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第97話 ダリル、離れたくなかった、と?
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翌日――午前の喧騒が落ち着いた頃、陽の光が静かに石畳を照らしていた。
「……失礼するでござるよ、アリスター殿」
ノックの音とともに、ダリルが静かに扉を開けた。アリスターは窓辺に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていたが、声を聞いて振り向く。
「やあ、ダリル。どうしたんだい、こんな時間に?」
「少し、お話ししたくて……その……昨晩の婚約発表について、でござる」
ダリルは眼鏡を指で押し上げながら、所在なげに部屋へと足を踏み入れた。
「急だったでござるよ、あまりにも。いや、わたしは祝福している。しているのだが……なぜ、あんなに急いだのか、理由をお聞きしても?」
アリスターは短く息をつき、少し考え込むように視線を落とす。しばし沈黙の後、やがてその金の瞳がまっすぐにダリルを見た。
「――ボクたちがこの国に入った時から、心に決めていたんだ。いずれ、エリーゼの力が世間に知れ渡れば、彼女を欲しがる国が現れる」
「レインハルト王国……でござるな?」
「うん。あの国は、エリーゼを“姉をいじめたからと追放した”として放逐した。でも、今や彼女はマケドニアで数百人の命を救った英雄で、金龍とフェンリルの加護を持つ最強の剣士だ。その名が広まれば、王族は“誤解だった”とでも言って、手のひらを返してくるさ」
アリスターは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「そんな時に、彼女が“婚約者なし”の状態だったら……国の思惑に巻き込まれる可能性がある。いや、むしろ“駒”として使われてしまうだろう。だから――先に、ボクが守りたかった」
「……離れたくなかった、と?」
アリスターは静かに頷いた。
「そうだよ。誰よりも彼女の強さも優しさも知ってるつもりだ。それでも、彼女が誰かに連れていかれる未来なんて、ボクには耐えられない」
言葉は静かだったが、そこに揺るがぬ意志が込められていた。
ダリルはしばらく無言でそれを受け止め、やがて、少し頬を緩める。
「……なるほど、納得でござる。アリスター殿は、いつも軽口を叩くが……本当は、とても真っ直ぐな人だと、拙者は思っておりました」
「やだなあ、褒めるのはエリーゼにしてよ。ボク、照れちゃうじゃないか」
アリスターが肩をすくめて笑うと、ダリルはわざとらしく咳払いをした。
「さて、ならばひとつ、提案があるでござる」
「提案?」
「婚約より――結婚の方が、より確かな“証”になるのでは?」
アリスターが目を見開いた。
「え?」
「神の名において結ばれた男女の誓いは、聖教国において最も神聖な契約とされているでござる。それは王族の命令すら覆す強さを持つ。ましてや、今の拙者は……」
ダリルは胸元から、薔薇の模様のロザリオを取り出して掲げた。
「つい先日、“上級神官”に叙任されたばかりでござる。拙者が式を執り行えば、それは聖教国が正式に認めた結婚として記録されるでござるよ」
「ダリル……!」
「それに、これが拙者の“最初の仕事”であれば――これ以上の名誉はないでござる。神の御名にかけて、友人の幸せを見届けられるなど、神官としても男としても、最高の務めでござるよ」
アリスターは言葉を失い、一瞬、ただ見つめる。
やがて、ふっと目を細め、心からの微笑を浮かべた。
「……ありがとう、ダリル。君にそう言ってもらえるなんて、光栄だ。ボク、君のこと……本当に信頼してるよ」
「拙者こそ、感謝している。……で、アリスター殿。どうするでござるか?」
アリスターは椅子から立ち上がり、窓の外に目を向ける。
空は澄み渡り、教会の鐘楼が遠くに見える。
「……やろう。明日、あの教会で。内輪だけでもいい、彼女と、ボクの始まりを、ちゃんと形にしたい」
「承知! それでは拙者、急ぎ準備に取り掛かるでござる!」
ダリルはぱたぱたとローブを翻し、意気揚々と部屋を後にした。
その背中を見送りながら、アリスターはそっと呟いた。
「……エリーゼ、驚くかな。でも、きっと笑ってくれるよね」
まばゆい陽光の中、彼の瞳には、確かな未来が映っていた。
「……失礼するでござるよ、アリスター殿」
ノックの音とともに、ダリルが静かに扉を開けた。アリスターは窓辺に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていたが、声を聞いて振り向く。
「やあ、ダリル。どうしたんだい、こんな時間に?」
「少し、お話ししたくて……その……昨晩の婚約発表について、でござる」
ダリルは眼鏡を指で押し上げながら、所在なげに部屋へと足を踏み入れた。
「急だったでござるよ、あまりにも。いや、わたしは祝福している。しているのだが……なぜ、あんなに急いだのか、理由をお聞きしても?」
アリスターは短く息をつき、少し考え込むように視線を落とす。しばし沈黙の後、やがてその金の瞳がまっすぐにダリルを見た。
「――ボクたちがこの国に入った時から、心に決めていたんだ。いずれ、エリーゼの力が世間に知れ渡れば、彼女を欲しがる国が現れる」
「レインハルト王国……でござるな?」
「うん。あの国は、エリーゼを“姉をいじめたからと追放した”として放逐した。でも、今や彼女はマケドニアで数百人の命を救った英雄で、金龍とフェンリルの加護を持つ最強の剣士だ。その名が広まれば、王族は“誤解だった”とでも言って、手のひらを返してくるさ」
アリスターは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「そんな時に、彼女が“婚約者なし”の状態だったら……国の思惑に巻き込まれる可能性がある。いや、むしろ“駒”として使われてしまうだろう。だから――先に、ボクが守りたかった」
「……離れたくなかった、と?」
アリスターは静かに頷いた。
「そうだよ。誰よりも彼女の強さも優しさも知ってるつもりだ。それでも、彼女が誰かに連れていかれる未来なんて、ボクには耐えられない」
言葉は静かだったが、そこに揺るがぬ意志が込められていた。
ダリルはしばらく無言でそれを受け止め、やがて、少し頬を緩める。
「……なるほど、納得でござる。アリスター殿は、いつも軽口を叩くが……本当は、とても真っ直ぐな人だと、拙者は思っておりました」
「やだなあ、褒めるのはエリーゼにしてよ。ボク、照れちゃうじゃないか」
アリスターが肩をすくめて笑うと、ダリルはわざとらしく咳払いをした。
「さて、ならばひとつ、提案があるでござる」
「提案?」
「婚約より――結婚の方が、より確かな“証”になるのでは?」
アリスターが目を見開いた。
「え?」
「神の名において結ばれた男女の誓いは、聖教国において最も神聖な契約とされているでござる。それは王族の命令すら覆す強さを持つ。ましてや、今の拙者は……」
ダリルは胸元から、薔薇の模様のロザリオを取り出して掲げた。
「つい先日、“上級神官”に叙任されたばかりでござる。拙者が式を執り行えば、それは聖教国が正式に認めた結婚として記録されるでござるよ」
「ダリル……!」
「それに、これが拙者の“最初の仕事”であれば――これ以上の名誉はないでござる。神の御名にかけて、友人の幸せを見届けられるなど、神官としても男としても、最高の務めでござるよ」
アリスターは言葉を失い、一瞬、ただ見つめる。
やがて、ふっと目を細め、心からの微笑を浮かべた。
「……ありがとう、ダリル。君にそう言ってもらえるなんて、光栄だ。ボク、君のこと……本当に信頼してるよ」
「拙者こそ、感謝している。……で、アリスター殿。どうするでござるか?」
アリスターは椅子から立ち上がり、窓の外に目を向ける。
空は澄み渡り、教会の鐘楼が遠くに見える。
「……やろう。明日、あの教会で。内輪だけでもいい、彼女と、ボクの始まりを、ちゃんと形にしたい」
「承知! それでは拙者、急ぎ準備に取り掛かるでござる!」
ダリルはぱたぱたとローブを翻し、意気揚々と部屋を後にした。
その背中を見送りながら、アリスターはそっと呟いた。
「……エリーゼ、驚くかな。でも、きっと笑ってくれるよね」
まばゆい陽光の中、彼の瞳には、確かな未来が映っていた。
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