30 / 179
第30話 シャルル元殿下視点、エリーゼ捜索隊
しおりを挟む
シャルル視点:崩壊の始まり
その報は、まるで氷の刃のように胸を突き刺した。
──黒魔の森。捜索隊、帰還。生存者、確認できず。現場には、血濡れの布切れと大量の血痕のみ。
唇が、自然と震えていた。
「……嘘だ」
誰に向けた言葉だったのか、自分でもわからなかった。ただ、それが現実であることを受け入れられなかった。否、受け入れてはならないと、本能が叫んでいた。
玉座の間に響く足音、兵士たちのざわめき、王の怒気……何もかもが遠い。
まるで、世界が自分だけを置き去りにして、崩れていくようだった。
「シャルル殿下、しっかり……!」
傍らのカリーナの声すら、耳に届いていない。
彼女が泣いていたかどうかも、覚えていない。
ただ、脳裏に浮かんだのは、あの広間で涙を流していたエリーゼの顔。
──縛り上げられ、無様に崩れ落ちた少女の姿。
あれが、最後だった。
「……俺が……」
唇から漏れた言葉は、誰にも聞かれていなかった。
誰にも聞かれなくてよかった。誰かに聞かれていたら、自分はその場で崩れていただろう。
王に王位継承権を剥奪されたときでさえ、まだ、どこかで“俺は正しかった”と信じていた。
カリーナが言ったこと、廷臣が流した噂──“エリーゼは陰湿で冷たい女だった”という言葉を、まるで自分の防壁のように信じていた。
だが。
「エリーゼが、死んだ……?」
口にした瞬間、胃の奥から何かがこみ上げてきた。苦い吐き気。だが吐き出すことすらできない。
黒魔の森。魔獣の巣。人の立ち入ることすら禁じられた呪われた地。
そこに、生身の少女を追放するという行為が、どれほどの意味を持つか。
考えるまでもなかった。──死ね、ということだった。
「そんな……俺は、そこまで……」
だが、やったのだ。自分の口で、王命も待たず、一方的に“追放”を宣言したのだ。
なぜ、そこまでしてしまったのか。
──嫉妬か。
いや、恐れだった。
エリーゼの静かな気高さが、カリーナを、そして自分を脅かしていたのだ。
彼女は自分を必要としなかった。媚びることもなかった。ただ毅然と、どんな場面でも芯を持って立っていた。
そんな彼女を、どうしても手元に置いておけなかった。
それが、自分の小ささを晒すことになるとわかっていても。
「俺は、間違っていた……」
膝が、崩れそうだった。
床に手をつき、初めてわかった。
──エリーゼは、すべてを黙って受け入れたのだ。誇りも、家も、未来も奪われながら、最後まで言い訳ひとつしなかった。
何よりも強かったのは、俺ではなく、彼女だった。
それに気づいたときには、もう遅かった。
「エリーゼ……」
その名を呼んでも、もう返事は返ってこない。
捜索隊の報告では、血の量は“致死に至る”ほどだったという。
だが、遺体は見つかっていない。
ただの布切れではなく、彼女が最後に着ていた薄青のドレスの一部。王家に献上されたフリューゲル製の逸品──その色を、俺はよく覚えていた。
森の中で、それが黒く染まっていたと、報告書には書かれていた。
彼女が、最後に何を思ったかを考えるのが怖かった。
──誰にも助けられず、絶望の中で、あの美しい目がどれほどの苦しみを浮かべたか。
「……生きていてくれ」
わずかな希望に、縋るように祈った。
もし、もしまだ息をしているのなら、謝りたい。何度でも、土下座でも、命を賭けてでも。
けれど、彼女が本当に死んでいたなら──
自分の人生は、そこで終わる。
王位継承者の資格を失い、誇りも名誉も、自らの手で地に落とした。
残るのは、彼女を殺したという罪だけ。
自分が“王子”として生まれた意味も、存在も、全てが無だったと証明される。
「終わりたくない……」
震える声で呟いた。だが、誰も答えなかった。
答えられるわけがなかった。彼が壊したのは、人一人の命と、ひとつの未来なのだから。
祈るように天を仰いだ。
もし神がいるなら、今こそ罰ではなく、赦しを──いや、それすらおこがましい。
せめて、彼女がどこかで生きていてくれさえすれば。
謝ることができるなら、それだけでいい。
そのために、自分のすべてを賭けるつもりだった。
「お願いだ……エリーゼ……生きていてくれ……!」
涙が、零れていた。
王子として生きてきた十余年、そのすべてが意味を失うほどに。
ただ、彼女の一命が欲しかった。生きていてくれれば、それだけでよかったのだと、今さら思い知ったのだった。
その報は、まるで氷の刃のように胸を突き刺した。
──黒魔の森。捜索隊、帰還。生存者、確認できず。現場には、血濡れの布切れと大量の血痕のみ。
唇が、自然と震えていた。
「……嘘だ」
誰に向けた言葉だったのか、自分でもわからなかった。ただ、それが現実であることを受け入れられなかった。否、受け入れてはならないと、本能が叫んでいた。
玉座の間に響く足音、兵士たちのざわめき、王の怒気……何もかもが遠い。
まるで、世界が自分だけを置き去りにして、崩れていくようだった。
「シャルル殿下、しっかり……!」
傍らのカリーナの声すら、耳に届いていない。
彼女が泣いていたかどうかも、覚えていない。
ただ、脳裏に浮かんだのは、あの広間で涙を流していたエリーゼの顔。
──縛り上げられ、無様に崩れ落ちた少女の姿。
あれが、最後だった。
「……俺が……」
唇から漏れた言葉は、誰にも聞かれていなかった。
誰にも聞かれなくてよかった。誰かに聞かれていたら、自分はその場で崩れていただろう。
王に王位継承権を剥奪されたときでさえ、まだ、どこかで“俺は正しかった”と信じていた。
カリーナが言ったこと、廷臣が流した噂──“エリーゼは陰湿で冷たい女だった”という言葉を、まるで自分の防壁のように信じていた。
だが。
「エリーゼが、死んだ……?」
口にした瞬間、胃の奥から何かがこみ上げてきた。苦い吐き気。だが吐き出すことすらできない。
黒魔の森。魔獣の巣。人の立ち入ることすら禁じられた呪われた地。
そこに、生身の少女を追放するという行為が、どれほどの意味を持つか。
考えるまでもなかった。──死ね、ということだった。
「そんな……俺は、そこまで……」
だが、やったのだ。自分の口で、王命も待たず、一方的に“追放”を宣言したのだ。
なぜ、そこまでしてしまったのか。
──嫉妬か。
いや、恐れだった。
エリーゼの静かな気高さが、カリーナを、そして自分を脅かしていたのだ。
彼女は自分を必要としなかった。媚びることもなかった。ただ毅然と、どんな場面でも芯を持って立っていた。
そんな彼女を、どうしても手元に置いておけなかった。
それが、自分の小ささを晒すことになるとわかっていても。
「俺は、間違っていた……」
膝が、崩れそうだった。
床に手をつき、初めてわかった。
──エリーゼは、すべてを黙って受け入れたのだ。誇りも、家も、未来も奪われながら、最後まで言い訳ひとつしなかった。
何よりも強かったのは、俺ではなく、彼女だった。
それに気づいたときには、もう遅かった。
「エリーゼ……」
その名を呼んでも、もう返事は返ってこない。
捜索隊の報告では、血の量は“致死に至る”ほどだったという。
だが、遺体は見つかっていない。
ただの布切れではなく、彼女が最後に着ていた薄青のドレスの一部。王家に献上されたフリューゲル製の逸品──その色を、俺はよく覚えていた。
森の中で、それが黒く染まっていたと、報告書には書かれていた。
彼女が、最後に何を思ったかを考えるのが怖かった。
──誰にも助けられず、絶望の中で、あの美しい目がどれほどの苦しみを浮かべたか。
「……生きていてくれ」
わずかな希望に、縋るように祈った。
もし、もしまだ息をしているのなら、謝りたい。何度でも、土下座でも、命を賭けてでも。
けれど、彼女が本当に死んでいたなら──
自分の人生は、そこで終わる。
王位継承者の資格を失い、誇りも名誉も、自らの手で地に落とした。
残るのは、彼女を殺したという罪だけ。
自分が“王子”として生まれた意味も、存在も、全てが無だったと証明される。
「終わりたくない……」
震える声で呟いた。だが、誰も答えなかった。
答えられるわけがなかった。彼が壊したのは、人一人の命と、ひとつの未来なのだから。
祈るように天を仰いだ。
もし神がいるなら、今こそ罰ではなく、赦しを──いや、それすらおこがましい。
せめて、彼女がどこかで生きていてくれさえすれば。
謝ることができるなら、それだけでいい。
そのために、自分のすべてを賭けるつもりだった。
「お願いだ……エリーゼ……生きていてくれ……!」
涙が、零れていた。
王子として生きてきた十余年、そのすべてが意味を失うほどに。
ただ、彼女の一命が欲しかった。生きていてくれれば、それだけでよかったのだと、今さら思い知ったのだった。
101
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる