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第十章 分かたれる道
115話 弁舌の激戦
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じっくりと緊張が高まっていく中、その戦いは静かに幕を開ける。戦場は、毒々しいまで映る派手な花がこれでもかと飾られたいかがわしい一室だった。
そのためだけに作られた狭い部屋で、男女がまぐわう大きなベッドの上に座っている貴公子の作り笑顔は、それだけでいやに艶めかしい。
その顔を見るのも数ヶ月ぶりだが、それは初めて合わす顔でもある。
「お久しぶり……いえ、始めまして、と言うべきでしょうか? イグノール殿」
髪を隠すために被っていたフードを下ろして、ラファエル・ロードは滑らかな声で私を呼んでくる。
……笑顔を作るのも煩わしいが、それも戦士の礼儀というものか。私も口だけで笑ってやる。
「イグノール“殿下”だ、ロード・レイン・クラネルト」
そして開口一番、重たい声で先制攻撃を仕掛ける。
ロードは口元の笑みは崩さないまま、その目を一瞬にして凍りつかせた。まさか唐突に挑まれるとは思ってもみなかっただろうか。
狭い室内の中、私はまだ立ったままで、ベッドに腰掛けている男に向かう。背中のすぐ後ろに壁があるものだからその距離は自然と詰まった。
ロードはその攻撃をいなすように、仕方なさそうに笑いを零してきた。
「しばらくぶりの再会だと言うのに、穏やかではありませんね。あなたが貴い身分でありながら強力な戦士であることは私もよく知っています。そのように威圧されては恐ろしくて何も考えられなくなってしまう」
その防御の構えは搦め手で崩してやる。
「優しく抱きしめてほしいってか? この私に色仕掛けとは、かわいらしいクラネルト殿もいたものだ」
地理を利用するのも戦いにおける重要な判断だ、元はと言えば機密性の確保のためにとった娼館という場所を、この際は有利に使ってやる。
意表をついた一撃となっただろう、さすがのロードも顔を引きつらせた。怯んだところを逃さず追い打ちをかけてやる。
「私を誘うつもりなら甘い声で呼んでくれ? 初めて会った時のように、パウルと……」
しっとりと情欲を装った顔を、彼を覗き込むように寄せて。彼は怒りの滲んだ顔で笑った。
「御冗談を……、イグノール殿下」
そう言わせればこちらの一本だ。懐にしまっている奥の手を使わずに済んだことを喜ぼう。
「よろしい。では話を始めよう」
すぐに切り替えて、ようやく私は彼の隣に腰掛ける。ロードは目を瞑って細くため息をついた。
「まずは先般……ベルタスでは篤く世話になったことに改めて礼を言おう。私の身の上については貴公も理解してくれていると思うが、あの時は身分も明かせなかったことを申し訳ないと思っている。深くお詫びを言わせてくれ」
ここは柔らかな声で語りかける。押しと引きの判断は丁寧に手繰らなければいけない。
「……滅相も、ございません。恐れながらお聞かせ願いますか、殿下。なぜあの時……、あなたはデボン家の率いる先王一派の方々と協力しようと思わなかったのですか」
ロードの声はいまひとつたどたどしい。その初手だけで体勢を崩したとでもいうのか、まったく甘く見られたものだ。
当然彼からすればパウル・イグノールという過去の人間を知ることは曖昧にしかできなかっただろう、その実力を見誤るのも無理はないかもしれないが。
だからこそ私は今日、このイグノールの力をしっかりと彼に誇示しなければいけない。
「なぜ、とは……、ロード殿らしくもないな。あんな所で加担しても勝ち目がなかったからに決まっている。ガブリエルの聖血の儀が成功するか失敗するか……、それは神のみぞ知る運命であったが、どちらにしても私にとっては些事だよ。腑抜けた王子の一人や二人、殺すことはいつでもできるからな。十五年前に私がそうされたように」
そこでロードの顔色は変わらなかった。私は笑みを深めて続ける。
「だがギルバートのごとき小物と同じだと思ってくれるなよ。私は暗殺なんて小賢しい真似は好まない。……欲しいのは確実な“勝利”だ。貴公はズミのレジスタンスだろう? 同じ気持ちでいてくれるものと思っているが……」
実際は行き当たりばったりの気分で動いていただけだが、ハッタリの言葉をどれほど格好つけて言えるかというのは、普段の反復訓練がものを言うところだ。私も伊達に十五年間猫を被っていない。
当然相手とてハッタリの交渉術には慣れたものだ。崩れて見えたペースをすぐに立て直してきた。
「確実な勝利のためなればこそ、判断を間違うわけにはいきません。私がこれまでレジスタンスとして動いてきたその土台には、クラネルトという貴族の信義があることは言うまでもないでしょう。私とてそれを失うわけにはいかないのです。大局を見ずに目前の敵を間違うような真似は、賢明なあなた様も避けたことではありませんか」
滑らかに紡いで見せる言葉を聞くに、どうやらもとより協力的という姿勢ではなさそうだ。
「貴公が聡明な同志であることを嬉しく思うよ。ではその貴族の信義に基づいて、このイグノール・トレント・エルフィンズにはいかような誠意を示してくれるのだろうか」
詭弁の基本は相手の言葉を取り上げることだ。新しい話をした方が不利になる。既に面倒くさくて仕方がないが、この面倒くささで相手のペースを侵すのも常套手段だ。
「当然、あなた様の仰せのままに……。ただ、私どもにもできることの限界がある、それだけのことです」
そうして防御の構えを見せてくる、ならば仕方がない、その分こちらも強く攻めなければなるまい。
「その忠義、痛く沁み入るよ。限界があるとは言うが、私達の出会いの地、パーティルで貴公は素晴らしい働きをしてくれたではないか。その若さで振るった見事な手腕は尊敬に値する。謙遜することはない」
その町の名前を出せばロードの表情はわずかに揺れる。隙あり!
「パーティルと言えば、あの時出会ったフォス・カディアルの騎士と再会することがあってね。彼もかの町ではロード殿に手厚く世話になったと礼を言っていたよ。アンデル・デニング殿がそうしたように、クラネルト領の絶品の茶をともに飲んでみたいと楽しみにしている」
それが弱点だろうという見当はついていたが、最も効果的にそれを突くために、全力で言葉を選び、美しい笑顔を浮かべる。
彼の笑顔は凍りついている。崩さないだけ立派なものだ。
「今日は茶の用意もできず、失敬をしております。何か代わるものがあればいいのですが……、何をお望みで?」
さすがに頭の回転がよろしい。打ち負けても品を損なうことのない彼に感心しながらも私は緩く足を組んだ。
ここからは内容のある話だ、警戒姿勢は最低限にして、テンポの良さを重視した戦いを展開する。
「ギルバート陛下が私のことを目の敵にしているだろうことは想像がついている。問題はかの悪王に心を奪われた同胞がどれほどいるかということだ。ベルタス、サダナム、そしてナート。要所となるそれらの地の軍の動向が知りたい」
ロードはゆっくりと笑みを消して、一瞬だけ間を置いた。
「恐縮ながら、私は軍の者ではありません。そのような情報は分かりかねますね」
この手練れの戦士が「分からない」なんて手を上げることはあり得ない。しかしテンポの良さが重要だ、すぐに軽やかに切り返す。
「義理の兄と連絡はとっていないのか? カディアル家の騎士ともなれば軍の上層まで事情を知っていそうだがな」
ロードの目の色が変わった。隠しもせず、あからさまに苦い表情だ。
「機密情報のやりとりをするほど彼と私の仲が良ければ、ティファもあんな目には遭っていませんよ」
「ティファの襲撃にお前は関与してないと?」
「当たり前です。彼女は私の部下ですよ?」
不機嫌そうな顔だ。作り笑顔は崩す時にこそ本領を出すことを彼はよく知っている。
「だがお前の女でもあるだろう。痴情のもつれでも起こしたのかと思ったが」
それはやや迂遠に、様子を見るような一撃だ。ロードは余計に険悪な表情を浮かべた。
「もしそうなら私が直接手を下しますよ」
「それもそうか。ならお前とカルロスがこの町に同時にいることも偶然なのかね?」
こちらの攻勢を感じ取って、彼も唐突に表情に力を入れた。眉は寄せたまま、その目をすっと冷たくする。
「元はと言えば彼が私をここへ呼んだのですよ。何やら面白い毒を扱う薬師がいるので調べてほしい……なんて言われてね。それがどうしてティファを襲うことになったのかは知りません。聞けるほど仲良くもありませんし、へたをすれば私のズミ軍への関与も疑われかねませんのでね」
さすがに彼は論理に隙をつくるような初歩的な失敗はしない、それ以上は攻めれない。新たに出た足がかりからまた別のところを突くことにする。
「面白い毒を扱う薬師については何か分かったか」
ロードも不敵に笑いを浮かべた。
「ええ、おかげさまで。もっと早くに……あなた様の息がかかる前に捕まえておけばよかったと悔やまれますよ」
確かにあの毒は優秀な手駒に違いないが、あまりもの惜しげにすると弱点だととられかねない。間髪入れずに次の手へ出る。
「あいつはああ見えてがめつい薬師だ。金さえ積めば靡いてくれるかもしれないぞ。ティファの治療にかかった請求書を預かっていたのだが……、ここに来る途中でなくしてしまった。さて、いくらだっただろうか……」
私は片手で頭を押さえて首を振ってやった。ロードは呆れた顔になってため息をついた。
「ミュロスの冠で……三千でどうです」
さすが金持ち貴族、ここの交渉で頑張るつもりはないらしい、えらく即物的な物言いだ。しかし私はここで念を入れて確認しておく。
「さすがクラネルト様は金持ちだな。しかし勇猛なるフォスはミュロスではなく神聖なるトレントの忠犬だ、かの冠は彼の口を喜ばせない。……もう一度言うが、私は軍の動向を知りたい」
しっかりと力をかけて重たく言ってやったが、彼も当然のごとく揺れはしなかった。
「恐れながら殿下、私も再度言わせていただきましょう。私は知りません」
それは譲れないという意思表示……あくまで確認と、次の一振りのための助走だ。
「では、フォスの前足は何本指だ」
ロードの眉がわずかに震えた。
金は程度の問題だ、あまり押しすぎても関係の悪化を招くだけ……今後もお互い気持ちよく利用できる関係でいるために、譲歩できる分の余裕はあらかじめ持っておく。
「犬は仕えるべき主人に片方の前足を出すそうですね、このように」
そう言って手を出してきたのはさすがに大胆だ。既に雌雄は決し終えたとばかりに気を緩めていた、こちらの意表を突く誘惑の一手……、それに迷わず切り返す勇気がその一瞬で出なかった。……さすがクラネルト。
仕方なくそのまま、親指を折って隠した四本指の手を受け取った。
「いい子だ。場所は?」
「シュナートです。お望みであればクスダン、あるいはラズミルまで運ばせますが」
「シュナートなら折を見て取りに行こう。保管場所の地図と信書を書いてくれ」
言われるがままに文書を書き始めながら、しかしロードは唐突に、軽い世間話でもするような調子で攻めてきた。
「そういえば、ヨハンさんは元気にしていますか」
思わず私は瞬きをした。ヨハンがトレントの魔剣の使い手であることは、ティファもしくはカルロスから彼にも伝わっているだろう。
そこは私の弱点だが、金のやりとりをした後に持ち出してくるということは、まだ探りを入れている段階というところだろうか。
「相変わらずやんちゃだが元気にやってるよ。結婚祝いの品があれば代わりに受け取っておくが」
喋りながら考えを確かめる。
青い瞳とトレントの血門を持つ彼の正体を勘繰ること自体は難しくないだろう、しかし十五年前に歴史上から抹消されたそれについて確信を得ることは、私の口からそうだと言わない限りできないはずだ。
「クラネルト領のぶどう酒をぜひとも贈りたいところですが、物流が悪くて時間がかかりそうです。今は気持ちだけ……アルティヴァの冠を」
そう言ってロードは懐から財布を出したかと思えば、金貨を一枚投げてきた。
それはミュロスの冠だ、わざわざアルティヴァと呼んだ意図は……ただレジスタンスの慣わしと考えるのは楽観的だろうか。
ヨハンの本名を知っている? 一体どうやって? 探るように彼の目を見つめると、どうにも深い色をしている。
「こちらは“殿下”をつけろとは仰らないのですね」
真正面から切り込んできた。乾いた笑いでいなすしかない。
「あいつはズミで拾った身なし子だよ」
しかしロードは涼しい微笑のまま語った。
「エルフィンズ家の書庫の奥には、聖血の義の執行記録が事細かに記された極秘資料があるそうですね。分家の子息にこっそり受けさせた者、娘に受けさせた者、はたまた成長してから受けて失敗していった者達の名……歴史上抹消された王子達の名も……」
そういえばそんなものがあったな、と思い出す。エルフィンズ家の者ではない彼がそれを目にすることはできないだろうが、巧みに作った人脈を辿って知ることはできたかもしれない。
悔しいがここは一本譲らざるを得ないだろう。ここで現れたのはトレンティアの貴族社会から離れていた、その時間と距離の差だ。
「口止め料を払ってやるよ」
薄く作った笑みを崩さないままそう言ってやる。彼はぴたりと筆を止めてこちらを見上げた。
その事実はまだ暴かれてはならない。それがほかでもない私の弱点だと認めてしまうことと天秤にかけてもなお、そこには釘を刺しておかねばならなかった。
もっとも彼がその資料に辿り着いたとしても、そんな記録の存在をエルフィンズ家が公認できるとは思えない。言いふらそうと思ったところでそう簡単にはいかないだろうが……それでもだ。
同じ作り笑顔のロードの視線を受け止めて、私は懐にしまっていた“奥の手”を取り出した。それは一つの小さな薬瓶だ。
「がめつい薬師からのプレゼントだ。お前にやる」
ロードは表情をぴくりとも動かさないままそれを黙って受け取った。こういう使い方の想定をしてはいなかったが、咄嗟の機転を利かした判断は我ながら秀逸だ。
「夫婦の営みにいい薬だそうだ。男が飲む用のな。イザベラとの間にはまだ授かってないんだろう、帰国したらしっかり励め」
そう続けると、さすがの貴公子も暗い視線で睨むように見つめてきた。
語った薬の効能は実際のところ真実である。これが最後の一手だ、私はにたりと笑ってやった。
「リベルは病に伏せ、ガブリエルも既に聖樹の風となった。ギルバート陛下はさぞ愛娘のことを気にかけておられるだろう。何せブライアンはまだ乳飲み子だ、先のことは分からないしな」
その真意は、今はまだ仄めかすだけに留めねばならない。それだけのことが“釘”となり得るのか、それはロード様の頭の回転力に縋るほかなかった。歯痒いが、それが今できる最大限のことだ。
ロードは暗い表情のままそれを凍りつかせて黙っていた。考える時間はゆっくりとった方が良さそうだ。
そこで互いの攻防は交わされ尽くしたらしい。お互いに交え、手元に残った点数は、はてさてどちらが重いだろうか。さすがクラネルトの貴公子、結構なお点前だ。
だが私の一番の目的は既に果たし終えている。それは、これがイグノールという政治家であるという表明そのものだ。
この結果を受けて今後も彼が私に対し、賢明な付き合い方を模索してくれることを期待しよう……。
結局僕がグリス、ティガル、ジュリを伴ってパーティルへ向けて出発する、その日取りは決定から四日も後のことだった。
旅の資材を揃えたり道順を確認したりということに時間をとっているうちに、パウルがロードとの会合を約束している日まで迫ってしまったので、せっかくだからその報告を待ってからにしようとなったのだ。
なにせトレンティアの有力貴族との会合である、そこで何かしら協力を取り付けられたとするなら、これからの任務にも影響が出るかもしれない。特に、ロードがかつて拠点にしていたパーティルであればなおのこと。
しかし会合の翌日にラズミルへ戻ってきた、パウルの顔色はいまひとつ芳しくなかった。
「金しか引き出せなかったよ。大胆不敵なロード様の姿勢としては面白みには欠けるが……。しかし少なくとも真っ向から敵対する姿勢は見せなかったし、軍資金も潤うからな、悪い結果ではないさ」
パウルは配下の四名と僕とを集めた場所でそう報告した。
「だがあいつが協力を拒むこと自体が本軍の動向の手がかりになる。希望的観測としては国内のイグノール派貴族の扇動で分裂自滅が望ましかったが、少なくともそんな動きは大きくないと見ていいだろう。彼らは依然ギルバートの命令の元戦争を続けるつもりだ。多少の士気の低下は望めるかもしれないが、要はやっぱり真っ向からの戦闘は避けられない」
真っ向からの戦闘は避けられない……それはズミ軍に属している僕にとっては当たり前の話だったが、パウルとしては違うことを考えていたらしい。トレンティア軍の自滅という筋書きは……しかし当然そう都合よくは叶わないようだ。
その後、エレアノールから留守の間の報告がパウルへとなされ、その流れに乗るようにして僕もパーティルへの遠征任務の共有をする。
僕の話を聞いて、パウルは目を瞬かせて頷いた。
「パーティルか、因縁なものだな。だがロードも私への情報面での協力は拒んだからな、こちらも知らぬ存ぜぬで攻めていけ」
そう言った声色も、どことなく気が抜けているようだ。パウルに言われるまでもない、と僕は頷く。
そんな僕達の傍ら、クラウスは何も口出しをせず、いつも通り引き締まった表情で佇んでいて……そしていまだに場違い感の拭えない薬師がのんきにあくびをしている。そんな彼に声を掛けるパウルものんきそうだ。
「そういえばリョー、やっぱりロードはお前に関心を示していたぞ。そのうち引き抜きの声がかかるかもしれんが……」
リョドルは目を丸くしたが、すぐに気の抜けた声で言った。
「トレンティアの毒使いか。そっちも興味深くはあるから悪い話ではないな……」
「やめとけ、あいつの部下になったらもののついでに本当に娼婦をさせられるぞ。何せお前は美人だ」
そんなことを言い合っているのは本気なのか冗談なのか……僕もエレアノール達も呆れた顔で眺めるだけだ。
リョドルは気にしたふうもなく聞き流し、軽い声色で話を変えた。
「そうだ殿下、持たせた薬は? 使わなかったのなら返してくれ。あれ作るの結構大変なんだから」
「ああ……、すまん、使ってしまった」
何やらまたリョドルの毒薬を使ったらしい。思わず僕はぎょっとして僅かに身を引いた。協力をとりつけるための会合で毒を盛るなんて、そんなことが許されるのだろうか……。
しかしぎょっとしたのは、意外にもリョドルも同じだったらしい。
「使った!? えっ、どっちが飲んだの?」
「それはまあ……想像に任せるよ」
パウルはにやりと悪い笑みを浮かべて言った。
一体どんな毒を盛ったのだろう。どっちが飲んだか分からないような薬なら、恐らく攻撃性のあるものではないのだろうが……。
クラウスもエレアノールも黙っているのを見るに、その内容はパウルとリョドルしか知らないらしい。
リョドルは小さな悲鳴を上げて両手で顔を覆ってしまった。……まあ、あえて聞くまい。
「それじゃあ次の一手を考えていこうかねえ……。ヨハンはどっちみちパーティルだ、グリス、くれぐれも頼んだぞ」
パウルは王宮の椅子の上でふんぞり返ったまま、首を鳴らしながらそう言った。
グリスはびしりと背筋を伸ばして返事をしていた。……前に聞いた話では、彼は僕の護衛として同行するらしい。
正直魔剣を持っていなくてもグリスより僕の方が強いのではないか、なんて思うのはあるいは思い上がりだろうか。考えてみれば彼が戦っているところなんて見たことがない。
まあ、僕にとっては遠征隊の指揮官という初めての仕事にもなる。それも見極めつつ、できることを考えていこう……などと、僕はグリスの朗らかな顔を見て思う。
「……次の一手とは何を考えているんだ?」
僕がパウルにそう聞いたのはほとんどただの興味本位だった。パウルはぐっと力強い笑みを浮かべる。
「トレンティア軍の自滅も、和解も望めないと分かった以上、次は攻めるさ。まあお前はズミ軍の任務に専念しろ。各々できることに最善を尽くそうじゃないか」
分かった、と僕は短く返事をした。
彼の頭の中で何が起こっているのか、既に僕にはさっぱり分からないが……、まあ、任せておこう。僕は僕のやることをやるだけだ。
そのためだけに作られた狭い部屋で、男女がまぐわう大きなベッドの上に座っている貴公子の作り笑顔は、それだけでいやに艶めかしい。
その顔を見るのも数ヶ月ぶりだが、それは初めて合わす顔でもある。
「お久しぶり……いえ、始めまして、と言うべきでしょうか? イグノール殿」
髪を隠すために被っていたフードを下ろして、ラファエル・ロードは滑らかな声で私を呼んでくる。
……笑顔を作るのも煩わしいが、それも戦士の礼儀というものか。私も口だけで笑ってやる。
「イグノール“殿下”だ、ロード・レイン・クラネルト」
そして開口一番、重たい声で先制攻撃を仕掛ける。
ロードは口元の笑みは崩さないまま、その目を一瞬にして凍りつかせた。まさか唐突に挑まれるとは思ってもみなかっただろうか。
狭い室内の中、私はまだ立ったままで、ベッドに腰掛けている男に向かう。背中のすぐ後ろに壁があるものだからその距離は自然と詰まった。
ロードはその攻撃をいなすように、仕方なさそうに笑いを零してきた。
「しばらくぶりの再会だと言うのに、穏やかではありませんね。あなたが貴い身分でありながら強力な戦士であることは私もよく知っています。そのように威圧されては恐ろしくて何も考えられなくなってしまう」
その防御の構えは搦め手で崩してやる。
「優しく抱きしめてほしいってか? この私に色仕掛けとは、かわいらしいクラネルト殿もいたものだ」
地理を利用するのも戦いにおける重要な判断だ、元はと言えば機密性の確保のためにとった娼館という場所を、この際は有利に使ってやる。
意表をついた一撃となっただろう、さすがのロードも顔を引きつらせた。怯んだところを逃さず追い打ちをかけてやる。
「私を誘うつもりなら甘い声で呼んでくれ? 初めて会った時のように、パウルと……」
しっとりと情欲を装った顔を、彼を覗き込むように寄せて。彼は怒りの滲んだ顔で笑った。
「御冗談を……、イグノール殿下」
そう言わせればこちらの一本だ。懐にしまっている奥の手を使わずに済んだことを喜ぼう。
「よろしい。では話を始めよう」
すぐに切り替えて、ようやく私は彼の隣に腰掛ける。ロードは目を瞑って細くため息をついた。
「まずは先般……ベルタスでは篤く世話になったことに改めて礼を言おう。私の身の上については貴公も理解してくれていると思うが、あの時は身分も明かせなかったことを申し訳ないと思っている。深くお詫びを言わせてくれ」
ここは柔らかな声で語りかける。押しと引きの判断は丁寧に手繰らなければいけない。
「……滅相も、ございません。恐れながらお聞かせ願いますか、殿下。なぜあの時……、あなたはデボン家の率いる先王一派の方々と協力しようと思わなかったのですか」
ロードの声はいまひとつたどたどしい。その初手だけで体勢を崩したとでもいうのか、まったく甘く見られたものだ。
当然彼からすればパウル・イグノールという過去の人間を知ることは曖昧にしかできなかっただろう、その実力を見誤るのも無理はないかもしれないが。
だからこそ私は今日、このイグノールの力をしっかりと彼に誇示しなければいけない。
「なぜ、とは……、ロード殿らしくもないな。あんな所で加担しても勝ち目がなかったからに決まっている。ガブリエルの聖血の儀が成功するか失敗するか……、それは神のみぞ知る運命であったが、どちらにしても私にとっては些事だよ。腑抜けた王子の一人や二人、殺すことはいつでもできるからな。十五年前に私がそうされたように」
そこでロードの顔色は変わらなかった。私は笑みを深めて続ける。
「だがギルバートのごとき小物と同じだと思ってくれるなよ。私は暗殺なんて小賢しい真似は好まない。……欲しいのは確実な“勝利”だ。貴公はズミのレジスタンスだろう? 同じ気持ちでいてくれるものと思っているが……」
実際は行き当たりばったりの気分で動いていただけだが、ハッタリの言葉をどれほど格好つけて言えるかというのは、普段の反復訓練がものを言うところだ。私も伊達に十五年間猫を被っていない。
当然相手とてハッタリの交渉術には慣れたものだ。崩れて見えたペースをすぐに立て直してきた。
「確実な勝利のためなればこそ、判断を間違うわけにはいきません。私がこれまでレジスタンスとして動いてきたその土台には、クラネルトという貴族の信義があることは言うまでもないでしょう。私とてそれを失うわけにはいかないのです。大局を見ずに目前の敵を間違うような真似は、賢明なあなた様も避けたことではありませんか」
滑らかに紡いで見せる言葉を聞くに、どうやらもとより協力的という姿勢ではなさそうだ。
「貴公が聡明な同志であることを嬉しく思うよ。ではその貴族の信義に基づいて、このイグノール・トレント・エルフィンズにはいかような誠意を示してくれるのだろうか」
詭弁の基本は相手の言葉を取り上げることだ。新しい話をした方が不利になる。既に面倒くさくて仕方がないが、この面倒くささで相手のペースを侵すのも常套手段だ。
「当然、あなた様の仰せのままに……。ただ、私どもにもできることの限界がある、それだけのことです」
そうして防御の構えを見せてくる、ならば仕方がない、その分こちらも強く攻めなければなるまい。
「その忠義、痛く沁み入るよ。限界があるとは言うが、私達の出会いの地、パーティルで貴公は素晴らしい働きをしてくれたではないか。その若さで振るった見事な手腕は尊敬に値する。謙遜することはない」
その町の名前を出せばロードの表情はわずかに揺れる。隙あり!
「パーティルと言えば、あの時出会ったフォス・カディアルの騎士と再会することがあってね。彼もかの町ではロード殿に手厚く世話になったと礼を言っていたよ。アンデル・デニング殿がそうしたように、クラネルト領の絶品の茶をともに飲んでみたいと楽しみにしている」
それが弱点だろうという見当はついていたが、最も効果的にそれを突くために、全力で言葉を選び、美しい笑顔を浮かべる。
彼の笑顔は凍りついている。崩さないだけ立派なものだ。
「今日は茶の用意もできず、失敬をしております。何か代わるものがあればいいのですが……、何をお望みで?」
さすがに頭の回転がよろしい。打ち負けても品を損なうことのない彼に感心しながらも私は緩く足を組んだ。
ここからは内容のある話だ、警戒姿勢は最低限にして、テンポの良さを重視した戦いを展開する。
「ギルバート陛下が私のことを目の敵にしているだろうことは想像がついている。問題はかの悪王に心を奪われた同胞がどれほどいるかということだ。ベルタス、サダナム、そしてナート。要所となるそれらの地の軍の動向が知りたい」
ロードはゆっくりと笑みを消して、一瞬だけ間を置いた。
「恐縮ながら、私は軍の者ではありません。そのような情報は分かりかねますね」
この手練れの戦士が「分からない」なんて手を上げることはあり得ない。しかしテンポの良さが重要だ、すぐに軽やかに切り返す。
「義理の兄と連絡はとっていないのか? カディアル家の騎士ともなれば軍の上層まで事情を知っていそうだがな」
ロードの目の色が変わった。隠しもせず、あからさまに苦い表情だ。
「機密情報のやりとりをするほど彼と私の仲が良ければ、ティファもあんな目には遭っていませんよ」
「ティファの襲撃にお前は関与してないと?」
「当たり前です。彼女は私の部下ですよ?」
不機嫌そうな顔だ。作り笑顔は崩す時にこそ本領を出すことを彼はよく知っている。
「だがお前の女でもあるだろう。痴情のもつれでも起こしたのかと思ったが」
それはやや迂遠に、様子を見るような一撃だ。ロードは余計に険悪な表情を浮かべた。
「もしそうなら私が直接手を下しますよ」
「それもそうか。ならお前とカルロスがこの町に同時にいることも偶然なのかね?」
こちらの攻勢を感じ取って、彼も唐突に表情に力を入れた。眉は寄せたまま、その目をすっと冷たくする。
「元はと言えば彼が私をここへ呼んだのですよ。何やら面白い毒を扱う薬師がいるので調べてほしい……なんて言われてね。それがどうしてティファを襲うことになったのかは知りません。聞けるほど仲良くもありませんし、へたをすれば私のズミ軍への関与も疑われかねませんのでね」
さすがに彼は論理に隙をつくるような初歩的な失敗はしない、それ以上は攻めれない。新たに出た足がかりからまた別のところを突くことにする。
「面白い毒を扱う薬師については何か分かったか」
ロードも不敵に笑いを浮かべた。
「ええ、おかげさまで。もっと早くに……あなた様の息がかかる前に捕まえておけばよかったと悔やまれますよ」
確かにあの毒は優秀な手駒に違いないが、あまりもの惜しげにすると弱点だととられかねない。間髪入れずに次の手へ出る。
「あいつはああ見えてがめつい薬師だ。金さえ積めば靡いてくれるかもしれないぞ。ティファの治療にかかった請求書を預かっていたのだが……、ここに来る途中でなくしてしまった。さて、いくらだっただろうか……」
私は片手で頭を押さえて首を振ってやった。ロードは呆れた顔になってため息をついた。
「ミュロスの冠で……三千でどうです」
さすが金持ち貴族、ここの交渉で頑張るつもりはないらしい、えらく即物的な物言いだ。しかし私はここで念を入れて確認しておく。
「さすがクラネルト様は金持ちだな。しかし勇猛なるフォスはミュロスではなく神聖なるトレントの忠犬だ、かの冠は彼の口を喜ばせない。……もう一度言うが、私は軍の動向を知りたい」
しっかりと力をかけて重たく言ってやったが、彼も当然のごとく揺れはしなかった。
「恐れながら殿下、私も再度言わせていただきましょう。私は知りません」
それは譲れないという意思表示……あくまで確認と、次の一振りのための助走だ。
「では、フォスの前足は何本指だ」
ロードの眉がわずかに震えた。
金は程度の問題だ、あまり押しすぎても関係の悪化を招くだけ……今後もお互い気持ちよく利用できる関係でいるために、譲歩できる分の余裕はあらかじめ持っておく。
「犬は仕えるべき主人に片方の前足を出すそうですね、このように」
そう言って手を出してきたのはさすがに大胆だ。既に雌雄は決し終えたとばかりに気を緩めていた、こちらの意表を突く誘惑の一手……、それに迷わず切り返す勇気がその一瞬で出なかった。……さすがクラネルト。
仕方なくそのまま、親指を折って隠した四本指の手を受け取った。
「いい子だ。場所は?」
「シュナートです。お望みであればクスダン、あるいはラズミルまで運ばせますが」
「シュナートなら折を見て取りに行こう。保管場所の地図と信書を書いてくれ」
言われるがままに文書を書き始めながら、しかしロードは唐突に、軽い世間話でもするような調子で攻めてきた。
「そういえば、ヨハンさんは元気にしていますか」
思わず私は瞬きをした。ヨハンがトレントの魔剣の使い手であることは、ティファもしくはカルロスから彼にも伝わっているだろう。
そこは私の弱点だが、金のやりとりをした後に持ち出してくるということは、まだ探りを入れている段階というところだろうか。
「相変わらずやんちゃだが元気にやってるよ。結婚祝いの品があれば代わりに受け取っておくが」
喋りながら考えを確かめる。
青い瞳とトレントの血門を持つ彼の正体を勘繰ること自体は難しくないだろう、しかし十五年前に歴史上から抹消されたそれについて確信を得ることは、私の口からそうだと言わない限りできないはずだ。
「クラネルト領のぶどう酒をぜひとも贈りたいところですが、物流が悪くて時間がかかりそうです。今は気持ちだけ……アルティヴァの冠を」
そう言ってロードは懐から財布を出したかと思えば、金貨を一枚投げてきた。
それはミュロスの冠だ、わざわざアルティヴァと呼んだ意図は……ただレジスタンスの慣わしと考えるのは楽観的だろうか。
ヨハンの本名を知っている? 一体どうやって? 探るように彼の目を見つめると、どうにも深い色をしている。
「こちらは“殿下”をつけろとは仰らないのですね」
真正面から切り込んできた。乾いた笑いでいなすしかない。
「あいつはズミで拾った身なし子だよ」
しかしロードは涼しい微笑のまま語った。
「エルフィンズ家の書庫の奥には、聖血の義の執行記録が事細かに記された極秘資料があるそうですね。分家の子息にこっそり受けさせた者、娘に受けさせた者、はたまた成長してから受けて失敗していった者達の名……歴史上抹消された王子達の名も……」
そういえばそんなものがあったな、と思い出す。エルフィンズ家の者ではない彼がそれを目にすることはできないだろうが、巧みに作った人脈を辿って知ることはできたかもしれない。
悔しいがここは一本譲らざるを得ないだろう。ここで現れたのはトレンティアの貴族社会から離れていた、その時間と距離の差だ。
「口止め料を払ってやるよ」
薄く作った笑みを崩さないままそう言ってやる。彼はぴたりと筆を止めてこちらを見上げた。
その事実はまだ暴かれてはならない。それがほかでもない私の弱点だと認めてしまうことと天秤にかけてもなお、そこには釘を刺しておかねばならなかった。
もっとも彼がその資料に辿り着いたとしても、そんな記録の存在をエルフィンズ家が公認できるとは思えない。言いふらそうと思ったところでそう簡単にはいかないだろうが……それでもだ。
同じ作り笑顔のロードの視線を受け止めて、私は懐にしまっていた“奥の手”を取り出した。それは一つの小さな薬瓶だ。
「がめつい薬師からのプレゼントだ。お前にやる」
ロードは表情をぴくりとも動かさないままそれを黙って受け取った。こういう使い方の想定をしてはいなかったが、咄嗟の機転を利かした判断は我ながら秀逸だ。
「夫婦の営みにいい薬だそうだ。男が飲む用のな。イザベラとの間にはまだ授かってないんだろう、帰国したらしっかり励め」
そう続けると、さすがの貴公子も暗い視線で睨むように見つめてきた。
語った薬の効能は実際のところ真実である。これが最後の一手だ、私はにたりと笑ってやった。
「リベルは病に伏せ、ガブリエルも既に聖樹の風となった。ギルバート陛下はさぞ愛娘のことを気にかけておられるだろう。何せブライアンはまだ乳飲み子だ、先のことは分からないしな」
その真意は、今はまだ仄めかすだけに留めねばならない。それだけのことが“釘”となり得るのか、それはロード様の頭の回転力に縋るほかなかった。歯痒いが、それが今できる最大限のことだ。
ロードは暗い表情のままそれを凍りつかせて黙っていた。考える時間はゆっくりとった方が良さそうだ。
そこで互いの攻防は交わされ尽くしたらしい。お互いに交え、手元に残った点数は、はてさてどちらが重いだろうか。さすがクラネルトの貴公子、結構なお点前だ。
だが私の一番の目的は既に果たし終えている。それは、これがイグノールという政治家であるという表明そのものだ。
この結果を受けて今後も彼が私に対し、賢明な付き合い方を模索してくれることを期待しよう……。
結局僕がグリス、ティガル、ジュリを伴ってパーティルへ向けて出発する、その日取りは決定から四日も後のことだった。
旅の資材を揃えたり道順を確認したりということに時間をとっているうちに、パウルがロードとの会合を約束している日まで迫ってしまったので、せっかくだからその報告を待ってからにしようとなったのだ。
なにせトレンティアの有力貴族との会合である、そこで何かしら協力を取り付けられたとするなら、これからの任務にも影響が出るかもしれない。特に、ロードがかつて拠点にしていたパーティルであればなおのこと。
しかし会合の翌日にラズミルへ戻ってきた、パウルの顔色はいまひとつ芳しくなかった。
「金しか引き出せなかったよ。大胆不敵なロード様の姿勢としては面白みには欠けるが……。しかし少なくとも真っ向から敵対する姿勢は見せなかったし、軍資金も潤うからな、悪い結果ではないさ」
パウルは配下の四名と僕とを集めた場所でそう報告した。
「だがあいつが協力を拒むこと自体が本軍の動向の手がかりになる。希望的観測としては国内のイグノール派貴族の扇動で分裂自滅が望ましかったが、少なくともそんな動きは大きくないと見ていいだろう。彼らは依然ギルバートの命令の元戦争を続けるつもりだ。多少の士気の低下は望めるかもしれないが、要はやっぱり真っ向からの戦闘は避けられない」
真っ向からの戦闘は避けられない……それはズミ軍に属している僕にとっては当たり前の話だったが、パウルとしては違うことを考えていたらしい。トレンティア軍の自滅という筋書きは……しかし当然そう都合よくは叶わないようだ。
その後、エレアノールから留守の間の報告がパウルへとなされ、その流れに乗るようにして僕もパーティルへの遠征任務の共有をする。
僕の話を聞いて、パウルは目を瞬かせて頷いた。
「パーティルか、因縁なものだな。だがロードも私への情報面での協力は拒んだからな、こちらも知らぬ存ぜぬで攻めていけ」
そう言った声色も、どことなく気が抜けているようだ。パウルに言われるまでもない、と僕は頷く。
そんな僕達の傍ら、クラウスは何も口出しをせず、いつも通り引き締まった表情で佇んでいて……そしていまだに場違い感の拭えない薬師がのんきにあくびをしている。そんな彼に声を掛けるパウルものんきそうだ。
「そういえばリョー、やっぱりロードはお前に関心を示していたぞ。そのうち引き抜きの声がかかるかもしれんが……」
リョドルは目を丸くしたが、すぐに気の抜けた声で言った。
「トレンティアの毒使いか。そっちも興味深くはあるから悪い話ではないな……」
「やめとけ、あいつの部下になったらもののついでに本当に娼婦をさせられるぞ。何せお前は美人だ」
そんなことを言い合っているのは本気なのか冗談なのか……僕もエレアノール達も呆れた顔で眺めるだけだ。
リョドルは気にしたふうもなく聞き流し、軽い声色で話を変えた。
「そうだ殿下、持たせた薬は? 使わなかったのなら返してくれ。あれ作るの結構大変なんだから」
「ああ……、すまん、使ってしまった」
何やらまたリョドルの毒薬を使ったらしい。思わず僕はぎょっとして僅かに身を引いた。協力をとりつけるための会合で毒を盛るなんて、そんなことが許されるのだろうか……。
しかしぎょっとしたのは、意外にもリョドルも同じだったらしい。
「使った!? えっ、どっちが飲んだの?」
「それはまあ……想像に任せるよ」
パウルはにやりと悪い笑みを浮かべて言った。
一体どんな毒を盛ったのだろう。どっちが飲んだか分からないような薬なら、恐らく攻撃性のあるものではないのだろうが……。
クラウスもエレアノールも黙っているのを見るに、その内容はパウルとリョドルしか知らないらしい。
リョドルは小さな悲鳴を上げて両手で顔を覆ってしまった。……まあ、あえて聞くまい。
「それじゃあ次の一手を考えていこうかねえ……。ヨハンはどっちみちパーティルだ、グリス、くれぐれも頼んだぞ」
パウルは王宮の椅子の上でふんぞり返ったまま、首を鳴らしながらそう言った。
グリスはびしりと背筋を伸ばして返事をしていた。……前に聞いた話では、彼は僕の護衛として同行するらしい。
正直魔剣を持っていなくてもグリスより僕の方が強いのではないか、なんて思うのはあるいは思い上がりだろうか。考えてみれば彼が戦っているところなんて見たことがない。
まあ、僕にとっては遠征隊の指揮官という初めての仕事にもなる。それも見極めつつ、できることを考えていこう……などと、僕はグリスの朗らかな顔を見て思う。
「……次の一手とは何を考えているんだ?」
僕がパウルにそう聞いたのはほとんどただの興味本位だった。パウルはぐっと力強い笑みを浮かべる。
「トレンティア軍の自滅も、和解も望めないと分かった以上、次は攻めるさ。まあお前はズミ軍の任務に専念しろ。各々できることに最善を尽くそうじゃないか」
分かった、と僕は短く返事をした。
彼の頭の中で何が起こっているのか、既に僕にはさっぱり分からないが……、まあ、任せておこう。僕は僕のやることをやるだけだ。
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