サーシェ

天山敬法

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第七章 かけがえのないもの

66話 迷道

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「ヨハン、起きろ」
 短い声かけとともにパウルが小突いてくる。
 目を覚ます。窓の外の光は明るい。どれほど眠っていたのだろうか……それさえ定かではない、深い眠りからの目覚め。
 体の調子を確かめる。息は苦しくない。ふいと腕を上げてみると、それは容易く言う事を聞いて軽々と持ち上がる。
 すぐに勢い良く、ベッドの上で上半身を起こした。全身に絡みついていた倦怠感は嘘のように消え去っている。当然どこも痛まない。狭い部屋の中、パウルがごそごそと身支度をしているもの以外に物音はない。
 ……敵襲は、なかった。なんともなく目覚めたことに、僕はどっと安堵のため息をついた。
 ミュロス・サーシェ、今朝も昇る太陽に感謝を。こんなにも深く朝の祈りを捧げたのは初めてかもしれない。
「長居は無用だ、とっとと出るぞ」
 パウルも既に不調はないらしい。平然とした、しかし張り詰めた顔で髪を結び、衣服を整えて身支度をしている。僕もまだ寝起きでぼんやりとしている頭を軽く振って、撥ねた髪を撫でた。
 日は既に高いようだが、差してくる光の向きから見るに午前だろう。街道で起こった襲撃事件がどうなったのかも気になるが、こんなところにいては刺客に手をこまねいているようなものだ。とにかく出なければいけない。
 そうして出発を急ぐ僕達の元へ、まさにその時、何者かが宿部屋の扉を叩く音が鳴った。途端にどきりとして僕もパウルも体を固まらせる。やがてゆっくりと無言で顔を見合わせた。
 こんな所で扉を叩いてくるのは何者だろうか。心当たりなど刺客ぐらいしかないが、それにしては、わざわざ扉を叩くなんていやに丁寧な仕草の刺客である。
 僕達は静かに武器を構えてから、パウルが扉の向こうへ重く声をあげた。
「誰だ?」
 瞬時にして高まった緊張の中、しかし扉の向こうからやってきた声は、変に気が抜けていた。
「間違いだったらごめんなさい。ヨン、それからパウル・レーンが泊まっている部屋で間違いないかしら?」
 軽やかな声は……女のもの。そしてそれは間違いなく僕達を指し示した名前だ。僕は再びパウルと顔を見合わせた。
 レジスタンスという身分上、僕達が名乗る名前にもいくつか種類があるが、パウルをレーンと呼ぶ者は限られる。その中でその軽やかな声を上げる女というと……、心当たりはあった。
「間違いがなければ開けてもらえるかしら? 愛しいあなたに春を売りに来たのよ」
 そう悪戯っぽく彼女は身分を明かした。そこまで言われると名前を出さなくとも誰だかは分かる。パウルはいつでも魔法攻撃ができるように手を構えたまま、無言で、開けろと僕に合図を送った。
 当然僕も武器を構えたまま、そろりと扉を開けた。その向こうからは予想通りの顔……、サダナム以来に見る娼婦、ティファの明るい微笑があった。しかし僕がむき出しにしている刃物を見て、すぐにぎょっとして眉を寄せた。
「何よ、いきなり武器向けてくるなんて物騒ね」
 戸惑ったように言う、その後ろに他の者がいる気配はない。少しだけ警戒を引きながら、僕はじりと後退った。
 彼女はレジスタンスといえども恐らく僕達とは立場を異にする……、トレンティア人の外交官であるロードの私兵だ。そのロードはと言うと……、パウルの正体を知ったからにはどう出てくるか知れたものではない。目の前のズミ人も、ただちに味方とは言えなかった。
 パウルは険悪な表情でティファを睨んでいた。
「なんだ、一人か? なんでお前がここにいる。用件はなんだ」
 まるで尋問するかのような強い声色に、ティファは不機嫌そうに首を傾げた。
「久しぶりに会うってのに冷たいわね。なんでと言われると、わたしだって仕事があってあちこち移動してるんだけど、たまたまここにいたら、青い目の混血の少年が泊まってる、なんて噂を聞いたから見に来たのよ。やっぱりあなた達だったのね。これからオーデルにも向かおうと思ってたんだけど手間が省けたわ」
 すぐに涼しげな声でそう言い、僕が構えてる武器に怖気もせず無遠慮に部屋の中へと入ってきた。あまり宿屋の中で目立ちたくもない……仕方なく僕は彼女を受け入れて、部屋の扉を閉めた。
 記憶の限りではティファには戦闘力はなかったはずだ。ひと目見た限りでは武器を持っている様子もなさそうだし、一人だけで部屋の中に入れてしまえば、突然暴れ出したとしても危険は少ないだろう。
 そんな彼女を見て、パウルは苦そうに舌打ちをする。
「用件はなんだと聞いている。時間を無駄にさせるな」
 パウルに苛ついた声を向けられて、やはりティファは不機嫌そうだ。
「何か急いでるの? その様子じゃあもしかしてもう話は聞いているのかしら」
「何の話のことだ、さっさと言え」
「せっかちなのね。……あなた達がお目当てにしていた、魔道人形の話よ」
 やがて少しだけ凄んだ様子でティファが言った言葉に、思わずといったふうにパウルは目を丸くした。僕も眉を寄せてそちらを見る。
 僕達がずっと気にかけていたのは、パウルの命を狙うトレンティアからの刺客である。魔道人形……、突然そんな話が出てくるとは露ほども思っていなかった。
 部屋の隅に座っているだけのフェリアの視線がこちらに動いたような気がしたのは気のせいかもしれない。
「魔道人形が目撃されたのか?」
 そう聞き直したパウルの声は少し落ち着いた様子だった。ティファは不思議そうに首を傾げる。
「あら、聞いてなかったの? ええ、魔道人形とそれを率いる男……、わたしもパーティルでは会ってるもの、特徴からして恐らく間違いない……ガロンという男がサダナムから西へ向かったのを確認しているわ。それに、この宿場町でもちきりの話題……商隊が襲撃されたって話も聞いていない?」
 それを聞いて、パウルはハッと小さく息を呑んだ。
「護衛つきの大規模商隊が襲われた……、そんな襲撃の規模、相手は軍隊なのかと疑ったが……、人形の仕業だっていうのか?」
「はっきり確認したわけではないけど、そうとしか思えないんじゃない? トレンティア軍は既にここを通り過ぎて時間が経っているし、そもそも商隊を襲撃して惨殺するなんて彼らの行動原理からして考えづらい。そして時期を同じくしたガロンの目撃情報……」
 ティファが淡々と語る内容を飲み込み、パウルはぐっと眉間に皺を寄せたまま頷いた。
「そうだ、お前はトレンティア貴族の息がかかっていたな。奴らの軍の動きはどうなっている。知っていることを教えろ」
「その言い方は失敬ね、わたしはれっきとしたズミのレジスタンスよ? ……私の知る限りの話は、あなただって既に知ってるんじゃないかしら? トレンティア軍はオーデルの町の攻略に挑んで、だけどズミ部隊の防衛の前に敗走した……。ここの経緯についてはわたしがあなた達に聞きたいぐらいよ」
「オーデルの話についてはそれ以上の事実は何も無い、その通りだ。だがトレンティア軍はこの街道を通り過ぎて時間が経っていると今言っただろう。小耳に挟んだ話を当てにするなら、オーデルへの攻撃とほとんど同時に、この街道を奴らは進軍していた……、それに違いはないか」
 パウルは淡々とティファを尋問する。ティファはその間も全く敵意を見せる様子はない。
「ええ、その通りよ。いい加減わたしからも質問させてもらえるかしら。あなた達はこんな所で何をやっているの? てっきりオーデルのレジスタンスに合流したものと思っていたけど……。ジュリはいないの?」
 ティファは少しだけ不機嫌そうに眉を寄せてパウルに聞いた。その顔を見下ろし、パウルは冷めた無表情のまま数秒固まった。
 何をどこまで答えるのか、目の前の女の腹の内はどうなっているのか……、測りかねているのだろう。
「お前……もしかしてロードから聞いていないのか。この俺が何をしているのかを」
 やがてパウルは静かに言った。そんな言い方をされるのはさすがにティファも不服だったらしい。すぐに彼女の視線が鋭くなった。
 しかし何も答えない。まるでパウルの問いを肯定しているようだ。
「聞いていないならいい。こっちはレジスタンスとは関係のないごくごく個人的な用事の途中だ。ジュリは連れていく理由もなかったから別の場所に置いてきただけだ」
 やがてパウルは、小さくため息をつきながらそう言った。ティファはじっとりと目を細めてパウルを睨んだ。
「そういう言い方をされると気になっちゃうわね」
「言ったようにレジスタンスとは関係がない、首を突っ込んだところで面白くもない話だ。好きに想像しとけ。……で、お前はわざわざ魔道人形の報告をするために来てくれたのか? それはご苦労だったな」
 次第にパウルに落ち着きが戻り、その声にも冗談めかしたような余裕が浮かび上がってきていた。
「まあ、偶然見つけたついでだけどね。オーデルの話も聞きたかったし。どういう風に戦ったの? ズミ側の被害も大きかった?」
「ロード様の手配でモルズの部隊が上がってきてくれたんでね、それと、もともと町で戦準備をしていたルヴァークって奴の部隊の合同で迎え撃った。当然俺も魔術師として参加したさ、魔道士一人じゃ手不足な感は否めなかったが……まあ防衛魔法陣を利用したうえ、ズミ人の部隊でやぐらからの射撃をしまくってなんとか押し留めたような形だったかな。当然こっちの被害も大きかったさ、町はだいぶ壊れたし、撤退してった敵軍を追う余裕もなかった」
 パウルは淡々とその戦いを説明した。
 ……話を聞く限り恐らく、ティファはパウルの正体を知らされていない。であれば当然、ここへは彼を殺しに来たということはないだろう。
 そしてこんな所で聞くことになるとはこちらも思っていなかったが、魔道人形の情報を教えてくれたのだ。オーデル戦の詳細ぐらい礼として話してやるべきだというところだろうか。
「相手には恐ろしい魔剣士がいたんでしょう? あなた達を侮ってるつもりはなかったけど、よく勝てたものね」
「ああ、あいつは……、腕っぷしは化け物だが頭がバカだからな。残念ながら討ち漏らしたが……」
 パウルはだるそうに言った。その言い草には思わず僕も呆れた表情を浮かべる。
「……まさかあいつ、逃げる途中で死んだりしてねえよな?」
 しかしすぐに、はたと思いついたようにパウルは言った。
 ……確かに、あそこから逃げ出したクラウスとエレアノールが僕達の知らないところで討ち死にでもしていたら、パウルの正体は秘密のまま明かされていないことになる。であればティファがそれを知らないのも当然であろうが……。
「ロードから聞いた話だとその……クラウスって言ったっけ? 魔剣士は生きて軍に帰還したという話しぶりだったけど」
 ティファが無表情で答える。がくりとパウルは項垂れた。
「さすがに逃げるぐらいは上手くやるか……」
 そう言った声は、しかしどこか安心したような息とともに零れていた。彼と幼馴染であり、そして妹の身柄を預けたパウルにとって……なんとも割り切れない複雑な思いがあることだろう。
「一緒にいた女もか?」
 そう付け加えて尋ねると、ティファは変な顔をした。
「女……? の話は聞いてないわね」
 そうか、とパウルは短く相槌を打ってすぐに目を逸らした。
 エレアノールのことははっきりしないが、ティファの言葉を信じるのならクラウスは確かに生きて軍に帰っている。であればやはりトレンティアはパウルの正体も既に掴んでいるだろう……それがティファに伝わっていないとすれば、ロードが隠しているのか……。
「それでお前は……これからオーデルに向かうつもりだと言ったな?」
 パウルは平然とした顔で話を続けた。ティファもすんと涼しい表情を浮かべた。
「あなた達との情報共有がてらそのつもりだったけど、ここで会えたからその必要もないかしらね。これからロードとまた連絡をとりあって、その先の任務はまだ分からない。ガロンが率いる魔道人形が無差別な盗賊行為を行っているならそう迂闊に街道も歩けないし、困ったものね」
「ロードの奴はまだサダナムにいるのか」
「特に緊急のことがなければそう思うわよ。あなた達は……これからも秘密の用事? ガロンのことは追わないの?」
 そう聞かれ、パウルは片手で頭を押さえてため息をついた。
「それはまあ……これからの成り行き次第ってとこかねえ」
 そんな曖昧な返事をするのを聞いて、僕も変に眉を寄せてしまう。しかしティファはそれ以上の関心もないのか、あっそう、なんて軽やかな相槌を打ったようだ。
「他に聞きたいことは?」
「……今のところは、特に。それじゃああなた達も急いでるみたいだし、わたしも仕事があるし、慌ただしいけど失礼しようかしらね」
 すっかり軽くなった調子でパウルとティファはそうやりとりを終えたようだ。僕は始終武器を構えたままだったが、何も言わずにそれを見送る。
「それじゃあヨンくんも気を付けてね? アルティヴァ・サーシェ、武運あることを祈っているわ」
 来た時と同じように軽やかな足取りで部屋の入口に向かい、振り向きざまに僕にそう笑いかけてきた。
 何の表情も浮かべずに、とりあえず「サーシェ」とだけ短く返しておく。それを見てティファはゆるりと、その扉を開けて退室していった。

 にわかに訪れた沈黙の中、数秒の間、時間が止まったみたいに僕達は動かなかった。やがてパウルがベッドの上にどしと腰を下ろしてため息をつく。
「まったく神出鬼没な女だな」
 それを振り向いて僕も小さくため息を吐いた。
「戦闘にならなくてよかったな」
 相槌を打つように言った言葉には何の感情も乗らない。パウルはベッドに腰掛けて自分の頭を片手で押さえて俯いていた。何か考え事をしているような仕草である。
「座り込んでいる場合か? いいから早くここを出発しないと」
 僕は呆れた声でそう急かす。思わぬ訪問者に出鼻をくじかれたが、僕達の目的は変わらないはずだった。
 そんな僕にパウルは視線も向けず、「少し待て」と小さく言った。思わず怪訝な表情を浮かべて彼を見る。
「少し話を整理したい。……ロードの奴は何を考えている……。トレンティア軍の報告があった以上、俺のことを知らないとは思えん。そのうえであの女をオーデルに向かわせるつもりだったのか……? それにガロンと人形兵の話……、実際ここの騒ぎを見るに人形兵の襲撃は嘘じゃないんだろうが……。そして血門を乱すブツの存在……何がどこまでが繋がっている……くそ……」
 苦しそうにそうぶつぶつと独り言を言った。僕はそれをじっと見つめて、なおも話を急かす。
「何であれ、お前が命を狙われる危険は変わらずあるんだ、とにかく国境、そしてトレンティア軍から離れるという動きは同じだろう」
 そう言うのに、パウルは考え込んだ姿勢のまま動かない。どんどんとその表情は苦しそうになっていく。
「それはそうかもしれんが……、やはりガロンのことが気にかかる。これだけ魔道人形がはっきりと目撃されてるんだ、トレンティアの軍だって何の調査もしていないわけはないだろう。奴らの手が入っちまえば俺が介入できる余地はどんどんなくなっていく。今、しかない……かもしれないんだ」
 その迷いに満ちた言葉を聞いて、しかし僕は何も言えない。
 魔道人形……、もともとそれを調べるためという口実でトレンティアにも向かったのだ、そこから成り行きで移動しているうちにその話題は遠ざかっていたが……、やはりパウルにとってそれは強い関心ごとに違いはないのだろう。
 そのガロンの足取りが掴めそうだという今、それは命の危険と天秤にかけても揺らぐほどのことなのだろうか。
「結局トレンティアでの調査で、人形のことは何か分かったのか」
 僕がそう問い詰めるように言うと、パウルは少しだけ表情の力を緩めた。
「人形自体の理解は深まった。ズミで製作法を広めたミョーネ……、そいつの人体魔術に関わる手稿がトレンティアに多く残っていたんでね。俺がフェリアのコードを掌握できたのはそれのおかげでもある」
 淡々と語る言葉を聞いても……それがどれほどの発見だったのかは僕にはいまいち分からない。
「だがトレンティア側の政治的な態度としては……人形の話題は俺の見える範囲にはほとんど上がっていない。まだ奴らもさほど重要視していないのか、あるいは秘密裏に調査していたとしても核心には近付けていないのかもしれん」
 その話も、やっぱり聞いたところで分からない。だけど分からないなりにも、それにしたって不可解だ。なぜミョーネというズミ人の手稿がトレンティアにあるというのだろう。
 僕はちらりとだけフェリアに視線をやった。彼女はやはり変わらず穏やかに微笑んでいるだけだ。
「そのミョーネという女は一体何なんだ。トレンティアの王族だったお前が、どうしてズミ人の女なんかと……」
 僕はいい加減苛立ったような気分になってそう尋ねた。パウルからすると詮索されたくもない過去なのかもしれないが、そこまで魔道人形のことを気にかける彼の真意は気になってしまった。
 パウルはゆっくりと視線を上げて僕の目を見つめてきた。浮かんだ表情はどこか切なげである。
「ミョーネは俺の妻だ」
 端的に言ったその言葉に、僕は思わず面食らって言葉を失った。
「二十年も前の話だがな……、トレンティアとズミの友好の証として、俺と政略結婚をしたズミの王女だ。と言ってもやっぱり反対派がうるさくてな、半ば俺が強引に押し切って娶ったようなものだが……、なにせあいつは絶世の美女だった」
 そんなことを語るパウルの顔はいたって真剣だ。
「だがまあその後のことはお察しの通り……、いろいろあって別れて……、ミョーネはズミに帰っちまった。ジュリが仕えていたのも、人形を作ったのもその後の話だ」
 やがて寂しげに、しかしどこかあっけらかんとした声で言った。僕はどんな顔をすればいいのかも分からず、むずむずと眉を動かす。
「いろいろあって別れたって……、友好の証の結婚を?」
 そうどこか責めるように聞いてしまったのは当然、その後トレンティアがズミと戦争を始めたからだ。パウルはすぐに顔を俯けた。
「別に不仲だったわけじゃないんだが……、まあなかなか子どもができなかったり、やっぱり反ズミ派の連中がうるさかったりで……まあいろいろだよ」
 その口ぶりから察するに、どうせまた貴族の対立とか王位を狙うものの策謀とか、そんな話が出てくるのだろう。
 そこに政略結婚の話まで混ざってくるとすればもう考えたくもない泥沼の世界だ。僕はすぐに顔を背けた。
 しかしパウルの目は再び僕を見つめ、やがてその声も重たくなっていく。
「あいつが人体魔術を習得したのは当然、俺の元にいた頃のことだ。それをズミに持ち帰って人形を作り、そして今もなおその残滓が凶行を繰り返している……。だからそれは……俺が片をつけなきゃいけないことなんだ。人体魔術という禁忌の門番として、それからその禁忌を破った女の夫としてな……」
 その声は語るほどに深く思い詰めていくようだった。その胸中たるや……想像したくもないが、それほどのものを背負っているというのなら、さすがに僕が口出しできることではない。
「それは……、トレンティア軍が血眼になってお前の命を狙っている、そのことよりも重要なことなんだな」
 念を押すように僕は聞いた。パウルは切なげな顔のまま、ふいと視線を逸らした。
「……もう、身分も過去も捨てたつもりだ、そんなことより俺はしぶとく生き延びたい……そう思ってはいたんだが……。やっぱそれじゃ駄目なんだよな。なあ、ヨハン……」
 そして何か重たい意思を宿したように、僕の名前を呼んでくる。
 オーデルから去ると言い出した彼の心は、トレンティアから逃げる、そのことだけに決まっているものかと思っていたが……彼は迷っている。思いもかけずガロンの情報が目の前に転がり込んできたのだからそれも無理はないのかもしれない。
 そしてそれを追って飛び出した僕だって、そこまで深い覚悟を決めている時間もなかった。他でもないパウル自身が選択をするのであれば、あえて僕が何かを言うことはない。
「……好きにしろ。僕だってもともとガロンのことを追うのに反対してたわけじゃない、それがお前のやるべきことだと言うのなら……」
 ため息とともにそう言うと、パウルはじっと僕の顔を見てから、やがてふいに声色を軽くした。
「まあ、そうは言ったってできることには限度があるからな。状況を見つつ臨機応変になるだろうが。……もしガロンが人形の生産に関わるような立場なら、引っかかるものがあるだろう。ここに来る前に見た村の廃墟、あそこにいたガキどもだ」
 そう言われて僕も彼らのことを思い出した。そうだ、彼らは確か自分たちを引き取ると言った男達の存在を話していた。
 こんな状況で孤児を引き取るなんて、よほどの慈善家でなければ人買いか盗賊か、その類であることは想像に難くない。それでも野垂れ死ぬよりかはいいと、そう思って彼らを残してきたのだ。
 それがガロン達のような人形を使う盗賊団だったとしたら当然、その未来はただ死ぬよりも悪いことだろう。
「確証があるわけじゃないが、嫌な予感がする。ひとまずあのガキどものところに引き返そう。ティファはサダナムから西と言っていた……可能性は十分ある」
 パウルはそう力強い表情で言って、やっとベッドの上から立ち上がった。僕も改めて身支度を整えて出発の準備をする。
 宿を出ると、喧騒は引き続き街を取り巻いているようだった。しかし昨日よりは落ち着いているだろうか、ところどころ聞こえてくる会話からは、襲撃に備えて、護衛を改めて雇い入れるような話が進んでいるらしい。
 それを尻目に僕達は来た道を引き返すようにして宿場町を後にする。たった三人で出かける僕達を怪訝な目で見る者は多く、中には危ないからやめておけなんて親切に止めてくるものまであったが、構いはしない。
 相手が恐ろしい人形兵だったとしても、こちらには更に高性能な人形であるフェリア、そしてパウルの魔法がある。敵の数によっては当然危なくなることもあるだろう、油断はできないが……、刃が立たないということは少なくとも無いだろう。
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