道がなだらかになってきた頃、また村のような場所を見つけた。様子だけ見てみようと思って近付いたが、その至近まで来ても近くになかなか人影がない。おかしいな、なんて言葉は村に近付く程はっきりと浮かんできた。
 そして敷地を囲う木の柵の外から村の中を覗き込んだ時、僕は愕然として……、近くに潜ませていたパウルの元へ引き返した。その村には既に人がいないようだった。
 その様子を聞いてパウルも一緒にそれを見に行く。家屋は焼けて崩れたものが多く、残った建物にも矢が幾本も突き立ち、散乱した資材や武具の残骸が転がっている……その中を吹く風には死臭が混ざっていた。
「こりゃひでえな。トレンティア兵か……それとも山賊かなんかの仕業かな」
 パウルもげんなりとした様子で村を眺めた。
 僕は廃墟と化した村に、それでも何かまだ有用な物資が残ってはいないだろうかと一応確認をしてみることにした。そうして打ち捨てられた家屋に近付くと、ふいにその壊れた扉の奥から何かが飛んできた。
 咄嗟に腕で頭を庇うと、そこに小さな石ころがぶつかってくる。すぐに短剣を抜いて襲撃に備えたが、次の攻撃はすぐには飛んでこない。僕は緊張を高ぶらせながら黙ってパウルと顔を見合わせた。
 家の奥から物音はほとんどしない。石を投げてきたということは獣の類ではないだろうが……、村人の生き残りだろうか。
 そう勘繰って、僕はそろりと家の中へと近付いた。そして次の攻撃は結局やってこないまま、薄暗い屋内に踏み込んだ。そこに蹲るように身を丸めていたのは小さな人影だ。それも複数……三人、いや四人。
「来るな……! こっち来るな!」
 震えた高い声がかけられた。そのいたいけな瞳が恐怖に染まっている顔を見て、僕は思わず眉を寄せた。
「この村の子どもか」
 そう聞くと、子ども達は戸惑った様子でこちらを窺ってくる。もう石などを投げてくる様子はない。
「僕はただの旅人だ、敵じゃない。大人はいないのか?」
 続けて尋ねる。やがて子どもの中でも年長らしい……それでも十歳かそれぐらいの……男児が恐る恐る口を開いた。
「いない……、みんな死んだ……」
「誰に襲われた? トレンティア兵か」
 聞くと、子どもは小さく頷いた。その様子をパウルも僕の後ろで見て、苦々しくため息をついたようだった。
「……戦闘の痕跡が激しい。矢も多いから……抵抗したのだろうな。それにしたってこの壊滅の有り様は……、トレンティア軍はよほど大所帯だったのかもしれん。そのガキ共は運良く……いやこの際運悪くかもしれんが、子どもだけで生き残っちまったわけか」
 聞くに耐えない惨状だ。僕は胸がむかつくのを堪えてぐっと奥歯を噛んだ。
「食べるものはあるのか」
 もう一度子ども達に尋ねる。その男児はしかし力強く頷いた。
「俺、狩りができる。山へ行ってウサギとか捕まえてきて、みんなで食べてる」
 ほほう、と興味深そうに頷いたのはパウルだ。
「その歳で狩人か、さすがズミの男は頼もしいな」
 パウルはフードを被って顔を隠しているが、そんな見知らぬ怪しい男にも、褒められると嬉しいらしく、男児は少し頬を紅潮させて頭を掻いた。
 ひとまず食べるものがあれば、今日明日を生き残ることは難しくないかもしれない。しかしこの状況では病気をする者も出てくるだろうし、季節が変われば冬を越せるとは思えない。悲惨な有り様には変わらない……。
 僕達とて旅を急ぐ事情がある、そんな彼らにしてやれることはいくつも無いのかもしれないが……。僕はとにかく家の外に出てフェリアを呼んだ。
「……まだ亡くなったまま打ち捨てられている者がいる。せめて埋葬しよう。墓地はどこだ」
 僕は子どもに尋ね、その場所への案内を受けた。その場所は村の隅に、木々の間に隠れるようにしてある。
 そこに穴を掘り、遺体を運んでくるのは人形の力仕事だった。……村の中に捨てられている遺体はほとんど、まだ肉が残っている様子だ。それを見ると思わず顔をしかめてしまうが、子ども達はそんな様にも慣れてしまっているのか、放心したような顔で彼らを眺めていた。
 数も多いのでひとりひとりを丁寧に埋葬している余裕もなく、ひとまず大きな穴に放り込むようなことしかできないが、それでも何もしないよりはマシだろう。墓碑代わりに拾ってきた大きな石を土の上にずしと置いて、僕はその前に跪いた。
「アミュテュス・サーシェ。この世を旅立った家族に、永遠の安らぎがありますように」
 そう祈りを捧げる僕の姿を見て、子ども達もたどたどしい動きで手を合わせた。パウルは祈りなどするのだろうか、後ろの方に静かに立っていたが、特段視線も向けないのでその仕草までは分からなかった。
 そうしているうちに日が暮れかかっていた。その日は廃墟の家屋を借り、その子どもたちと夜を明かすことになった。既に村が壊滅してから何日も経っているのだろう、子どもたちは陰鬱な沈黙に包まれながらも、次第にその日常に慣れていっているようにも見えた。
 家屋の外で焚き火を囲み、狩ってきた獣の肉を皆で頬張りながら重たくもゆるく話をする。
「……うん、一週間ぐらい前にトレンティアの兵隊が来て……、戦いになって、みんな殺された……。俺達は山の方に隠れてたから分からない……でも、いっぱいいた。百人ぐらいいたかも」
 少しずつ事情を聞くと、年長の男児……名前はアザルというらしい少年がそう語った。百人なんて言葉に思わず驚いて、僕はパウルと顔を見合わせた。
 山に隠れていたというからきっと遠目に見ただけなのだろう。それも怯えた子どもの目に、その数を冷静に見る力は無かっただろうとは想像するが、とにかく以前にルベルに来たような少人数での略奪とは規模が違うのだろう。
 パウルはフードの上から顎を押さえて首を傾げた。
「一週間前って言うと、俺達がオーデルで戦っていた時と同時期だな。オーデルへ攻めに来ていた部隊とは別にこちらでも進軍があったのか……?」
 そうぼやいた彼に、アザルは不安げな視線を向ける。
「お兄さん達、オーデルから来たの? そこでも戦いがあったの?」
「ああ、まあな。オーデルではズミの軍隊が勝ったから……まあ家とかは結構壊されたけど、無事だ。あそこまで行けばお前達も生きていけるかもしれんが……」
 その声は低く沈んでいる様子だが、目の前の子どもたちを気遣っているのも分かった。ここにいてもいつか野垂れ死ぬだけだ、まだ町へ移動した方が生きる可能性は確かにあるだろう。
 アザルはパウルの言葉を聞いて、やつれた顔を明るくした。
「トレンティアの兵隊に勝ったの? すごいな、お兄さん強いんだな! 俺も大人になったらトレンティア兵にも勝てるかな。……母さん達の仇、とれるかな」
 この悲惨な状況の中でも、彼は復讐を望んでいる。芯の強い性格なのだろう。この若さで誇り高いズミ人の魂が確かに宿っている……なんて、手放しに称賛する気には今ひとつなれなかったが。
 パウルも同じなのだろうか、小さくため息をついて彼を見下ろし、言葉を選んでいるようだった。
「戦う力を身に着けるなら町へ行って鍛えないとな。オーデルにはズミの強い戦士がいっぱいいるぞ」
 そうオーデルへの移動を再度勧めたようだ。アザルの顔が興味深そうにパウルに向いたのを見て、しかし、と僕は横から口を挟んだ。
「山を超えるにしても道を迂回するにしても……、この子ども達だけでオーデルまで行くのは厳しい道のりになるだろうけど……」
 太陽が落ちた中、フードの内側のパウルの表情は分かりづらいが、口をへの字にしたのは分かった。
「そうは言ったってここにいても……。うーん、オーデルまでの間だけでも俺達が連れて行くか……」
 悩ましげにそう言ったのを聞いて僕は呆れてやった。子ども達に情けをかけるのは立派な心がけだが、自分だってそんな余裕のある身分ではないだろう、と。
「子どもの足には特に山越えは厳しい。行くなら街道を迂回しなきゃいけないだろ。そんなのんびりしてる時間がお前にあるのか」
 当然のようにパウルは頭を抱えてしまった。時間の問題もさながら、トレンティア軍が行き来している街道を子ども連れで歩くなんて、刺客を呼び込む身分の男がすることではない。むしろ子どもたちを余計に危険に巻き込む可能性すらある……。
 そうして悩み始めた僕達を見て、アザルも子どもながらに事情を察したらしい。
「い、いいよ、そんなの。俺達は俺達で生きていく。行く当てだって……あるもんな、なあイーダ」
 そう言って傍らの少女に声をかけた。幼い少女は力無くも、小さく頷いた。
「そう、だね。こないだのおじさん達が来てくれたら……」
「おじさん?」
 パウルがすかさずそう少女に聞いた。イーダというらしい少女は、しかしパウルと話すのが怖いらしく、びくりとして体を竦める。代わりにアザルが答えた。
「何日か前に、お兄さん達と同じようにここに来たおじさん達がいてさ。落ち着いたら俺達のこと引き取ってやるから待ってろって……」
 その話を聞いて、僕はアザルに視線を向けた。それが本当なら彼らにとってはいい話だろうが……、それにしては子どもたちの顔が暗い。
 僕達の前にもこの壊滅した村を訪れた“おじさん達”……、しかし今日僕がここへ来た時のことを思い出すと少しおかしい。
 死体は放置されたままだし、子どもたちは自分たちで食料を調達している様子だし、何より……彼らは最初、僕に石を投げてきたではないか。
「そのおじさん達は……、君達に何かしていったのか」
 僕はそう勘繰るように言った。途端に子どもたちは少し表情を翳らせて俯いた。……あまり良い待遇を受けたというわけではなさそうだった。
 しかし続けて何か言う言葉も見つからなくて、僕は黙って子どもたちを見ていた。パウルも様子は察したらしかった。
「まあ……、死なずに済むのならそれが一番だ。たとえどこへ行ったって、戦災孤児が受けられる待遇なんて知れてるだろうからな」
 そう言った声は少しだけ重たそうだった。こんな状況で孤児を引き取るなんて、よほどの慈善家でなければ人買いか盗賊か、その類だろうことは想像に難くない。しかしそれでもパウルの言う通り、彼らがとれる選択肢の中では死なずに済むならそれだけでいいというものだ。
 旅を急ぐ行きずりの僕達が、彼らにしてやれることはそういくつも無いのだ。やるせないが割り切っていくしかない。
 それ以上は会話が盛り上がることもなく、淡々と日は暮れていく。やがて僕達は床についた。

 まだ壊滅して日の浅い村の家屋には、生活感の残った家具が取り残されている。その寝具を拝借すれば野宿よりも快適な夜を過ごせたが……、しかしここの住人が既に惨殺された者なのだと思うと落ち着きはしなかった。
 アミュテュス・サーシェ。彼らの魂を慰める女神にもう一度祈りを捧げてから、僕はそこに横になった。
 今は僕とて兵士として動いているわけではない。だけどやっぱりこんな惨状を目の当たりにすると、邪悪な侵略者への憎しみはどうしても募っていく。
 僕は隣のベッドでぐったりとうつ伏せになっているパウルへ視線を向けた。彼は他でもない……この戦争を始めた国の王子だ。
「なあ、パウル……」
 僕はゆっくりと声をかけた。既に国での身分を捨てた彼にそんな話題を振るのは酷なことのようにも思えた。彼が処刑された十五年前というと、まだ戦争は始まっていない時期だ。彼がこの戦争の始まりに関わっていないことは、単純な計算ができれば分かることだ。それでも、どうしてもやるせなかった。
 パウルはのそりと肘をついて顔だけを上げて、こちらを振り向いた。暗い屋内に明かりといえば、今は蝋燭一本が灯っているだけだ。その表情ははっきりとは窺えない。
「お前に聞いても仕方がないのかもしれないが……、なんでトレンティアはズミと戦争を始めたんだ」
 そう聞いた声は思わず暗くなる。当然だろうか、パウルはすぐには答えなかった。しばらく黙ってからぽつりぽつりと零すように出てきた言葉は、迷っているようだ。
「戦争が始まったのは俺がズミへ逃亡してから何年も経った後だ、正確なことは分からん、全部推測の域を出ないが……。直接的な口実としてはやっぱり、トレントの種をズミに盗まれたからじゃないかな。だけど種が盗まれてから実際戦争が始まるまでに何年も時間があいているし、政治的なごたごたがあったんだろう」
 重苦しい気分のまま、トレントの種、という言葉を胸の内で繰り返す。……僕にとっては何の価値があるのか、全く分からない代物だ。
 パウルは淡々と言葉を続ける。
「俺がいた頃からズミとの外交をめぐっては貴族の中で対立があってな……。今の国王ギルバートは、ズミと友好路線で行こうとしていた先王ディアノールとその王子から王位をぶん取るために、反ズミ派の連中と手を組まざるを得なかったんだろう」
 そう細かく説明を加えてくれたが、やはり聞いた所でうんざりするだけだ。
 トレンティアの政治事情にも、僕は全く関心がない。そんなことのためにこんな惨事が引き起こされたのかと、余計怒りが湧いてくるだけだ。
 せめてもの救いは、ズミと友好的な国交を進めようとしていた、という一派がトレンティアにもいて、恐らくこのパウルは、そちらの立場の人間だということぐらいだろうか。
「そのディアノールとかいう国王の王子がお前……という理解で合ってるのか」
 そう確認すると、パウルはむすっとしたような声になった。
「さすがにお前もそこまでは察してるか。……そうだよ、いろいろあって廃嫡されたが、生まれは国王の長男子、何を隠そう王太子様だ」
「……それで、お前は父親と同じ立場で、ズミとは友好的な国交をしようと……」
 念の為そこまで確かめると、まあな、なんて素っ気ない返事をした。
「個人的なズミへの愛着を差し置いても、はっきり言ってこんな、民族も文化も違う異国を、黒い森を隔ててまで制圧する利点はほとんど無いしな。だが正直言って、ズミにだって非が無かったわけじゃないぞ。もう死んだらしいが、ビザール……ズミの王の面の皮の厚いことと言ったら、親ズミ派のディアノールも困り果てたもんだ。非礼を働いたのはどっちが先か、なんていちゃもんつけあったって仕方がないけどな。挙げ句奴はトレントの種を盗んでいきやがった。そこまでされちゃあトレンティアだってさすがに友好的にとばかり言ってられんさ」
 パウルはうんざりとした様子でそう語った……嫌なことを思い出しているのだろう。そう言われたって、ズミの国王のことなんて僕にも知るところではない。
「……トレントの種を盗んだって、お前がやったんじゃないのか」
 グリスから聞いた噂話を振ってみると、パウルの声に少し苛立ちが混ざった。
「全くの濡れ衣だ。というか実を言えばな、自分が処刑されてたなんて、俺だってズミに逃げてから後から知ったんだ。おおかた俺が親ズミ派の筆頭なのを良いことに、種を盗んだズミ人と共犯だとか、そんな話をでっちあげて処刑する口実にしたんだろうよ。死んだことにした方が奴が王位を継ぐ話もスムーズだっただろうしな」
 話を聞けば聞くほどに、頭が痛むような気がしてきた。
「聞けば今、トレンティアの貴族の中で俺は生き霊になっているらしい。名前を出しただけで不吉だ、なんてな。それだけギルバートの奴が怯えているのも、こうして俺が生き延びている可能性を当然考えているからだろう。未だにそれだけの執念があるんだ、トレンティアに残ってても遅かれ早かれ暗殺されてただろうな。ズミに逃げてきて正解だった。……まあ、十五年目にして見つかっちまったわけだが……」
 そうバツが悪そうに言ったのを聞いて、僕は大きなため息をついた。
 トレンティアという大国の王子に生まれながら、それ故に政争に呑まれ逃亡してきた彼の人生は、到底僕には理解の及ばない世界だ。……僕が聞きたいのはそんなことじゃない。
「……そんな話、この村で殺された人間にとっては何の関係もないだろうにな」
 僕はそう恨みっぽくぼやいた。パウルはすぐには何も言わなかったが、やがて小さく、「そうだな」と頷いた。
「国の偉いさん同士のいざこざで始まった戦争だ。……馬鹿馬鹿しいよな、心底馬鹿馬鹿しい。その偉いさんの中に俺もいたのかな。だけどおかしな話だ、俺にだってどうしようもできなかった。一国の王子に生まれたって、何一つ思い通りにはできなかった。ほんと、どうなってるんだろうな……この世の中は」
 その悲しげな声には痛みが滲んでいるのが分かってしまった。思わず僕は息を詰まらせてから、遺された寝具に顔を埋めるようにして、小さく呟く。
「……いや、お前に言っても仕方がないのは分かってる。悪いことを聞いたな」
 パウルは何も答えなかった。しばらく待てば返事が返ってくるのかとも思ったが、何も。
 そのまま、灯した蝋燭はその芯の長さに限界を向かえて消えつつあった。死した者は語ることもなく、夜は静かに更けていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

最弱パーティのナイト・ガイ

フランジュ
ファンタジー
"ファンタジー × バトル × サスペンス" 数百年前、六大英雄と呼ばれる強者達の戦いによって魔王は倒された。 だが魔王の置き土産とも言うべき魔物達は今もなお生き続ける。 ガイ・ガラードと妹のメイアは行方不明になっている兄を探すため旅に出た。 そんな中、ガイはある青年と出会う。 青年の名はクロード。 それは六大英雄の一人と同じ名前だった。 魔王が倒されたはずの世界は、なぜか平和ではない。 このクロードの出会いによって"世界の真実"と"六大英雄"の秘密が明かされていく。 ある章のラストから急激に展開が一変する考察型ファンタジー。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

処理中です...