婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

文字の大きさ
60 / 179

第60話 エリーゼの気持ち

しおりを挟む
アリスターの言葉が、耳から離れなかった。

 「君が好きだよ、エリーゼ」

 その一言が、まっすぐに胸の奥を突いた。

 エリーゼは部屋の扉をそっと閉めると、そのまま壁にもたれて息を吐いた。何気ないように見えて、その声には、揺るぎない意志と想いが込められていた。からかわれているわけでも、気まぐれでもない。あのナルシストな魔法使いが、真剣に自分の名を呼び、想いを口にしたのだ。

 「……ずるいよ、あんなの」

 誰にも聞こえないように、ぽつりとこぼした。彼の言葉を否定できないまま、エリーゼはベッドに身を沈めた。毛布にくるまり、目を閉じようとしても、まぶたの裏に浮かぶのは彼の笑顔。金色の髪が月の光を反射し、まるで幻のようにきらめいている。

 ――好きだよ。

 その一言が、胸の奥で何度も反響する。

 その想いに応えたい気持ちは、確かにある。だが、それ以上に、足がすくむような不安が心を縛っていた。

 「……前にも、あったな。こんなこと」

 ぽつりと呟くと、ふいに記憶の扉が開いた。

 前世。剣道に打ち込んでいた、あの頃の自分。

 県大会の決勝で勝ち、仲間と抱き合って泣いた日。やっと掴んだ全国大会への切符。夏の日差しの中、道場の床が汗と涙で光っていた。顧問の先生も、家族も喜んでくれた。あの瞬間、全ての努力が報われたように思えた。

 その日の放課後だった。

 「話があるんだ、ちょっと……いいかな?」

 同じ剣道部の男子。いつも真面目で、無口で、だけど時折見せる笑顔が印象的だった。練習試合で何度も竹刀を交えたこともあった。彼に道場の裏へと呼び出され、夕焼けに染まる空の下、彼は震える声で言った。

 「こんな時にごめん……でも、言わなきゃ後悔すると思ったんだ。ずっと、君が好きだった」

 言葉が胸を打った。照れ隠しのように下を向く彼の姿は、誠実そのものだった。

 「返事は、今じゃなくていい。全国大会が終わってからでも……」

 そう言って、彼は深く頭を下げた。

 突然の告白。嬉しかった。でも、あまりにも唐突で、エリーゼ――いや、当時の“私”は、何も言えなかった。ただ、震える声で「少し、考えさせて」とだけ告げた。

 彼の言葉に応えなかったことを、ずっと後悔していた。

 そして、その後。

 全国大会へ向かう朝。バスの出発時間に遅れそうになり、慌てて家を飛び出した。道場に集合する予定だったが、その途中で、事故は起きた。

 赤信号を無視した車。スニーカーの音。視界がぐるりと回って、世界が急に白くなった。

 ――気がついたら、エリーゼはこの世界にいた。

 「……言えなかったんだ、結局。あのときも」

 心のどこかに残っていた後悔。あのとき、ちゃんと向き合っていれば、違う未来があったかもしれない。でも、それを果たせなかった。命をかけて打ち込んだ剣道も、大切な仲間たちも、好きだった人も、全部、置き去りにして。

 ――そんな風にして終わるのは、もう嫌だった。

 だからこそ、今度はちゃんと向き合いたいと思っていた。けれど、心のどこかがまだ怯えている。

 (アリスターの想いに応えるって、どういうこと?)

 心臓が速くなる。彼の姿を思い浮かべるたびに、胸がきゅっと締めつけられる。それはきっと、恋だとわかっている。彼の言葉に、ちゃんと返したい。でも――

 「今、返事をして……もしまた、失うことになったら……」

 戦いの世界だ。いつ命を落とすか、誰にもわからない。彼に応えたその直後、失ってしまったら。そう思うと、怖くて仕方がなかった。

 「好き……なのにね」

 唇に浮かんだその言葉は、誰にも聞こえないように、そっと闇に溶けていった。

 ――あの告白よりも、ずっとドキドキしている。

 でも、今はまだ、答えを出す時じゃない。

 「この旅が終わって、世界が少しでも平和になって……そしたら、ちゃんと伝える」

 そう誓うように、自分の胸に手を当てる。

 (今度こそ、後悔しないように)

 彼に向き合うために。誰かの想いを受け止めるために。

 そして、今度はちゃんと――自分の想いも伝えるために。

 エリーゼはそっと目を閉じた。まぶたの裏には、彼の笑顔が浮かんでいた。誰よりも優しくて、強くて、ちょっぴり子供っぽいあの笑顔が。

 「だから、待っててね……アリスター」

 星の光が静かに揺れ、夜の帳が部屋を包み込んだ。彼女の決意をそっと抱きしめるように。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

処理中です...