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第8話 エマ、元婚約者ディアスに出会う
エマ、元婚約者ディアスに出会う
エマがスペイラ帝国に着いてから三か月が経とうとしていた。
聖女エマの名は、瞬く間にスペイラ帝国全土へと広がっていった。
それは奇跡の噂としてではなく、確かな成果として語られたからだ。
付与特化型聖女――
新興国のスペイラ帝国では、付与魔術師は少なく、ほとんどが国外で活動をしていた。
また付与魔術は経験豊かな付与術師に高額なお金を支払って行っていた。
それもあってスペイラ帝国ではあまり馴染みがない、魔術だった。
しかし、それを覆したのが、エマの存在だった。
彼女が作る腕輪や指輪、簡素な護符や武器は、信じられないほどの効果があった。
エマの付与魔術で装備した者の力を大幅に底上げし、使用した者たちを驚かせたのだった。
エマが石を選び、丁寧に磨き、静かに想いを込めて形にする――
ただそれだけで強大なアイテムを手に得ることができる。
冒険者たちは最初、半信半疑だった。
だが、装備した者たちからの驚くような評判が広まり、彼女の屋台は大盛況になったのだった。
やがて冒険者ギルドは、この地を治める伯爵家からの依頼もあり、正式にエマを保護対象と定めた。
そして、今では彼女専用の店と工房を整えたのだった。
冒険ギルドは素材を集め、冒険者たちは彼女の装備を身につけ、再び迷宮や魔物討伐へと向かっていく。
結果は、誰の目にも明らかだった。
かつては犠牲を覚悟しなければならなかった魔物の討伐が、簡単に達成できるのだ。
死傷者は激減し、街道の安全度は飛躍的に向上した。
今まで魔物が出て不安定だった交易路も安定し、帝国の経済はさらに発展していった。
――この画期的な出来事は、ひとりの聖女の手から始まったのだ。
◇
エマは新しくできた冒険者ギルドの隣にあるテナントに店を移していた。
外壁が赤レンガでできたモダンな建物。
中に入ると、パワーストーンが壁際に飾られるように配置されている。
透明で神秘的な巨大な水晶が、室内を浄化するように並べられて置かれている。
その中には、ホワイトや透明なセレナイトとムーンストーンなどの浄化作用の高いストーンも見られる。
「……街の賑わいがすごいですわ」
お店の奥に設けられた工房の窓辺に立ち、街を見下ろしながら、エマは小さく呟いた。
人々が笑い、商いをし、子どもたちが駆け回る。
その平和の一端が、自分の作った小さな腕輪や護符に支えられていると思うと、胸の奥が静かに震えた。
「エマ、無理はするな」
背後から、低く落ち着いた声がかかる。
振り返れば、工房とお店の間にあるドア前に立っていたのはロドリゲスだった。
彼はA級冒険者として名を知られ、ベテランの冒険者たちからも一目置かれる存在なのだ。
「わかっています。でも……もっと付与魔法をやりたいんです」
エマはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「必要とされている場所で、役に立てるのが、嬉しくて」
ロドリゲスは一瞬、言葉に詰まり、それから少し困ったように笑った。
「……まったく。あんたは本当に、放っておけない」
その声音には、以前よりもずっと近しい温度があった。
肩が触れるほどの距離。何気ない会話。
二人の関係は、いつの間にか甘さを帯び始めていた。
そのときだった。
「――やっぱり、エマだ」
ロドリゲスの後ろから、静かな声が響いた。
その瞬間、エマの表情が、はっきりと揺れた。
金髪に整った顔立ち。貴族然とした佇まい。
スペイラ帝国伯爵、ディアス=ランス。二十五歳。
――かつて、婚約者で、愛おしかった男。
幼少期に婚約し、将来を誓い合い、当然のように隣にいるはずだった相手。
だが、フランセ王の王命という名の理不尽により、その関係は一方的に断ち切られた。
「……お久しぶりですね、ディアス様」
エマは一瞬だけ言葉を選び、そう口にした。
「ああ……本当に、久しぶりだ」
ディアスは微笑もうとして、結局、昔を思い出して顔を曇らせた。
その沈黙の重さに、ロドリゲスは即座に気づいた。
ただの知人ではない。
――何か深い過去がある二人だと。
「今日は……礼を言いに来た」
ディアスは静かに語り出す。
「君の付与魔法のおかげで、領内の魔物被害は劇的に減った。
……本来なら、もっと早く会いに行くべきだったのだが……会う勇気がでなくて」
一拍、言葉を置いてから、ディアスは悲しそうな声で続ける。
「王命で君との婚約が破棄された後、私は舞踏会でマーガレットに出会い、結婚した。
……しかし、妻は娘を産んだ後、体調を崩して旅立ってしまった」
エマは、言葉を失った。
「残されたのは、二歳の娘だ。
……まだ、母の死を理解できずにいてね。毎晩、泣いている」
それは伯爵としての報告ではなく、ひとりの父としての声音だった。
「……お子さんが、いるのですね」
エマは静かにそう呟いた。
胸の奥が、きり、と痛んだ。
「もし、良かったら」
ディアスはエマをまっすぐ見つめ、低く言った。
「付与魔法のお礼を兼ねて、一度、屋敷に来てほしい。
……もしできたら娘に、君の付与アイテムを直接渡してやってほしいんだ」
工房に、短い沈黙が落ちる。
ロドリゲスは無意識のうちに拳を握りしめていた。
過去の婚約者。
王命で引き裂かれた関係。
そして今もなお、彼女を必要とする男。
面白くない――
その感情を否定できなかった。
だが――ロドリゲスの感情の外で話は進む。
エマは、ゆっくりと頷いた。
「……はい。わかりました」
「感謝する」
その答えに、ディアスは頭を下げた。
そしてロドリゲスは、自分の胸に芽生えた嫉妬が、決して一時のものではないと悟る。
聖女エマの歩む道は、過去と無縁ではいられない。
それを、誰よりも彼自身が理解し始めていた。
エマがスペイラ帝国に着いてから三か月が経とうとしていた。
聖女エマの名は、瞬く間にスペイラ帝国全土へと広がっていった。
それは奇跡の噂としてではなく、確かな成果として語られたからだ。
付与特化型聖女――
新興国のスペイラ帝国では、付与魔術師は少なく、ほとんどが国外で活動をしていた。
また付与魔術は経験豊かな付与術師に高額なお金を支払って行っていた。
それもあってスペイラ帝国ではあまり馴染みがない、魔術だった。
しかし、それを覆したのが、エマの存在だった。
彼女が作る腕輪や指輪、簡素な護符や武器は、信じられないほどの効果があった。
エマの付与魔術で装備した者の力を大幅に底上げし、使用した者たちを驚かせたのだった。
エマが石を選び、丁寧に磨き、静かに想いを込めて形にする――
ただそれだけで強大なアイテムを手に得ることができる。
冒険者たちは最初、半信半疑だった。
だが、装備した者たちからの驚くような評判が広まり、彼女の屋台は大盛況になったのだった。
やがて冒険者ギルドは、この地を治める伯爵家からの依頼もあり、正式にエマを保護対象と定めた。
そして、今では彼女専用の店と工房を整えたのだった。
冒険ギルドは素材を集め、冒険者たちは彼女の装備を身につけ、再び迷宮や魔物討伐へと向かっていく。
結果は、誰の目にも明らかだった。
かつては犠牲を覚悟しなければならなかった魔物の討伐が、簡単に達成できるのだ。
死傷者は激減し、街道の安全度は飛躍的に向上した。
今まで魔物が出て不安定だった交易路も安定し、帝国の経済はさらに発展していった。
――この画期的な出来事は、ひとりの聖女の手から始まったのだ。
◇
エマは新しくできた冒険者ギルドの隣にあるテナントに店を移していた。
外壁が赤レンガでできたモダンな建物。
中に入ると、パワーストーンが壁際に飾られるように配置されている。
透明で神秘的な巨大な水晶が、室内を浄化するように並べられて置かれている。
その中には、ホワイトや透明なセレナイトとムーンストーンなどの浄化作用の高いストーンも見られる。
「……街の賑わいがすごいですわ」
お店の奥に設けられた工房の窓辺に立ち、街を見下ろしながら、エマは小さく呟いた。
人々が笑い、商いをし、子どもたちが駆け回る。
その平和の一端が、自分の作った小さな腕輪や護符に支えられていると思うと、胸の奥が静かに震えた。
「エマ、無理はするな」
背後から、低く落ち着いた声がかかる。
振り返れば、工房とお店の間にあるドア前に立っていたのはロドリゲスだった。
彼はA級冒険者として名を知られ、ベテランの冒険者たちからも一目置かれる存在なのだ。
「わかっています。でも……もっと付与魔法をやりたいんです」
エマはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「必要とされている場所で、役に立てるのが、嬉しくて」
ロドリゲスは一瞬、言葉に詰まり、それから少し困ったように笑った。
「……まったく。あんたは本当に、放っておけない」
その声音には、以前よりもずっと近しい温度があった。
肩が触れるほどの距離。何気ない会話。
二人の関係は、いつの間にか甘さを帯び始めていた。
そのときだった。
「――やっぱり、エマだ」
ロドリゲスの後ろから、静かな声が響いた。
その瞬間、エマの表情が、はっきりと揺れた。
金髪に整った顔立ち。貴族然とした佇まい。
スペイラ帝国伯爵、ディアス=ランス。二十五歳。
――かつて、婚約者で、愛おしかった男。
幼少期に婚約し、将来を誓い合い、当然のように隣にいるはずだった相手。
だが、フランセ王の王命という名の理不尽により、その関係は一方的に断ち切られた。
「……お久しぶりですね、ディアス様」
エマは一瞬だけ言葉を選び、そう口にした。
「ああ……本当に、久しぶりだ」
ディアスは微笑もうとして、結局、昔を思い出して顔を曇らせた。
その沈黙の重さに、ロドリゲスは即座に気づいた。
ただの知人ではない。
――何か深い過去がある二人だと。
「今日は……礼を言いに来た」
ディアスは静かに語り出す。
「君の付与魔法のおかげで、領内の魔物被害は劇的に減った。
……本来なら、もっと早く会いに行くべきだったのだが……会う勇気がでなくて」
一拍、言葉を置いてから、ディアスは悲しそうな声で続ける。
「王命で君との婚約が破棄された後、私は舞踏会でマーガレットに出会い、結婚した。
……しかし、妻は娘を産んだ後、体調を崩して旅立ってしまった」
エマは、言葉を失った。
「残されたのは、二歳の娘だ。
……まだ、母の死を理解できずにいてね。毎晩、泣いている」
それは伯爵としての報告ではなく、ひとりの父としての声音だった。
「……お子さんが、いるのですね」
エマは静かにそう呟いた。
胸の奥が、きり、と痛んだ。
「もし、良かったら」
ディアスはエマをまっすぐ見つめ、低く言った。
「付与魔法のお礼を兼ねて、一度、屋敷に来てほしい。
……もしできたら娘に、君の付与アイテムを直接渡してやってほしいんだ」
工房に、短い沈黙が落ちる。
ロドリゲスは無意識のうちに拳を握りしめていた。
過去の婚約者。
王命で引き裂かれた関係。
そして今もなお、彼女を必要とする男。
面白くない――
その感情を否定できなかった。
だが――ロドリゲスの感情の外で話は進む。
エマは、ゆっくりと頷いた。
「……はい。わかりました」
「感謝する」
その答えに、ディアスは頭を下げた。
そしてロドリゲスは、自分の胸に芽生えた嫉妬が、決して一時のものではないと悟る。
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それを、誰よりも彼自身が理解し始めていた。
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