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第137話 レオナからみたアリスター ふふ……情けないわね、私
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城の西翼――軍部が使用する石造りの控え室で、レオナは窓際に立っていた。
差し込む光は午後の淡い黄金色。かつては何度もこの部屋から王都を見下ろしていたが、今日の空はどこか違って見えた。
「……戻ってきたのね、アリスター」
その名を口に出すと、胸の奥が少しだけ軋んだ。懐かしく、けれど苦い、そして温かいような不思議な感情が胸に渦を巻く。
あのとき、彼は何も告げず、王都を去った。理不尽な追放だったことは知っていたが、それでも、言葉を交わせなかったことが今でも悔やまれる。
――あれから、三年。
傷を癒すには短すぎて、過去を忘れるには長すぎる時間だった。
それでも、彼は戻ってきた。そして、あのまなざしは、かつて王子だった少年のものではなかった。炎のような覚悟と、誰よりも強く優しい光を宿していた。
「真実を暴く」と言い切った彼の言葉に、レオナは嘘がないことを確信していた。
扉が静かにノックされ、若い兵士が報告に現れる。
「副司令。例の報告書……“スプレーマム”の行動記録です」
「ありがとう。そこに置いておいて」
兵士が退室し、レオナは卓上に積まれた紙束を手に取る。そこには、アリスターたちがテオドリック王国に至るまでに起こした諸事件――魔獣討伐、貴族令嬢の救出、マケドニア聖教国での諜報戦、果ては魔王国の武術大会のことまで――が詳細に記録されていた。
そして、最後の数ページに記された、短い一文。
『アリスター=テオドリックは、旅の剣聖エリーゼ=アルセリアと正式に婚姻を結んだ』
指先が紙の上で止まる。レオナはその行を見つめ、しばし何も言わなかった。
「結婚……したのね」
胸の奥に、またしても痛みが走った。痛みというより、ぽっかりと空いた空洞が、そこにあると気づいてしまったのかもしれない。
思えば、アリスターはいつも誰かのために戦っていた。かつては王家のために、民のために、そして今は、このエリーゼという女性のために――
レオナは視線を上げ、窓の外に広がる王都を見下ろした。
「あなたは、優しすぎるのよ……」
つぶやきは誰に向けたわけでもなかった。だが、自分の言葉に、心の奥が少しだけ解けていく気がした。
アリスターが誰かを愛し、誰かに愛されていることを、喜ばしく思う自分がいる。
でも、それとは別に――自分がその“誰か”ではなかったという事実が、確かに胸を締めつける。
回想のように、記憶が脳裏をよぎる。
剣術の稽古で汗を流した日々。訓練の後に水を飲みながら語り合った未来。彼が無邪気に「この国を、変えたいんだ」と語ったあの夜。
――もしかしたら、あの時すでに、惹かれていたのかもしれない。
けれど、彼は王子で、自分はただの軍人だった。立場も、歩む道も違いすぎた。
だから心の奥に閉じ込めていた感情に、形を与えることはなかった。
「ふふ……情けないわね、私」
思わず笑みがこぼれる。ほんの少し、自嘲も混じったような、でも、どこか晴れやかな笑みだった。
アリスターが選んだ相手は、戦場を共に歩いた仲間だった。記録を読めば、その剣聖とやらが、どれほど彼を支え、共に戦ってきたかがよく分かる。
危地にあって共に剣を振るい、背中を預け、命を分かち合った者同士。その絆に、割り込む余地などあるはずがない。
――それなら、自分にできることは一つ。
レオナは歩を進め、机の奥に置かれた鞘付きの長剣に手を添える。軽く引き抜いたその刃は、少しも鈍ってはいなかった。
「私は、彼の剣になると誓った」
それは、王子に恋した少女の未練ではなく。祖国を救いたいと願う戦士の覚悟として。
「王として立つなら、その背に差す剣くらい、私が担ってやらなきゃね」
もう、追いすがるつもりはなかった。たとえ恋が叶わなかったとしても――彼の歩む道を、隣ではなく、背中から支えるのが自分の務め。
窓の外、空が淡く紅を差し始める。夕暮れが近づき、明日への決戦が近づいていた。
「おめでとう、アリスター。そして……幸せにね」
小さくそう呟き、レオナは剣を腰に収めた。彼女の瞳には、もう迷いはなかった。
恋を、戦に変えて戦う。それが、彼女なりの愛の証だった。
差し込む光は午後の淡い黄金色。かつては何度もこの部屋から王都を見下ろしていたが、今日の空はどこか違って見えた。
「……戻ってきたのね、アリスター」
その名を口に出すと、胸の奥が少しだけ軋んだ。懐かしく、けれど苦い、そして温かいような不思議な感情が胸に渦を巻く。
あのとき、彼は何も告げず、王都を去った。理不尽な追放だったことは知っていたが、それでも、言葉を交わせなかったことが今でも悔やまれる。
――あれから、三年。
傷を癒すには短すぎて、過去を忘れるには長すぎる時間だった。
それでも、彼は戻ってきた。そして、あのまなざしは、かつて王子だった少年のものではなかった。炎のような覚悟と、誰よりも強く優しい光を宿していた。
「真実を暴く」と言い切った彼の言葉に、レオナは嘘がないことを確信していた。
扉が静かにノックされ、若い兵士が報告に現れる。
「副司令。例の報告書……“スプレーマム”の行動記録です」
「ありがとう。そこに置いておいて」
兵士が退室し、レオナは卓上に積まれた紙束を手に取る。そこには、アリスターたちがテオドリック王国に至るまでに起こした諸事件――魔獣討伐、貴族令嬢の救出、マケドニア聖教国での諜報戦、果ては魔王国の武術大会のことまで――が詳細に記録されていた。
そして、最後の数ページに記された、短い一文。
『アリスター=テオドリックは、旅の剣聖エリーゼ=アルセリアと正式に婚姻を結んだ』
指先が紙の上で止まる。レオナはその行を見つめ、しばし何も言わなかった。
「結婚……したのね」
胸の奥に、またしても痛みが走った。痛みというより、ぽっかりと空いた空洞が、そこにあると気づいてしまったのかもしれない。
思えば、アリスターはいつも誰かのために戦っていた。かつては王家のために、民のために、そして今は、このエリーゼという女性のために――
レオナは視線を上げ、窓の外に広がる王都を見下ろした。
「あなたは、優しすぎるのよ……」
つぶやきは誰に向けたわけでもなかった。だが、自分の言葉に、心の奥が少しだけ解けていく気がした。
アリスターが誰かを愛し、誰かに愛されていることを、喜ばしく思う自分がいる。
でも、それとは別に――自分がその“誰か”ではなかったという事実が、確かに胸を締めつける。
回想のように、記憶が脳裏をよぎる。
剣術の稽古で汗を流した日々。訓練の後に水を飲みながら語り合った未来。彼が無邪気に「この国を、変えたいんだ」と語ったあの夜。
――もしかしたら、あの時すでに、惹かれていたのかもしれない。
けれど、彼は王子で、自分はただの軍人だった。立場も、歩む道も違いすぎた。
だから心の奥に閉じ込めていた感情に、形を与えることはなかった。
「ふふ……情けないわね、私」
思わず笑みがこぼれる。ほんの少し、自嘲も混じったような、でも、どこか晴れやかな笑みだった。
アリスターが選んだ相手は、戦場を共に歩いた仲間だった。記録を読めば、その剣聖とやらが、どれほど彼を支え、共に戦ってきたかがよく分かる。
危地にあって共に剣を振るい、背中を預け、命を分かち合った者同士。その絆に、割り込む余地などあるはずがない。
――それなら、自分にできることは一つ。
レオナは歩を進め、机の奥に置かれた鞘付きの長剣に手を添える。軽く引き抜いたその刃は、少しも鈍ってはいなかった。
「私は、彼の剣になると誓った」
それは、王子に恋した少女の未練ではなく。祖国を救いたいと願う戦士の覚悟として。
「王として立つなら、その背に差す剣くらい、私が担ってやらなきゃね」
もう、追いすがるつもりはなかった。たとえ恋が叶わなかったとしても――彼の歩む道を、隣ではなく、背中から支えるのが自分の務め。
窓の外、空が淡く紅を差し始める。夕暮れが近づき、明日への決戦が近づいていた。
「おめでとう、アリスター。そして……幸せにね」
小さくそう呟き、レオナは剣を腰に収めた。彼女の瞳には、もう迷いはなかった。
恋を、戦に変えて戦う。それが、彼女なりの愛の証だった。
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