婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第99話 クラリスのウエディングドレス

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夕暮れのマケドニアの教会は、静謐な空気に包まれていた。窓から射し込む金色の光が、祭壇を照らし、石造りの壁に長い影を落としている。

 その片隅、木製の椅子に座ったダリルは、礼拝堂の奥にある文書の束に目を通していた。聖職者としての務めを果たす準備――明日、アリスターとエリーゼの婚礼を司ること。それは彼にとって、救いにも似た意味を持っていた。

 そんな静けさを破るように、重い扉がきぃと音を立てて開いた。

 「……いるか、ダリル」

 声の主はマスキュラー。黒髪を後ろで束ねた屈強な剣士が、戸口に立っていた。珍しく、表情は真剣そのものだ。

 「おお、マスキュラー殿。こんな時間に、どうなされた」

 「ちょっと、相談があってな。明日のことなんだが……」

 マスキュラーは無骨な手で後頭部をかきながら、椅子のひとつに腰を下ろした。

 「エリーゼのドレスのことだ。まだ準備できてねぇって話でな。正直、今から新しく用意するのは厳しいだろう。どうにかならねぇかと思って……」

 「ふむ。……それならば、心当たりがある」

 ダリルはそう言うと、立ち上がって礼拝堂の奥へ歩き出す。古びた扉を開け、階段を下りた先にある収納室。その中には、古の品々が静かに眠っていた。

 「この教会には、代々の聖女が使っていた儀式用の衣装が保管されている。だが――」

 彼はひときわ大きな木箱の前で立ち止まり、蓋を開いた。

 中には、まるで時を止めたかのように美しい純白のドレスがあった。繊細な刺繍に、銀糸の縁取り。布地には星を象った文様が浮かび、見る者に清らかな印象を与える。

 「これは、かつて聖女クラリスが“役目の後”に着るために用意したものだ」

 「聖女……クラリス?」

 マスキュラーは聞き覚えのある名に、眉をひそめた。

 「彼女はこの教会が最後に任命した“本物”の聖女だった。魔族との戦いが激化する以前、癒しと祈りの象徴として、人々に希望を与えていた。しかし彼女は“自らの意志”でその役目を退いた。そして……人として生きようとした」

 「その時の……婚約者のためのドレスか」

 「いや。正確には、彼女は誰とも婚約していなかった」

 ダリルの声に、一瞬の沈黙が走る。

 「……じゃあ、相手は?」

 「数名、候補がいた。その中には、拙者もいたのだ」

 マスキュラーは驚きに目を見開いた。

 「おまえが……?」

 「拙者は、彼女の“癒し”の時間を支えていた。あくまで、神官として。だが……聖女アイリスは、時折拙者にだけ、弱いところを見せてくれた」

 ダリルの眼鏡の奥の瞳が、過去を見つめていた。

 「ある日、彼女は言った。『もし、世界が平和になったら……そのときは、あなたと旅がしたい』と。それは、拙者にとって――唯一の希望だった」

 「……」

 「だが、彼女は魔族に“取り込まれた”とされ、火刑に処された」

 その言葉には、重い苦味があった。悔い、怒り、悲しみ。それらすべてを噛み締めた者の声音だった。

 「このドレスは、彼女が最後に遺したものだ。未使用のまま、ずっとここに」

 マスキュラーは、神妙な面持ちでドレスに目を落とした。

 「それを……エリーゼに?」

 「ああ。彼女ならば、きっと似合う。聖女が“人として”生きようと願ったその証を、今度こそ結ばれる者たちに託したい」

 ドレスの布地が、微かに揺れた。まるで、その願いを祝福するかのように。

 「……ありがとな、ダリル」

 「礼には及ばぬ。だが……ひとつだけ、頼みがある」

 「ん?」

 「このことは、エリーゼ殿には伝えぬでくれ。彼女は、自分の幸せのためにこのドレスを着るのだ。その背後に、悲しみの影があることは、今は知らなくてよい」

 マスキュラーは一つ頷き、静かに答えた。

 「ああ。わかってる。あいつは今、ようやく手に入れたんだ。自分の幸せを、信じていいっていう時間を」

 二人はしばし、沈黙の中でそのドレスを見つめた。祈りの名残と、祝福の前触れが重なり合うように。

 やがて、階段の上から少女たちの声が聞こえてきた。

 「ねぇ、ドレスってどんなの着るんだろうね?」

 「きっとすっごく可愛いよ! エリーゼさんなら絶対似合うし!」

 「アリスター様の反応が楽しみ~!」

 数人の村娘たちが、明日の式の噂話で盛り上がっているのだろう。無邪気な声が、礼拝堂に響く。

 「……さて。着せるなら、手入れが必要だな。クラリスの想いごと、しっかりと渡してやらねぇとな」

 マスキュラーがそう言って、ドレスに手を伸ばした。

 その手つきは、まるで何かを護るように、慎重で、優しかった。
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