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第157話 アリスター、エリーゼから驚きの話を聞かされる
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静かな夜だった。
王都の南端、臨時に借りた屋敷の書斎には、魔法灯の淡い光が揺れていた。
「……ねえ、アリスター」
書類をめくっていた手を止め、ボクは顔を上げた。戸口に立っていたのは、桃色の髪を揺らした少女――エリーゼだった。
「なんだい、わが愛しのエリーゼ。眠れないのかい?」
「うん……ちょっと。あと、話したいことがあって」
その表情は、少しだけ複雑だった。いつもの笑顔よりも控えめで、どこか真剣な気配を帯びていた。
ボクは頷き、椅子を引いて彼女を招く。
「聞こうじゃないか。君がそんな顔をするなんて、珍しい」
エリーゼは小さく息を吐いて、机の前に腰掛けた。瞳を伏せ、指先をもてあそぶように動かしながら、言った。
「アリスター。ルシアちゃん、ダリルのことが好きなんだって」
ボクは一瞬、何かの冗談かと思った。だが、彼女の声音に冗談の色はない。
「……なんだって?」
「本人から聞いたの。今日、ダリルに気持ちを伝えたって」
雷が胸の奥を打ったような感覚だった。
ルシア――あの誰よりも気高く、純粋で、どこまでも真っ直ぐな妹が。ダリルに。恋を。
思わず椅子にもたれ、天井を見上げた。
「……そうか。そう来たか……」
「驚いた?」
「ああ、もちろんだとも。まさか、うちの妹がね。よりにもよって、あの根暗で卑屈で不幸体質な――」
「ア・リ・ス・ター」
机の下から蹴りが飛んできた。痛い。
「冗談さ、冗談。君ほど彼の価値を分かってる者はいないって、分かってるとも」
ボクは苦笑いして頭を掻いた。言葉を選びながら、呟く。
「……ルシアは、真剣なんだな?」
「うん。覚悟してたよ。たとえ反対されても諦めないって」
ボクは、しばらく沈黙した。
暖炉の火が静かに揺れる音だけが、部屋を満たしていた。
(ダリル。あいつは――拙者は、とか言いながら、人の幸せを誰よりも祈ってる奴だ。自分の痛みなんかどうでもいいって、顔をして笑うやつだ)
(だからこそ……自分の過去を盾に、ルシアの気持ちを拒むことだって、平気でやってのける)
「……彼女は、傷つくだろうな」
「うん。たぶん。でも、それでもダリルが幸せになってほしいって、泣きながら言ってた。ダリルが好きな人と結ばれるなら、それでいいって……」
「馬鹿な子だ……」
ボクは、ため息をついた。
それでも、その姿が、あまりにも愛おしくて。
「ルシアは、君が思ってる以上に強い子だ。だけど……ダリルの頑固さも、君以上だよ」
「わたし、どうすればいいと思う?」
エリーゼの視線が、まっすぐにぶつかってきた。
それは、「王子」ではなく、「兄」としての答えを求める眼差しだった。
「……ボクは、ダリルを信じている。アイツが誰よりも真面目で、誠実で、そして優しい男だってことをね」
「うん、わたしも」
「だからこそ……彼が過去に縛られて、誰かの想いを拒むことがあれば、それは違うって、言ってやらなきゃいけない」
「アリスター……」
「ルシアは、ボクの妹だ。家族として……彼女の幸せを、願ってる。でもそれ以上に、仲間として、ダリルの幸せを、願ってる」
自分の言葉が、ほんの少し震えていたのを感じた。
ルシアは、いつだって光だった。王族の誇りを持ちつつも、人を見下さず、優しく微笑む子だった。
そして、ダリルは、闇の底から這い上がった男だった。過去に苦しみ、迷い、それでも前を向こうとしていた。
(ボクが何もしなければ、きっと彼はまた、自分の気持ちを殺すだろう)
(ならば――)
「ボクは、背中を押すよ。ルシアにも、ダリルにも。どちらが傷つかない道なんて、ない。けれど――逃げないで、向き合ってほしい」
「……ありがとう、アリスター」
エリーゼが、微笑んだ。
「さすが王子様。やっぱり、頼りになるね」
「やめてくれたまえ、ボクはもう王子じゃない。単なる、君の可愛い婚約者さ」
「うん。それも間違ってないかも」
そう言って、エリーゼは立ち上がった。
「明日、ダリルと話してみる。ルシアのこと、ちゃんと見てほしいって」
「任せたよ、剣聖エリーゼ。ボクの剣よりも、君の言葉のほうが、彼の心には届くかもしれない」
「えへへ。よーし、がんばっちゃお」
そう言って部屋を出ていく背中を、ボクは静かに見送った。
夜はまだ、深い。
けれど、空の端には、かすかな光が見えたような気がした。
王都の南端、臨時に借りた屋敷の書斎には、魔法灯の淡い光が揺れていた。
「……ねえ、アリスター」
書類をめくっていた手を止め、ボクは顔を上げた。戸口に立っていたのは、桃色の髪を揺らした少女――エリーゼだった。
「なんだい、わが愛しのエリーゼ。眠れないのかい?」
「うん……ちょっと。あと、話したいことがあって」
その表情は、少しだけ複雑だった。いつもの笑顔よりも控えめで、どこか真剣な気配を帯びていた。
ボクは頷き、椅子を引いて彼女を招く。
「聞こうじゃないか。君がそんな顔をするなんて、珍しい」
エリーゼは小さく息を吐いて、机の前に腰掛けた。瞳を伏せ、指先をもてあそぶように動かしながら、言った。
「アリスター。ルシアちゃん、ダリルのことが好きなんだって」
ボクは一瞬、何かの冗談かと思った。だが、彼女の声音に冗談の色はない。
「……なんだって?」
「本人から聞いたの。今日、ダリルに気持ちを伝えたって」
雷が胸の奥を打ったような感覚だった。
ルシア――あの誰よりも気高く、純粋で、どこまでも真っ直ぐな妹が。ダリルに。恋を。
思わず椅子にもたれ、天井を見上げた。
「……そうか。そう来たか……」
「驚いた?」
「ああ、もちろんだとも。まさか、うちの妹がね。よりにもよって、あの根暗で卑屈で不幸体質な――」
「ア・リ・ス・ター」
机の下から蹴りが飛んできた。痛い。
「冗談さ、冗談。君ほど彼の価値を分かってる者はいないって、分かってるとも」
ボクは苦笑いして頭を掻いた。言葉を選びながら、呟く。
「……ルシアは、真剣なんだな?」
「うん。覚悟してたよ。たとえ反対されても諦めないって」
ボクは、しばらく沈黙した。
暖炉の火が静かに揺れる音だけが、部屋を満たしていた。
(ダリル。あいつは――拙者は、とか言いながら、人の幸せを誰よりも祈ってる奴だ。自分の痛みなんかどうでもいいって、顔をして笑うやつだ)
(だからこそ……自分の過去を盾に、ルシアの気持ちを拒むことだって、平気でやってのける)
「……彼女は、傷つくだろうな」
「うん。たぶん。でも、それでもダリルが幸せになってほしいって、泣きながら言ってた。ダリルが好きな人と結ばれるなら、それでいいって……」
「馬鹿な子だ……」
ボクは、ため息をついた。
それでも、その姿が、あまりにも愛おしくて。
「ルシアは、君が思ってる以上に強い子だ。だけど……ダリルの頑固さも、君以上だよ」
「わたし、どうすればいいと思う?」
エリーゼの視線が、まっすぐにぶつかってきた。
それは、「王子」ではなく、「兄」としての答えを求める眼差しだった。
「……ボクは、ダリルを信じている。アイツが誰よりも真面目で、誠実で、そして優しい男だってことをね」
「うん、わたしも」
「だからこそ……彼が過去に縛られて、誰かの想いを拒むことがあれば、それは違うって、言ってやらなきゃいけない」
「アリスター……」
「ルシアは、ボクの妹だ。家族として……彼女の幸せを、願ってる。でもそれ以上に、仲間として、ダリルの幸せを、願ってる」
自分の言葉が、ほんの少し震えていたのを感じた。
ルシアは、いつだって光だった。王族の誇りを持ちつつも、人を見下さず、優しく微笑む子だった。
そして、ダリルは、闇の底から這い上がった男だった。過去に苦しみ、迷い、それでも前を向こうとしていた。
(ボクが何もしなければ、きっと彼はまた、自分の気持ちを殺すだろう)
(ならば――)
「ボクは、背中を押すよ。ルシアにも、ダリルにも。どちらが傷つかない道なんて、ない。けれど――逃げないで、向き合ってほしい」
「……ありがとう、アリスター」
エリーゼが、微笑んだ。
「さすが王子様。やっぱり、頼りになるね」
「やめてくれたまえ、ボクはもう王子じゃない。単なる、君の可愛い婚約者さ」
「うん。それも間違ってないかも」
そう言って、エリーゼは立ち上がった。
「明日、ダリルと話してみる。ルシアのこと、ちゃんと見てほしいって」
「任せたよ、剣聖エリーゼ。ボクの剣よりも、君の言葉のほうが、彼の心には届くかもしれない」
「えへへ。よーし、がんばっちゃお」
そう言って部屋を出ていく背中を、ボクは静かに見送った。
夜はまだ、深い。
けれど、空の端には、かすかな光が見えたような気がした。
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