52 / 179
第52話 マスキュラーの恋心
しおりを挟む
ダリルとアリスターが露店街で土産物を物色している間、マスキュラーとエリーゼは路地裏の静かな小道を歩いていた。賑やかな喧騒から一歩離れたそこには、石畳と木造の小さな店が並び、時間の流れがどこか緩やかだった。
「この辺りは昔からある商人街でな。観光客はあまり来ねぇが、地元の連中には人気なんだ」
マスキュラーが案内するように言うと、エリーゼは目を輝かせて頷いた。
「へえ、知らなかった。いい雰囲気の場所ね。案内ありがとう、マスキュラー」
「オレの地元だしな。少しくらい役に立たねぇと」
マスキュラーは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
しばらく歩いた後、エリーゼが何気ない風を装って口を開いた。
「ねぇ、マスキュラー。昔いたパーティーのこととか、この街で恋愛したこととかって……あるの?」
唐突ともいえる質問だったが、エリーゼの表情は自然で、好奇心のままに尋ねたようなものだった。
マスキュラーは一瞬、足を止めかけたが、すぐにまた歩き出す。その背中に、どこかため息のような空気が滲んだ。
「昔のパーティーは……まぁ、オレには合ってなかった。だから追い出されたんだろうな」
「そっか。でも、あんたは今のスプレーマムにちゃんと必要とされてるわよ」
エリーゼの言葉に、マスキュラーは小さく肩をすくめた。
「ありがとな。……で、恋愛の話だが……そんな奴はいなかった。今まではな」
その言葉に、エリーゼがピタリと立ち止まり、興味深そうにマスキュラーを見つめた。
「えっ? 最近できたの?」
「……ああ。最近、気になる女ができた」
それ以上の言葉はなかった。マスキュラーは前を向いたまま、表情を崩さずにそう答えた。
「そうなんだ。……もし、悩んだりしたら、相談乗るからね。わたし、恋バナとか、わりと好きだから」
エリーゼはそう言って、無邪気に笑う。その笑顔に、マスキュラーの胸は苦しく締めつけられた。
「まー……気が向いたらな」
それだけを言って、マスキュラーは笑ってみせた。だがその笑顔は、どこか自嘲の色を含んでいた。
――気になる女。それは、他でもない、エリーゼ=アルセリア。
桃色の髪、明るく真っすぐな心、どんな苦境でも笑って前を向ける強さ。仲間として過ごすうちに、気づけばその背中を、笑顔を、何よりその生き方を好きになっていた。
けれどマスキュラーは知っている。彼女がよく一緒に行動するのは、あの金髪の魔法使い――アリスター。
たまに見せる二人の息の合った掛け合いや、互いを信じる目を見れば、自然とそう思ってしまう。
あの二人はお似合いだ。
自分なんて、筋肉しかない。剣しか振れない。
筋肉でどうにもできない問題なんて、世の中には山ほどある。
だからマスキュラーは、ただ見守ることにした。
エリーゼが笑っていられるなら、それでいい。
たとえ、その隣に座っているのが、自分じゃなかったとしても。
マスキュラーはふと、隣を歩くエリーゼの姿を横目で見た。
その笑顔を、焼き付けるように心に刻む。
(お前が幸せなら、オレはそれでいい)
そんな想いを胸に秘めたまま、マスキュラーは一歩前を歩いた。エリーゼに気づかれないように、そっと、小さく息を吐きながら。
「この辺りは昔からある商人街でな。観光客はあまり来ねぇが、地元の連中には人気なんだ」
マスキュラーが案内するように言うと、エリーゼは目を輝かせて頷いた。
「へえ、知らなかった。いい雰囲気の場所ね。案内ありがとう、マスキュラー」
「オレの地元だしな。少しくらい役に立たねぇと」
マスキュラーは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
しばらく歩いた後、エリーゼが何気ない風を装って口を開いた。
「ねぇ、マスキュラー。昔いたパーティーのこととか、この街で恋愛したこととかって……あるの?」
唐突ともいえる質問だったが、エリーゼの表情は自然で、好奇心のままに尋ねたようなものだった。
マスキュラーは一瞬、足を止めかけたが、すぐにまた歩き出す。その背中に、どこかため息のような空気が滲んだ。
「昔のパーティーは……まぁ、オレには合ってなかった。だから追い出されたんだろうな」
「そっか。でも、あんたは今のスプレーマムにちゃんと必要とされてるわよ」
エリーゼの言葉に、マスキュラーは小さく肩をすくめた。
「ありがとな。……で、恋愛の話だが……そんな奴はいなかった。今まではな」
その言葉に、エリーゼがピタリと立ち止まり、興味深そうにマスキュラーを見つめた。
「えっ? 最近できたの?」
「……ああ。最近、気になる女ができた」
それ以上の言葉はなかった。マスキュラーは前を向いたまま、表情を崩さずにそう答えた。
「そうなんだ。……もし、悩んだりしたら、相談乗るからね。わたし、恋バナとか、わりと好きだから」
エリーゼはそう言って、無邪気に笑う。その笑顔に、マスキュラーの胸は苦しく締めつけられた。
「まー……気が向いたらな」
それだけを言って、マスキュラーは笑ってみせた。だがその笑顔は、どこか自嘲の色を含んでいた。
――気になる女。それは、他でもない、エリーゼ=アルセリア。
桃色の髪、明るく真っすぐな心、どんな苦境でも笑って前を向ける強さ。仲間として過ごすうちに、気づけばその背中を、笑顔を、何よりその生き方を好きになっていた。
けれどマスキュラーは知っている。彼女がよく一緒に行動するのは、あの金髪の魔法使い――アリスター。
たまに見せる二人の息の合った掛け合いや、互いを信じる目を見れば、自然とそう思ってしまう。
あの二人はお似合いだ。
自分なんて、筋肉しかない。剣しか振れない。
筋肉でどうにもできない問題なんて、世の中には山ほどある。
だからマスキュラーは、ただ見守ることにした。
エリーゼが笑っていられるなら、それでいい。
たとえ、その隣に座っているのが、自分じゃなかったとしても。
マスキュラーはふと、隣を歩くエリーゼの姿を横目で見た。
その笑顔を、焼き付けるように心に刻む。
(お前が幸せなら、オレはそれでいい)
そんな想いを胸に秘めたまま、マスキュラーは一歩前を歩いた。エリーゼに気づかれないように、そっと、小さく息を吐きながら。
36
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
転生調理令嬢は諦めることを知らない!
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。
桜城恋詠
ファンタジー
聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。
異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。
彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。
迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。
「絶対、誰にも渡さない」
「君を深く愛している」
「あなたは私の、最愛の娘よ」
公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。
そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?
命乞いをしたって、もう遅い。
あなたたちは絶対に、許さないんだから!
☆ ☆ ☆
★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。
こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。
※9/28 誤字修正
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる