20 / 38
第14話 カンヌ視点 ― 再会の朝
しおりを挟む
カンヌ視点 ― 再会の朝
待ち合わせの日の朝、私は落ち着かない気持ちで鏡の前に立ち尽くしていた。
何度髪を梳かしても、裾を整えても、すぐに乱れて見えてしまう。普段なら鏡に向かう時間はせいぜい数分程度なのに、この日は小一時間も経っていた。
「……これでいいのよ」
小さく息を吐き、鏡に映る自分に言い聞かせる。
選んだのは淡い青色のワンピース。装飾は控えめで、街歩きにも似合う一着だ。もっと華やかなドレスもあったけれど、かえって気取っているように思われるのが怖くてやめた。
けれど同時に、「地味すぎやしないか」とも不安になる。
胸の奥で鼓動が早鐘のように鳴っていた。
馬車に揺られて街へ向かう間、窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた。けれど景色は目に入ってこない。ただ、頭の中はランス様のことでいっぱいだった。
――久しぶりに、あのカフェで会う。
それだけのことなのに、まるで大切な式典にでも臨むような緊張感に包まれている。
私は自分の手を握りしめ、ひとり言をもらす。
「ただ会うだけ……落ち着かなきゃ」
けれど、落ち着こうとするほど心は乱れていく。
やがて馬車が街に到着し、石畳を踏みしめると、人々の活気ある声が耳に飛び込んできた。市場の賑わい、商人の呼び声、子供たちの笑い声。
その喧騒の中にいても、私はただ一人を探していた。
――ランス様。
カフェへ向かう道を歩くごとに、胸が高鳴る。
あの日、彼と一緒に過ごした時間。笑顔、優しい声、そして「必ず守る」と告げてくれたあの瞬間。すべてが思い出され、頬が熱を帯びていく。
店の角を曲がったとき、彼の姿が目に入った。
背の高い人影。整った立ち姿。いつもの落ち着いた佇まい。
その一瞬で、周囲の喧騒が遠のいた気がした。
「……ランス様」
思わず小さな声が漏れる。
彼はこちらに気づき、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「カンヌ嬢。待たせてしまったかな」
「い、いえ……私も今来たところです」
慌てて首を振ると、胸の奥が熱くなる。
――どうしてこんなに緊張しているのだろう。
カフェの前に立つと、あの日の記憶が蘇る。
甘いタルトの香り。温かな雰囲気。
けれど同時に、サンオリ様の影も思い出されてしまい、一瞬だけ胸がざわついた。
それを察したのか、ランス様が穏やかに言葉をかけてくれる。
「無理に入らなくてもいいんだよ。もし辛いなら、別の場所を探そうか」
「……いえ。ここがいいです」
気づけば、はっきりと言葉を返していた。
怖さよりも、この場所を彼と共に新しい思い出で塗り替えたいという気持ちのほうが強かった。
ランス様は少し驚いたように目を細め、それから柔らかい笑みを浮かべた。
「わかった。じゃあ、入りましょう」
ドアを開けると、懐かしいベルの音が鳴り響いた。
中には落ち着いた雰囲気が広がり、客たちの穏やかな談笑が聞こえる。
私の心臓は、鼓動を早めながらも、少しだけ安心した。
二人で奥の席に座る。
メニューを開きながら、ランス様がふと私に目を向ける。
「今日は……タルトにする?」
その一言に、思わず頬が熱くなる。
「えっ……あ、はい。ええと……」
あの日、私が幸せそうに食べていたのを見られていたのだ。恥ずかしい。でも、同時に嬉しかった。
「じゃあ、二人分頼もうか。甘いものは共有すると、もっと美味しく感じるらしい」
冗談めかしてそう言う彼に、胸が跳ねる。
「……そう、ですね」
飲み物とケーキを頼み、静かな時間が流れる。
カフェの窓から差し込む柔らかな光が、彼の横顔を照らしていた。
その姿を見ているだけで、胸がいっぱいになる。
けれど――同時に不安も膨らんでいく。
彼はどうして私を誘ってくれたのだろう。ただの同情? 友人として? それとも――。
心の中の問いに答えはなく、ただ鼓動だけが大きくなる。
そのとき、ランス様がゆっくりと口を開いた。
「カンヌ嬢。今日、君に伝えたいことがある」
真剣な声音に、私は思わず息をのむ。
――胸が、熱く、痛いほどに高鳴った。
待ち合わせの日の朝、私は落ち着かない気持ちで鏡の前に立ち尽くしていた。
何度髪を梳かしても、裾を整えても、すぐに乱れて見えてしまう。普段なら鏡に向かう時間はせいぜい数分程度なのに、この日は小一時間も経っていた。
「……これでいいのよ」
小さく息を吐き、鏡に映る自分に言い聞かせる。
選んだのは淡い青色のワンピース。装飾は控えめで、街歩きにも似合う一着だ。もっと華やかなドレスもあったけれど、かえって気取っているように思われるのが怖くてやめた。
けれど同時に、「地味すぎやしないか」とも不安になる。
胸の奥で鼓動が早鐘のように鳴っていた。
馬車に揺られて街へ向かう間、窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた。けれど景色は目に入ってこない。ただ、頭の中はランス様のことでいっぱいだった。
――久しぶりに、あのカフェで会う。
それだけのことなのに、まるで大切な式典にでも臨むような緊張感に包まれている。
私は自分の手を握りしめ、ひとり言をもらす。
「ただ会うだけ……落ち着かなきゃ」
けれど、落ち着こうとするほど心は乱れていく。
やがて馬車が街に到着し、石畳を踏みしめると、人々の活気ある声が耳に飛び込んできた。市場の賑わい、商人の呼び声、子供たちの笑い声。
その喧騒の中にいても、私はただ一人を探していた。
――ランス様。
カフェへ向かう道を歩くごとに、胸が高鳴る。
あの日、彼と一緒に過ごした時間。笑顔、優しい声、そして「必ず守る」と告げてくれたあの瞬間。すべてが思い出され、頬が熱を帯びていく。
店の角を曲がったとき、彼の姿が目に入った。
背の高い人影。整った立ち姿。いつもの落ち着いた佇まい。
その一瞬で、周囲の喧騒が遠のいた気がした。
「……ランス様」
思わず小さな声が漏れる。
彼はこちらに気づき、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「カンヌ嬢。待たせてしまったかな」
「い、いえ……私も今来たところです」
慌てて首を振ると、胸の奥が熱くなる。
――どうしてこんなに緊張しているのだろう。
カフェの前に立つと、あの日の記憶が蘇る。
甘いタルトの香り。温かな雰囲気。
けれど同時に、サンオリ様の影も思い出されてしまい、一瞬だけ胸がざわついた。
それを察したのか、ランス様が穏やかに言葉をかけてくれる。
「無理に入らなくてもいいんだよ。もし辛いなら、別の場所を探そうか」
「……いえ。ここがいいです」
気づけば、はっきりと言葉を返していた。
怖さよりも、この場所を彼と共に新しい思い出で塗り替えたいという気持ちのほうが強かった。
ランス様は少し驚いたように目を細め、それから柔らかい笑みを浮かべた。
「わかった。じゃあ、入りましょう」
ドアを開けると、懐かしいベルの音が鳴り響いた。
中には落ち着いた雰囲気が広がり、客たちの穏やかな談笑が聞こえる。
私の心臓は、鼓動を早めながらも、少しだけ安心した。
二人で奥の席に座る。
メニューを開きながら、ランス様がふと私に目を向ける。
「今日は……タルトにする?」
その一言に、思わず頬が熱くなる。
「えっ……あ、はい。ええと……」
あの日、私が幸せそうに食べていたのを見られていたのだ。恥ずかしい。でも、同時に嬉しかった。
「じゃあ、二人分頼もうか。甘いものは共有すると、もっと美味しく感じるらしい」
冗談めかしてそう言う彼に、胸が跳ねる。
「……そう、ですね」
飲み物とケーキを頼み、静かな時間が流れる。
カフェの窓から差し込む柔らかな光が、彼の横顔を照らしていた。
その姿を見ているだけで、胸がいっぱいになる。
けれど――同時に不安も膨らんでいく。
彼はどうして私を誘ってくれたのだろう。ただの同情? 友人として? それとも――。
心の中の問いに答えはなく、ただ鼓動だけが大きくなる。
そのとき、ランス様がゆっくりと口を開いた。
「カンヌ嬢。今日、君に伝えたいことがある」
真剣な声音に、私は思わず息をのむ。
――胸が、熱く、痛いほどに高鳴った。
174
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄されたので昼まで寝ますわ~白い結婚で溺愛なんて聞いてません
鍛高譚
恋愛
「リュシエンヌ・ド・ベルナール、お前との婚約は破棄する!」
突然、王太子フィリップから婚約破棄を告げられた名門公爵家の令嬢リュシエンヌ。しかし、それは義妹マリアンヌと王太子が仕組んだ策略だった。
王太子はリュシエンヌが嘆き悲しむことを期待するが——
「婚約破棄ですね。かしこまりました。」
あっさり受け入れるリュシエンヌ。むしろ、長年の束縛から解放され、自由な生活を満喫することに!
「これでお昼まで寝られますわ! お菓子を食べて、読書三昧の生活ができますのよ!」
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、王太子のライバルであり冷徹な公爵・ヴァレンティン・ド・ルーアン。
「俺と婚約しないか?」
政略的な思惑を持つヴァレンティンの申し出に、リュシエンヌは「白い結婚(愛のない形式的な結婚)」ならと了承。
ところが、自由を満喫するはずだった彼女の心は、次第に彼によって揺さぶられ始め——?
一方、王太子と義妹は社交界で次々と醜態をさらし、評判は地に落ちていく。
そしてついに、王太子は廃嫡宣告——!
「ええ? わたくし、何もしていませんわよ?」
婚約破棄された令嬢が、のんびり自由を謳歌するうちに、
いつの間にか勝手にざまぁ展開が訪れる、痛快ラブストーリー!
「婚約破棄……むしろ最高でしたわ!」
果たして、彼女の悠々自適な生活の行方は——?
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる