17 / 53
第15話 ペネロペ皇女視点 婚約破棄される。
しおりを挟む
皇女ペネロペ 婚約破棄される
ざわめきが、まだ完全に収まらぬ中だった。
会場の奥――王族席へと続く赤絨毯の上を、ゆっくりと歩いてくる影がある。
「……あれは」
「第二王子殿下……?」
フライセ王国第二王子、
フェリップ=フランセ。
端正な顔立ちに、金糸を織り込んだ正装。
だが、その腕には――
「……誰?」
「見慣れない少女ですわね……」
金色の髪を持つ、まだあどけなさの残る少女が、ぴたりと寄り添っていた。
淡い黄色のドレス。
豪奢ではないが、丁寧に仕立てられている。
視線は伏せがちで、怯えと期待が入り混じったような表情。
――ジュリエット。
その名が、ひそひそと会場を巡り始める。
ペネロペは、フェリップの姿を認めた瞬間、わずかに目を細めただけだった。
驚きも、動揺もない。
「……あらあらですわ」
まるで、遅れてきた招待客を見るような声音。
一方で、フェリップの顔には、露骨な苛立ちが浮かんでいた。
歩み寄るにつれ、その視線はまっすぐ、ペネロペへと突き刺さる。
やがて、二人の距離が数歩に縮まった、その時。
「――いい加減にしてもらおうか」
低く、しかしはっきりとした声が、舞踏会場に響いた。
ざわり。
音楽が止まり、会話が消える。
全員が、固唾を呑んで成り行きを見守る中で――
フェリップは、ペネロペを睨みつけた。
「帝国の皇女殿下ともあろうお方が、妹をここまで貶めて、恥ずかしくないのか」
「……妹、それはどういう意味かしら?」
ペネロペは、わずかに首を傾げる。
「言いがかりですわ?」
「白々しい!」
フェリップの声が荒くなる。
「マリーナに対して! お前は、あの子の誇りを踏みにじった!
宝石を使って、嘲笑って……!」
会場の視線が、一斉にペネロペへと集まる。
だが彼女は、涼しい顔で答えた。
「事実を申し上げただけですわ」
「……っ!」
「宝石の価値を語るのは、舞踏会ではごく普通のこと。
それを屈辱と感じられたのであれば――」
にこり。
「それは、妹君ご自身の問題ですわ」
フェリップのこめかみに、青筋が浮かんだ。
「……その尊大な態度だ!
帝国の血筋だか何だか知らないが、ここはフライセ王国だぞ!」
彼は、ぐっとジュリエットの肩を引き寄せる。
「私は、もう決めた。
お前のような女とは、結婚など考えられない」
会場が、どよめく。
「なにを……」
「まさか……」
フェリップは、さらに声を張り上げた。
「妹を傷つけ、王国の面目を潰すような女より――
私は、このジュリエットと結婚する。そう、彼女を愛している!」
突然の告白に、ジュリエットはびくりと肩を震わせた。
「フェ、フェリップ様……」
「彼女は、純粋で、優しく、誰かを踏みにじって笑うような真似はしない!」
そして――
「よって、ここに宣言する。
ペネロペ=スペイラとの婚約は――破棄する!!」
その瞬間。
会場は、凍りついた。
王子による、公開の婚約破棄。
しかも相手は、帝国皇女。
外交的に、致命的な一言だった。
――だが。
ペネロペは。
次の瞬間、扇子で口元を隠し、くすりと笑った。
「……まあ」
そして、はっきりと。
「それは、光栄ですわ」
「な、に……?」
フェリップが、眉をひそめる。
ペネロペは、ゆっくりと扇子を下ろし、真っ直ぐ彼を見据えた。
「浮気を公衆の面前で正当化なさる殿方など――
こちらこそ、願い下げですわ」
ざわっ、と空気が揺れる。
「あなたが愛しているというその方。
婚約者のいる男性の腕にすがることを、恥とも思わないのなら――」
視線が、ジュリエットへと向く。
少女は、青ざめてうつむいた。
「……随分と、お似合いですわ」
フェリップが、怒鳴る。
「侮辱するな! 彼女は被害者だ!
お前のような女に、怯えて――」
「被害者って面白い冗談ですわ?」
ペネロペは、静かに首を振った。
「選んだのは、彼女自身ですわ」
その声は、冷たく、鋭い。
「そして、あなたも。
自ら王族としての責任を捨て、感情に溺れた。
――それだけのことですわ」
数秒の沈黙。
やがて、会場のあちこちで、ひそひそ声が再び立ち始める。
「……皇女殿下の方が、正論では?」
「王子殿下、さすがに軽率すぎる……」
「帝国との関係は……?」
フェリップは、周囲の反応に気づき、顔色を変えた。
「黙れ……!」
だが、もう遅い。
ペネロペは、最後に一礼した。
「本日の舞踏会、大変楽しませていただきましたわ。
ですが――」
視線を、王族席へ向ける。
「この婚約破棄、正式な手続きは、後日。
帝国としても、相応の対応を取らせていただきますわ」
その一言で、事の重大さを理解した者たちは、息を呑んだ。
外交問題。
王国と帝国の関係悪化。
すべてが、この夜から始まる。
ペネロペは、背を向け、静かに歩き出した。
その首元で――
ノンオイルのエメラルドが、変わらず、誇らしく輝いている。
――そして。
この夜を境に。
フライセ王国を揺るがす、
婚約破棄の余波が、本格的に幕を開けるのだった。
ざわめきが、まだ完全に収まらぬ中だった。
会場の奥――王族席へと続く赤絨毯の上を、ゆっくりと歩いてくる影がある。
「……あれは」
「第二王子殿下……?」
フライセ王国第二王子、
フェリップ=フランセ。
端正な顔立ちに、金糸を織り込んだ正装。
だが、その腕には――
「……誰?」
「見慣れない少女ですわね……」
金色の髪を持つ、まだあどけなさの残る少女が、ぴたりと寄り添っていた。
淡い黄色のドレス。
豪奢ではないが、丁寧に仕立てられている。
視線は伏せがちで、怯えと期待が入り混じったような表情。
――ジュリエット。
その名が、ひそひそと会場を巡り始める。
ペネロペは、フェリップの姿を認めた瞬間、わずかに目を細めただけだった。
驚きも、動揺もない。
「……あらあらですわ」
まるで、遅れてきた招待客を見るような声音。
一方で、フェリップの顔には、露骨な苛立ちが浮かんでいた。
歩み寄るにつれ、その視線はまっすぐ、ペネロペへと突き刺さる。
やがて、二人の距離が数歩に縮まった、その時。
「――いい加減にしてもらおうか」
低く、しかしはっきりとした声が、舞踏会場に響いた。
ざわり。
音楽が止まり、会話が消える。
全員が、固唾を呑んで成り行きを見守る中で――
フェリップは、ペネロペを睨みつけた。
「帝国の皇女殿下ともあろうお方が、妹をここまで貶めて、恥ずかしくないのか」
「……妹、それはどういう意味かしら?」
ペネロペは、わずかに首を傾げる。
「言いがかりですわ?」
「白々しい!」
フェリップの声が荒くなる。
「マリーナに対して! お前は、あの子の誇りを踏みにじった!
宝石を使って、嘲笑って……!」
会場の視線が、一斉にペネロペへと集まる。
だが彼女は、涼しい顔で答えた。
「事実を申し上げただけですわ」
「……っ!」
「宝石の価値を語るのは、舞踏会ではごく普通のこと。
それを屈辱と感じられたのであれば――」
にこり。
「それは、妹君ご自身の問題ですわ」
フェリップのこめかみに、青筋が浮かんだ。
「……その尊大な態度だ!
帝国の血筋だか何だか知らないが、ここはフライセ王国だぞ!」
彼は、ぐっとジュリエットの肩を引き寄せる。
「私は、もう決めた。
お前のような女とは、結婚など考えられない」
会場が、どよめく。
「なにを……」
「まさか……」
フェリップは、さらに声を張り上げた。
「妹を傷つけ、王国の面目を潰すような女より――
私は、このジュリエットと結婚する。そう、彼女を愛している!」
突然の告白に、ジュリエットはびくりと肩を震わせた。
「フェ、フェリップ様……」
「彼女は、純粋で、優しく、誰かを踏みにじって笑うような真似はしない!」
そして――
「よって、ここに宣言する。
ペネロペ=スペイラとの婚約は――破棄する!!」
その瞬間。
会場は、凍りついた。
王子による、公開の婚約破棄。
しかも相手は、帝国皇女。
外交的に、致命的な一言だった。
――だが。
ペネロペは。
次の瞬間、扇子で口元を隠し、くすりと笑った。
「……まあ」
そして、はっきりと。
「それは、光栄ですわ」
「な、に……?」
フェリップが、眉をひそめる。
ペネロペは、ゆっくりと扇子を下ろし、真っ直ぐ彼を見据えた。
「浮気を公衆の面前で正当化なさる殿方など――
こちらこそ、願い下げですわ」
ざわっ、と空気が揺れる。
「あなたが愛しているというその方。
婚約者のいる男性の腕にすがることを、恥とも思わないのなら――」
視線が、ジュリエットへと向く。
少女は、青ざめてうつむいた。
「……随分と、お似合いですわ」
フェリップが、怒鳴る。
「侮辱するな! 彼女は被害者だ!
お前のような女に、怯えて――」
「被害者って面白い冗談ですわ?」
ペネロペは、静かに首を振った。
「選んだのは、彼女自身ですわ」
その声は、冷たく、鋭い。
「そして、あなたも。
自ら王族としての責任を捨て、感情に溺れた。
――それだけのことですわ」
数秒の沈黙。
やがて、会場のあちこちで、ひそひそ声が再び立ち始める。
「……皇女殿下の方が、正論では?」
「王子殿下、さすがに軽率すぎる……」
「帝国との関係は……?」
フェリップは、周囲の反応に気づき、顔色を変えた。
「黙れ……!」
だが、もう遅い。
ペネロペは、最後に一礼した。
「本日の舞踏会、大変楽しませていただきましたわ。
ですが――」
視線を、王族席へ向ける。
「この婚約破棄、正式な手続きは、後日。
帝国としても、相応の対応を取らせていただきますわ」
その一言で、事の重大さを理解した者たちは、息を呑んだ。
外交問題。
王国と帝国の関係悪化。
すべてが、この夜から始まる。
ペネロペは、背を向け、静かに歩き出した。
その首元で――
ノンオイルのエメラルドが、変わらず、誇らしく輝いている。
――そして。
この夜を境に。
フライセ王国を揺るがす、
婚約破棄の余波が、本格的に幕を開けるのだった。
1,359
あなたにおすすめの小説
見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
お姉様。ずっと隠していたことをお伝えしますね ~私は不幸ではなく幸せですよ~
柚木ゆず
恋愛
今日は私が、ラファオール伯爵家に嫁ぐ日。ついにハーオット子爵邸を出られる時が訪れましたので、これまで隠していたことをお伝えします。
お姉様たちは私を苦しめるために、私が苦手にしていたクロード様と政略結婚をさせましたよね?
ですがそれは大きな間違いで、私はずっとクロード様のことが――
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる