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第48話 教会の夕暮れにて、公爵令息シリウス現れる
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教会の夕暮れにて
その日も、教会の一日は長かった。
わたしは朝から、次から次へと運び込まれる人々の治療に追われていた。怪我人、病人、時には心をすり減らした者まで。聖魔法は確かに癒しをもたらすけれど、使う側の集中力も根気も必要になる。術を繰り返せば繰り返すほど、頭の奥がじんわり重くなっていくのが分かるのだ。
それでも、目の前で苦しむ人が安らいだ顔を取り戻してくれるなら、わたしはそれでいいと思っていた。だから、疲労はしていても、不思議と嫌ではなかった。
西の窓から射し込む夕陽は、すでに赤く色を変え、聖堂の床に長い影をつくっている。もうすぐ終わりだろう――そう思って、安堵の息を吐いた、その時だった。
「まだやってるか?」
不意に声が響き、入口からひょいと顔をのぞかせた人物がいた。
学院の同級生で、しかもエリオット王子の従弟にあたる公爵令息、淡い金髪のシリウス=ラ=ロシェル。
凛々しい顔立ちをしたイケメンで、背も高い。けれどどこか軽やかで、堅苦しい貴族らしさとは無縁の空気を持っている。わたしにとっては、気取らずに話せる、数少ない「友達」という距離感の人だった。
「あなたが最後ですよ」
わたしは自然に笑みを浮かべ、彼に声を返す。
「助かった。じゃあ、よろしくな」
そう言って彼は大げさに肩をすくめながら診察台に腰を下ろした。まるで芝居でもしているかのような動作に、思わず小さく吹き出してしまう。こういうところが彼らしい。
わたしは手をかざし、いつものように術式を展開した。淡い光が掌からあふれ、彼の体へと染み込んでいく。温かさが広がっていくのを感じた瞬間、またしてもおかしなことが起きた。
――シリウスの顔が、みるみる赤くなっていくのだ。
頬から耳まで、まるで火照っているかのように色づいている。
「……?」
思わず首をかしげてしまう。聖魔法は確かに心地よい温かさを生むけれど、ここまでの熱ではないはずだ。
(もしかして、暑がりなのかもしれない)
内心でそう結論づけたものの、毎回同じ反応をされるので、不思議さは拭えないままだった。
その後、侍女のステラにぽつりと話したことがある。
「シリウス様って、治療するときいつも顔が赤くなるのよね。暑いのかしら」
するとステラは、なぜか小さく苦笑いを浮かべ、同情するような声で言った。
「……お可哀そうなシリウス様」
どうして「可哀そう」なのか、わたしには全く分からなかった。けれどステラの表情には、どこか意味ありげな色が浮かんでいた。
光が収まると同時に、治療は終わった。
「はい、これで大丈夫」
「おお、助かった。さすがエリシアだな」
軽い調子でそう言いながらも、彼の目は一瞬だけ真剣に揺れた。
「今日はどうしたの?」
わたしは気になって尋ねた。彼は普段、わざわざ治療に訪れるような無理をするタイプではないからだ。
シリウスは視線を伏せ、少しだけ声を低めた。
「……国王様が戻られた。これから王宮は荒れるぞ」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと縮むように高鳴った。
ずっと待ち望んでいた知らせ。けれど同時に、どうしていいのか分からない戸惑いが押し寄せる。
国王陛下が戻られる――それは確かに喜ばしいことだ。しかし、それは同時に、宮廷の権力争いが一気に激しくなることを意味していた。
友達のミーアたちは大丈夫だろうか。学院で無事に過ごせているだろうか。
そして、ローゼ様は……。あの人の立場は、これからどうなるのだろう。
思えば思うほど、不安は尽きなかった。
けれど、わたしにできることは限られている。教会で人を癒すこと、そして心を込めて祈ること。
だからわたしは静かに両手を組み、心の中で願った。
(どうか、すべてが正しい方向に進みますように――)
神様に祈ることしかできない自分が、少しもどかしく思える。けれどそれでも、祈らずにはいられなかった。
シリウスは診察台から立ち上がり、わざとらしく明るい声で言った。
「さて、俺はもう帰るよ。エリシアも休めよ? 無理ばっかするな」
その笑顔に救われるような気がして、わたしは小さく頷いた。
夕陽はすでに沈みかけ、教会の鐘楼には夜の影が忍び寄っていた。
新しい嵐の前触れを感じながら、わたしはただ静かに息を吐いた。
その日も、教会の一日は長かった。
わたしは朝から、次から次へと運び込まれる人々の治療に追われていた。怪我人、病人、時には心をすり減らした者まで。聖魔法は確かに癒しをもたらすけれど、使う側の集中力も根気も必要になる。術を繰り返せば繰り返すほど、頭の奥がじんわり重くなっていくのが分かるのだ。
それでも、目の前で苦しむ人が安らいだ顔を取り戻してくれるなら、わたしはそれでいいと思っていた。だから、疲労はしていても、不思議と嫌ではなかった。
西の窓から射し込む夕陽は、すでに赤く色を変え、聖堂の床に長い影をつくっている。もうすぐ終わりだろう――そう思って、安堵の息を吐いた、その時だった。
「まだやってるか?」
不意に声が響き、入口からひょいと顔をのぞかせた人物がいた。
学院の同級生で、しかもエリオット王子の従弟にあたる公爵令息、淡い金髪のシリウス=ラ=ロシェル。
凛々しい顔立ちをしたイケメンで、背も高い。けれどどこか軽やかで、堅苦しい貴族らしさとは無縁の空気を持っている。わたしにとっては、気取らずに話せる、数少ない「友達」という距離感の人だった。
「あなたが最後ですよ」
わたしは自然に笑みを浮かべ、彼に声を返す。
「助かった。じゃあ、よろしくな」
そう言って彼は大げさに肩をすくめながら診察台に腰を下ろした。まるで芝居でもしているかのような動作に、思わず小さく吹き出してしまう。こういうところが彼らしい。
わたしは手をかざし、いつものように術式を展開した。淡い光が掌からあふれ、彼の体へと染み込んでいく。温かさが広がっていくのを感じた瞬間、またしてもおかしなことが起きた。
――シリウスの顔が、みるみる赤くなっていくのだ。
頬から耳まで、まるで火照っているかのように色づいている。
「……?」
思わず首をかしげてしまう。聖魔法は確かに心地よい温かさを生むけれど、ここまでの熱ではないはずだ。
(もしかして、暑がりなのかもしれない)
内心でそう結論づけたものの、毎回同じ反応をされるので、不思議さは拭えないままだった。
その後、侍女のステラにぽつりと話したことがある。
「シリウス様って、治療するときいつも顔が赤くなるのよね。暑いのかしら」
するとステラは、なぜか小さく苦笑いを浮かべ、同情するような声で言った。
「……お可哀そうなシリウス様」
どうして「可哀そう」なのか、わたしには全く分からなかった。けれどステラの表情には、どこか意味ありげな色が浮かんでいた。
光が収まると同時に、治療は終わった。
「はい、これで大丈夫」
「おお、助かった。さすがエリシアだな」
軽い調子でそう言いながらも、彼の目は一瞬だけ真剣に揺れた。
「今日はどうしたの?」
わたしは気になって尋ねた。彼は普段、わざわざ治療に訪れるような無理をするタイプではないからだ。
シリウスは視線を伏せ、少しだけ声を低めた。
「……国王様が戻られた。これから王宮は荒れるぞ」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと縮むように高鳴った。
ずっと待ち望んでいた知らせ。けれど同時に、どうしていいのか分からない戸惑いが押し寄せる。
国王陛下が戻られる――それは確かに喜ばしいことだ。しかし、それは同時に、宮廷の権力争いが一気に激しくなることを意味していた。
友達のミーアたちは大丈夫だろうか。学院で無事に過ごせているだろうか。
そして、ローゼ様は……。あの人の立場は、これからどうなるのだろう。
思えば思うほど、不安は尽きなかった。
けれど、わたしにできることは限られている。教会で人を癒すこと、そして心を込めて祈ること。
だからわたしは静かに両手を組み、心の中で願った。
(どうか、すべてが正しい方向に進みますように――)
神様に祈ることしかできない自分が、少しもどかしく思える。けれどそれでも、祈らずにはいられなかった。
シリウスは診察台から立ち上がり、わざとらしく明るい声で言った。
「さて、俺はもう帰るよ。エリシアも休めよ? 無理ばっかするな」
その笑顔に救われるような気がして、わたしは小さく頷いた。
夕陽はすでに沈みかけ、教会の鐘楼には夜の影が忍び寄っていた。
新しい嵐の前触れを感じながら、わたしはただ静かに息を吐いた。
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