婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

文字の大きさ
98 / 179

第98話 アリスター結婚式をすることを伝える

しおりを挟む
午後の陽射しが、宿屋の中庭に差し込んでいる。石造りの噴水の縁に腰かけるエリーゼは、剣の手入れを終えたばかりのようで、柔らかな表情で水面を眺めていた。桃色の髪が光を受けてきらめく。そこへ、少し戸惑ったような足音が近づいた。

 「やあ、エリーゼ。こんなところにいたんだね」

 声の主はアリスター。金の髪を陽光に揺らしながら、彼はいつものように自信ありげな笑みを浮かべていたが、どこか様子が違っていた。笑顔の奥に、言い淀むような気配があった。

 「うん。お散歩がてら、気分転換。ちょっとね。アリスターは……?」

 「ボク? ちょっと、大事な相談があってね」

 エリーゼが首を傾げる。アリスターは彼女の隣に腰を下ろし、しばし何かを探すように空を仰いだ。

 「昨日の夜、あの発表をしたばかりだけど……その、君は怒ってない?」

 「えっ? なんで?」

 「ほら、君の意志を確認する前に、婚約発表しちゃったからさ。驚かせたよね。もしかしたら、ボクの独りよがりだったんじゃないかって、不安で」

 エリーゼはぽかんとした顔で彼を見つめ、次いでふふっと笑った。

 「怒るわけないじゃない。わたし、嬉しかったよ? それに、アリスターが“守りたい”って思ってくれたこと、ちゃんと伝わってきた」

 「エリーゼ……」

 「でも――そうね。少しだけ寂しかったかな。なんだか、アリスターが一人で決めたような気がして」

 その言葉に、アリスターの表情が曇る。だがすぐに、心に決めたように頷いた。

 「じゃあ、今日こそはちゃんと伝えるよ。君と向き合って、ボクの言葉で」

 彼は一度深呼吸し、真っ直ぐにエリーゼを見つめる。金の瞳に宿るのは、決して揺らがない決意。

 「――ボクと、結婚してほしい」

 エリーゼの目が見開かれる。

 「え……?」

 「正式に、君と夫婦になりたい。式を挙げて、みんなの前で誓い合いたい。君がどこへ行っても、誰が何を言っても、“ボクの大切な人”だって、堂々と言えるように」

 その言葉には、演技も気取りもなかった。ナルシストな笑みも、茶化すような調子もなく、ただまっすぐに、彼は言った。

 「神官であるダリルが、式を執り行ってくれる。明日、あの教会で、内輪だけの結婚式を――」

 「……ほんとに?」

 エリーゼの声は、かすれていた。目元にはうっすらと涙が滲んでいる。

 「ほんとだよ。ボクは、君がどれほど強くても、優しくても、寂しさを隠してるって知ってる。だから、君の居場所になりたいって思った。どんな過去も、罪も、国も関係ない。君が“わたし”である限り、ボクは君と生きていきたい」

 エリーゼは、震える指で右手の金の腕を撫でた。金龍の加護――誰よりも強くあれと願われた証。そして左足には、フェンリルの銀の加護。人ならざる力を宿し、過去を背負ってなお、彼女は“剣聖”として前を向いてきた。

 けれど今、アリスターの言葉が、そんな強さの鎧を優しくほどいていく。

 「わたし……ずっと、ひとりだと思ってた。あの国で、あの家で、誰もわたしのこと、わかってくれなかった。でもアリスターは、最初から……」

 「わかってたよ。君がどれほど頑張ってるか。どれだけ傷ついて、それでも笑ってるか。だから、ボクは君を手放せない」

 エリーゼはそっと目を閉じ、そして微笑んだ。

 「……うん。いいよ、アリスター。わたしも、あなたと一緒にいたい。ずっと」

 その瞬間、アリスターの顔がぱあっと明るくなった。子供のように純粋な喜びが、その表情に満ちていた。

 「本当に? 本当にいいの?」

 「本当に。明日、わたし、花嫁になるね」

 彼は思わず彼女の手を取り、勢いあまって抱きしめかけて、直前で止まった。

 「……あ、ごめん、まだ心の準備とか――」

 「えいっ」

 エリーゼの方から、軽くアリスターに抱きついた。金の腕が、銀の足が、彼の胸元に触れる。強さと優しさが、確かに重なった。

 「照れてるの、アリスターの方じゃない?」

 「ボクが? まさか……いや、ちょっとは照れてるかも」

 二人はしばらくそのまま、静かに寄り添っていた。

 やがて、遠くの鐘楼から、午後の鐘が鳴り響く。

 それは、何かの終わりであり、始まりの合図のようだった。

 「……じゃあ、ドレスはどうしようか。明日までに間に合う?」

 「そこは任せて、アリスター。転生者の意地、見せてあげる」

 「さすがボクの花嫁だね」

 ふたりは顔を見合わせて笑った。もう迷いはない。

 明日、教会の祭壇の前で。

 金と桃の誓いが交わされる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました。

転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。

桜城恋詠
ファンタジー
 聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。  異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。  彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。  迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。 「絶対、誰にも渡さない」 「君を深く愛している」 「あなたは私の、最愛の娘よ」  公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。  そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?  命乞いをしたって、もう遅い。  あなたたちは絶対に、許さないんだから! ☆ ☆ ☆ ★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。 こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。 ※9/28 誤字修正

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...