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第66話 仮面の案内人《ヴェルト》
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【密会】仮面の案内人《ヴェルト》
クルトワ村を発って二日目の午後、スプレーマムの一行は交易都市ロゼリアへと到着した。
露店の喧噪、荷車の軋み、行き交う人々の声。都市は活気に満ちていたが、彼らが向かう先は、そんな騒がしさとは無縁の一角だった。
ギルドマスター・エルシアが指定した場所──酒場の裏手に佇む、打ち捨てられたような倉庫。
「ここだな……妙な空気だ」
マスキュラーが警戒を滲ませてつぶやいた。
埃と静寂が支配する室内。荒れ果てた板壁にはひびが走り、床の木材はきしんでいた。しかし、その中心に置かれた一脚の椅子だけは異様なほど清潔で整然としている。その不自然さに、全員の背筋がわずかに伸びた。
──と、空気が変わる。
影のように音もなく現れたのは、一人の男だった。銀色の仮面が顔を覆い、旅装のような粗末な衣服に身を包んでいる。
「……ギルドマスター、エルシアの使いか」
低く抑えた声。仕草に無駄はなく、ただそこに立つだけで只者ではないと感じさせる緊張感があった。
「……久しぶりだな、《ヴェルト》」
マスキュラーが唸るように言うと、男は仮面の奥で微かに笑みを浮かべた。
「岩宿ダンジョン以来だな。仮面の案内人……本名など、とうに捨てた身だ」
エリーゼはためらいなく一歩前に出ると、封蝋された推薦状を差し出した。
ヴェルトはそれを受け取り、封を切る。無言で読み終えると、鼻で笑った。
「さすがはあの女。切れ者だ。……だが、お前たちはどうだ?」
彼の視線が、再びあの椅子へと向かう。手をかけたのは、まるで裁きを下す者の椅子のようだった。
「──本当に、死地へ向かう覚悟はあるのか?」
仮面の奥から放たれる瞳が、順番に四人を射抜くように見つめる。
「もちろんです。わたしたちは、その覚悟でここに来ました」
エリーゼが一歩進み出る。その瞳に迷いはなく、まっすぐに相手を見据えていた。
「ふん……《金龍》に選ばれし剣聖は、やはり強情だ。だが、抜け道を通るには代償が要る」
「代償?」と、ダリルが警戒を込めて問う。
ヴェルトは何も言わずに椅子へ腰を下ろした。その様子はまるで、罪人の懺悔を受け入れる神父のようだ。
「マケドニア聖教国には《浄火の結界》がある。神殿を中心に三基の結界石が、七日ごとに位置を変えて設置されている。それを突破するには、正確な配置と解除の順を知る必要がある。……その情報を残したのは、俺の弟だ」
空気が凍った。
「……弟?」
エリーゼの問いに、ヴェルトは仮面越しに視線を向ける。
「十年前。神殿で“異端”を匿った罪で火刑に処された。名はユーグ=リオネール。神学校の生徒だった。神を信じ、民のために祈りを捧げるだけの男だった」
淡々と語られるその声の奥に、燃えるような怒りが潜んでいた。
「やつらは、“魔族”とされた女を庇ったとして彼を殺した。だが真実は──弟は聖女クラリスの無実を訴え、神殿の不正を暴こうとしていた。……それが気に入らなかったのだろうな」
「……あなたの弟は、クラリス様の味方だったんですね」
ダリルが低く呟くと、ヴェルトは一度、深く頷いた。
「血は繋がっていないが、心は通じ合っていた弟だった。……俺は彼の遺した手記を手に地下へ潜り、仮面の案内人を名乗り、密輸商人どもと交渉し続けた。聖教の腐敗を暴く“道”を、探してな」
彼は一枚の紙を取り出した。地図だ。そこにはロゼリアの北、断崖《スカフォーン》と、旧修道院跡、内部構造が緻密に描かれていた。
「三日後。北の断崖にある旧修道院跡から、抜け道を通って聖教国に潜入できる。だが──」
「その情報、確かなんでしょうね?」
アリスターが腕を組み、鋭い眼光で問う。
「信じるかはお前ら次第だ。ただ、真実に届くにはリスクを取らねばならん」
エリーゼは、躊躇なく頷いた。
「わたしは行きます。その抜け道から聖教国へ。……クラリス様の名誉を取り戻すために」
ヴェルトが仮面の奥で微笑んだ。
「いい目だ、剣聖。……あの男に似てきたな」
「誰のことだ?」
マスキュラーが怪訝に尋ねたが、ヴェルトは答えなかった。
やがて彼は指を地図の上に滑らせ、指示を始めた。
「お前たちは二組に分かれろ。エリーゼとダリルは“囮”になって、聖教国の哨戒網を引きつける。アリスターとマスキュラーは断崖を登り、裏口から境界線を破る装置を設置する」
「……囮ってのは、つまり殺されかけるってことだな」
ダリルが渋い顔で呟くと、ヴェルトは無情にも言い放つ。
「生き残れ。でなければ、弟の死は無駄になる」
「……拙者もまた、真実を証明したい。クラリス様のためにも」
「いえ、囮役はわたし一人で十分です。むしろ、足手まといになりかねません」
「……そうか。ならば、剣聖だけが囮となれ。エルシアにはそのように伝えておく」
そのとき、倉庫の外から風が吹き込み、壁が軋んだ。
エリーゼが口を開く。
「仮面の案内人さん。あなたは……わたしたちの味方なんですか?」
ヴェルトはしばし沈黙した後、低く答える。
「俺は復讐者だ。味方ではない。ただ、敵でもない。……お前たちが正義を信じて突き進むというなら、俺はその背を押す。それだけだ」
次の瞬間、彼の姿は影に紛れ、闇に溶けて消えた。
誰も追わなかった。ただ、古びた倉庫の中に残されたのは、静かな決意と、密やかな希望──それだけだった。
クルトワ村を発って二日目の午後、スプレーマムの一行は交易都市ロゼリアへと到着した。
露店の喧噪、荷車の軋み、行き交う人々の声。都市は活気に満ちていたが、彼らが向かう先は、そんな騒がしさとは無縁の一角だった。
ギルドマスター・エルシアが指定した場所──酒場の裏手に佇む、打ち捨てられたような倉庫。
「ここだな……妙な空気だ」
マスキュラーが警戒を滲ませてつぶやいた。
埃と静寂が支配する室内。荒れ果てた板壁にはひびが走り、床の木材はきしんでいた。しかし、その中心に置かれた一脚の椅子だけは異様なほど清潔で整然としている。その不自然さに、全員の背筋がわずかに伸びた。
──と、空気が変わる。
影のように音もなく現れたのは、一人の男だった。銀色の仮面が顔を覆い、旅装のような粗末な衣服に身を包んでいる。
「……ギルドマスター、エルシアの使いか」
低く抑えた声。仕草に無駄はなく、ただそこに立つだけで只者ではないと感じさせる緊張感があった。
「……久しぶりだな、《ヴェルト》」
マスキュラーが唸るように言うと、男は仮面の奥で微かに笑みを浮かべた。
「岩宿ダンジョン以来だな。仮面の案内人……本名など、とうに捨てた身だ」
エリーゼはためらいなく一歩前に出ると、封蝋された推薦状を差し出した。
ヴェルトはそれを受け取り、封を切る。無言で読み終えると、鼻で笑った。
「さすがはあの女。切れ者だ。……だが、お前たちはどうだ?」
彼の視線が、再びあの椅子へと向かう。手をかけたのは、まるで裁きを下す者の椅子のようだった。
「──本当に、死地へ向かう覚悟はあるのか?」
仮面の奥から放たれる瞳が、順番に四人を射抜くように見つめる。
「もちろんです。わたしたちは、その覚悟でここに来ました」
エリーゼが一歩進み出る。その瞳に迷いはなく、まっすぐに相手を見据えていた。
「ふん……《金龍》に選ばれし剣聖は、やはり強情だ。だが、抜け道を通るには代償が要る」
「代償?」と、ダリルが警戒を込めて問う。
ヴェルトは何も言わずに椅子へ腰を下ろした。その様子はまるで、罪人の懺悔を受け入れる神父のようだ。
「マケドニア聖教国には《浄火の結界》がある。神殿を中心に三基の結界石が、七日ごとに位置を変えて設置されている。それを突破するには、正確な配置と解除の順を知る必要がある。……その情報を残したのは、俺の弟だ」
空気が凍った。
「……弟?」
エリーゼの問いに、ヴェルトは仮面越しに視線を向ける。
「十年前。神殿で“異端”を匿った罪で火刑に処された。名はユーグ=リオネール。神学校の生徒だった。神を信じ、民のために祈りを捧げるだけの男だった」
淡々と語られるその声の奥に、燃えるような怒りが潜んでいた。
「やつらは、“魔族”とされた女を庇ったとして彼を殺した。だが真実は──弟は聖女クラリスの無実を訴え、神殿の不正を暴こうとしていた。……それが気に入らなかったのだろうな」
「……あなたの弟は、クラリス様の味方だったんですね」
ダリルが低く呟くと、ヴェルトは一度、深く頷いた。
「血は繋がっていないが、心は通じ合っていた弟だった。……俺は彼の遺した手記を手に地下へ潜り、仮面の案内人を名乗り、密輸商人どもと交渉し続けた。聖教の腐敗を暴く“道”を、探してな」
彼は一枚の紙を取り出した。地図だ。そこにはロゼリアの北、断崖《スカフォーン》と、旧修道院跡、内部構造が緻密に描かれていた。
「三日後。北の断崖にある旧修道院跡から、抜け道を通って聖教国に潜入できる。だが──」
「その情報、確かなんでしょうね?」
アリスターが腕を組み、鋭い眼光で問う。
「信じるかはお前ら次第だ。ただ、真実に届くにはリスクを取らねばならん」
エリーゼは、躊躇なく頷いた。
「わたしは行きます。その抜け道から聖教国へ。……クラリス様の名誉を取り戻すために」
ヴェルトが仮面の奥で微笑んだ。
「いい目だ、剣聖。……あの男に似てきたな」
「誰のことだ?」
マスキュラーが怪訝に尋ねたが、ヴェルトは答えなかった。
やがて彼は指を地図の上に滑らせ、指示を始めた。
「お前たちは二組に分かれろ。エリーゼとダリルは“囮”になって、聖教国の哨戒網を引きつける。アリスターとマスキュラーは断崖を登り、裏口から境界線を破る装置を設置する」
「……囮ってのは、つまり殺されかけるってことだな」
ダリルが渋い顔で呟くと、ヴェルトは無情にも言い放つ。
「生き残れ。でなければ、弟の死は無駄になる」
「……拙者もまた、真実を証明したい。クラリス様のためにも」
「いえ、囮役はわたし一人で十分です。むしろ、足手まといになりかねません」
「……そうか。ならば、剣聖だけが囮となれ。エルシアにはそのように伝えておく」
そのとき、倉庫の外から風が吹き込み、壁が軋んだ。
エリーゼが口を開く。
「仮面の案内人さん。あなたは……わたしたちの味方なんですか?」
ヴェルトはしばし沈黙した後、低く答える。
「俺は復讐者だ。味方ではない。ただ、敵でもない。……お前たちが正義を信じて突き進むというなら、俺はその背を押す。それだけだ」
次の瞬間、彼の姿は影に紛れ、闇に溶けて消えた。
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