結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第14話 ペネロペ皇女視点 エメラルドの戦い

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フライセ王国王城、大舞踏会場。


 天井まで届くシャンデリアが、無数の光を降り注がせ、絹と宝石に身を包んだ貴族たちが、音楽に合わせて優雅に集っていた。

 その中心に、当然のように立っていたのが――
 フライセ王国第一王女、マリーナである。

「まあ……ご覧になって?」

 彼女は、胸元に揺れるエメラルドの首飾りを、わざとらしく指先で持ち上げた。

 大小さまざまなエメラルドを贅沢に連ねた装飾。
 緑は美しく、照明に照らされて輝いている。

「今年も、これ以上のものは、そうそうございませんわよ?」

 周囲の貴族令嬢たちが、息を呑む。

「さすがはマリーナ王女殿下……」
「これほどのエメラルド、初めて見ましたわ……」

 その反応に、マリーナは満足げに微笑んだ。

 ――そう。
 エメラルドといえば、自分。
 この舞踏会で、それを覆した者など、今まで一人もいなかった。

 その、はずだった。

 ◇ ◇ ◇

 ざわり、と空気が揺れた。

 入り口付近で、明らかに雰囲気の違う一団が姿を現したのだ。

「……あれは」
「まさか……スペイラ帝国の皇女?」

 先頭に立つのは、銀髪の若い女性。
 淡いドレスに身を包み、その首元には――

「……っ」

 マリーナの瞳が、はっきりと見開かれた。

 エメラルド。

 だが、それは――
 今まで彼女が見てきた、どんなエメラルドとも違っていた。

 深く、澄み切った緑。
 濁りがない。
 内側から光を放つような透明感。

 しかも、一粒一粒が大きい。
 装飾は極限まで抑えられ、石そのものの美しさを際立たせている。

 ――ノンオイル。
 オイルで加工していない最上級の宝石。
 幻のエメラルドと呼ばれている。

 宝石に詳しい者なら、一目でわかる。

「……うそ……」

 誰かが、かすれた声で呟いた。

「まさか……ノンオイルのエメラルドがあるの……?」

 会場が、どよめきに包まれる。

「しかも、あの大きさで……」
「帝国は、いつの間にあのような素晴らしい宝石を……?」

 マリーナは、無意識に自分の首元に手をやった。

 自慢のエメラルド。
 つい先ほどまで、誇らしく思っていたそれが――
 急に、重く、古臭いものに見え始める。

 ……あれは、帝国の皇女ペネロペ、去年、あれだけ悔しい思いをさせた女だ。
 歯を食いしばった、そのとき。

 銀髪の皇女が、ちょうど彼女の視線に気づいた。

 そして――
 にこり、と笑った。

「お久しぶりですわ」

 優雅に歩み寄り、深く一礼する。

「ベネロペ=スペイラですわ」

「……マリーナ=フランセですわ」

 マリーナは、笑みを浮かべたまま答えた。

「まあ……素敵なエメラルドですこと」
「ありがとうございますわ」

 ベネロペは、胸元の首飾りを軽く押さえ、朗らかに言った。

「今回の舞踏会のために、特別に用意していただいたのですの。
 ノンオイルですので、加工オイルは使用する必要がない純度、しかも――」

 わざと、少し間を置く。

「――専門家の話によりますと、十万分の一、ほどの希少性なのですわ」

 周囲が、息を呑んだ。

 マリーナの顔色が、目に見えて変わる。

「……っ!」

「フライセ王国では、毎年素敵なエメラルドが披露されてますから……
 まさか、王女様がオイル加工のまがい物を飾られてるとは思いませんですわ、そうですわね」

 無邪気な口調。
 だが、言葉は完全に、致命傷だった。

 マリーナは、ついに声を荒げた。

「……そんな、そんなはずありませんわ!!」

 会場の視線が、一斉に集まる。

「エメラルドといえば、フライセ王国です!
 それを、帝国風情が……!」

 ベネロペは、きょとんと首を傾げた。

「まあ……? ですが、石は国籍を持ちませんですわ」

 そして、にっこり。

「美しいものは、美しい。
 それだけのことですわ」

 ――ぷつん。

 何かが、切れた。

「……もう、いいですわ!!」

 マリーナは、自分の首元のエメラルドを、乱暴に外した。

「わたくし、今後一切、エメラルドなど身につけません!!
 こんな屈辱……こんな宝石、二度と!!」

 叫びにも近い宣言。

 会場は、水を打ったように静まり返った。

 その沈黙を破ったのは――

「……ふふっ」

 次いで。

「あはははははははですわ!!」

 ベネロペだった。

 腹を押さえ、上品さを保つ気もなく、大笑いする。

「まあ! それは残念ですわ!
 ノンオイルのエメラルドを来年も付けて舞踏会に参加する楽しみがなくなりましたですわ?」

 涙を拭いながら、楽しそうに続ける。

「エメラルドをやめるなんて……それでは、来年からは、わたくしの独擅場ですわ!」

 周囲の貴族たちも、次第に笑いをこらえきれなくなっていく。

 マリーナは、唇を震わせ、何も言えずに踵を返した。

 その背中を見送りながら、ベネロペは満足げに呟く。

「――ああ、楽しいですわ、こんなに楽しいことになるなんて、エマ様に感謝ですわ」

 銀髪の皇女の首元で、ノンオイルのエメラルドが、誇らしげに輝いていた。
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