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第102話 もう一つの二人の語り合い ……愚か者、だな。拙者は
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夜の静寂に、祈りの鐘は鳴らない。
宴の余韻が残る教会の屋上。ひとり、ダリル=ベルトレインは石造りの手すりにもたれかかり、星空を見上げていた。白い司祭服の裾を風がはためかせる。
手には、木製のロザリオ。
それは、かつて彼が聖女アイリスに贈ったものだった。正確には、“信仰の導きの証”として与えたもの。けれど、その実態は――恋慕の告白に他ならなかった。
「……愚か者、だな。拙者は」
ダリルは自嘲気味に微笑む。
彼女は、聖女という立場に縛られていた。国の象徴、神の代弁者。そうでありながらも、時折見せる素顔は、年相応の少女だった。苦悩し、戸惑い、時にはささやかな夢を語った。
「結婚式を挙げてみたいの」と、照れながら口にした日が、今も胸に焼き付いている。
その想いを、叶えてやることはできなかった。
アイリスは“聖なる使命”の果てに倒れた。彼女が残した衣装だけが、今宵エリーゼの花嫁衣裳として陽の目を見たのだ。
「……でも、よかった」
それは偽らざる本心だった。
エリーゼは、過去を越えて未来へと歩いている。アリスターと手を取り合い、信じ合い、誓い合った。
彼女の口から「アイリスの遺志を受け継ぐ」という言葉を聞いたとき、ダリルの中で何かがふっと溶けた気がした。
「……拙者の“罪”は、まだ贖われていないかもしれぬが」
だが、進むことはできる。彼女のために祈りを捧げ、他者を救うために手を差し伸べること――それが、今の自分にできる“誠意”なのだと信じている。
静かに、手を組む。
「――神よ。あなたが望む道がどこにあろうと、拙者はその光の一筋であらんことを」
月光が、ロザリオを銀に照らす。
ふと、後方から気配がした。
「ひとりでいると、また悪いこと考えてるかと思って来たわよ」
くぐもった声。振り返れば、そこには桃色の髪を風になびかせるエリーゼが立っていた。婚礼の装いから着替え、軽装に戻っている。
「……エリーゼ殿。いや、今は“アリスターの妻”と呼ぶべきか」
「もう、いいってば。その呼び方、照れくさいんだから。ほら、並んで座らない?」
ダリルは小さく頷き、屋上の石段に腰を下ろした。エリーゼもその隣に座る。
しばらく、ふたりは言葉を交わさなかった。けれど、その沈黙は苦ではなかった。不思議と落ち着く、そんな空気だった。
「……ねえ、ダリル。あのドレスのこと、後悔してる?」
「……エリーゼ殿は、知っていたのか」
「うん。ヴェルトさんから聞いたの。聖女アイリスって、本当に強くて、優しい人だったんだね」
「……あの方は、聖人にして、人だった。弱さも、迷いもあった。だが、だからこそ……人々の心を救えたのだと思う」
ダリルはそっと目を閉じた。
「拙者は、愚か者であった。恋慕を、信仰に偽り、ただ傍にいたくて神を持ち出し、最後の瞬間に手を差し伸べることもできなかった」
「それでも、今日の式であなたが祈ってくれて、本当によかったと思う。あの言葉、わたしの胸にも響いたよ」
エリーゼはそう言って、そっと隣のダリルの手を握った。
「あなたの祈りは、届いてる。わたしが保証する。……だって、あの時、ちょっと泣きそうになっちゃったくらいだから」
ダリルは一瞬、言葉を失った。
涙腺が熱を帯びた。だが、それを表には出さず、彼はただ静かに頷いた。
「ありがとう、エリーゼ殿」
「これからも、わたしたちを見守っててね、神官さま」
「もちろんだ。拙者の祈りは、常に皆の幸せのために」
ふたりは並んで夜空を仰いだ。満天の星が、祝福のようにきらめいていた。
過去は消えない。けれど、それでも前を向くことはできる。
それが“生きる”ということなのだと、ダリルはようやく理解しはじめていた。
宴の余韻が残る教会の屋上。ひとり、ダリル=ベルトレインは石造りの手すりにもたれかかり、星空を見上げていた。白い司祭服の裾を風がはためかせる。
手には、木製のロザリオ。
それは、かつて彼が聖女アイリスに贈ったものだった。正確には、“信仰の導きの証”として与えたもの。けれど、その実態は――恋慕の告白に他ならなかった。
「……愚か者、だな。拙者は」
ダリルは自嘲気味に微笑む。
彼女は、聖女という立場に縛られていた。国の象徴、神の代弁者。そうでありながらも、時折見せる素顔は、年相応の少女だった。苦悩し、戸惑い、時にはささやかな夢を語った。
「結婚式を挙げてみたいの」と、照れながら口にした日が、今も胸に焼き付いている。
その想いを、叶えてやることはできなかった。
アイリスは“聖なる使命”の果てに倒れた。彼女が残した衣装だけが、今宵エリーゼの花嫁衣裳として陽の目を見たのだ。
「……でも、よかった」
それは偽らざる本心だった。
エリーゼは、過去を越えて未来へと歩いている。アリスターと手を取り合い、信じ合い、誓い合った。
彼女の口から「アイリスの遺志を受け継ぐ」という言葉を聞いたとき、ダリルの中で何かがふっと溶けた気がした。
「……拙者の“罪”は、まだ贖われていないかもしれぬが」
だが、進むことはできる。彼女のために祈りを捧げ、他者を救うために手を差し伸べること――それが、今の自分にできる“誠意”なのだと信じている。
静かに、手を組む。
「――神よ。あなたが望む道がどこにあろうと、拙者はその光の一筋であらんことを」
月光が、ロザリオを銀に照らす。
ふと、後方から気配がした。
「ひとりでいると、また悪いこと考えてるかと思って来たわよ」
くぐもった声。振り返れば、そこには桃色の髪を風になびかせるエリーゼが立っていた。婚礼の装いから着替え、軽装に戻っている。
「……エリーゼ殿。いや、今は“アリスターの妻”と呼ぶべきか」
「もう、いいってば。その呼び方、照れくさいんだから。ほら、並んで座らない?」
ダリルは小さく頷き、屋上の石段に腰を下ろした。エリーゼもその隣に座る。
しばらく、ふたりは言葉を交わさなかった。けれど、その沈黙は苦ではなかった。不思議と落ち着く、そんな空気だった。
「……ねえ、ダリル。あのドレスのこと、後悔してる?」
「……エリーゼ殿は、知っていたのか」
「うん。ヴェルトさんから聞いたの。聖女アイリスって、本当に強くて、優しい人だったんだね」
「……あの方は、聖人にして、人だった。弱さも、迷いもあった。だが、だからこそ……人々の心を救えたのだと思う」
ダリルはそっと目を閉じた。
「拙者は、愚か者であった。恋慕を、信仰に偽り、ただ傍にいたくて神を持ち出し、最後の瞬間に手を差し伸べることもできなかった」
「それでも、今日の式であなたが祈ってくれて、本当によかったと思う。あの言葉、わたしの胸にも響いたよ」
エリーゼはそう言って、そっと隣のダリルの手を握った。
「あなたの祈りは、届いてる。わたしが保証する。……だって、あの時、ちょっと泣きそうになっちゃったくらいだから」
ダリルは一瞬、言葉を失った。
涙腺が熱を帯びた。だが、それを表には出さず、彼はただ静かに頷いた。
「ありがとう、エリーゼ殿」
「これからも、わたしたちを見守っててね、神官さま」
「もちろんだ。拙者の祈りは、常に皆の幸せのために」
ふたりは並んで夜空を仰いだ。満天の星が、祝福のようにきらめいていた。
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それが“生きる”ということなのだと、ダリルはようやく理解しはじめていた。
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