結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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閑話14 父フランシスコ視点 大金を手に入れる素晴らしい計画3

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 父フランシスコ視点 大金を手に入れる素晴らしい計画3


 夜明け前、私は北西の山麓にほど近い宿に身を潜めていた。

 表向きは療養中の貴族。
 だが実際は、モナコラ伯爵家の命運を賭けた最後の博打の指揮官である。

 ジン率いる実行部隊は、昨夜出立した。

 精鋭五名。
 そして、卵を本物と寸分違わぬ姿に写し取る”魔法使い――エンユニー。

 痩せぎすの男で、常に感情を伏せている。
 目だけが異様に冷たかった。

「一瞬でも視界に収めれば、形状も魔力波長も写せます」

 出立前、彼は淡々と言った。

 私は頷いた。

 卵を奪い。
 すり替えて。
 卵を持って戻れ。

 これで終わる。
 これで私は救われる。

 ◇

 正午を回った頃、モナコラ伯爵家からの急使が宿に駆け込んできた。

 執事からの手紙である。
 開封して読んでみると、嫌な予感は当たった。

 モナコラ伯爵家、帝国の皇女への暴行未遂により、爵位剥奪。
 領地没収。取りつぶし。

 私は封書を握り潰した。

「……時間がない」

 卵さえ売れば、すべてを捨てて逃げられる。
 隣国で新しい名を得て、余生をまったりと過ごす。

 私は合流地点へ馬を走らせた。

 ◇

 夕刻、森の外れ。

 ジンたちが現れた。

 彼の腕には、布で包まれた巨大な塊。

「成功しました」

 布を開く。

 白く輝く卵。
 淡い青の紋様。

 私は笑った。

「はは……三度目の正直だ」

 エンユニーが静かに告げる。

「巣には複製を置いてきました。少なくとも、即座には気づかれません」

「よくやった!」

 私は彼らを連れて、卵を購入するニオール侯爵家へ向かった。

 ◇

 二日後。
 昼間なのに、今にも雨が降りそうな雲が空を覆い、薄暗い。

 なぜか? ニオール侯爵との卵の受け渡し場所は、塔の最上階となった。

 冷たい風が吹き込む。

 ニオール侯爵はまだ現れない。

「ジン、ニオール侯爵の待ち合わせ時間は、いつなのだ」

 しかし、ジンは何も答えない。

 ジンが卵を抱え、中央へ進む。

 そのとき。

 彼の足が止まった。

 ほんの一瞬、私と目が合う。

 その目に――奇妙な静けさがあった。

 次の瞬間。

 彼は、自ら一歩、窓際へ踏み出した。

 そして。

 卵を、両手で持ち上げ――

 放った。

 私の思考が停止する。

 卵は宙を舞い、塔の外へ落ちた。

 地面に叩きつけられ、砕け散る。

「……な、なにをしている?」

 私は怒りで全身がわなわなと震えた。

 ジンは振り返る。

 その顔には、初めて感情が見えた。

 怒りでも、恐怖でもない。

 ――冷たい、達成感。

「これで、終わりだ」

「馬鹿者!! 貴様、何を……!」

 ジンは静かに告げる。

「ニオール侯爵への復讐だ」

 復讐という言葉に、私は凍りつく。
 この男の冷たい瞳には、常に復讐が宿っていたのだ。

「兄アンソニーを殺された恨みだ」

 塔の外では、何事かと騒ぎになっている。
 塔の下に人だかりができている。

「俺はずっとこの機会を待っていた」

 エンユニーがジンを見て、静かに告げる。
「兄さん、偽物の卵にかけた魔法を解いた」

「そうか、いよいよか」
 ジンの言葉に、エンユニーが小さくうなずく。
 ジンは周りに集まっている者たちに指示を出す。

「復讐はこれからだ。次の持ち場に急げ」
 ジンの言葉に周りの者たちは塔を下り始めた。

 私は呆然と、ジンの部下たちが塔を下りるのを見ていた。
 こ、これはどういうことなのだ。
 私の老後は、これからの生活はどうしてくれるのだ。

 そう考えていると、遠くから、咆哮が響く。
 スカイドラゴン……。
 圧倒的な存在に空気が震える。

「まさか、侯爵家を潰すつもりなのか……」

 あまりの出来事に慄く。
 私は喉が渇くのを感じた。
 ありえない。
 侯爵家に復讐するためにだけに、ドラゴンの卵を割るなど……。

「お前……最初から……」

「ええ」

 ジンは淡々と答えた。

「卵を奪う計画を聞いたとき、思いました。これだ、と」

 空を裂く巨大な影がさらに、近づいてきた。

 蒼い鱗。
 雷をまとった翼。

 スカイドラゴンだ!

「卵を割れば、親は怒って必ず来る」

 塔が揺れる。

「貴様……私を利用したのか!」

「お互い様でしょう、伯爵様」

 その言葉に、私は何も言い返せなかった。

 私は彼を使える男と思った。
 だが本当は、使われていたのは私だ。

 ジンが慇懃に告げる。

「……契約は、これで終了です」

 彼は窓から離れ、いつの間にか階段へ向かっている。

 雷が落ちる。

 城壁が吹き飛ぶ。
 炎が上がる。

 ニオール侯爵家の屋敷が、炎に包まれていく。
 黒煙が天まで駆け上る。

 ジンは窓の外を見つめたまま呟いた。

「兄さんの仇は必ず討つ」

 彼の声は、驚くほど穏やかだった。

「では、伯爵様、お達者で」

 そう告げると、階段を下りていった。
 そして、すぐに姿が見えなくなる。

 私は絶望のあまり、膝から石床に崩れ落ちる。
 もう何もかも終わりだ。
 卵を失った。
 伯爵家は取りつぶしになった。

 金も、逃亡先での未来も。
 すべて、消えてしまった。

 そして気づく。

 私は三度目の失敗をした。
 そして、私の賭けはあまりにも無謀だったのかもしれない。

 そう、最初から、勝ち目などなかったのだ。
 欲に溺れ、
 家を追い詰め、
 人を利用し、
 ドラゴンの卵を奪った。

 報いが来ないはずがない。

 巨大な蒼い瞳が、塔を見据える。

 次の瞬間――

 轟音とともに、世界が裂けた。

 私は激しい衝撃に襲われた。
 崩れ行く塔と一緒に落下する中で、私は一瞬、考えた。

 ジンの目は、いつも静かだった。

 あれは、仕事ができる男の目ではなく、

 ――復讐する者の目だったのだ。
 なぜ、それに気づけなかった……。

 そう思った瞬間、私の世界は終わりを告げた。

 ◇

 【ジンたちの動き】

 塔が崩れ落ちたその直後。

 ジンとエンユニーは、既に塔から離脱していた。

 雷鳴と炎に包まれるニオール侯爵邸を背に、二人は森へと馬を走らせる。
 郊外――人の気配が薄れ、湿った土の匂いが濃くなる場所だ。

 そこに、古びた石造りの祠があった。
 苔むし、半ば崩れ、誰も顧みない廃祠。

 だがその地下に、隠された通路がある。

 ――非常用脱出路。

 それを教えたのは、ニオール侯爵の娘であり、現国王の側妃でもあるアンネットだった。

 彼女は静かに語った。

「何かあれば、ニオール侯爵家代々に伝わる、この逃げ道を使うはずです」

 そして、その情報は確かだった。

 ◇

 森の奥、ジンたちの兵士により、目的地は、包囲されていた。

 木々の陰、岩陰、茂みの奥。
 黒装束の兵が、息を潜めている。

 ジンの私兵。
 そして、アンネットが裏から手を回した者たち。

 誰一人として声を上げない。
 ただ、穴の出口――祠の床石が動く瞬間を待っている。

 エンユニーが低く呟いた。

「兄さん……ニオールは来ますかね」

 その声は、夜露よりも静かだった。

 ジンは祠を見つめたまま答える。

「来る」

 迷いはない。

「奴は来る。そう信じるしかない」

 遠くで、まだ雷の余韻が響いている。

「侯爵邸は破壊された。もし、あの攻撃で死んでいれば――ここに来ることはないだろうがな」

 薄く笑う。

 それは期待でも、不安でもない。
 ただ、運命を受け入れる者の笑み。

 ◇

 ジンの脳裏に、兄アンソニーの姿が浮かぶ。

 誠実で、真面目で、何事にも一生懸命な兄だった。
 そして、家族に思いの優しい兄。

 ニオール侯爵が伯爵だった頃、
 娘アンネットと兄アンソニーは愛を誓い合い、婚約していた。

 しかし、国王がアンネットに一目ぼれし、側室にしようとした。
 なんと、アンネットの父ニオールがそれを承諾したのだ。

 それを知ってか、兄とアンネットは駆け落ちしようとした。
 しかし、それが発覚してしまい、
 兄は侯爵の手の者に拘束され、殺害されたのだ。
 側妃アンネットの話によれば、国王の王命が出されていたと。

 薄汚れた街はずれの倉庫で、兄の遺体を見つけ、
 私たち家族は兄を密かに埋葬した。
 それから急いでこの国から避難した。
 
 いつ、自分たちにも魔の手が伸びるかわからないからだ。
 そして、他国にもあった商売の拠点で力を蓄えつつ、
 復讐の準備をしていた。

 兄アンソニーの死を私たち家族は忘れていない。
 兄が家族に向けた優しさを、ぬくもりを。
 必ず復讐を成し遂げてみせる。

 そう誓って、今に至る。
 いよいよ、兄の無念を晴らすチャンスがきたのだ。
 宿敵ニオール侯爵を討つ時が!
 
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